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騎神戦記  作者: 卯月
第一章 異邦人の選択
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第十三話 帝都ブルーヌ



 ポルナレフ領レンヌの街を発ってから四日後の午前中、一行は帝都ブルーヌが肉眼で見える距離まで来ていた。武術大会の応募に間に合わせるように少々急がせたおかげで余裕をもって到着する事が出来た。急がせた四頭の馬には後でたっぷりと休養を与えてやらねばなるまい。


「あれがこの国の長が住まう街か。なんと巨大な」


 まだかなり距離のある小高い丘からでも帝都が見える。フィーダはその圧倒的な規模の街と中の建物の数に驚嘆し茫然と呟き、セレンもまた人の創造力に感嘆の吐息を吐いた。そして唯一ニコラだけは違和感に首を捻る。都の規模に比してやけに外壁が低いのだ。この手の首都となれば相応の防衛力を求められるものだが、レンヌの街も外壁は随分と低かった。つまり攻城戦を考慮した都市設計をしていない理由が何なのか考え、一つの仮説に行きついた。


「デウスマキナは攻城戦にも用いられている?どれだけ壁を高くしても、分厚くしてもあの巨人の前では意味をなさない。だから壁が低いのだろうか?」


 単なる憶測でしかなかったが、実際にデウスマキナの破壊力を目の当たりにした以上はまったくの的外れとは思えない。あれならば石や煉瓦の外壁などどれだけ分厚く高くとも容易く崩せるだろう。もしかしたら跳躍で飛び越して街を蹂躙し尽せる性能を秘めていても驚きはしない。となれば壁の目的は外とを隔てる境界線、野生動物と騎兵の侵入を防ぐ柵という所か。つくづくこの世界は奇妙なものである。

 短い休息を終えた一行はいよいよ数時間後、帝都の門を潜る。



 帝都の門は出入りする者達でごった返していた。一国の首都となれば様々な職業、人種が入り乱れ、門を護る兵士には亜人も多く、人だけしか居なかったギルス共和国軍とは前提からして異なる、カオスあるいはサラダボウルと呼ぶにふさわしい雑多な構成、多民族国家であるボルド帝国の縮図をまざまざと見せつけた。

 何より一行が驚いたのは、正門に二騎の白いデウスマキナが鎮座している事である。ギルス共和国の騎体とは若干様式が異なるものの、紛れもなく暴力の化身たる戦闘兵器が出迎える様は帝都に住む者には畏敬と安寧を、そして邪な考えを持つには恐怖を抱く事だろう。

 正門を潜ってまず驚くのが圧倒的な道の広さ。四頭立ての馬車が四台は横に並んで通れる広さがあり、そしてその道を埋め尽くす通行人の往来は、国家の強大さをセレンとフィーダに否応なく認識させた。

 様々な店が立ち並ぶ通りは非常に魅力的だったものの、先に宿を探したいニコラはやや強引に二名を連れて行く。当然セレンは恨めしそうな目をしたが、時間が空いたらたっぷり付き合ってやると約束したので、彼女は文句を言いつつも承諾した。

 宿は四軒目でようやく部屋が見つかった。だが宿のランクが高いのを差し引いても一泊一人金貨三枚は高いと言わざるを得ない。羊人の店主曰く、この時期は武術大会の参加者や見物客が大挙して押し寄せるので、繁忙期の割り増し料金にしても、いつも宿が満杯になるらしい。今は予選が始まる前なのでまだ少し余裕があるが、あと一日遅かったら多分宿は全て埋まっていたと教えてくれた。

 今のうちに登録を済ませたかったニコラは宿の店主に大会のチラシを見せて受付の場所を尋ねる。


「街の西の第五区にある円形闘技場の前でやってますよ。闘技場は五区の建物で一番でかいからそれを目印にすれば迷う事は無いはずです」


 帝都は皇帝の居城とその周辺を第一区と定め、二~五区を城の表側に割り振り、裏側を六~九区と制定している。闘技場のある五区は公共娯楽施設を集中的に建てた区画で、公園や演劇場などもそちらに数多く建っていた。

 五区へ向かう道中、食べ物屋台、花売り、オモチャ売り、遊戯店、道化芝居、吟遊詩人、お手玉、玉乗り、動物使い。読み上げればきりがないほどに多様な出し物がどこもかしこも道の両脇を占領していた。

 彼等の誘惑を振り解きながら目的の闘技場に足を進めると、遠目では分かりづらかったその異様な巨大さを嫌でもフィーダとセレンは実感させられる。遂にはフィーダは立ち止まり、茫然と建物の全貌を目に焼き付けようとする。


「これが人の手で造られたと言うのか?信じられん」


 全高30mを超える闘技場の壁を前に畏怖に似た感情を抱き、そしてこれから自分はあの建物の中で戦うと思うと、自分は何と誉ある男なのかと高揚感を抑えられなかった。

 酔いに似た感情に満たされたフィーダと共にニコラは天幕の張られた運営本部に並ぶ。彼等の前には参加者らしき男達数名が並んでいたが、どれも戦闘者としてはさして見るべき所は無いとニコラは感じた。

 順番の廻って来たニコラに狼人の受け付けが名前を聞き、大会の説明をする。


「まずは二日後の予選を勝ち抜いてもらいます。そこで本選出場者十六名を決めます。武器はこちらで用意しますが、どうしても自分で用意した武器が使いたいと思ったら許可します。ただし武器は全て木製か革製ですので金属や石はご遠慮ください。我々は殺し合いを望んでいるわけではありませんし、急所に攻撃を受けたと審判が判断したら試合はそこまでです」


