荒野の盗賊(6)……ユウ
憲兵隊の被害は軽くない。ピアニーとその母であるディーズリー夫人、その従者を除く二十余名中、死者はいなかったものの、重傷者が六名もいた。
対して捕らえた野盗は十一人、命を落とした者がほぼ同数、そして大半は逃走した。
ファナ=ノアとリンドウは手分けして、負傷者の手当てをして回っていた。
「悪党まで治療しなくても」
リンドウが戸惑ったようにファナ=ノアを見つめた。彼女は憲兵の重傷者の傷を手当てしている最中だ。
「そうかもしれないな。……ただ、」
ファナ=ノアは縄で縛られた野盗の前に立ち、手をかざした。
「──他者を傷つけて快楽を得る者の多くは、自己を幸せにすることが下手なだけだ」
「……?」
意味が分からない様子でリンドウが首を傾げる。
ファナ=ノアは穏やかな口調で続けた。
「十分な食事と住環境、愛してくれる家族、必要とされる職業、自由と楽しみを持てば、他者をわざわざ傷つけてそれを失おうとすることは無くなる」
憲兵隊の傷の処置は残すところあと少し。野盗の切り傷や、流れ弾による銃創を癒しながら、ファナ=ノアはフードの下で微笑む。
「選択の如何でいつでもやり直せる。そういう人のことを、私は悪党とは思わない」
「──甘いんじゃない。生き方が分からない人が簡単にやり直せるほど、社会は優しくない」
「だから仕組みを変えるんだ。私たちが共存していくには、……新しい仕組みが必要なんだ」
「そう……。ま、応急処置としては、これくらいかな」
リンドウが息をついた。
側で見ていた金髪の中隊長が意外そうに口を開く。
「一瞬で完治!って訳じゃないんだな」
実は、彼女が錬金術を使ったのは一部だけで、ほとんどは医師がするように薬と包帯での処置だった。
「傷が深いほど、錬金術でどうこうしてコントロールを誤るリスクが高いから、自然治癒のほうがいいのよ」
「ん……? じゃあなんでラズは銃創を一週間で完治してたんだ」
「あの子は、自分の傷なら深くても治せるの。あれは本当に常識外れ」
「ははあ」
彼らの話を小耳に挟みながら、野盗たちに順番に治癒の術をかけていく。そのすぐ後ろには、小人の戦士ノイが黙って随行してくれている。もし至近距離で不意を打たれるとファナ=ノアは弱いからだ。
一方、ユウはしゃがんで傷を癒す様子をじっと見ていた。なぜこんなところまで連れてきたかというと、本人がファナ=ノアたちと離れたがらず、かつ言葉が分からないのもあり、小人の郷に置いてこれなかったからだ。
宵闇の中、彼女の茶色の瞳が血とランタンの光を映して茜色に色づいている。そういえば小さい子供に血生臭いところを見せてしまった。
ファナ=ノアの目線に気がついて、ユウはあどけない顔を上げる。
「まほうでみんな、げんき……わたしもやりたいです」
「奇跡じゃない。これは、いわゆる錬金術……小人たちは単に『術』と呼ぶが」
近くにいる人間の兵士たちは剣など武装しているのに、怖くはないのだろうか。その表情からは不思議の技への興味というより、例えば子供が『親がやることをできるようになりたい』と真似するようなひたむきさが感じられた。
「後で少し、一緒にやってみようか」
「……いま、おてつだいしたいです、のに」
ユウはぷうと口を尖らせた。すると突然、
──さわ。
「……なっ」
彼女の全身から強い術の<波動>が広がる。不安定な──
(コントロールできていないっ!)
