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騎神戦記  作者: 卯月
第一章 異邦人の選択
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第二十四話 皇弟リシャール



 武術大会優勝から二日が経った。予定通りエルフ達の村、帝国側の名称『黒夜の森』への人員派遣の準備が整い、ニコラ達も案内兼帰郷の為に同行する事となった。

 村は今後、ボルド帝国へと編入されて皇室の直轄領として扱われるが、代官などは置かれず徴税の義務も書類上の代表者であるニコラの従軍と相殺となるので実質は存在しない。完全な自治権を持つ領地として今後も変わらぬエルフの土地となるが、ギルス共和国の侵攻を警戒して少数ながら国境警備隊を森の入り口に駐留させるつもりだった。今回はその為に標識と詰め所を設置する兵士も同行する。そしてその旨を共和国に伝える外交官も数日後には出立する予定だった。

 さらに今回はクラウディウス家のデウスマキナを回収する部隊が同行する。元々デウスマキナは非常に高価で生産にも相当に時間と労力が掛かるので、破損しても可能な限り回収に力を入れるのが各国共通の常識である。そうした部隊で用いられるデウスマキナをベルゲ=デウスマキナと呼んでいた。運搬専用の台車も二両随伴し、ベルゲ=デウスマキナ一騎も加えた部隊は総勢二十名と大所帯であった。

 部隊は既に帝都の外に待機しているが、ニコラ達三名はその部隊長と顔合わせの為に城の前で待っていた。


「ねえねえ、ニコラはその部隊長ってどんな人か知ってる?」


「名前がリシャールなのと、皇帝陛下の弟だって事しか知らないな。デウスマキナを扱える騎士だから、俺は相応に鍛えた中年のおっさんだと思う」


 皇帝ローランは今年37歳。となれば弟は若くても30前だろう。指揮官としても頼れる経験者だ。

 ただの回収部隊に皇帝の弟を派遣するのは些か大仰だと思うが、仮にギルス共和国の第二陣が予想より早く到着して一悶着ある可能性を考慮すると下っ端程度では舐められて要らぬ騒動に発展する可能性がある。それを避けるための人選らしい。流石に国同士が険悪な仲でも皇族に喧嘩を売るほどギルスも馬鹿ではない。避けられる問題をあらかじめ避ける努力も為政者の務めである。

 適当にリシャール殿を予想しながら時間を潰していると、城から近衛騎士の一団が出て来た。さらに皇帝自らの姿も見える。見送りには些か豪華だ。


「畏まらなくて良い。出立の前に一言弟を頼みたくてな」


「あの、陛下の弟君となれば我々が何もせずとも良いのでは?流石に一人前の成人男性に過保護過ぎます」


 ニコラの言葉にローランどころか周りの近衛騎士も何名かは苦笑する。それを見て、自分が何か致命的な勘違いをしているのではと思い直す。

 そしてローランが誰彼かに指示をすると、後ろに控えていた騎士達が両脇へと移動し、さらに後ろから一人の旅装束を纏う人物がこちらへと近づいて来る。彼が皇帝の弟リシャールだろうか。


「――――お前はジョンだったか?なぜここにいる?」


「名を騙った事を謝罪します。僕の本当の名はリシャール=ルイ=ボルテッツ。先先代皇帝オーレリアの末子、現皇帝ローランの歳の離れた弟であり養子になります。それからニコラ、武術大会では命を救って頂き感謝致します」


 深々と頭を下げたのはフィーダとニコラが闘技場で相対した天才少年のジョンだった。

 どういうことかフィーダが少年を問い詰めようとしたが、その少年から出立の時間が遅れそうなので道すがら話すと言われたため、一旦質問の時間はお預けになった。


「そういう事だ。詳しくはこの馬鹿者から自らの口で語らせよ。その上でニコラ、お前を信頼して馬鹿な弟を預けるからよろしく頼む」


 つまり頭を下げているように見えて、体よく厄介な役目を押し付けられたのだとニコラは悟った。



 帝都ブルーヌを出発したニコラ達と帝国兵は運搬車両の上で揺られている。車を牽引する馬は一両につき十五頭もいるが、全長10mの金属の塊を載せて曳こうと思えば決して多いわけでは無い。しかしよくよく考えるとデウスマキナを稼働させる動力があるのだから、わざわざ馬を使わなくとも動力車を作ればいいのではないのか。その疑問を含めて、機会があればこの世界の文明の発展の度合いと造形物の歪さの原因を調べてみようとニコラは思った。

