第八話 チューニング
ニコラが帝都ブルーヌに帰還してから三日が経った。回収したデウスマキナ『ヘリウス』の修理が終わっていると、工廠のコークス技師長から連絡が入り、この日は朝から二人で工廠に顔を出していた。
「付き合ってもらって済まないなノンノさん」
「構いませんよ。私はニコラさんの指導役なんですから、見習いを放って置く方が問題です。それに騎士として整備の人達と仲良くしておくのも公務の一環です」
ノンノの気遣いにニコラは感謝しつつも同意する。軍隊でも整備兵と険悪な仲になると、意図的に兵器を故障させて事故に見せかけて殺されるという噂がある。勿論そんな事をしたら整備兵もただでは済まないので嘘だろうが、整備の人間から嫌われていると部隊単位で整備を後回しにされたり、最低限の整備しか受けられない事は珍しくない。命を預ける道具を扱う相手とは可能な限り仲良くしておくことは軍でも騎士団でもさして変わらないという事だ。
国営工廠は朝から技師達が忙しなく働いていた。ある者は騎体に張り付いて点検に勤しみ、別の者は人が扱う物の十倍はある巨大な武器を地道に砥石で砥いでいる。また別の場所ではアダマンチウムの金属塊を巨大なハンマーで叩いて装甲板を形成していた。内部に溶鉱炉があり、そこでデウスマキナの装甲や武器の材料となるアダマンチウムを加工している。
それらの技師にノンノは軽い挨拶をすると、技師達は誰もが友好的で気安い態度だ。普段から彼女が工廠の者達とコミュニケーションをはかっている証拠だろう。ニコラのそれに続くと、彼等は同じように気さくに声をかけてくれた。
三日前と同じハンガーに辿り着く。そしてニコラは赤い騎体を見上げる。三日前に見た時は胸部装甲が無く、コックピットがむき出しになっていたが、現在はそこも新しい装甲板が取り付けられている。膝の装甲も何度も蹴りを入れてボコボコに凹んでいたが、既にそちらも交換か修復を受けて反対側の装甲と寸分違わぬ形を取り戻していた。それに所々にあった細かい傷も全て磨き上げられており、歴戦の古強者から、深紅のドレスを纏い社交界デビューを待つ年若い淑女のような美しさをヘリウスは取り戻していた。
「うわー、ミーノスのような可愛さは無いですけど綺麗な騎体ですね。細身ですから駆逐型でしょうか」
「駆逐型?」
「そういえばデウスマキナの事はまだ詳しく教えていませんね。基本的にデウスマキナは軽量級と重量級に分けますが、もう一つ分類があって、騎体特性によって駆逐型と重装型、それと二つの中間の汎用型という区分けがあるんです」
そういえば昔、戦車に同じような区分があったとニコラは軍の訓練所の講義内容を思い出す。厳密に言うと違うのだが、基本的に重量級と重装型、軽量級と駆逐型が同じ扱いになるのだが、ややこしいので地球では何百年か前に統一して重装と駆逐という区分は廃れていた。
重装型は持ち前の装甲の厚さを生かして敵軍に突撃して複数の敵騎と戦う事を要求される。装甲が厚いのは防御性能を上げて多少の乱戦でも戦闘力を喪失しないように継戦能力を高め、生存性を上げるためだ。ただし重装甲ゆえに騎体が重いので、機動力には難があり、広い戦場を駆けまわる事には向いていない。良くも悪くも数を頼りにする戦術に適している。
一方、駆逐型は装甲を外すか薄くして重量を軽くして、軽快な機動力を生かして戦場を縦横無尽に駆け回る事を得意とする。そのため突撃よりは自陣に据えて、迫る敵を一騎ずつ確実に仕留めるような防御寄りの戦術を担う事が多い。勿論先陣を切っての突撃も可能だが、薄い装甲が災いして大多数の敵味方が入り乱れる乱戦には向かない。しかしながら軽量故に駆動出力系に余裕があり、細身であっても高い攻撃力を有するので、一度の戦闘で数騎を撃破する事も珍しくない。実際、軽装甲でも自信のある腕利きはこちらを好む場合が多い。
それとミーノスのような重量騎は基本的に重装型だが、装甲を減らして軽くして調整次第では駆逐型にも変更は出来る。逆もまた然り、ヘリウスのような典型的な軽量騎でも装甲を追加して駆動系を調整すれば重装型への変更も可能である。ただ、あまり騎体を弄り過ぎてバランスを崩すと扱い辛くなるので、余程の事が無い限りは騎士の方が騎体に合わせるように戦い方を変えるのが一般的である。
「じゃあ、ノンノさんがハルバードを使うのも、ミーノスに合わせているから?」
「そうですね。私は本当はレイピアみたいに軽い剣が一番得意ですけど、あの可愛さを損なうなんて出来ないですよ」
「相変わらず、むーりぃの可愛いの線引きってよく分かんないよね」
突然後ろから声がしたのでニコラとノンノが振り向くと、そこにはリシャールが馬鹿にしたような顔でノンノを見ていた。
「り、リシャール殿下じゃないですかっ!なんでここに」
