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騎神戦記  作者: 卯月
第一章 異邦人の選択
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第二十六話 回収作業完了



 ポルナレフ家から歓待を受けた一行は、翌日予定通り森へ向けて出発して、二日目の昼前には何事も無く森の入り口の絶壁へと辿り着いた。絶壁前の平野は二十数日前とさほど変わらず、精々地面が掘り返されてギルス兵士の死体が幾つか齧られているだけだ。多分埋葬した穴が浅くて狼が掘り返したのだろう。ご馳走が埋まっていると分かれば多少の労力は厭うまい。

 さっそくボルド兵士は宿営地の設営に入る。といってもギルスが元々作っていた宿営地に間借りさせてもらうだけで大した手間ではない。

 設営は彼等に任せてニコラ達とリシャールは先に村に挨拶しに絶壁を駆け上がる、いや翔け上がると言うべきか。四名は風の精霊の助けによって宙に浮いて、20mはある断崖絶壁を手も道具も一切使わず垂直に登り切った。

 改めてファンタジー世界の精霊の無茶苦茶さを思い知らされるが、楽が出来るのは良い事だとニコラは割り切る。リシャールも子供らしく凄いとはしゃぎ、セレンは自慢げに慎ましい胸を張った。


「さて、ここから先は俺が村まで先導する――――と言いたいが、その必要はなさそうだな」


「そういう事だ。久しいな、フィーダ、セレン。それと…ニコラだったな?あともう一人客人か」


 以前の襲撃の折、粗方切り倒された切り株の上に腰かけていた若いエルフの男が嬉しそうに声をかけた。名前は知らないが、フィーダと仲が良かった。彼は二度目の敵襲に備えて入口を見張っているそうだ。

 フィーダは歩きながら自分達が森から離れていた間、何かあったか尋ねる。


「敵襲は無かったが、ここ数日鎧を着た人間を何度か見かけた。そいつらは壁を上る事は無かったが、周囲を調べて帰って行ったよ。村の方は怪我人もだいぶ良くなって動ける者も増えた。セレン、お前の弟のソランもすぐに元気になったぞ」


「そっか、良かった。後で顔を見せてあげないと」


 セレンは弟の安否が知れて安堵する。フィーダも村が順調に立て直せると分かってほっとしている。一方、ニコラとリシャールは鎧を着た人間―――間違いなく共和国の兵士―――が調査に来ている。これは今後確実に厄介事、下手をすればデウスマキナを持ち出した武力衝突にまで発展すると予想した。

 村に着くと、エルフ達が駆け寄ってセレンとフィーダを温かく迎えた。それぞれ安否を気遣われたり、人間の街の様子を聞いたり、お洒落な服を羨ましがられたり、あるいはニコラにも感謝を述べていた。その中には重傷を負ったソランも元気な姿を見せ、力いっぱいニコラに抱き着いて、礼を言っていた。

そして長の待つ集会場へと招かれ、旅の成果を語った。


 結論を言えばニコラ達の行動はエルフ達に大筋で受け入れられた。一部、人間の国に組み込まれる事に拒否感を持つ者の意見もあったが、実際にもう一度同規模の軍が攻め込んだ場合、どうあっても勝てない、今度こそ自分達はギルス共和国の兵士に捕らえられて兵器の部品にされると分かっていたので、今後の不安はあれど受け入れるしかないという思いは誰しも抱えていた。それにセレンやフィーダも危険な旅をして務めを果たしてきたのだがら、それを無為に帰すのは憚られた。勿論、全く関係の無いニコラが村の為に尽力してくれ、さらに今後も変わらない手助けを約束した事にも村人全員が感謝を述べていた。


「では、正式に貴方達が我がボルド帝国臣民となる事を皇帝代理人リシャール=ルイ=ボルテッツは了承します。早速ですが、共和国のデウスマキナを回収するため、僕のデウスマキナをこの森に入れる許可を求めます」


 何事も形式は重要だ。如何に帝国領土なっても、いきなりデウスマキナを村に入れるのは問題があり、皇族でも村の許可が必要だった。村人も自分達を脅かし、もしかしたら自分達エルフの身体を部品に使っている兵器を村にまた入れるのは良い感情を抱いていないが、このままデウスマキナを置いておくのはそれ以上に忌まわしい。そうした感情からすぐさま許可は出た。

 それと捕虜として捕らえているギルス貴族のアキウスとパトロクスの引き渡しも、すぐさま行われた。それなりに長い間自由を奪われていた事もあり、二人とも幾らか憔悴した様子だったが、エルフ達が塩を除いて十分な食事と水を与えていたため、健康面での心配はさほど無かった。むしろ今もエルフや引き渡しに現れたボルド皇族のリシャールへ力の無い悪態を吐いていた。


「屈辱だ。よりにもよって異端者共の首魁の虜囚となるとは。もっと前に潔く自害しておくべきだった」


「嘆くなパトロクス。―――所で我々のデウスマキナはどうなる?失態を犯した我々はともかく、あれはクラウディウスの至宝。軽々しく穢してくれるな」


 直接的にこちらを罵倒するパトロクスを宥めつつも、アキウスもはっきりとこちらを汚物扱いする。捕虜の癖に態度がでかい。ニコラはそんな馬鹿二人に鼻を鳴らした。


「勿論兵器として有効利用させてもらう。兵器とは相手を殺すために存在する。至宝だの神聖だのと御大層な肩書なんぞ付けた所で、あの巨人の殺戮兵器としての本質は何も変わらん」


