第一話 デウスマキナとは
同日、どこか遠くの戦場と同様に数多くのデウスマキナが揃う場所に回収任務から帰還したニコラ達はいた。ただし、ここは血風と破壊の渦巻く戦場ではない。むしろ破壊と対極にある創造と修復を専とする場であった。
ボルド帝国帝都国営工廠。それが彼等の訪れた場所である。
「うひゃー、凄い所だねー。デウスマキナってこんな風に造られてるんだ」
生まれて初めて人間の道具が造られる所を見たセレンが感嘆の声を上げた。金属加工技術の無いエルフである彼女にとって、道具の製作は主に石を磨くか、木を削るか、動物の骨や角に穴を空けるぐらいしか見た事が無い。それが溶鉱炉から取り出したアダマンチウムの金属塊を水動力式機械ハンマーで叩き成形したり、千を超える歯車や部品を一つの装置に組み上げる所、数十人がかりで運ぶような巨大な装甲板や10m以上の剣や盾を吊り下げ式クレーンで運ぶ所を見れば、感心するのは無理もない。
それにニコラもこのファンタジー世界の中で、やけに近代的で技術水準の高い設備群を見て、感動する反面、デウスマキナ関連だけがこの文明から突出したイレギュラーな存在だと改めて認識した。
技師が三名に―――正確には生体部品になるエルフのセレンに―――注目する視線の中を通り抜けると、ニコラが一騎のデウスマキナの前で立ち止まる。
その騎体は右足が無く、メンテナンスベッドのような作業台に仰向けに寝かされていた。全ての装甲は外され、伝達機構や駆動系の機械部分が露出している。それだけなら他の騎体と同じだが、取り外されて一纏めにされている黒い装甲に見覚えがあった。ニコラが大破させ、鹵獲したクラウディウスの至宝の片割れ『アプロン』である。
「こうして装甲を外すと他の騎体と違いが分からないな」
「どの国の騎体でも骨格フレームの基本に違いは無いからね。騎体によっては骨太になったり、細く軽量化させる事もあるけど、基礎部分は全部一緒らしいよ。おかげで鹵獲騎体でも整備が滞る事が無いし、一部は他国に売り払っても支障が無いんだ」
一緒にいたリシャールがさも当たり前の事のように言うが、軍事は国家機密じゃないのかとニコラは思ったが、よくよく考えると地球でも開発した兵器を他国に供給したり、ライセンス生産で設計図を渡す事も珍しくないので、こうやって他国にデウスマキナが広がったのではないかと考えた。
そう思えば他国の、それも準敵対国家に使われるアプロンには道具としての宿命に翻弄される哀れさがあった。今後は正式にニコラの愛騎となるヘリウスと同様、ボルド帝国が大事に酷使する事になるだろう。これからの明るい未来を想像しつつ、三名は目的の場所へと向かった。
ニコラ達がやって来た場所には一騎の青いデウスマキナが立っていた。エクウスのような淡色の青ではなく、もっと深い夜空を思い起こさせる群青、ラピスラズリをそのまま人型に削り出したような気品のある騎体だった。そして細身のヘリウスよりもさらに細く、ふくらはぎや腕の一部は装甲すら覆っておらず、一部機関がむき出しのままになっている。完全に防御を捨てて徹底的な軽量化を目指したネイキッドな騎体は相当な達人でもないと恐くて乗れないだろう。
まだ作業中なのだろう。多くの技師が騎体に群がり、忙しそうに作業している。リシャールはその中で他の技師達に指示を飛ばしている小柄で白衣を着たヒョウ柄の人物に話しかけた。
「あぁ、リシャール殿下ですか。わざわざご苦労でした。それと貸し出したエクウスはどうでした?殿下には不満のある騎体ですが、出来る限り調整はしておきましたが」
「んー、贅沢を言えばもっと遊びを少なくしても僕なら動かせるけど、借り物だし元が鈍重な騎体だから別に構わないかな。それと、紹介が遅れたけど、こっちの大きいのが新しい騎士のニコラで、ちっさい方がセレンだよ。この人がアルジェン=コークス技師長、この工廠で一番偉い人だよ」
それぞれ挨拶すると、ヒョウ柄ならぬ豹人の女技師アルジェン=コークスは生えそろった鋭い牙を見せて笑みを返す。亜人でも有能ならば要職に就けるのもボルドならではの人事だった。さらに姓持ちとなれば貴族なのかもしれない。
「ちょっと、リシャール。アンタの方がちっこいのに、あたしの説明おかしいでしょ」
「ふふん、だってセレンはニコラに比べたらちっこいじゃないか。僕は間違った事言ってないよ」
「ぐぬぬ」