「おはようリシャール」
「おはようお兄さん。聞いたよ、騎士見習いになってむーりぃの下に就いたんだって」
一瞬誰の事を指していたのか分からなかったが、最初に会った時からノンノは口癖のように『むーりぃむーりぃ』と言うので、リシャールがあだ名にしてもおかしくない。
リシャールは愛騎の調整に来ていたが、たまたま見知った顔が居たので声をかけたそうだ。ニコラは普段通り接しているが、ノンノはリシャール相手にビクビクしており、『むーりぃむーりぃ』などと唸っている。
「ノンノさん、リシャールと仲良いの?友達?」
「ただの貧乏騎士が皇子と友達なんてむーりぃ!前にちょっと模擬戦しただけですよぉ。それだって殿下に手も足も出なかったのにー」
「そんな事ないよ、むーりぃは結構やる方だよ。僕が何度かヒヤッとするぐらいにはね」
恐々とするノンノとは正反対に、リシャールはそこそこ遊び甲斐のある玩具を前にした猫のように嬉しそうである。この様子ではちょっとどころではないぐらいに遊んだのだろう。
騒ぐ三人に工廠の技師達の注目が集まり、その中から一名、真っ白な毛の小柄な狼人が近づいて来る。
「おはようございますコガさん。リシャール殿下とフォーレさんもおはようございます。見てのとおり、ヘリウスの修理終わってますよ。あ、私ミースって言います。コークス先生からヘリウスの修理と調整を任されていますので、よろしくお願いします」
ミースと名乗る女性の狼人を見たニコラは、思わず抱き着いて頭を撫でまわしたい衝動に駆られたが、流石に初対面の相手にそんな事やったら、勤務二日目にして同僚の世話になる。それは拙いので自制心を利かせて諦めた。
「早速ですけど、コガさんはどういう調整をお望みですか?皆ギルスのデウスマキナを好きなだけ弄り回せるって盛り上がってますから、大抵の要望には応えられますよ。勿論武装も可能な限り融通しますので遠慮なく言ってください」
「あまり弄り過ぎて尖った性能にするのは困るな。動力はある程度汎用性を保って、瞬間的な出力を上げるより継戦能力を重視した仕様にしたい。操作性も遊びを少なくし過ぎると、操作に負担が大きくなって体力を消耗するから、今の状態より少し遊びを少なくする程度で構わない。武器の方は色々使ってみて考えるよ」
「えー、お兄さん才能あるんだからもっと尖らせたって大丈夫だよ。僕のトリオーンぐらい出力上げて、一気に全部倒しちゃえば体力とか時間なんて関係ないよ」
「それはリシャール殿下以外にはむーりぃですぅ。それにニコラさんはまだデウスマキナの経験が少ないですから、もう少し慣れるまでは汎用寄りにしておいた方が良いと思います」
ニコラはリシャールの提案を一蹴する。それにはノンノも同意して援護に回ってくれた。
詳細までは分からないが、素人から見てもこのむくれている天才坊やのチューニングがまともでない事ぐらいはニコラも十分理解している。
それに彼はニコラの事を才能があると言うが、それはあくまで短期間でデウスマキナの操縦に慣れる順応性や、高い適合性による追従性と意思伝達速度の速さであって、技能や操縦センスの事ではないとニコラは思っている。大昔のロボットアニメーションで、新型機がピーキー過ぎてパイロットがまともに扱えずに敵機に撃破されてしまう場面があったが、幾ら性能が良くてもまともに扱えない兵器など失格である。仮にも軍人がそんなロマンを求めてはならない。自分はそんなフィクションの中の人間ではないのだ。
それに実際にデウスマキナを操作して分かったが、騎体の操縦や制御はただ歩くだけでも結構疲れる。運搬車があればそれに乗っていればいいが、行軍は常に平野とは限らない。山岳地帯や湿地では自分の脚で歩かねばならないのだから、余計な体力を使って、いざ戦場で疲労からの不注意で戦死するなど受け入れられない。カタログスペックだけで兵器の性能を判断すると足元をすくわれる。
「分かりました。では早速ヘリウスに搭乗してください。今日はおおざっぱに調整してから、数日模擬戦を繰り返して煮詰めて行きます」
「ちぇー、もっと冒険したっていいのにー。あっ、調整終わったら五区の演習場に来てよ。今日は僕もそこに居るから、調整したトリオーンと模擬戦しようよ。勿論むーりぃも一緒だよ」
「ひ、ひえー。殿下の相手なんてむーりぃ!ああ、でも私はニコラさんの指導役だし、放って置けないよー」
面倒な作業はさっさと終わらせようとヘリウスの調整に入るニコラ。ワクワクしながらトリオーンの調整の為にここから離れるリシャール。なし崩しにリシャールと模擬戦をする羽目になって泣きそうになるノンノ。三者の反応はそれぞれ違うが、三人ともこの後、デウスマキナを使い戦う事だけは一致していた。