 ニコラの皮肉に隣にいたリシャールでさえ顔色が変わった。そして明確に敵対するアキウスとパトロクスの心は燃え盛る憎悪の炎で満たされ、殺意の籠った視線を向けてくる。縄で腕を縛られていなければ、すぐさま飛び掛かりそうな雰囲気だった。

 地球でも古来より刀剣や弓を神聖な物として祀り信仰を集めるケースは数多くある。アーサー王の聖剣やロンギヌスの槍など古今東西枚挙にいとまがないが、どれも権力者が力を誇示するために生まれたか、権力に魅せられた民衆が勝手に夢や希望を形作る為に都合よく選んだに過ぎない。

 騎士でも貴族でもない兵士であるニコラにとって武器や兵器など単なる消耗品でしかない。自分や同僚の命を左右する大事な物には違いないし、貴重な税金で賄われているので粗雑に扱った経験は無いが、まかり間違っても彼等のように拝むような心境にはならない。同僚の中には宇宙戦艦や戦車にフェチズムを感じたり、古い銃を集めてコレクションしている奴も居るが、終ぞ理解し得なかった。『武器の本質は相手を殺す』ただそれだけの道具でしかないと考えるニコラには、あのデウスマキナはエルフや亜人を部品に使った不快な兵器でしかなった。


 ニコラへの憎悪を隠しもしない二人を一旦森の外にいる兵士に預けてから、改めてリシャールがベルゲ=デウスマキナ『エクウス』を立ち上げた。

 エクウスは絶壁の前に立ち、人間が垂直飛びをするように膝を曲げ力を溜める。そして一気に力を放出して飛び上がった。さらに背部の孔から圧縮した空気を吐き出し推進力として活用、一足飛びに壁を登り切った。上で待っていたニコラ達はエクウスを先導し、二体のデウスマキナを隠していた大穴へと案内する。

 大穴を隠していた草木を、隠した時と同じようにセレンが精霊に頼んで取り除いてもらい、片足のもがれた黒のアプロンと操縦席の露出した赤のヘリウスが露わになる。ここから二体を取り出すのだが、いざ作業に取り掛かろうとしたエクウスが動きを止めて、操縦席からリシャールが身を乗り出した。


「お兄さん、デウスマキナを隠したって聞いてたけど、そもそもどうやってここに隠したの?っていうより誰が動かしたのさ?」


「あれ、言わなかったか?俺が乗って隠したんだよ。昔、訓練っていうか遊びで似たような物を動かしてたから、歩かせるぐらなら何とかなったぞ」


「はあああ?なにそれ、僕聞いてないよ!」


 なぜか怒ったように騒ぎ立てるリシャールを不思議そうにニコラは見る。そういえばあのギルスの二人もデウスマキナを動かしていたら喧しかったと思い出す。あの時は単に自分達の持ち物を勝手に触られたから騒いでいたと思ったが、何かがおかしい。

 わざわざエクウスから降りて来たリシャールはニコラにデウスマキナは乗り手を選ぶ兵器だと告げる。


「いい、お兄さん。高位のデウスマキナは乗り手と適性が合わないと動かせないんだよ。このエクウスみたいに低位の騎体なら誰でも動かせるけど、ここにある二騎のような高位騎体は相性が良くないと指一本だって動かせないの。捕虜の二人みたいに代々家に伝わってて、その家の血筋なら動かせる確率は高いけど、まったく関係ない血の人間が動かせる事はものすごく少ないんだから。だからわざわざ回収用の騎体を用意したっていうのに」


「そんな事言われてもなあ。動かせるものは動かせるだけだし、損の無い偶然ってことで良いじゃないか」


 ぶちぶちと恨み言に似た文句を言われてもニコラ本人はどうしようもない。リシャールもそれは分かっているが、どうにも納得がいかない様子。と言っても彼はニコラが黙っていた事やエクウスを持ってきた事が無駄になったから怒っているわけでは無い。腹が立つのは別の理由があったからだ。

 機嫌を損ねたリシャールだったが、他の三名がどうにか宥めて先に仕事を済ませたいと説得して、渋々作業に取り掛かった。ついでに手伝いという事で、ニコラも穴の中で作業を手伝う事にした。

 エクウスはバックパックから鉄製のワイヤーロープを取り出し、腕に着けた手甲部に取り付ける。


「お兄さん、黒い方の騎体にそのロープを引っかけて。それをこっちで引き上げるから」


 言われた通りニコラはアプロンの胴体から肩にロープを括り付けてから、エクウスに向けて力いっぱい投げる。ロープを受け取ったリシャールは騎体の中で顔を引きつらせる。鉄製のロープはかなり重量があるはずだが、それを10m近く放り投げる非常識な筋力に、武術大会で下手をすれば自分は勝っても死んでいたと改めて思い知らされた。

 投げ渡されたロープを手甲に付けて、モーターで引っ張り上げた。ワイヤーが巻き上がると徐々にアプロンは引き上げられ、さらに穴の中から赤色のヘリウスに搭乗したニコラがそれを手伝った。

 アプロン本体は無事に回収出来た。後はもげた足と伐採に使った斧を同様に回収してから、ヘリウスを穴から出すだけだが、一つ大きな問題がある事にニコラは気付いた。


「――――なあ、リシャール。あの空気を吐き出すのってどうやってやるんだ?」


 穴に入ったのは良いが、出るには苦労しそうなので、初心者のニコラは素直に玄人のリシャールに教えを乞うた。それを聞いたリシャールは笑いながら、偉そうに講釈を始めた。



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