序文 戦場の姫騎士
雲一つ無い晴天の空の下、岩肌の露出した禿山に落雷の如き轟音が無数に響き渡る。多彩な色と派手な装飾を施された甲冑を纏った騎士達は剣を、槍を、槌を、斧を振り下ろし、突き刺し、防ぎ、躱す。互いに芸術の領域にまで引き上げた殺人の技術を余すところなく披露し、今はただ敵対者を殺す事しか必要ない。
踏みしめた大地は騎士の重みで悲鳴を上げて砕けるが、堅牢無比なアダマンチウムの踵は傷一つつかない。だが、バランスを崩した騎士に相手の騎士が好機と見て、必殺の一撃を振りかぶる。
絶体絶命の危機に騎士は思わず目を瞑ってしまったが、地獄への招待状が届く事は無かった。
別の白い細身の騎士が間に割って入り、止めを刺そうとした重武装の騎士を、盾ごと身体をぶつけて弾き飛ばした。倍の重量を持つ騎士をその細身で吹き飛ばす戦いは、この大陸において最強兵器と名高い巨大人型兵器デウスマキナ同士ならではの光景である。
「シモン、戦の最中に諦めるなっ!最後まで戦い抜け、この間抜けめっ!!」
殺し合いが当たり前の戦場に、鋭くも場違いなほど気品ある澄んだ女性の声が木霊する。言葉そのものは罵声だったが、不思議と誰も不快に感じない。むしろ助けられつつ罵られた男の騎士は心なしか喜悦を感じてしまう。
そこから戦況は互角の戦いから、やや女性騎士の所属する陣営に流れが傾く。個々の力量は女性達の方が劣るように思えるが、唯一人だけ突出した力量を持つ女騎士が度々仲間の窮地を救い、常に騎士達を罵りながらも鼓舞し続け、ひたすらに遊撃役として戦場を駆けまわったおかげで傷は多々あれど目立った脱落者は一人も出していない。
一方、反対の陣営の騎士達も数で勝っているが、相手の方が有利な地形に陣取っていたのと、士気の高さから無理攻めは予想以上の損害を出すと考えた指揮官が、決定的な損失を出す前に後退命令を下して配下の騎士達を下がらせた。何よりあの姫騎士とまともにやりあった場合、勝ち切れる自身が無かった。
早々に引き上げて行った敵を前に騎士達はデウスマキナから出て、勝ち鬨を上げ、主人と仰ぐ女性騎士を讃えた。彼女は首級の一つも挙げていない勝利などに勝ちは無いと内心思ったが、味方の士気を下げるような真似はしたくなかったので、内心は腹立たしく思いながらもそのまま部下達の好きにさせていた。
「姫様、この調子でうちの鉱山を奪いに来るボルドの奴等を懲らしめてやりましょう!」
「そうです、次は逃げる間もなく撃破してやります。だからシャーロット様、もっと叱咤激励してください!」
「お前シャーロット様に罵られたいからってわざと手を抜くんじゃないぞ!それはそれとして後で私と倒れるまで模擬戦をお願いします!」
好き勝手に喚く騎士達を前にした女性は頭が痛かった。しかし立場もあるので、心の奥底を見せるような事はしない。
「まったく、貴様達はこんな小娘に何を期待しているのだ、この変態共がっ!いいか、私達の肩には無辜のガルナの人々の生活が掛かっている事を決して忘れるな、分かったな!」
デウスマキナの動力源となる最重要物資クリスタルを産出する鉱山の死守は農耕に適さない山岳国家である祖国の命題。ここを奪われては近隣の民は明日の食事にも事欠く。父であり国王からの防衛命令に不服などあるはずが無い。
しかし騎士たるもの、弱きを助ける高潔な精神を身に宿し、弛まぬ努力を積まねばならぬと言うのに、どいつもこいつも自分のような小娘に罵倒されて喜ぶなど、とんでもない変態である。だが、実力は精鋭と呼べる程度には持ち合わせているだから、この地の護りを任された指揮官として我慢して使わねばなるまい。
それに、自分の秘めたる想いを叶えてくれる強者が自国にも侵略者の中にも居ない事が不満だった。勿論王族の義務を放棄するような事は無いが、どうにも楽な戦いに不満はある。もっと強い騎士はこの世にいないものか。
デウスマキナの上で、部下であり戦友の騎士達を見下ろす燃えるような赤い髪の美少女――――シャーロットの嘆きと想いを知る者は、この場には誰一人として居なかった。




