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騎神戦記  作者: 卯月
第一章 異邦人の選択
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第二十二話 慣れない交渉の成果



 ランスの言葉を意図を正確に理解出来たのはニコラ唯一人。セレンもフィーダも何のことか分からなかった。ランスは表情から、この場においての交渉相手がニコラだと察した。


「フィーダ、セレン。これからランス殿と詳細を詰めようと思うが、俺に一任してもらっていいか?こういうのは一対一で話し合わないと余計な時間と手間が掛かってしまうんだ」


「そうだな、俺達では人間の掟やしきたりはよく分からない。お前一人にすべて任せるのは本当に済まないと思うが、お前のやりたいようにやってくれ。セレンもそれでいいか?」


「うん、いいよ。あたしもフィーダも村のみんなだって、ニコラのこと信じてるから」


 状況説明からこうなるのはほぼ確信していたが、それはそれとして随分と信頼されている。自身の知る限りエルフは元来排他的な気質であり、別種族を信頼するのは進んで街に出てくる変わり者ぐらいで、辺境に隠匿している引き籠りは全て自分達以外を信じていないと思っていた。だが、エルフの男女はこの上なく人間の青年を信頼している。

 それにこのニコラという青年は交渉の基本を分かっているので幾分やりやすい。同じ集団に交渉役が何人も居ては纏まる訳が無い。交渉の場に何人居ても良いが可能な限り窓口は一つにしてくれないと困るのはどちらも同じだ。しかしそれをこちらが言うと余計な不興を買いかねない。それに気付いてあえて自分からエルフに頼んだのだろう。


「仲良き事は良い事だ。では早速本題に入るとしよう。我々は陛下の御意思を尊重して君達エルフに力を貸すが、具体的にどうするかまでは口にしていない。一応武術大会優勝者の望みなので最低限帝国内での君達村人の身の安全は保障するが、帝国領土ではない『黒夜の森』――ああ、我々は君達エルフの村のある森をそう呼んでいるが、土地と村までは救う範疇には無い」


「まあそうでしょうね。特に今回は共和国と帝国どちらにも面しているのに、どちらにも属していない係争地での出来事。極めて政治的に不安定な土地に護衛として纏まった軍事力を送り込むのは負担と費用が大き過ぎる。それならさっさと村人を国内に連れて行き皇室の持つ直轄領地にでも村人を住まわせてしまえば事足りる」


「然り。ギルスの連中も土地が欲しいのではなく、一番の狙いはデウスマキナの制御部品となる生きた君達自身だ。だから我々帝国としては君達を迎えに行く部隊を編成して早々に村から連れ出したほうが面倒が少なくて良い」


 部屋にいる人間二人は早々に話が出来上がってしまったが、当事者のエルフ二名は納得がいかない。確かに命さえあればまたやり直せるかもしれない。だが先祖から引き継いだ土地を躊躇無く捨てるには自分達はまだ覚悟が足りなかった。

 何とか方針を変えて貰いたいと思いつつも、既にニコラへ全てを任せてしまったのだ。自分達が口を出すべきではなかった。それが分かってくれたのか、ニコラは提案を申し出た。


「ですが、その不安定な土地を抱え込む利があればどうでしょう?あるいはエルフ達が帝国にとって多大な利益をもたらすなら、多少の無茶も飲み下せると思いますが」


 やはり彼は交渉をよく理解している。相手に何かしてほしいのなら対価を用意するのが基本。幾ら望みの物を得られる優勝者の権利があるかと言って、国家にとって恒久的な負担は無視出来ない。となればエルフ達が帝国にとってデウスマキナの部品以外に価値があると多くの者に理解させる証拠が要る。最初からそれを交渉材料にするつもりだったのだろう。


「ふむ、それは道理だが、何か魅力的な物があるのかね?例えば宝石や砂金が採れるか、香辛料や毛皮を税として納めてくれるなら、我々も負担を抱え込める名分が立つのだが。つまらない物なら話を切り上げるよ」


「ご期待に添えるよう努力しますが、何分元一兵卒ですのでお手柔らかに。さて、こちらの切れる手札ですが、まず先程共和国の兵士を全滅させたと言いましたが、指揮官だけは捕虜として生きています。彼等はクラウディウス家の人間だと言っていましたね。彼等を引き渡します」


 クラウディウスといえば共和国でも有数の名家。しかも帝国とは国境を接した要地を任される武家の一角。その家の人間となれば身代金以外にも政治取引の手札としてかなり使い易い。それを引き渡してくれるというならありがたいが、それだけでは弱い。

 それに人質は交渉する相手が居ない状態では何の価値も無い。帝国なら効果的に使えるが亜人のエルフが持っていた所で、亜人根絶を国是とする共和国は絶対に交渉に応じないだろう。つまりエルフが持っていても、どんな貴族だろうと単なる無駄飯ぐらいでしかない。