「ははは、仲がよろしい事で。それから君達の事は噂で聞いているわ。ギルス貴族のデウスマキナを触れる機会をくれてみんな喜んでいる。騎士と技師として仲良くやりましょう」
ニコラは命を預ける兵器を扱う整備班とは仲良くしておけと先輩兵士から聞いた事があった。そしてこの手の職人や技師は無関心に振る舞うより自分の仕事に興味を持っていると思わせた方が何かと便宜を図ってくれる事を経験的に知っていたので、元々興味を持っていた事もあり、デウスマキナについて質問してみる事にした。
すると、予想通りコークスは実に嬉しそうにしていた。
「あ、それあたしも聞きたかったんだ。その、何であたし達エルフや亜人を道具扱いするのかとかさ」
「ふむ、ではそのあたりの事も説明するためにリシャール殿下には最終調整を兼ねて、愛騎のトリオーンに乗って貰いましょう」
コークスの提案を了承してリシャールは目の前の群青の騎体トリオーンに乗り込む。
「そもそもデウスマキナとは何かと問われたら我々は一つしか答えを返せない。数千年前から大陸の王家に伝わる騎神あるいは神騎と呼ばれる騎体を模倣して生み出した最強兵器とな。リシャール殿下のトリオーンもボルテッツ家に伝わる神騎を模して造られた物だ。そして貴方が持ち込んだヘリウスもアプロンもまたギルス共和国の神騎を直接模した高位騎体よ」
リシャールが胸部コックピットに乗り込んだのを確認した技師達は腹部の装甲を開いて、大人の掌ほどの大きさの透明な物体をトリオーンの腹部へと格納した。四つの三角形を張り合わせたピラミッド型を上下にくっ付けた形状の物体にはニコラも見覚えがある。
「今騎体の腹部に入れた正八面体がデウスマキナの動力源であるクリスタルよ。あれのおかげで巨大な騎体を動かす事が出来る。ただ極めて貴重な鉱石だから、他の用途に活用出来ないのが困り所ね。それにクリスタル鉱山の採掘権と輸出量を巡って度々戦争になるから、神様も罪造りな物を造ったものよ」
動力の供給を受けたトリオーンの甲高い駆動音が周囲に響き渡る。その金切声のような駆動音はまるでトリオーンの歓喜の声にも思えた。そしてクリスタルから供給されるエネルギーにより、背部には陽炎が立ち込めはじめる。ヘリウスやエクウスでは見られなかった現象である。気になってニコラが聞いてみると、なぜかコークスは呆れとも感心ともつかない口調で説明してくれた。
「あれはリシャール殿下用に出力調整を高くし過ぎて余剰熱量が背部から垂れ流しになってるの。普通の調整じゃ殿下は満足してくれないから、限界まで動力機関の出力を上げてるのよ。おかげで異常に扱いにくいし整備も大変。何より他の騎体と比べて半分の稼働時間しか確保出来ないときた。おまけに殿下は操作系と駆動系の遊びを限界まで減らしているから常人には立ち上がらせる事さえまともに出来ないぐらいに機敏な反応で、到底扱えない騎体になってしまって、整備班は慣らし運転すら不可能。そんな騎体をよくもまあ自分の手足みたいに扱えるわ」
コークスの言葉通り、リシャールの操るトリオーンは怪我から完治した患者が自分の身体の調子を確かめるように、その場で指先を動かしたり首周りの調子を確かめるようにしきりに細かく動く。その動きは非常に生物的で、まるでデウスマキナが本当に生きているかのように錯覚させるような生々しい動きである。ニコラのヘリウスでもこれほど細かい動きはなかった。つまりこれがリシャールの要求する『自分の身体のように動く』騎体調整なのだ。
正直、デウスマキナ初心者のニコラとは立つステージが違う。
「この騎体のような調整はどんなデウスマキナでも可能なんですか?例えば俺が使ったヘリウスやエクウスでも」
「どっちも出来ない事は無いけど、ヘリウスみたいな高位騎体ならともかく、エクウスのような低位騎体だと動力機関に無理をさせ過ぎてすぐに壊れるわ。それに一番の問題は中枢制御系に用いられる生体脳の性能に左右される事ね。騎体全体を制御統括する生体脳の性能が高ければ、より細かい調整が出来るし、騎士の要求にも精確に一切の時間差も無く応えてくれる」
「―――――それがあたし達亜人の脳なの?」
「そうね。それは否定しないわ。でも私達はギルスのように何の罪も無い相手を狩るような真似をして調達しているわけじゃないの。今使われている脳は全部死刑宣告を受けた重犯罪者の有効利用よ。ボルド帝国は種族で差別しない分、罰則にも差別は無い。残念な事だけど、悪いのは罪を犯した亜人の方。デウスマキナの一部になるのは一種の贖罪なのよ」
