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騎神戦記  作者: 卯月
第一章 異邦人の選択
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第二十七話 訓練開始



 穴から二騎のデウスマキナを引き上げたニコラ達だったが、このまますぐに引き上げる事はしなかった。一行は先に、大破して自力で動けないアプロンおよび捕虜のアキウスとパトロクスを送る班と、ここに残って駐留する施設を整える班に別れた。ニコラやリシャールは後者になる。

 残留組は兵士五名と共に護送される二人を見送る。


「なんでニコラやリシャールはあっちに付いて行かなかったのよ?ここに残る兵隊の人以外に何か用でもあったの?」


 どうせ帰るなら一緒に行けばよかったとセレンは疑問を口にする。その疑問にはリシャールが答えた。


「理由は幾つかあるよ。まず一つは捕虜を武器と一緒に送ると、その捕虜が逃げ出す時に武器を使われる。特にデウスマキナなんていう強力な兵器を使われると厄介だから、可能な限り離して送るのが鉄則なんだ」


「へー、リシャールってちっこいけど物知りなんだ。そういうのもお城で勉強したから知ってるの?」


 答えを聞いたセレンがリシャールを褒めるが、余計な言葉が混じっていたのでリシャールは顔を赤くして怒る。しかしセレンは何が悪かったのかよく分かっていなかった。

 端的に言ってリシャールは同年代と比べても小柄な部類に入る。それに声変わりも体格も未成熟、さらに人間の年齢換算でほぼ同じ年頃のセレンより僅かだが小さいのだから、子ども扱いされるのは分からなくはない。だが、本人からすればそろそろ一人前扱いを受ける年頃でもあるので、面と向かって小さいなどと言われると酷くプライドを傷つけられる。それもニコラやフィーダのような明らかに年上と分かる同性ではなく、エルフであっても異性のセレンに下に扱われるのは不快だった。

 それをニコラが指摘すると、ばつが悪そうにセレンは謝る。そうなると下手に根に持つと余計に子ども扱いされるのでは、と思ったリシャールの方は腹にまだ収まらないが表向きは許すしかない。それから怒りを抑えて続きを話す。


「もう一つはここにまたギルス共和国の兵士が来るかもしれないから、ここで迎え撃つ準備をしないといけない」


「村の見張りが言っていた偵察隊の事か。奴等、また性懲りも無く俺の村を襲う気か」


 いの一番に反応したフィーダが、ギルスの来るかもしれない北の方角に力の限り罵倒する。仕方のない事だが彼にとって最早ギルスは一人残らず敵としか考えられないのだろう。


「それで、何時頃あいつらは来るのよ?」


「正確には分からないけど、偵察の頻度とクラウディウス領からの距離を考えると多分五日は掛からないと思う。それまでここで待機しつつ訓練しておかないと」


「訓練ってリシャールのか?」


「何呑気な事言ってるのさ、訓練するのはお兄さんだよ。お兄さんがデウスマキナを操るための訓練をするの」


 リシャールの言葉に彼以外の者は面食らうが、構わず話を続ける。第二陣も同規模の戦力と仮定した場合、最低でも一、二騎のデウスマキナがやって来る。その時戦力として使えるのは回収用のエクウスだけ。それでは心許ないので、いざという時の戦力として今手元に残してあるヘリウスを使えるようにしておかねばならない。

 彼の言い分は大筋で正しい。その場で使える物は全て使って戦いに勝つのは基本。一応ニコラが所持するグレネードランチャーを使うか、タクティカルアーマーでの近接戦に持ち込めば勝てない事は無いが、残弾数も少なく装備に掛かる負担も大きい。何時までも同じ手は使えないので、デウスマキナを使っての戦闘に慣れておく必要もある。


「本当は僕があの高位騎体を使いたかったけど、僕には適性が無かったからね。お兄さんが使いなよ。それに兄上は、いずれお兄さんにデウスマキナを与えて騎士にするつもりだから、どの道訓練は必要だよ」


「分かった。ならさっそく訓練に取り掛かろう。お願いしますよ教官殿」


 『教官』この言葉にリシャールは自分を負かした相手への優越感を感じて目に見えて浮かれる。ニコラは手のかかる弟が出来たような気分から苦笑する。そしてセレンやフィーダは二人の妙な関係に、人間はよく分からないと肩をすくめた。



 人型兵器の訓練と言っても最初から剣を持って戦う事ではない。リシャールがニコラに命じたのは、膝の屈伸と腕立て伏せのような単純な動作を延々と繰り返す、ただそれだけだ。リシャール曰く、デウスマキナとは自分の手足がそのまま伸びたようなものであり、まず第一に伸びた身体の感覚を身に着ける事が重要らしい。

 黙々と単純な動作を繰り返すニコラに時々鬼教官が、もっと早く動けと檄を飛ばす。

 デウスマキナは搭乗者の動きを忠実に模倣するが、どうしても生身とは勝手が違う部分があるので、反応が遅れがちになる。それに高位騎体となれば、より使い手の動きを忠実に再現しようと操作の遊びが少なくなるように調整されている。おかげでちょっとした動きも伝わってしまい、無駄な動きも増えてしまう。それを減らすにはひたすら地味な反復運動を繰り返して身体に感覚を馴染ませるしかない。