 そこをランスが指摘すると、ニコラは当てが外れたとばかりに、邪魔なのでさっさと殺してしまうと告げる。こうなると困るのはランスの方だ。値下げ交渉を相手の方から打ち切ってしまうとこちらに儲けが出ない。しかしそれではエルフも丸損。それはニコラも分かっているから、揺さぶり以上の効果は期待していない。

 その後両者の駆け引きは続き、人質を使って得られた利益をボルド帝国側が七、エルフが三の配分で決着がついた。どちらかと言えばニコラが競り負けた結果だ。

 負けたニコラは渋面だが、仮に五分五分でもボルドが納得する対価にはまるで届かないのでオマケ程度に考えた方が良い。元よりあのギルス貴族は前菜程度、まだこちらにはメインディッシュが控えているから次で挽回は十分に可能。そう気持ちを切り替えて交渉を続けた。


「その様子だとまだまだ交渉は続けるつもりだね。次の札を早く見せてくれるかな?」


 渋い顔のニコラとは対照的にランスは笑みを絶やさない。その笑みは勝ち誇っている笑みではない。ランスにとって交渉は自分の生業、勝って当たり前。そんな百戦錬磨の玄人相手に必死に食い下がろうとする素人のニコラの姿は微笑ましい。謂わば足し算を覚えた生徒に少し難しい課題を出して解けるかどうか見守る教師のような心境だった。


「はは、なら驚かせてあげますよ。――――クラウディウス家のデウスマキナを森で二騎確保しています。それをボルド帝国に貸し出しましょう」


「なっ!!それは本当かね!?」


 口では疑いの言葉を紡いだが、目の前の青年が交渉で詐欺を働くとは考え辛い。しかし幾らエルフが稀少な部品になると分かっていても、それを確保するだけの為にあの最強兵器を二騎も投入して、かつ敗北したなど現実的ではない。いったいどんな手妻を使えばそんな芸当が出来るのか。ランスにはとてもではないが見当もつかない。


「取引で嘘を言うほど不誠実ではありませんよ。ただ、一騎は片足を破壊して動けないので運び出すには手間が掛かりますが」


「良いだろう。その話を本当と仮定して、確かに二騎のデウスマキナの貸与は我が国にとって大きな価値がある。戦力提供を税の代わりとするのは古来より珍しくない。帝国は高額納税者を無下にしないと保証しよう。ついては『黒夜の森』を正式に帝国に編入、領有宣言をギルスにも使者を送り通達する。それから――――」


「おっと、よく見たらまだ札が一枚残っていますね。最後まで見ておかないと損をしますよ」


 この青年は我々をどこまでも楽しませてくれる。皇帝陛下と貴族達を納得させるならデウスマキナ二騎でも事足りるが、そこにきてさらに一枚上乗せするとは。


「ははは、では最後を飾る出し物を見せてもらおう。その札如何ではさらに優遇する事を約束するよ」


「最後の札は俺自身が『黒夜の森』の出身としてこの国に兵士として所属する事。実力は既に大会で示したので、どれだけ価値があるかは分かっていただけたと思います。勿論貸し出すデウスマキナ同様に維持費は掛かるでしょうが損はさせません」


 これはランスもある程度予想していたが、交渉の札として扱うとは想定していない。武術大会の成績優秀者は仕官する者が多いのでこちらから声をかけるつもりだったが、先んじて売り込みにかかるとは思っていなかった。しかも兵士とは言うが、実質騎士か士官として扱うのは彼も分かっているはず。そうなるとエルフ達の代表として帝国に忠を尽くす形になり、彼等が大きな対価を支払った以上、こちらも何かしら見返りを用意しなければ器量を問われる。


「良いだろう。誓約書の締結は後日になるが、君やエルフ諸君の勤労と忠節に報いるように帝国も力の限りを尽くそう。これから人員派遣など諸々の準備に取り掛かるが、二日で済ませられるように努力する」


 ニコラは全ての仕事が上手く片付いた瞬間、椅子に背中を預け大きく息を吐いた。実際は短い時間だったが慣れない交渉の所為で数時間は話し合っていたような錯覚を覚えた。しかしその疲れに見合っただけの対価は手に入った。その実感が大きな達成感を与えてくれる。それにセレンとフィーダも気遣ってくれる。それだけでも苦労した甲斐があるというものだ。


「それとこの後だが、ささやかながら陛下が大会優勝者に報いるよう祝宴を開くので、ぜひ参加してくれたまえ。勿論友人も歓迎しよう」


 それだけ告げるとランスは充実した朗らかな笑みを見せて部屋を出て行った。その入れ違いに数名の使用人が入って来て、風呂と着替えを勧められた。試合と応援で汗まみれだった三名は全員、喜んで了承した。



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