第六話 睦まじい二人
「おかえりーニコラ。晩ごはん出来てるよー」
城から帰宅したニコラは留守を任せていたセレンに食欲をそそる匂いと共に出迎えられた。よくよく考えると、誰かに出迎えられるなど家族と一緒に暮らしていた時以来だ。何だか懐かしさと気恥ずかしさが込み上げて来る。
「?どうしたの、そんな所で立ってないで入って来てよ」
「ああ、済まないな。今入る」
エプロンを着けた新妻スタイルのセレンに見惚れていたとは羞恥心から言えなかった。
配膳を待っている間、ツマミに買っておいた乾燥豆を頬張りながら蒸留酒を一杯引っ掛ける。イモから作ったアクアビットは強烈で、チビチビ舐めるように飲んでいると、食事の準備が整った。
香草と野菜のスープ、豚肉の炭焼き、それと買い置きのパン。セレンはこの国の調味料がまだよく分かっていないので、どれも簡素な出来だが、不思議と店のものより食欲をそそる。
二人とも席に着くと、同時に食べ始めた。そして美味い食事は人を饒舌にする。セレンもニコラに付き合い、酔わない程度に酒を飲む。
「それでね、今日はニコラに教えられた通り、一人で買い物もしたんだよ」
「みたいだな。この肉は今日買ったんだろ。ちょっとずつ人の街に慣れているようで安心した」
「えへんっ!竈の使い方も慣れたし、これからどんどん美味しい料理作ってあげるからね」
慎ましいどころか絶壁を前に突き出して得意げになるセレンを無視して豚肉を齧る。味付けは塩だけなので少々臭うが耐えられないほどではない。竈に慣れたとはいっても、調味料や香料の使い方は独学では限界がある。もっと美味しい料理を作ろうと思ったら、誰かに師事しなければ不可能だろう。
そんなわけで今日の城での出来事を話しつつ、明日から勉強のために一緒に城に行くと告げると、二つ返事で了承した。もう少し渋ると思ったが、セレンから朝から一人で心細かったと告げられたら、仕方がないとはいえニコラも罪悪感が心にのしかかる。
「でもさ、明日からは一緒なんだよね?それなら今日は許してあげる」
「午前中は別の部署だけどな。教えられながら働くんだから半端は許されないから覚悟するんだぞ」
「はーい。ところで、ニコラはどうだった?騎士として誰かと戦ったりしたの?」
「今日は顔合わせと案内だけだ。機会があれば紹介するが、何というか世話の焼ける上官に当たったよ」
昼間のネガティブ少女を思い出し、これから上手くやっていけるか心配になって酒を呷る。そういえばノンノの歳を聞かなかったが、外見はセレンとさして変わらなかったので多分15~16歳程度だろう。よくよく考えたらその歳でデウスマキナを与えられた上級騎士なのだから大したものである。あの塩爺もといハリスが言うように後ろ向きな性格さえ改善出来れば言う事無いだろう。
話しながらも美味しい夕食を平らげた二人は一緒に後片付けをする。最初はセレンも遠慮して自分でやると言っていたが、一緒に暮らす以上は少しぐらい家事も分担するのが筋だと言ってニコラが押し切った。
協力して片づけを終えた二人は居間のソファでくつろぐ。セレンはここが自分の特等席と言わんばかりにニコラの膝に座り身を預けている。
後は寝るまで特にすることが無いので話をする程度だ。セレンは元々娯楽と呼べるものの無い森の中で暮らしていたのでさして気にならない。問題はニコラだ。発達した文明の申し子のニコラには何もする事の無い時間は意外と苦痛である。兵士である以上はいつでも休息を取れるように訓練を受けているのですぐに眠る事が出来るが、それほど疲れていないし、セレンを放って一人で寝るのは無い。つまり暇を持て余してしまう。
結果、どうなるかといえば――――――
「ん、くすぐったいよぉ。そんなに耳を舐めちゃだめぇ」
「気持ちよさそうな声を出してるのに?」
「ひゃんっ!そうだけどぉ恥ずかしいんだもん」
ニコラに後ろから抱き抱えられ、セレンは首筋から耳までを口で愛撫されて、気持ちよさに身をゆだねながらも羞恥心で顔を上気させていた。
若い男女が一つ屋根の下で暮らすとなれば当然何も起きないはずがない。しかも衣食住に余裕があり、暇を持て余しているとなればやる事は一つしかない。
セレンも自分が何をしているかは分かっているつもりだ。狭い森の村の中ではプライバシーなどあるはずが無く、若い夫婦が夜中に何をしているか知っている。勿論自分の両親が事に及んでいるのを直接見た事もある。だからニコラと一緒に暮らすのを選んだ時に、きっとこうなると予想していたが、実際に行為に及ぶとなると恥ずかしさで死にそうだ。だがこうして後ろから抱き抱えられて首筋に触れられると、今まで味わった事の無い幸福感と酩酊感に溺れそうになる。こんな快楽を母や村の女性達は隠していたのかと思うと腹立たしく思う。
