第九話 技巧派ノンノ
デウスマキナの調整にはさして長い時間は掛からない。元より一度の調整で全てが終わる事はなく、数度の模擬戦と調整を繰り返して少しずつ騎士の要望に応える地道な作業である。熟練の技師と気の知れた騎士同士なら一発で調整を終える事も珍しくないが、今回ニコラは初めてであり、調整を任されたミースはまだ一人前になってから日が浅く、毎日が勉強に等しい。当然、一度の調整には時間が掛からずとも、手間は数倍掛かると予想された。
と言っても技師達がヘリウスの調整を嫌がるかと言えば寧ろ逆であり、ギルス製の、それも高位騎体を何度も弄り回せるのは御褒美のような扱いだった。そのためミース以外の多くの技師達が進んで調整に携わってくれたので、予定よりかなり早く仕上がった。
調整を終えたヘリウスを運搬車に載せて五区の演習場まで運ぶと、既に準備を整えていたノンノが待ち構えていた。
「待ってましたよニコラさん。リシャール殿下はまだ掛かるようなので、先に私と演習をしましょう」
「あれ、まだ終わってない?…もしかして微細な調整だから手間が掛かり過ぎるのか」
「そういう事です。性能を上げ過ぎるとその分整備と調整の手間が増えるなら、ちょっと鈍感なぐらいの方が実戦的ですよね」
「だな。いざという時使えない兵器に価値は無い」
ノンノもリシャールの事を馬鹿にしているわけでは無いが、どうしても過剰に性能を求める姿勢を快く思っていないのだろう。それにはニコラも概ね同意している。兵器にとって最も重要な要素はどんな劣悪な環境下とラフな整備でも常に稼働し続けられる信頼性と頑強さだ。その際性能の高さは二の次でも構わない。勿論高性能であってくれればそれに越した事はないが、どんな兵器でも使えなければ、高価なだけのただの置物でしかない。それが分かっているノンノは意図的に調整を甘くして、多少性能を落としてでも整備の時間を減らす方針をとっていた。
時間も推しているので早速二人は自分の騎体に乗り、演習場で対峙する。
演習場は武術大会の会場だった円形闘技場とよく似た造りだが、観客席がほぼ無い分、倍はスペースが確保されている。おかげで10m超のデウスマキナが二騎並んでいてもそれなりに空間は空いていた。
白銀の鎧に金の角を頂くミーノスは古のヴァイキングを彷彿とする巨漢の戦士。対して紅い鎧を纏う細身のヘリウスは戦乙女と見紛う美しさ。両者が武器を持ち並ぶと神話の一幕のような絵になる光景である。
両者は共に剣と盾を手にする。デウスマキナとして最も基本的な武器であり、練習には適している。ニコラは剣の素人だが、昨日生身での扱い方を教わっているので、一応使えるようにはなっていた。
ヘリウスとミーノスが互いに剣を振るい盾で受ける。相手を倒すつもりはなく、基本的な打ち込みと受け止めを教えるように加減してだ。
「駄目です!もっと脇を締めて一歩踏み込んで腕ごと剣を打ち込んでください。手打ちでは装甲を抜くどころか盾で弾き飛ばされますよ。盾もそのまま受けるより衝撃を受け流す様に扱わないと負荷で手首が壊れて動かなくなります。ヘリウスは軽いんですから受け流しを重視して!」
ミーノスを通してノンノからの叱咤が怒涛の如くニコラに届く。一人前の騎士からすれば無駄な動きが多すぎるのだ。と言ってもたった数日訓練しただけで一人前の動きが身に着くなら騎士など要らないのだからニコラを責めるのは酷である。それはお互いにわかっているのでニコラも口答えなどせず、ノンノの助言を真面目に受け止め、ただ黙々と言われた通りの動きに努めた。
単調な打ち込み一つでも、五十も重ねれば段々とぎこちない動きは減っていく。百も積み上げれば取りあえず様になり、次の剣へ移行する許可も下りた。
剣戟が三百に届く頃には遅れてきたリシャールも演習場に入って来て、ニコラとの模擬戦をせがんだが、基礎練習を理由に断った。
「俺はもう少し隅で素振りして身体に動きを馴染ませるから、代わりにノンノさんに相手して貰いなよ」
「ちょ、むーりぃ!ニコラさんも殿下がどれだけ強いか分かってて押し付けてるでしょ!」
「ちぇー。まあ、今回はむーりぃでいいか」
ノンノは出来れば相手をしたくなかったが、他に模擬戦の相手が居ない事もあって、最後は観念してリシャールの相手を承諾した。
その場から離れたヘリウスは隅で剣を振りつつも、視線だけは今から模擬戦を行う二騎に向けている。
