表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎神戦記  作者: 卯月
第一章 異邦人の選択
30/74

第三十話 二人の未来



 仰向けに倒れたヒュノーの頭を掴んで、こちらに引き摺るヘリウスを見たペレスは先祖への申し訳なさと悲憤に押し潰されそうだった。クラウディウスの至宝の片割れであるヘリウスの外観は、ある種の女性的な妖艶さを持ち、戦場において舞うように雅に戦ってこそ兵士を魅了し戦意を鼓舞する。幾多の戦場でも一度に数騎を相手取った事や、敵の大将と一騎打ちの末に討ち取り、戦の行く末を決定付ける役を担った事もある。

 それが今や異端者の走狗となり果て、我が忠臣を物のように粗雑に扱う道具に堕ちた。あまつさえあのような戦い方は雅さの欠片も無く、さながら場末の酒場で乱闘騒ぎを起こした兵士のようだ。百歩譲って戦い慣れた古強者と言えるのかもしれないが、粗雑さは隠せそうにも無い。


「ははっ、お兄さん面白い戦い方をするなー。軽量騎なのによりにもよって格闘戦を選ぶんだ。あーあ、膝の装甲ベコベコに凹んでるよ。――――でも、この戦いの勝者は僕達ですね、クラウディウス殿?」


「そのようだな。―――それで、貴方は私に何を要求なさるのですかな?」


 デウスマキナとは、その国の軍事力の象徴であり、それを操る騎士は、ある種の戦争全権代理人として扱われる。過去にも数多くの戦争があったが、デウスマキナ同士の戦いの結果で国家間の戦争が終結した例も数多くある。それこそ小国同士の戦争なら戦死者が騎士数名で終わった事もある。彼等デウスマキナを操る騎士は国家を代表して無数の兵士の代わりに戦って死ぬために存在していた。

 故に勝利したニコラが所属するボルド帝国が敗者であるギルス共和国のクラウディウス家に要求を突き付けてもペレスは異議を唱えられない。明文化された法ではないが、長年の慣例を無視するのは大陸最古参の歴史を誇る共和国人には自らの歴史を否定するに等しかった。


「皇帝の兄も僕も今の所は貴方達共和国と戦いたいとは思っていません。かと言って貴方の家は雪辱を晴らしたい。そして機会があればすぐにでもこの地に住むエルフを捕らえたいと思っている」


「―――――」


「沈黙は肯定と受け取ります。ですから今後は貴方達共和国人がこの地に踏み入る事を禁止します。もとよりこの地には共和国人は一人も居ないのですから、退去などする手間も無い。そしてここに来るにはクラウディウス領を通るしかないので、当主である貴方の権限で通行を制限してください」


「―――分かった。私が当主である間は例え共和国元老院評議会の命令でも、その約定を護ると誓う」


「駄目です。それでは貴方が明日当主の座から降りて息子にその座を譲ってから一月後に攻め入っても約束を守った事になります。最低でも十年はクラウディウス家が交わした約束として護って貰います」


 リシャールの指摘にペレスは小さく舌打ちをする。子供でも皇族、やはりこの程度で弄せる程柔な育て方はされていない。しかし、向こうが提示した条件では代わりの対価を提示した所で首を縦に振るまい。しかし今後クラウディウスが中央で権勢を振るうには、どうしてもエルフを生きたまま確保したい。いっそなし崩しに我が国と異端者供とで戦にならばこのような取り交わしなど無効に出来るのだが、最高権力者である皇帝がそれを選ばないのならそれも難しい。

 交渉したいが負けた側かつ切れる手札が少なすぎる。さらにここで相手の心証を損なうと、以後の息子や甥の返還交渉にも支障をきたす。

 ペレスはそこまで考えて、遺憾ながら今は承諾して改めて抜け道を探す事を選択した。


「ではこちらからは誠意の証として、あの白いデウスマキナを騎士ごとこの場で返還いたします」


「承知した。こちらも誠意には誠意を以って返すとしよう。虜囚となった二人の返還交渉は後日、貴国の帝都に使者を送る」


 この場まで引き摺られたヒュノーをニコラから受け取った。そしてペレスは幾らか装甲が破損したヘリウスを見て、どうしても苦言を言いたくて堪らず、不躾ながら使い手のニコラへ話しかけた。


