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荒野の盗賊(9)……野盗

「やってくれたな……小鼠ぃ」


 顔に大きな刺青のある男がふらつきながら立ち上がった。

 財務卿(フリッツ)家の門戸の側に風にかき消されずに残った松明が、その刺青の男を明るく照らす。

 マントのように羽織っていた黒いファー付きのコートは風で千切れてボロボロだ。そのコートを脱ぎ捨てると、赤く塗った鎧が現れた。腰には長い片刃の剣を差している。そして同じく赤い兜に象られているのは、二本の角。


 その男は、真っ直ぐファナ=ノアを睨みつけた。一瞬、背筋に寒気が走る。


『──気配が変だ。何かの術を使うかもしれない』

『────ああ』


 警告に、戦士ノイは剣を抜いてそれまでより鋭さを増した表情で頷いた。


「まさか、小人とはなァ! しかも、アルビノ!」


 刺青の男は珍しいものを見た、という顔で叫ぶ。

 捕まえて売ろうとでも考えているのかもしれない。

 ファナ=ノアは穏やかな表情を崩さず、返答をした。


「私はファナ=ノアと申します。あなたが、皆さんの頭目でしょうか?」

「──ああそうだ。<赤の悪魔>シュラルク様だ!」


 刺青の男──シュラルクは大刀を抜いた。

 黒竜の時のように、強大な相手ほど近づかれる前に先手を取るのが肝要だが、ファナ=ノアはあえて待ち、言葉を重ねる。


「平原では、有名な方なのですか?」

「ハハァッ! 報償金一万のお尋ねモノだ!」


 一万……平民が半年暮らせるくらいだが、貴族にすれば鎧を買うより安い金額だ。──パッとしないが、ここは(おのの)くところだろうか。


「……それは恐ろしい。小人を狙うのをやめてくれとお願いしても、聞き入れてはくれないのでしょうね」

「当然だ! ちょっと力が強いくらいで調子に乗るなよ」


 首領の男が地を蹴る。ただのダッシュと思いきや、──まるで無重力の地を蹴ったように、軽やかで素早い! 首領の能力に関係するのか。

 応戦すべく気を引き締めながら、ファナ=ノアは叫び返す。


「──申し遅れました。私は、小人の唯一宗教であり、政治機関である『ノア』の教主、ファナ=ノア」


 ファナ=ノアは自分とノイを中心に、外回りの暴風の渦を巻き起こした。


「……ちぃ!」


 完全に勢いを削がれた野盗の首領は立ち止まって顔を手で覆う。


 名を笠に着るつもりはないので、普段わざわざ宣言したりはしないが、こういう手合いは相手の立場を気にするはずだ。良くも悪くも、効果がある。


「ちょっと力が強いだけではありますが──屈するつもりはありません」


 ファナ=ノアは悠然と微笑み、そのまま、風圧で押さえつけた。


「ぐっ……」


 只の人なら、多少屈強でも抵抗できないはずだが。


「……小人の分際でよくも偉そうに──!」

「!!」


 野盗の首領はその圧を跳ね除け、向かい風に逆らって刀を振りかぶった。


(今、私の波動を打ち破った。やはり──)


 ファナ=ノアは冷静に分析しながら、続けざまに風を操る。


「教主だと? 要は周りを食い物にしてるんだろう!!」


 野太い叫び声とともに、重い刃が振り下ろされる──


 キィィン!


「ファナ=ノアがそれをするのなら、俺たちが止める」


 戦士ノイが大刀を受け止めた。明らかに体格差があるが、風で勢いの落ちた刃は彼の脅威とはならない。

 鍔迫り合いの隙にその大刀を砂に変えようと試みたが、野盗の首領は素早く刀を引いた。そして、次の斬撃を繰り出してくる。なかなかに手強い。

 ファナ=ノアは語りかけた。


「──あなたは、周囲に踏みつけられ、踏みつける生き方をしてきたのでしょうね」


 ノイが刀を受け流しながら、剣に纏わせたかまいたちを放った。確か──<剣を操る(ケンヲトル)>という名の術を組み合わせた武技だったか。


 目に見えないはずの刃の気配に感づいたのか、野盗の首領は横に跳ぶ。

 追い討ちをかけるように、ファナ=ノアはさらに言葉を繋げた。


「だから、仲間を傷つけられたことに怒っていない」

「グダグタと、うるせえよ……!」


 首領の男は燃えるような憤怒を目に湛え、刀を引いて居合の姿勢をとった。


 ズゥン……!