先に仕掛けたのはリシャールのトリオーン。幅の広い剣を真っすぐ正中に振り下ろすが、素直過ぎる軌道だったので容易にミーノスは剣で防いだ。だが、ミーノスが反撃に転じる前にトリオーンが再度攻撃を仕掛けた。伊達で最軽量騎体に仕上げたわけでは無い。ミーノスが一度攻撃する間に三度は仕掛けられるほどのスピードである。
一方的な仕合展開になりつつあるものの、未だミーノスは有効打を貰っていない。ノンノの技量もさることながら、守勢に回った重装型の防御力は天才少年の駆る高位騎体でも崩すのに苦労するという事だ。
そしてじっくりと高レベル騎士同士の戦いを観察していたニコラが一つ面白い事に気付いた。重量騎であるミーノスが装甲を最低限しか着けていない最軽量騎のトリオーンの攻撃で度々よろけている。生身で例えるなら、体重が倍は違うフライ級とヘビー級のボクサーが殴り合って、重い方が打ち負けているのだ。幾ら武器の重さを加味しても少々疑わしい現象である。
基本的に攻撃力ないし打撃力は筋力と重量に依存する。勿論速度も重要な要素ではあるが、速度を出そうと思うとどうしても筋力が必要になる。短距離アスリートが例外無くマッシヴなのも、速さを生み出す筋力が必要不可欠だからだ。
ただし、デウスマキナに筋力は無い。あるのは神経と筋肉の代わりに金属の骨格フレームと命令伝達用の配線だけ。力を生み出すのは胴体部に備わった動力機関である。
この動力機関の性能は低位であれ高位であれ大きな差は無い。ミーノスのような低位騎体の出力を10とするなら高位騎体のヘリウスやトリオーンは12程度だ。ここからさらに調整次第で、最大五割増しまで出力を引き上げられる。反面、不安定になって扱い辛いくなり、経験の浅い者は立ち上がる事すら困難になるが、腕に自信のある者はこうした調整による出力増加を行うのは多々ある。
そして、それとは別に騎体重量が軽ければ軽いほど駆動系に回せる出力は増加する。それらの要素を総合した場合、もしかしたら両騎の出力比は二倍以上に開いているのかもしれない。
結果、同じ重さの武器を使えば半分の重量しかないトリオーンの攻撃で重量級のミーノスは打ち負けてしまうのだ。重量があっても力があるとは限らない。寧ろ軽量騎ほど攻撃力に秀でる、生身とは一風変わった戦いに学ぶ事は数多くあった。
都合五十を超える剣戟の末、ミーノスの剣は天高く弾き飛ばされ、形勢は一気に逆転するが、それでもノンノは諦めず、左手の盾を駆使してリシャールの剣を防ぎ続け、体重を乗せた盾をぶつけて何度かトリオーンを後退させるも、最後は怒涛の攻撃に体勢を崩されて負けを認めた。
模擬戦が終わると、騎体から出てきた二人の騎士は互いの健闘を讃える。ニコラはリシャールがすぐさま二回目を始めるか、自分を呼ぶかと思ったが、予想に反して天才坊やが満足しているのを不思議に思って二人に近づき尋ねると、リシャールが恥ずかしそうに白状した。
「実は盾で吹き飛ばされた時に右の手首ちょっと壊したんだ。だから今日はもうお兄さんとは戦えない」
「これが軽い騎体の弱点です。打ち込みが下手だったり、盾や斧のような重量武器を受け損なうと、簡単に手首が壊れてしまうんです。ニコラさんのヘリウスも軽量騎ですから、気を付けてくださいね」
つまりノンノは一方的に負けたわけではなく、帝国でもトップレベルの騎士に一矢報いつつ、見習い騎士に分かりやすい失敗例を提供して教育の一環としたわけだ。伊達に指導役を任されたわけではない技巧派である。
これで困ったのはリシャールだ。今日は調整後の慣らし運転なのに騎体を壊してしまったのだから、工廠の技師に謝らないといけないし、数日は修理でデウスマキナを使えない。兄であり皇帝であるローランからも何かしら小言を貰うだろう。一時の楽しさと釣り合うかと言われたら、確実に割に合わない。
明らかにテンションの下がったリシャールは肩を落として演習場から引き揚げて行った。
「あー疲れたよぉ。殿下の相手なんてもうむーりぃ。ニコラさんよく殿下に勝てましたね」
「俺の場合は装備が良かったのと、リシャールが舐めたからだよ。むしろ騎体性能で劣るノンノさんがあれだけ食い下がったのが凄い。技量は俺やリシャールよりずっと上だ」
「私はお二人より長く鍛錬を積んでるだけで純粋な才能はずっと下ですよ。ですから一日も早く技量を身に着けて一人前になってくださいね」
なかなか難しい注文だが、いつまでも見習いというわけにはいかないし、何も最強を目指す気は無いが、武で飯を食っている以上は強いに越した事はない。
気合を入れなおしたニコラは再びノンノと練習を続けた。




