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騎神戦記  作者: 卯月
第一章 異邦人の選択
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第二十五話 噂の好色領主



 ニコラ達とデウスマキナ回収部隊の行軍は順調に進み、五日目にはポルナレフ領のレンヌの街へと着いた。一応帝都から先に使者が皇弟の到着が伝わっているので受け入れ準備は整っていた。街の外にデウスマキナを待機させ、リシャールとニコラは街の中央にあるポルナレフの屋敷に招かれた。兵士達は下っ端なので一緒に連れてこないのはまあ分かるが、セレンとフィーダ、特にセレンを連れてこなかったのは、ひとえにポルナレフ家の当主、ピエール=ポルナレフの前評判を気にしての事だ。

 応接室に通された二人を待っていたのは50歳前後の貴族だった。さして背が高いわけではないが服の上からでも分かる年齢に似合わない引き締まった筋肉と、顔全体に走る数本の刃物傷と禿頭が威圧感を強めているものの、決して粗暴な雰囲気は感じさせない。むしろ温和で知的な風貌にさえ見える。


「お目に掛かれて光栄ですリシャール様。噂はかねがね耳にしております。よくぞ我が領地、我が屋敷にお越し下さいました」


「初めましてピエール=ポルナレフ殿。私も会えて嬉しいですよ。手厚い歓待に感謝します」


 まずは型に則った挨拶を交わす。それから軽い世間話になるが、決死で無駄話ではない。ピエールからすれば中央の内情、それも皇帝のすぐ近くの人物から情報を得られるのだ。同時にリシャールも帝都から離れた国境に近い最前線の現状を知る事が出来る。お互いに得る物は大きい。

 ピエールの話を要約すると今の所大きな変化は無く、西のギルス共和国との国境沿いでも大きな動きは無いそうだ。まだギルスの方に目立った動きが無いのか、ボルド側に話が伝わっていないのか、判断がつかないが、まだ国境の平穏は保たれていると言える。


「ところで後ろに控えている御仁は初めて見る顔ですが、よければ私に御紹介頂けませんか?」


「ああ、紹介が遅れて申し訳ありません。こちらはニコラ=コガ殿です。先日ある皇室直轄領の代官に任ぜられました」


「ご紹介に与りました、ニコラ=古河と申します。未熟者故ポルナレフ殿のお目汚しとなるやもしれませんが、ご容赦の程を」


 ややぎこちなさが残る貴族式の挨拶に、ピエールはニコラを図りかねた。姓を持っているからには貴族か騎士なのだろうが、帝国全ての貴族の名を把握しているわけでは無いが、コガという名には聞き覚えが無い。だが、ごく最近どこかで見た覚えのある名のような、何かひっかかりを覚え、軽くこめかみに手を当てて頭の中を掘り返すと、二日前に帝都から送られた手紙に同じ名が乗っていた事を思い出し、軽く驚く。


「そうか貴殿が今年の武術大会優勝者だったか」


 噂に違わぬ偉丈夫の姿にピエールは寝かせていた血が騒ぐのを抑えつつ笑顔でニコラに接した。この様子では流浪の平民上がりだと言って侮る事は無いのだろう。そして手紙にはニコラの闘技場での発言もしっかりと記されていたので、皇帝の弟と皇帝にエルフへの助力を頼んだ男がデウスマキナを領地に持ち込んだ事、それら全てを吟味した結果、一つの結論に辿り着いた。


「南の絶壁の森に行かれるのですか?」


「ご存じだったのですか?」


 今度はニコラが驚く番だった。彼のような領主がエルフの村の事を知っていても、なお何もせず放置していた。そして街の者は誰も村を知らなかった。これは一体どういう意図をもっているのかニコラには分からなかった。



 その夜、ピエールの計らいで一行は兵士に至るまでもてなしを受けた。本来兵士のような下っ端までは必要ないのだが、この領地は対ギルス共和国の最前線であり、身体を張る兵士を手厚く扱うのが代々の方針だそうだ。そして宴も帝都のように屋内ではなく、広い庭で無数の篝火を焚き、主催者一族も出席して兵士達と共に楽しむ肩肘の張らないものだった。

 おかげで兵士達は皆、美味い料理と酒にありつけて上機嫌である。そうなるとセレンとフィーダも同様に出席するのだが、好色漢のピエールがセレンに手を出さないかニコラは気が気でなかった。だがニコラの危惧とは裏腹に、彼はセレンを見ても特にアクションを起こさず、一人の客人として他と同様に扱うだけだった。

 酒が進むと余興を始める者が出てくる。二人の男が弓や剣を持ち出し、一行の前で技を披露すると名乗り出た。ピエールの長男ジャンと三男のレノー。どちらも父親に似て厳つい外見だが、貴族らしく品のある男達だった。

 まずジャンが弓を構え百歩――90m先の的目がけて矢を放つ。一本二本と立て続けに矢は的に突き刺さり、周囲からは喝采の声が上がった。都合五射の内、三本まで中心付近に当て、残り二本も端を射抜き全て命中させていた。酒もかなり入っているはずなのに、相当な技量である。

 そしてこの技を前にして黙っていられなかったのが村一番の狩人のフィーダである。彼は自分にもやらせろと言ってジャンから半ば強引に弓を借り受けると、同じ位置から弓を引いた。フィーダの放った矢は次々と的に刺さり、四本が中心へと吸い込まれ、最後の一本は惜しくもやや外れてしまったが、本人は勝ち誇った顔をする。それが不快だったのかジャンはもう一度勝負だと言って弓を奪い、さらに勝負は加速した。