「……!!」


 急にこちらの体が重くなり、逆に野盗の刃が加速する。


(何の術だ──!? ……まずい!)


 殺意の咆哮が耳に届く。


「もういい! さっさと、死ねぇ!!」

「──ッ!」



 ギイィィン!!



 その凶刃が届くより一瞬だけ早く。

 ファナ=ノアの風の刃が野盗の首領の胴を打った。

 分厚い鎧の表面に、大きな傷がつく。

 それだけでは止まらなかった刀を、重たいであろう腕を全力で振り上げたノイが弾いた。

 背中越しに、ノイが声を張り上げる。


『間に合うようになったな……! ファナ=ノア!』

『──ああ、こういう嬉しさは初めてだ』


 一瞬冷えた背筋が今度は逆に熱くなる。自然と口角が上がっていた。

 しかし気を抜くことなく、渾身の一撃が弾かれ動揺した顔の野盗の次の動きに備えて集中する。

 野盗の首領が離れると、身体の呪縛が解けた。

 小さな吐息とともに、感嘆を込めてその刺青の入った顔を見据える。


「すごい力ですね──。錬金術ですか?」

「──は? ──んだそれは!」


 先ほどと同じ異様な速さで地を蹴って横に引いた刀を振り抜こうとする野盗の首領を、大きな風の刃を複数放って足止めする。


「では、<(しろ)の王>に授けられたのか」


 突然発生する怪物と同じように、無意識に術を使っているということかもしれない。

 野盗の首領はぴくりと反応した。


「シロ──? どこかで……」

「世界の創造主の名前ですよ」


 世界の中心にある<(しろ)の領域>に存在する創造主は固定の姿をとることはない。夢に現れても、もやだったり、光球だったり、鏡のように姿を真似たりするだけだ。そして、言葉を持たず思念で何かを伝えようとする。

 その行動原理はシンプルだ。世界への<愛>と<期待>、その二つだけである。

 そして、子供が粘土遊びをするように気まぐれに、世界に住まう命を進化させる。


「そうか──俺は、選ばれたのか!」


 野盗は地を蹴った。軽い動作なのに、まるで無重力かのようにスピードが出る。

 風の刃を掻い潜って、みるみる距離が縮まっていく。


(──なんで、見切れるんだ!)


 切り裂いてしまわないように、怪物に使うより鈍く太めにしてあり、かえって逃げ場は無いはずだが。

 腕や足に裂傷を負いながらも、野盗の勢いは止まらない。

 退がるにも後ろは建物だ。


(接近戦に持ち込まれる訳にはいかない!)


『ノイ! 二人とも彼の術中に嵌ると分が悪い、一旦離れよう』


 言いながら、ファナ=ノアは一帯の風の勢いをさらに増した。



 ゴオォォオォ!



 竜巻並の風を全身に受け、さすがに野盗の足が止まる。周辺を更地にしていいならもっと強くもできるが、そうもいかない。

 黒竜にしたように風の牢に閉じ込めることも考えたが、動きが速くて捉えられないし、人間相手に使うと命を奪ってしまいかねない。


 ──そう、殺すという選択肢はない。戦う理由がなくなるか、戦う力がなくならないと終わりはこない。

 ファナ=ノアはノイを置いて高く飛翔して、よく通る声で挑発する。


「あなたの強い思念が虚の王の目に()まったんでしょうね。──おそらくその、怠惰が」

「……んだと!?」


 ファナ=ノアを見上げて、野盗の首領が吠えた。

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