「けどコークスさんは納得してないよね」
セレンの非難染みた視線にコークスは無言で頷く。その亜人の括りにコークス自身も入っているだろうが、にも拘らずこのような自分の同族の身体が使われている状況に納得がいかないのだろう。結局のところ、ボルドもギルスも、それ以外の国もデウスマキナを所持する国は同じ穴の狢である。その事実が亜人であり、帝国の中で重要な地位に座るコークスには未だ飲み下せていない。
それはそれとしてコークスは何故亜人の脳が必要になって来るのか、そこの所をより詳しく教えてくれた。
極論を言えば生体脳は亜人である必要は無いらしい。一応人間の脳を用いてもエクウスのような回収用の騎体程度なら十分性能を満たせるのだという。
「単に亜人に比べて性能が落ちるだけで、デウスマキナを自分の身体と誤認させてしまえば、別に人間の脳だって構わないわ。だから犬や馬の脳味噌じゃ駄目なの。そうでなければ私だって好き好んで人や亜人から脳を引きずり出したりはしない」
「なら、デウスマキナの腕を四本に増やしたり、足を車輪や馬のような四足に交換する事も出来ないと?」
「過去にそういう改造案もあったけど悉く失敗したわ。ならいっそ馬型や犬型のデウスマキナを造ってやるって息巻いてた技師も居たみたいだけど、そっちも全滅。デウスマキナの骨格フレームの基礎は誰にも弄れないのよ。だから全て制御系は人型の脳が必要になってくる。正直悔しいけど私達が出来る事は先祖から受け継いだ騎体を模倣して劣化品を造る事と直す事だけ」
技師なんて大層な事を言ってもその程度だと自嘲するコークス。
彼女の言う通り、発展改良を行えない兵器を模造するだけではいずれは衰退する分野だ。いや、既に衰退している状況で、どうにかやりくりして悪足掻きの延命処置を施しているに等しい。
そもそもこの星に住む者は一からデウスマキナを開発したのだろうか?自分達が開発して原理が分かっているのであれば、フレームであれ制御系であれ幾らでも手を加えられるだろうし、別分野に流用出来ると思う。あるいは造られたのがあまりに昔過ぎてロストテクノロジー化している可能性もあるだろうが、それでももっと別の生活環境にもその名残が無くては説明がつかない。
もしかしたら全く別の起源を持つ文明の遺産を掘り起こして勝手に使用しているだけではないのかと思えてならない。それほどデウスマキナの技術は今の彼等の有する技術水準とかけ離れている。
「愚痴を言ってしまってごめんなさい。貴方達には関係の無い事だったわね。けど、それでも他に倒せる兵器が無い以上はデウスマキナは今も最強の兵器で有り続けているわ。デウスマキナを倒せるのはデウスマキナだけ」
「でもニコラはそのデウスマキナを倒してるよね?」
セレンの何気ない言葉にコークスの目が吊り上る。セレンの言葉には皮肉や悪意は微塵も無いが、技師であるコークスには聞き逃せない。
「そうね、最初に話を聞いた時は自分を高く売り込みたい新人騎士によくあるホラ話かと思ったわ。デウスマキナを倒せる未知の兵器なんてあるはずがない、精々相手が騎体に乗り込む前に騎士を倒すのが関の山。ここの職人達も誰も信じていなかった。
でも、実際に大破したアプロンが運ばれてきた以上は信じないわけにはいかない。あれ、どうやって破壊したのか後学の為に是非とも知っておきたいわね」
コークスは先程までの理知的で冷静な口調が引っ込み、有無を言わさぬ強い口調と鬼気迫る眼光でニコラを追い詰める。戦場の緊張感とはまた違ったプレッシャーを感じたニコラは、ここは拒否するより素直に協力しておいた方が良いと考えて、後日アプロンを破壊した兵器を持ってくると約束してその場は収めてもらった。
それにまだトリオーンの調整が残っているし、他の仕事も幾つか抱えている。そして工廠の技師長という立場の自分が欲求を最優先するわけにはいかない。大いに不満はあれど、ニコラも嫌とは言わなかった以上、後日という事で納得するしかなかった。
コークスの葛藤は別にして、何事も無くトリオーンの調整は終わった。降りてきたリシャールは久しぶりに満足のいく騎体に乗れたので機嫌がいい。
ヘリウスの納品とトリオーンの調整が終われば、リシャールやニコラに特別な用は無い。コークスからはヘリウスの調査と修理は三日かかると言われた。ニコラが次に顔出すのは調整が必要になる三日後で良いと言われたので、ニコラ達はコークスに礼を言って工廠を後にした。