 ジャンとフィーダの勝負がヒートアップする中、レノーも兄に負けじと一行の中から剣に腕のある者を誘い、仕合う事を提案したが、困った事にそれにリシャールが乗ってしまい、図らずも皇族と剣を交える羽目になったレノーはどうやって戦うべきか迷った。相手は子供で自分は二十半ば、体格も経験も比較にならない。勝ちは確定しているが、あまり面子を潰す訳にはいかず、かと言ってわざと負けるのは相手に失礼だ。あれこれ考えて、指導的な仕合ならお互いの面子も潰れないだろうと結論付けて対峙するも、彼はそれを激しく後悔した。

 ――――全く勝てないのだ。最初は少し油断しすぎて負けたのだと思い、気を引き締めて立ち会うも結果は変わらず。四度、五度と戦っても手も足も出ない。見物している甥達とさほど歳も変わらないと言うのに、あまりにも自分と格が違う強さを持つリシャールに無様に降参するしかなかった。

 その無双振りをピエールの横で見ていたニコラは、次に自分が戦った場合彼に勝てるのか確信が持てなかった。勿論実戦の殺し合いでタクティカルアーマーを纏えばどうとでもなるだろうが、武術大会のようなルールのある形式だと、いずれ成長期で身体が伸びるリシャールに勝てなくなると思った。


「あれは息子を不甲斐無いと叱るべきではないな。リシャール様が強すぎる」


「同意します。彼は戦うために生まれて来たような人間だ。十年後には世界最強を名乗っても許されますよ」


 その十年後に自分が居るか分からないが、とにかく末恐ろしい少年には違いなかった。

 二人は男達の演武を肴に酒を飲みかわす。名目上でしかないがニコラは新しい直轄領の代官で、ピエールはその隣接する領地の長。今後もそれなりに付き合いがあるだろうし、この街は駐留する兵士の補給地として利用される。友好を深めておくのは義務だった。ただ、その義務を差し引いても民に慕われる優れた領主であるピエールという男に好感を抱いている。例え屋敷の使用人が種族問わず見目麗しい女性ばかり目に付いてもだ。その女性達が誰も暗い顔をせず、殴られたような形跡が見当たらず、本心から甲斐甲斐しく領主に仕える様を見ると、噂は嘘ではないが真実とも思えなかった。少なくとも権力や暴力で無理やり女性を従わせるような卑劣漢ではないのだろう。

 領主と同様に女中に酒を注いでもらっていると、離れた場所からニコラを呼ぶ声が聞こえる。間延びしただらしのない声は酒が回ったセレンの物だった。彼女は杯を片手にまるで自分の定位置と言わんばかりにニコラの膝に座った。こういう所は弟のソランとそっくりだ。


「ははは、エルフのお嬢ちゃんも楽しんでいるようで何よりだ」


「うん、楽しんでるよー。でも領主さんって街の人が話してた通り女好きだねー。あたしも手籠めにされちゃうー?」


「いい加減にしないかセレン。ポルナレフ殿、申し訳ありません」


 酔っぱらって領主相手に暴言を吐くセレンに頭痛を覚える。こいつは自分でも酒が入ると性格がおかしくなると分かっているのにガバガバ飲むから始末が悪い。そのくせ弱いから度々二日酔いで気分を悪くしているのにそれでも学習しない。

 しかしアホになったセレンの非礼にもピエールは笑っている。


「私が好色なのは否定しないが、手当たり次第に抱くほど節操無しではない。お嬢ちゃんが望むなら抱いてやらなくもないが」


「抱かれるのはやだー。だってニコラが嫌がるもん」


「ふはははは。だったら他の男に思わせぶりな事を聞く物じゃない。雄などというのはいつでも良い雌を狙っているのだからな。コガ殿もよく見ておかないと他の雄に大事な相手を取られてしまうぞ」


 頬を膨らませて嫌がる仕草が思いの外愉快だったピエールは豪快にセレンを笑い飛ばし、同時にその後ろで色々な恥ずかしさに顔を歪ませるニコラに助言を送った。本人の言うように美女とあらば誰彼構わず寝所に引きずり込むような節操無しではないのだろう。街の領民の噂は領主の一側面を表した評価でしかないのが分かったのは僥倖だが、恥を晒したのは忘れてもらいたかった。

 ピエールはそんな男女の関係とは少し違うが、仲の良いニコラとセレンを見て少し寂しそうに、自分達ももっと昔から南の森のエルフ達と関わっても良かったのではないかと呟く。


「父から聞いた話では三百年ほど前には、少しだが我々の家とエルフ達と交流があったらしい。しかし何かの理由でお互い知らない振りをして生きる事を選択したそうだ。そして家は当主にだけその事実を伝えて、後は何もせずただひたすら放置し続けた。その方がいずれ時と共に人の方から忘れ去ると先祖は思ったのだろう。だが、よりにもよって共和国に知られていたとは知らなかった」


「あまり悲観する事は無いと思います。少なくとも取り返しのつかない事をしたギルス共和国より、まだ何もしていない貴方達ならこれから良い関係を築ける可能性があります」


 ピエールはニコラと気持ちよさそうに彼の膝の上に座るセレンと、弓勝負で勝ち誇るフィーダと悔しそうにする長男を見て、それもそうかと納得した。



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