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騎神戦記  作者: 卯月
第一章 異邦人の選択
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第二十三話 皇帝の宴



 風呂に入りさっぱりしたニコラとフィーダはセレンより一足先に祝宴会場の大広間に通された。そこは既に多くの着飾った貴族の男女や武装した兵士―――正確には近衛騎士らしい――――が談笑に耽っている。無数のテーブルには零れ落ちそうなほど大量の酒と料理が載せられ、楽団が陽気な、それでいて品のある音楽を奏でていた。人数分の椅子が無い事と、ダンスなどをする空間が広く取られていない所を見ると、立食パーティ形式の祝宴なのだろう。ダンスなど高校卒業時のプロムナードぐらいしか経験した事が無いので、正直踊らずに済んだとホッとしている。


「おいニコラ。俺は宴と聞いたが篝火を焚いてそれを囲んで酒を呑んだり獲物の丸焼きを食べるんじゃないのか?」


 想像していた物と全然違うものを見せつけられたフィーダは混乱して、隣にいたニコラにどうすれば良いのか尋ねるが、聞かれた側も作法などよく分からないので、取りあえず色々な人間に話しかけたり、相手の話を聞いてみるといいとだけ答えた。実際この手のパーティは料理や酒を楽しむより、顔を覚えてもらい人脈を作ったり商談をするのが主目的である。それに人間を良く知らないフィーダに貴族という煮ても焼いても食えない癖者が居る事を教えるには丁度良い機会だった。無論ニコラもこれからこの国に厄介になる以上は避けては通れない道だと思って勉強するつもりだ。

 というわけでニコラは友人を適当に貴族の中に放り込んで、自分も目に付いた相手に男女、種族、分け隔てなく話しかける事にした。

 貴族というものは情報に餓えている。軍事的な物から政治的な情報、あるいは誰某に愛人が出来たなど信憑性に乏しいゴシップの類でも幅広く集めようとしていた。そんな餓えた狼の中に新顔がノコノコ来たとなれば嫌が応にも注目は集まる。しかもそれが世にも珍しい褐色肌のエルフや人間とは思えない身体能力を見せつけて武術大会を征した男ならば尚更である。


「君の試合は見ていたよ。まるでおとぎ話の英雄のような戦いぶりに、年甲斐も無く心が躍った」


「昼間見た時は見慣れない服装だったが、どこの出身なんだい?ぜひ故郷の話を聞かせてくれ」


「ナルシス様を傷付けたのは度し難いですが、これも戦いの常ですので特別に許して差し上げますわ」


 などなど。あからさまに敵意を向けてくる者も一部居たが、大半は表向き友好的に接している。元々敵味方になるかさえ定かではない現状では友好的に接して様子を見るのが妥当だろう。ニコラも一応社会人を経験しているわけで、最低限社交的に付き合う術は身に着けているので、百戦錬磨の貴族や騎士相手に四苦八苦しながらどうにか挨拶回りに努めていた。

 一方フィーダはといえば想像していた宴と違う事に落胆しながら、ニコラの言う通り、より人間を詳しく知るためにあれこれと話をしている。中には優れた容姿のフィーダに婦人や男色家の貴族がねっとりとした秋波を送っているが、女性の方はともかく同性愛の習慣の無いエルフには視線の意味を読み取る事は出来なかった。

 ある意味人気者になったフィーダも貴族達に興味を持ち、主に彼等の服飾について尋ねていた。貴族は基本ファッションの流行には敏感であり、自分達が力を入れている分野に関心を持って積極的に質問するフィーダに気を良くしていた。


 男衆がそれなりに祝宴に馴染もうと頑張っていると、入り口付近からどよめきが起こる。貴族達はそれを皇帝の入場と思ったが、控える騎士が入場宣言も何もしなかったので訝しむも、一目で状況を把握して納得した。

 新たに祝宴へと入って来たのは絶世の美少女だった。黒真珠のように艶のある褐色肌。胸元の開いた薄いピンクのドレスがガラス細工のような繊細な手足と未成熟な乳房を包み込み、ウェーブの掛かった銀糸の髪は鋏を入れて切り揃えられて軽く結い、海のように透き通る青い宝石を嵌め込んだ髪留めがより美しさを引き立てる。ルビーの如き鮮やかな赤の瞳、その瞳の色と合わせた赤い口紅。そして何よりも生命力に溢れた力強い表情が彼女の魅力と気質を顕していた。

 一歩歩くごとに周囲からはため息が漏れ、潮が引くように貴族達は彼女の行く先を譲った。まるで皇帝のような扱いだったが、最も優れた容姿を持つ少女に酔い痴れた群衆には当然の待遇だった。

 彼女は群衆から頭一つ抜けた長身の男を目指し、近づく少女を男も視界に留め、彼女を待った。そして二人の距離は互いの息遣いが分かるほどに縮まる。


「おまたせーニコラ。もうさー準備に時間かかり過ぎちゃってお腹ペコペコだよー。この部屋凄く良い匂いするよね、どの料理が美味しいの?」


 ニコラは神がかった美の化身がいつものセレンだったのを残念に思いつつも酷く安心した。周囲の貴族も容姿と中身に恐ろしい差があると知って若干思考が停止している。そしてニコラから不味い料理なんて無いから、何でも食べてみろと言われて、見た目で惹かれた料理を遠慮無しにあれこれ摘んでいる。しかも一応食器を使ってはいるものの、マナーはお構いなしにモチャモチャと音を立てたり口いっぱいに頬張っているのを見て、貴族達は幼児を見守るような気分になり苦笑しか湧いてこなかった。