「防具は既定の範囲外なのか?」


「そうですね。盾なども金属は禁止していますが鎧兜は自由です。ですが鎧を着込んでも防御面で優位になるわけではないので、出場者は速く動くために着用しない方が大半です」


「ところで俺は基本ナイフか短い槍を使うが、素手でもありなのか?」


「ええ、勿論です。過去には素手で優勝した方も居ますので。武器が無くとも闘志を失わないと審判が判断したら試合は続けます」


 なるほど、このルールならば肉体的頑強さはさして意味をなさず、技術面に秀でた者が優位に立てるだろう。そして余程不幸が重なりでもしない限り死者や重度の障害を抱える者も出る事は無い。かつてローマのコロッセオの中で血を求める催しが度々開かれたが、ここはそのような血生臭い催しとは無縁らしい。

 そしてニコラにとっては色々とやりやすいルールである。鎧の規定が無いのであれば今着用しているタクティカルアーマーをそのまま着用しても咎められる事は無い。いざとなったらパワーアシストを使って身体能力を引き上げればやすやすと優勝できるだろう。それを知れば武器に頼る卑怯者と罵る輩は出てくるだろうが、そんな言葉で自身は揺らぎはしない。

 もとより自分の名誉や立身出世の為ではない。友の、その家族の為にこの国を利用しなければならないのだ。体面に拘るような愚かな真似をしてせっかくの機会を棒に振る気は微塵も無い。

 あとは細かい開始時刻などの説明を聞き終わると、ローマ数字のような文字の書かれた札を渡された。88人目の出場希望者だった。覚えやすくて良い数字である。

 別の所に並んだフィーダも登録を済ませて戻って来るが、難しい顔をしていた。理由を尋ねるとニコラも納得した。予選会場が狭すぎて弓はまともに使えないらしい。必然的に本選に行けた弓使いは過去一人も居なかったと教えられて、どう戦うべきか悩んでいるのだ。かと言ってフィーダは白兵戦など経験すらなく、これでは本選まで勝ち抜けるかも怪しい。


「その時は俺がお前の分まで頑張るさ。あまり気にするなよ」


「だが、これは本来俺の村の事だ。お前にばかり働かせるのは申し訳が立たん」


 責任感が強いのは好感が持てるが、かといってそれだけで万事が万事上手くいくなら世の中もっと生きやすい世界になっている。

 悔しがるフィーダを慰めつつ、大道芸を見て時間を潰しているセレンの元へ二名は向かう。

 相変わらず通りは騒がしいが、今はその騒がしさの質が違うとニコラは感じた。大道芸や吟遊詩人への喝采や笑いとは違う、もっと剣呑な諍いの臭いがあった。

 群衆へ近づくにつれ、男女の争う声が耳に届く。それもここ数日絶え間なく耳にしたセレンの声と、数人の男の怒声だった。フィーダもそれに気付き、厄介毎に巻き込まれたと知った男達は群衆をかき分けて現場へ急ぐ。


「―――あっニコラ、ちょっとこいつらに何とか言ってよっ!こっちは謝ったのにしつこいのよ!」


「一言謝ればなんでも許されると思うんじゃねーよ!こっちは大事な一張羅を汚されたんだぜっ!こんなんで武術大会に出れるかってんだ!!」


 言い争っていたのは予想通りセレンと、顔や腕の所々に刃物傷のある見知らぬ虎人達の男だった。

 両者の言い分を纏めると、セレンが詩人の歌に気を取られて彼等とぶつかってしまい、一人が持っていた酒が零れて服を汚してしまったらしい。それを謝っても虎人は気が納まらず、近くの酒場で酌の一つもすれば許してやると大仰に嘯いたが、頑としてセレンが受け入れなかったので騒ぎになったのだという。

 よくある事とはいえ、面倒極まりないとニコラは思う。この手の手合いは面子が何より大事であり、ここまで騒ぎになったら引っ込みが効かないだろうし、セレンのような美少女にちょっかいを出す下心もきっとあるに違いない。下手をすれば殴り合いの喧嘩にも発展しかねない。そうなると治安維持の兵士がやって来て牢にぶち込まれかねないがそれは困る。

 しばし考え、成り行きを見守る大道芸人の姿に一つ面白い事が浮かんだニコラは自分が代わりに謝罪するので事を納めろと言って、懐から銀貨を一枚取り出して虎人に見せた。

 金で解決しようとしたニコラに怒り心頭の虎人だったが、次の瞬間銀貨を握り潰したのを見て肝を冷やした。そして握り潰された不格好な銀の塊になった銀貨を手に握らされた。


「これで今回は勘弁してくれるか。それでも不満なら別のモノを潰してもかまわないんだけどな」


 友好を示すようにニコラが虎人の肩をポンッと叩く仕草をしただけで、彼は全身の毛を逆立てて震えながら仲間達と野次馬をかき分け、文字通り尻尾を巻いて逃げて行った。


「厄介事に巻き込まれなくて良かったな」


「えへ、ありがとう。やっぱりニコラは頼りになるね」


 セレンは上機嫌にニコラの腕に抱き着き、周囲の観衆は偉丈夫と美少女のやりとりに口笛を吹いて捲し立てる。関係の無いやじ馬にとってこの手の騒動は大道芸より楽しい娯楽であった。

 そして今度は気分治しとばかりにフィーダを含めた一行はせっかくの祭りを思う存分楽しむことにした。セレンは道化師の大道芸を好み、芸が終わるとニコラから貰った銀貨を籠へと投げ入れた。フィーダは出店の吹き矢や投げ輪をやりたがり、試しに全員でやってみると、フィーダは百発百中、セレンも九割近い的中率を誇り、唯一ニコラは三割を切る下手さで二人から笑われた。

 それから二日間、武術大会が始まるまで祭を遊びつくした。



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