緩く結えていた髪留めが外れて身長ほどある長い髪がすいと宙を踊りだす。
輝石もないのになぜ──いやもしかすると、手を伸ばせば届く距離にいるファナ=ノアの輝石が力の行使を手助けしているのか。
おそらく発動イメージは治癒なのだろうが、ファナ=ノアたち小人が使う治癒の術──<癒しの奇跡>は生体本来の回復力をサポートするものだ。加減を間違えれば癌など別の病を引き起こしかねない。
「ユウ、やめるんだ!」
よく通るファナ=ノアのぴしゃりとした制止の声に、ユウははっと肩を竦めた。しかしコントロールを離れた<波動>のエネルギーが辺りを乱したまま……このままでは、よろしくない。
異変に気付いたリンドウが慌てた声を出した。
「ちょ、ちょっと何事!?」
「──大丈夫」
ファナ=ノアはとん、と杖で地を叩く。音が岩場に反響するイメージに重ねて、ユウの暴走気味のエネルギーの残滓を無害なものへ。
それをしながら、静かに感嘆する。
──範囲はそれほどではないが、この密度……訓練すれば相当の使い手になるかもしれない。
「……ふう」
「おにいしゃん、ごめんなさいっ……」
息を吐くと、ユウが上目遣いに、おずおずと見上げてきた。小人の特徴たる長い耳が少し倒れている。──ちゃんと反省しているらしい。
ファナ=ノアは苦笑して、その頭にぽん、と手を置いた。
「力になろうとしてくれるのは、とても嬉しいよ。今のように危ないこともあるから、一緒に練習しよう?」
「……はぁい」
ユウはしゅん、として頷いた。
†
治療が一通り終わって、ファナ=ノアたちは天幕への案内された。
その道すがら、ピアニーがしげしげとリンドウを見上げて尋ねた。
「ラズが『リン姉』と言っていたのは、あなたのことなのかしら?」
見知らぬ少女の口から甥の名前が出たことに少し戸惑うように、リンドウはピアニーに目を向ける。
人間側の情報提供者となってくれたピアニーについてのラズからの言伝は、リンドウには特に話していない。
「──ええ、私はリンドウ。あの子の叔母よ」
「私はピアニー=ディーズリーといいます。──これ、あなたの輝石だと言っていました。ありがとうございます。おかげで病弱が治りました」
ピアニーは丁寧に頭を下げた。それを見て、内心感心する。誰に対しても、堂々とした態度、それでいて謙虚である。
リンドウは彼女の左小指の指輪を見て目をぱちくりさせた。それから少し面白そうに笑う。
「あの子が、女の子に、指輪をねえ……」
「ゆっ、指輪がいいと言ったのは私ですし! 特別な意味はないと思います!」
慌てた様子でピアニーが取り繕った。ファナ=ノアはくっくっと笑う。
「ラズが帰ってきたら、からかってやらないとな」
「ああもうっ……」
ピアニー嬢は頬を朱に染めたまま、一生懸命表情を保とうとしている。──黒髪の親友はどうも女性にもてるらしい。
実際のところ、指輪に特別な意味がない、というのはおそらく本当だ。人間の貴族の女性は身につけるアクセサリーを催しによって付け替えないといけないので、怪しまれずずっとつけていられるのは願掛けの意味合いが強い指輪くらいだからだ。ちなみに、小指には良縁を呼び込む意味があると本で読んだ。
「まあ、冗談はこのくらいにしておいて。地図はありますか?」
「ああ」
広げられた地図に目を落とす。
<空の目>の術で逃げた野盗たちの居場所は把握している。会話も筒抜けだ。そのことを説明しながら、方向と大まかな距離を推測する。
「さっき逃げた野盗たちは、今、この辺りにいます。ざっと五十ほど……。他にも拠点があるようですが」
ここから東に、人の足で数時間の距離だ。ちなみにさっきまでいた小人の郷はここから南南東に、それよりもう少しだけ遠い位置にある。怪馬の足で一時間くらいだった。
ピアニーが眉をひそめた。
「財務卿の屋敷がある町のすぐ近くだわ」
その言葉に、ファナ=ノアは顔を上げた。術ごしに聞こえてくる野盗の会話と総合すると。
「だとしたら、まずいな。そろそろ動き出しそうだ。ピアニー殿を拉致したあと、憲兵隊が来る前に財務卿を襲う、という算段だったようです」
「!!」
同席していた憲兵たちがいろめき立つ。
ファナ=ノアは話しながら、考えを巡らせていた。
財務卿が襲われると分かって、みすみす見逃すのも寝覚めが悪い。
「──私達は先に行きます。大っぴらに一緒に行動しているのを見せるのは都合が良くないでしょうから」
すぐに反応したのは、ピアニーだった。
「分かったわ。私達もすぐに動くから──ご無理なさらないでね」
「……ええ。では、互いにご武運を」
聞いていた通り、聡く優しい少女だ。
ファナ=ノアはフードの下で微笑んだ。