「それは我が家の家宝だ。もう少し丁寧に扱ってもらいたいのだが」


「これは失礼を。何せデウスマキナを扱ってからまだ三日目ですから、加減が分からないもので」


 ペレスはニコラの言葉に絶句した。適合率の高さには目を見張った反面、戦い方に所々雑な部分や素人臭さが目に付くと思ったが、予想を遥かに上回って幾らなんでも非常識過ぎる。精々訓練を初めて一年程度か今日が初陣か何かだと思っていた。


「――――今後も精進なされよ」


「程々に鍛えますよ。ああ、それと斬り落とした腕と剣は記念に貰っておいていいですか?」


 疲れ切って反対する気も失せたペレスはニコラの提案を碌に考えずに了承した。どうせヒュノーは低位騎体、腕を造り直すのにそこまで手間は掛からない。使い手のペイドロスが無事ならそれで良かった。

 力なく去って行く二騎を見送ったニコラとリシャールは出来立ての宿営地に戻ると、待っていた兵士やセレン達と祝杯を挙げた。


「お兄さんが勝ってくれて良かったよ。あれで負けてたら僕も交渉で大幅に譲歩させられてた」


「良い教官の教えがあったらじゃないのか。それにしても坊やは強いだけじゃなかったんだな、交渉事もそつなくこなすじゃないか」


「兄上に相当しごかれたからだよ。皇族は強いだけの馬鹿じゃ務まらないって言われて、基本を身に着けるまで許してもらえなかったんだ」


 リシャールは当時を思い出してうんざりした顔になる。あの顔では余程嫌な思い出になっているのだろう。だが、そのおかげでこうしてリシャール以外は笑っていられる。

 しかし、まだエルフの一部は共和国を疑っているのか、リシャールが交わした約束を疑っている。


「うーん、一応あの当主は十年の立ち入り禁止を認めたけど、どうなるかはまだ分からないよ。けど、下手に動いて人質を殺されたら、身内からも離反者や当主を引き摺り下ろそうって考えるのが出てくるから、あの貴族の捕虜をボルドが確保している間は彼等も迂闊に軍事行動は起こさないと思う」


「そうだな。けど、こちらが共和国に攻め入ったと難癖付けたり、自作自演で自国民を暴行して罪をボルドに擦り付けて無理矢理戦端を開く可能性もあるから気を付けないとな」


 ニコラの憶測に兵士やエルフ達は考え過ぎじゃないかと意見が出るが、リシャールだけはその考えを肯定していた。

 地球の歴史でも自作自演で被害者になって戦端を開く事は珍しい事ではない。西暦1898年にアメリカとスペインの戦争・米西戦争のきっかけを作ったメーン号事件、西暦1964年北ベトナムのトンキン湾で北ベトナム軍の哨戒艇がアメリカ軍駆逐艦に2発の魚雷を発射したトンキン湾事件など、例えを挙げればキリが無いほどにある。

 ボルドや大陸の歴史でも似たような数多くあるようで、教育の行き届いたリシャールは幾つかの事例を思い出して、この地に駐留する兵達に、絶対に共和国内には近づくなと厳命して、買い出しや休暇は絶対にポルナレフ領で済ませろと命じた。


「俺達エルフは元々好き好んで森から出て行こうとは思わないから良いが、先祖がお前達に関わるなと言った気持ちがよく分かる。やはり人間は恐い生き物だ」


 若い男エルフがニコラ達を見て身震いした。まあ、これが普通のエルフの反応だろう。どれだけニコラやリシャール達が善良でも、本質的な精神構造や戦闘本能が人間とエルフとでは違い過ぎる。

 ただ、ボルドが人質を取っているのと、最重要戦力であるデウスマキナ二騎を失い、さらに今回の戦いで一騎を中破させた事から、一年程度はクラウディウスも大人しくしているとニコラもリシャールも考えていた。その間にこの地の防備を整えるなり、帝国全体で何かしら動く事もある。