 刺激の無い単純な運動もニコラにはさほど苦は無い。この手の訓練はバスケットの練習や軍に入隊して訓練生になってからも、日課のように付いて廻った運動だ。その延長と思えば大して疲れもしない。これが地球統合軍の戦車や宇宙戦艦の訓練ともなれば、座学の方が圧倒的に多く、あまり勉強が好きではない自分には拷問に等しいが、そんな事は今の所無いので気楽なものだ。

 訓練は夜明けより昼近くまで続いた。リシャールは教官として檄を飛ばしつつも、ニコラの反応が速くなっている事に軽い嫉妬を覚える。

 ぎこちなさはまだ抜けないが反応はかなり速くなっている。つまり既に騎体に慣れつつあるという事だ。それは別に構わない。本人の訓練への取り組みの真面目さが手伝って上達が早いのはよくある事だ。そしてその真面目さと根気強さが羨ましいと思いつつ、この分なら昼の休憩を挟んでから別の訓練に切り替えても良いと考えていた。


 昼の休憩を終えると、すぐさま訓練を再開した。今度の訓練は道具を使ったやや複雑な物だった。森の入り口にはアキウスとパトロクスが切り倒した無数の木が手付かずで転がっている。これを今後兵士達が使う薪や丸太に加工するのがニコラの訓練になる。

 ニコラの操るヘリウスの手には巨大な鉞が握られている。片手で扱うには少々不便だが、それを含めての訓練とリシャールに言われれば黙って作業をするしかない。

 試しに木を一本掴み、左手で保持しつつ右手の鉞を枝へと振り下ろす。枝だけを切り払うつもりだったが、振り下ろした角度がずれていたので幹の方にも刃が半分食い込んでしまった。失敗である。

 思っていたより難しいが、これはこれで細かい動きの練習には向いている。今度は鉞の柄をもっと短く持ってから振り下ろすと、先程よりは上手く切れた。段々要領が分かって来たので、どんどん枝を払って丸太へ加工し続けた。

 黙々と加工を続けると、二百本ほどの丸太が出来た。今度はその丸太を全て崖下へ落とし、所定の場所に積むのもニコラの訓練だった。

 丸太は人が植林してから伐採した物ではないので、長さは切り揃えられても太さは均一ではないし、真っ直ぐ伸びている木も少ない。それを崩さずにある程度積もうと思うと、かなり手間も掛かり神経を使う。

 結局、何度か山を崩したものの、めげずに丸太を積み上げ続けて、夕刻前にはリシャールから一応の合格点を貰えた。


 夕食時には兵士達以外にも一部の物好きなエルフ達が酒や森で採れた動物の肉を持ち寄って、ちょっとした宴会となった。日持ち優先の不味い行軍食に飽きていた兵士は新鮮な肉に齧り付いて、しきりに美味いとエルフ達に礼を述べている。

 ニコラも訓練の疲れを酒で癒しつつ、隣に座っているリシャールと駄弁る。


「リシャール教官もああして訓練していたんですか?」


「お兄さん、訓練は終わったんだから教官はいらないよ。んー僕の時は丸太じゃなくて採石場で石を切り出したり、城壁の補修で石を積んでたかな。でも、やっぱりお兄さんは僕と違うね。僕って飽きっぽいからすぐに根気のいる訓練とか嫌になるんだ」


「それでも必要な技能は納めているんだろ?つまり、練習量が少なくても技術習得が早いって事じゃないか。効率的でむしろ俺は羨ましいぞ」


 そもそも皇族だからと言って半端に技能を納めた相手に大事な仕事は任せない。彼が手本として見せた動きもニコラから見れば自分よりずっと洗練されているので、基礎訓練を怠けているようには見えない。つまるところリシャールは技術習得の効率が人より優れているから、訓練に飽きが来るのだろう。才能ある人間の持つ悪癖のような物だ。むしろニコラに言わせれば贅沢な悩みである。

 生まれ持った才能とはどうしようもないほどに残酷だ。本人が望む望まない関係無しに生まれた時から与えられている。隣のリシャールもそんな一人なのだろう。

 同年代どころか同時代においても少年に勝る才能は数えるほどしか居ない。なまじ戦いの才能に恵まれ過ぎているので努力への達成感も無く、共に鍛え合う対等の好敵手にも恵まれない。幾ら才能が有っても常に孤独を強いられる環境は、まだ幼いリシャールにとっては苦痛でもあった。

 そんな中で偶然と慢心があったが、自身に勝ったニコラが必要以上に眩しく妬ましく思えるのも無理はない。ただしそれは科学文明の産物に頼る部分も幾らかあるので、リシャールが真相を知ったらきっとサンタクロースの正体を知った時のように幻滅するだろう。ニコラ自身も父親がわざわざ赤い服と付け髭をこっそり用意していたのを知って一つ大人になったのだから、きっと少年も分かってくれる。

 割と勝手な事を考えつつ酒を呷っていると、リシャールから明日から本格的に戦闘訓練を始めるので暴飲禁止令が出されてしまう。ニコラが酔わないから大丈夫だと言っても取り合ってもらえず、押し問答の結果、教官命令で一日酒は三杯までと厳命されてしまった。



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