 現在は移動中で暇な事もあり、ジョン改めリシャールの身の上話をニコラ達は聞く事になった。


「僕は父が50歳の時に生まれた子なんだ。その父も僕が9歳の時に亡くなって、まだ小さかった僕を兄上が養子として迎え入れてくれたんだ。それが五年前」


 よくある話だ。ただ母親が貴族ならそこで母方の実家で養育する選択もあるが、リシャールの母親は平民の侍女、しかも既婚者だった事もあり、政治面を考えてローランが引き取ったそうだ。下手に野放しにして政敵に担がれるよりは手元に置いた方が何かと管理しやすいし、生活面でも不自由させない。

 その後も皇族として不自由なく過ごし、一通り教育も受けていたが、中でも戦いに関する才能は他者の追従を許さず、まだ発展途上にも拘わらず訓練でも同年代どころか指南役を何度か負かすほどだった。おかげで最近は訓練でも避けられてしまったそうだ。


「それで戦う相手が居なくなって、つまらないから名前を隠して勝手に武術大会に出場したと?まだ子供だからやんちゃも仕方がない部分はあるけど、程々にしないと周りが迷惑するんだぞ」


「兄上から同じ事を言われてお叱りを受けたよ。おかげで罰として大会が終わってから今朝までずっと牢から出してもらえなかったんだ。それが朝起きてすぐにお兄さん達と一緒にギルスのデウスマキナを回収して来いって言われて、まあ僕もデウスマキナ使えるし、久しぶりに街の外に行けるから良いけどね」


 罰とはいえ皇族、しかも子供を牢屋に放り込むとは、あの皇帝も中々厳しい人物なのだろう。その上で今回のデウスマキナの回収を命じたのは、公務以外にもニコラ達と少し外に出て勉強も兼ねて羽を伸ばして来いという親心なのかもしれない。


「いきさつは大体分かったが、子供のお前があの巨人を本当に動かせるのか?勿論強さは疑っていないが」


「心配しないでよフィーダさん。これでも城でデウスマキナの訓練も欠かしてないから。ベルゲ=デウスマキナを動かすの初めてだけど基本は一緒だよ」


 子供という事で少し疑っているフィーダと違い、一度デウスマキナを扱ったニコラはリシャールを疑っていない。アレは自分の身体の動きを忠実に反映させるインターフェースだから、自分の手足を操るような感覚で動かせる。それに地雷や爆薬のような爆発物の回収ではないので、さほど難しい技術は必要無い。ちょっとしたおつかいのようなものである。

 今ニコラ達の乗っている運搬車と違う、もう一両に仰向けで載せてあるデウスマキナ。名は『エクウス』。青色で塗装した重厚骨太な造りは以前エルフの村を襲ったアプロンとヘリウスとかなり異なる趣の騎体だ。見た目を考慮しない武骨さは戦闘兵器より建築重機のような印象をニコラに与えた。

 実際、この手の回収用は力と頑丈さは太鼓判を押せるが対デウスマキナ戦闘において最も重要な瞬間的速さと使用者の追従性を考慮して作られていない。当初の想定通り使用するか、初心者が練習用に使用するならもってこいの騎体でも、戦闘には向かなかった。そんな作業用騎体でもデウスマキナに変わりなく、例え共和国側が兵を差し向けてもデウスマキナさえ無ければ戦いにもならない。よしんば騎体があっても自分ならエクウスだろうと互角に戦えるとリシャールは豪語していた。最悪自分が加勢すれば多勢でなければ何とかなるとニコラも楽観的に構えていた。



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