 ニコラも今後は基本帝都に勤めつつ騎士として勉学に励み、たまにこの地に代官として様子を見る予定がみっちり組まれていた。


「俺も時間を見つけてちょくちょく顔を出すから、森の方は頼んだぞフィーダ」


「任せておけ。今はまだ人間への警戒心は強いが、少しずつ慣らしていく。お前もセレンの事を頼んだぞ。こいつは結構アホな娘だからな」


 フィーダ達エルフは一旦森で元の生活をするが、若い者の中には自分から人間社会の中に入って行こうとする少数派も居る。勿論いきなり街に行く事はせず、実際に生活したセレンやフィーダに教えて貰ったり、森の外に駐留する兵士達に自分から交流を持とうとした。保守的な年寄りはあまり良い気はしないようだが、既に共和国、帝国共に居場所を知られている事から、今までのようにずっと森に隠れ住む事も不可能だと分かっているので、これも時の流れだと諦観の境地にあった。

 そしてエルフの中でセレンだけはニコラにくっ付いて帝都で暮らす事になる。一応まだ言葉の分からないニコラの通訳として精霊と心を通わせた者が必要という建前もあるが、ニコラと離れたくないセレンの希望が最優先されているのは皆が知っていた。


「アホは余計よフィーダ。あんたも村の若手をちゃんと纏めなさいよ。―――――ソランと父さんに母さんの事もよろしくね」


 自分で決めた事でも、やはり何十年も過ごした故郷や家族と離れるのはセレンも辛い。しかしそれを差し引いてもニコラと共に居られる嬉しさの方が強かった。



 翌日、後始末を終えたニコラはリシャールと兵士と共に帰還する。運搬車の空きは一騎分しかないので、リシャールのエクウスを載せて、ニコラがヘリウスを練習を兼ねて歩かせていた。そしてその剥き出しの胸部にはセレンがちょこんと座って遠くを眺めている。


「ねえニコラ、このデウスマキナって乗り心地悪いね。グラグラ揺られてあたし酔っちゃうよ」


「戦闘兵器だからな、乗り心地が悪いのは仕方ないぞ。けど、眺めは良いだろう?」


 乗り心地の悪さに文句を言うが、そもそも操縦席以外は人が乗る所ではないし、その席もお世辞にも乗り心地が良いとは言えない。だが、酔ったというのはきっと嘘だとニコラは思う。そもそもセレンは昨夜送別会で食べ過ぎて朝から気持ち悪そうにしていたので、最初から酔っているような物だ。しかしそれを敢えて指摘するとセレンが怒るのでニコラは黙っている。

 気持ち悪そうなセレンの気を紛らわせるためにニコラは適当に話を振ると、自然と話はこれからの事になった。


「俺達が戻って来るまでに家を用意してくれるらしい。二人で協力して生活だな」


「―――――――――」


 何気ない言葉にセレンは顔をそむける。こころなしか顔が赤くなっていたが、角度の都合でニコラには見えていない。

 今までも宿の同室や野宿で一緒に寝泊りしているが、あれはフィーダも居たのでカウントされない。本当の意味でこれから一緒に過ごすと思うと、いまさらながら恥ずかしさで顔が火照る。


「俺もセレンもこれから色々勉強だから、大変だが頑張らないとな」


 その恥じらいに気付かないニコラだったが、仮に気付いたところで、今まで散々に膝の上に乗ってきたり、ニコラを取られたくないとヤキモチを焼いているのを知っており、今さら恥ずかしがるなと呆れただろう。

 そして今度一緒に日用品の買い出しをするとか、料理はどうするかなど、あれこれ話していると、あまり返事が返ってこないのを不審に思い、ようやく一緒に暮らすのが恥ずかしいと思い至る。


「あまり恥ずかしがるなよ。俺だってちょっとは恥ずかしいんだぞ」


「ううっ、だって…」


 なおも言いよどむセレンに愛らしさを感じ、いい加減押し倒してもどこからも文句を言われないと、割と勝手に思い始めたニコラだった。

 程度の違いはあっても恥ずかしがる二人が、これからどのような生活を帝都で送るかは神ならぬ人の身には分からなかった。



 『騎神戦記』第一章はここで終わりです。第二章は現状半分程度書き上がっているので順次掲載していくつもりです。今後、舞台をどんどん広げていき、多数のキャラやデウスマキナが登場しますので、用語集や人物禄も整備していこうと思います。

 それではお読みいただきありがとうございました。第二章も楽しみにしていてください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