 ニコラも挨拶回りで酒はかなり飲んでいたが、料理は口にしていなかった事を思い出して、セレンに付き合う形でボルドの宮廷料理を堪能した。


「これ甘いけど舌がピリピリするー。でも美味しい。ニコラも食べる?」


 セレンが特に気に入ったのはおそらくデザートだろう、卵と牛乳を蒸したプリンのような料理だった。ニコラは彼女から受け取り、じっくりと味わって食べる。砂糖も使われてかなり甘く、上に掛かっていた胡椒のような香辛料のアクセントがより味を引き立てている。そういえば今までこの手の香辛料はあまり目にしていなかった。しかしここにあるという事は、貴重品だから貴族ぐらいしか口に出来ないのだろうか。そのあたりの流通も詳しく知りたいと考えながら料理を味わった。

 バクバクと料理を食べ続ける欠食児童のセレンに付き合いながら、ニコラもある程度見栄えを気にして料理を食べていると、今度こそ皇帝の入場を伝える近衛騎士の声が聞こえた。周囲の貴族も談笑を止めて全員頭を下げているので彼等に倣って一旦食事を止めて同様に頭を低くするが、セレンだけはお構いなしにガツガツ食べていたので止めさせた。

 皇帝は部屋の一番奥の床が一番高い場所に据えられた玉座に腰を落ち着けた。そして貴族達を見渡し、上機嫌に振る舞う。


「みな楽しんでいるようで私も喜ばしい。特に今日は類稀なる戦士とその友朋を我が帝国に迎え入れられた事に喜びもひとしおである」


 誰の事を言っているのかは全員察しが付いている。それとなく視線をニコラやその隣にいるセレン、もしくはフィーダへと注ぐ。

 皇帝は使用人に耳打ちすると、その使用人はまっすぐニコラ達の前へとやって来た。


「陛下がお呼びです。こちらへ」


 促されるまま三名は皇帝の前へと誘導される。

 皇帝の眼前に立つニコラはじっと彼を観察した。闘技場で遠目に見たが、すぐ間近で見てみるとニコラの感覚では皇帝はまだ若く、髭を蓄えているがまだ40歳前に見える。男としてはこれから脂が乗る頃、しかし責任ある職務のせいか、やや顔には生気が足りないように見える。やはりというか、一国の主とは余程の激務なのだろう。


「儂の顔が気になるのか?こんな中年の顔など見た所で面白い事などあるまい」


「―――失礼しました、無礼をお許しください陛下。何分一兵卒では一国の王の顔を直接拝見する機会など一生無いと思っていましたもので。ニコラ=古河軍曹です。何分こちらの儀礼には疎いので、軍式の敬礼をもって代えさせていただきます」


 謝罪を兼ねて背筋を目一杯まで伸ばし、最敬礼する。フィーダとセレンはニコラの敬礼も皇帝相手にどう接するかもよく分かっておらず、視線を右往左往していた。


「お前は兵士か、なるほど道理で面構えが良い。それとエルフのお嬢さんはそう心配するな。知らない者に作法を強要するつもりはないし、私は悪意の無い非礼を咎めるような度量の無い事はしない」


「えっと、その、村のみんなを助けてくれるんだよね?ありがとう皇帝さん。あとここの料理凄く美味しかったよ」


「俺からも村を代表して礼を言わせてもらいたい。それと人間はニコラやあんたのように良い奴もいるんだな。ギルスとかの奴等とは違う」


 拙い礼の言葉にも皇帝は鷹揚に頷き、困った事があればいつでも相談に応じるとセレンとフィーダに語り、料理も気に入ったのなら好きなだけ食べていいと笑っていた。疲れた顔をしているものの、大らかに笑う様は自然と他者へ好感を植え付ける。こうした振る舞いは本人の気質と育ちの良さ故だろう。


「そうそう、ニコラだったな。私は共和国の件を別にして個人的にお前に礼を述べておきたい。馬鹿な身内だが、あれでも肉親だからな。私を含めて居なくなると悲しむ者も多い」


 皇帝の言葉にニコラは訝しむ。今までこの国を旅して出会った者に皇室に関わりのある者はいなかったと思うし、命に関わるようなやりとりはエルフを除けば多分無かったと思う。最大限身内の範囲を広げて、武術大会で戦った貴族出身のナルシスぐらいだろうが、名前を出しても違うと言われてしまった。そうなると思い当たる人間が居ない。


「今は分からないだろうが、そのうち分かるようになる。とにかく私が感謝していると思っていてくれればそれでいい」


 腑に落ちないが、これ以上皇帝を追求するわけにもいかず、ニコラはそのまま感謝を受け取った。

 無事に皇帝への挨拶が終わり、引き続き祝宴は再開される。催し物として踊り子や曲芸師が呼ばれ、道端の大道芸とは一味も二味も違う洗練された芸能で客人を喜ばせた。

 それと、あまり関係の無い話だが、祝宴の料理が美味しかったのでついつい食べ過ぎてしまったセレンは、翌日の午前中はトイレに籠り切りになり、ニコラやフィーダを呆れさせてしまった。



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