身を悶えさせるセレンを愛おしそうに思いつつも、哭かせたくてしかたがないニコラはひたすらに少女の身体を弄っていた。この世界に迷い込んでから既に一ヵ月。強制的に禁欲生活を強いられていい加減性欲が限界を迎えていたが、ようやく落ち着ける場所を手に入れて、気の済むまで欲望を満たせる相手が居た事から完全に枷が外れていた。しかも相手は性知識が全く無い真っ新な少女、それを自分色に染め上げる征服欲は何物にも代えがたい。おかげでついつい意地の悪い事も口に出てしまう。
「じゃあ、セレンも嫌がってるから止めるか。明日からはお互い忙しくなるから、今日はもうおしまい。早めに寝るか」
「えっ?」
ニコラが急に手と口を止めてしまい、セレンは夢心地から急に現実に引き戻されてしまい愕然とした。行き場の無い高揚感を持て余す様に火照った身体をモジモジさせている。ニコラもセレンの気持ちを分かっていてやっているのだから中々に嗜虐的である。
本当にニコラは何もせず、ただ黙って膝にセレンを座らせているが、セレンの方は背中に感じる雄の体温と汗の臭い、それに加えてアルコールの混じった熱い吐息を首筋に当てられて、理性が保てそうになかった。もう羞恥心など要らない、ただ好きな雄に全てを任せて支配されたかった。
「―――って」
「ん?どうしたんだ?」
「意地悪しないであたしをもっと気持ちよくしてよーばかぁ」
艶声ではないが、それだけに好きな雌の生々しい欲望を見る事が出来た雄は満足そうである。そして若い雌は腰砕けになりつつも期待を込めた濡れた瞳で見上げる。ニコラは実に楽し気に眺めてから自らの唇をセレンの唇に合わせる。
始めは唇同士を触れさせるだけの軽い物だが、段々とそれは熱と動きを強め、互いを貪るような激しい物となる。そしてますますセレンの肢体から力が抜けるが、相反するように絡み合う舌の動きは快楽を追求しようと独立した生き物のように激しく動き回り、より淫靡になった。
息継ぎを忘れて咳き込むほどに激しく長いキスの後、セレンは今以上を望み、ニコラもそれに応え、自分のつがいとなった少女を抱き抱えて寝所へと連れて行った。
□□□□□□□□□
翌朝、カーテンの隙間から差し込む夜明けの日差しでニコラは目を覚ました。半覚醒状態の脳のまま天井を見上げ、昨夜の情事を反芻する。一ヵ月溜めに溜めた欲を発散させて若干の疲れもあるが、精神状態はここ数年の中で最高といっていい。性欲が強い方だとは思っていないが、一ヵ月も禁欲生活を強いられるとなれば男としては相当に辛い。しかも常に絶世の美少女と言っても差し支えない女と一緒にいるなら尚更である。
今もその少女の体温と体臭、それに吐息を感じて股間は元気だ。流石にこれは朝の生理現象だと思うが、起き掛けにもう一度だけ事を致してみたいと悪い考えがよぎり、眠っているであろう少女に悪戯しようと横を見ると、最愛の女性と目が合った。
「………おはようセレン」
「おはようニコラ」
ルビーのような深紅の瞳が美しいが、いつも以上に赤いのは寝不足で充血しているからだろう。自分は朝までぐっすり眠れたが、彼女はあまり眠れなかったのか。そして心なしか怒っているように見えるのは気のせいだと思いたいが、残念ながら彼女は分かりやすく怒っていた。もしや悪戯しようとしたのを読んでいたのか。
「ねえ、ニコラ。何でソレ元気なの?昨日あんなにしたのにまだ足りないの?盛りのついた猫かなにかなの?」
「あー、きっとセレンがそれだけ俺を夢中にさせる良い女だからだと思う。たった一日じゃ満足出来ないんだよ」
「アホ、バカ、好き者、鬼畜、変態、絶倫」
こちらを睨み付け、思いつく限りの罵声を浴びせる。そして全てを言い切った後、ふいに笑いかけてセレンの方からニコラへ唇を合わせた。昨夜のように激しい物ではなく軽く触れる程度だが、唇に含んだ情愛はずっと強い物に思えた。
キスの後、初めてのセレンに色々と無茶をさせてしまったニコラは改めて謝罪するが、彼女は嬉しそうに、しかしその倍は恥ずかしそうに横に首を振って不要と言った。
「怒ってないのか?」
「怒る理由が無いよ。大好きなニコラといっぱい気持ち良い事して、あたし今凄く幸せ」
「じゃあ、今からもう一回気持ちいい――――――」
「それはダメ。今からだとお城に行くの遅れちゃうから夜までおあずけね」
昨日までは子猫のような愛らしさを振りまいていたが、今はどことなく艶やかな、しっとりとした微笑みだ。これはこれで魅力があって良い。冗談半分でもう一回と言ったが、この笑みを見ると本当にもう数回性交をしたくなった。だが、嫌がる相手を無理に組み伏せる趣味は無いニコラは、少々残念に思いながらもお楽しみは夜まで取って置く事にした。
食事の後、湯を使って昨夜の残滓を丁寧にふき取り身支度を整えた二人は、仲睦まじく城へと歩き出す。
道ですれ違う人々は、仲の良い長身の青年騎士と小柄なエルフの少女の姿を見て、それぞれ微笑むなり羨望の視線を向けるなりしたが、誰もが彼等の仲を疑う事は無かった。




