荒野の盗賊(5)……ユウ
ピアニーが初めて街を出て五日目の夜。明日の昼には財務卿の屋敷に到着する予定だった。
約六十人の大所帯を三つに分けて移動しており、ピアニー自身は本隊に同行させてもらっている。いかにも貴族然としたきらびやかな馬車に母を残し、もっぱら一人で馬に乗って道々の景色を楽しんでいた。
夕食の準備も、率先して手伝っている。
「ピアニー嬢、いつも悪いな」
ピアニーが食事を作るので、この隊だけは夕食が豪勢だ。
彼女にとってはこれが初めての野営なので、本隊のリーダー──従兄でもある金髪の青年がとても気を遣ってくれているのが分かる。
着替えやトイレなども男所帯の中で気を遣うが、景色も空気も違う硬い寝床が一番辛い。
(自分がこれでいいって言ったんですもの──!)
──自分でも意地になっているのは分かるが、へこたれたくなかった。住めば都、と心の中で繰り返す毎日である。
「しかし、錬金術まで使えるようになってるとは思わなかった」
食事中、母に聞こえない声の大きさで、従兄である金髪の貴族の青年──リゼルが世間話のように話を振ってきた。ちなみに彼の生家は男爵家の分家にあたり、いわゆる下級貴族の身分だ。彼自身はその功績から騎士爵位を持っている。
「まだ簡単なことしかできないけれど」
「嬢も、術がみるみる使えるようになって、いつかラズみたいになるのかねえ」
その名前が出て、ピアニーはドキリとした。
「リゼル様、ラズって本当にお父様と互角だったの?」
「最初だけだったけどな。しかし、速さもパワーも、前来たときとは段違いだったぜ。おまけに雷を出したり、土から刃物を作るわ鎧を素手で壊すわ……。なんでブレイズ様が勝てるのかが逆に分からん」
「すごいのね……」
錬金術で物質を理解、コントロールを普通にするだけでかなりの集中と時間を要するのに、それを戦闘中にやってのけるなどピアニーには全く想像のつかない話だ。
──早く、また会いたい。
「その顔。嬢、確実にラズに惚れてるよなー」
「なっ……」
彼はニヤニヤしながらピアニーの横顔を覗き込む。この従兄はいつもこうやってからかってくる。だいたい的外れなのに、今日はどうしてすぐに否定できないのだろうか。ピアニーは耳まで真っ赤になりながら、その青い瞳を見返した。
「意地悪だわ……。肯定できる訳がないのに」
ピアニーは己にとって婚姻がどれほど重要かよく理解している。
鋼務卿の次男との婚約は何とかして白紙に戻す算段を立てているところだが、彼女が目指すものに必要な相手としては、彼──ラズはおそらくちっとも見合わない。
「嬢は年の割に大人すぎるんだよなあ」
ピアニーの表情を見て、年長の従兄はさみしそうに笑った。
食事の片付けをしていた時。
見張りの兵が鋭い声をあげた。
「なんだ、貴様ら!!」
同時に、別働隊に知らせる信号弾が上がり、辺りが一瞬明るくなる。
従兄はさっと表情を変え、腰の武器に手を添えた。
ピアニーもすぐに反応する。
普通の貴族の子女なら怯えて縮こまるところだろうが、憲兵隊のなじみの面々の中にあって、守られる立場という意識は薄い。
「お母様はここに!」
身をすくませている母に言い残して、天幕から出る彼の後を追う。
喧噪と金属音の中、鈍い響きの男の声が届いた。
「邪魔するよ……、ここにピアニー=ディーズリーちゃんがいるって聞いてねえ」
(……狙いは私!?)
従兄の腕越しに状況を見て、ピアニーは愕然とした。
見える限り、幾つもの銃口がこちらに向いている。
野営地に選んだ小川沿いの岩石地帯は身を隠す場所が多いために、接近を許してしまったのだろう。銃の間合い……走って十数秒の距離に、こちらの中隊の数を遥かに上回る人数の男たちが取り囲んでいる。
そして正面に三人、リーダー格と思しき男が銃を持たずに立っている。
ピアニーは従兄の脇をすり抜けて前に出た。
「あっ、おいっ……」
慌てる従兄に構わず、最初の声の主に堂々と向き合う。
「銃を下ろしなさいな。私ならここよ」
リーダーらしき背の高い焦げ茶の髪をした三十路の男はにたあ、と笑った。野盗然とした、見すぼらしいが実用的なプレートメイルを身にまとっている。
その左隣には、鋭い目をした大柄な男がハルバードを構えている。
ただのチンピラとは違う。手練れの傭兵のようにも見える。
「あれえ……病弱な姫君って話だけどなあ」
「リーダー、あれじゃないか? 影武者ってやつ」
ピアニーはむっとして黙った。
確かに、今の格好は身綺麗ながらも少年風の出立ちだ。長い髪は頭の高い位置でお団子にしている。いいところの貴族のお嬢様、とは程遠い。
「あなたの目は節穴ね。雇い主に私の死体を見せてせいぜい叱られるといいわ」
背の高い男が、眉をぴくりと動かした。──勘で言っただけなのだが……やはり雇い主がいるのか。
「その銃からして、飼い主は鉱山都市のお坊ちゃんなんでしょうね。自作自演のヒーローごっこでもするつもりかしら」
「……そこまで言うなら本物かもしれないねえ。可愛い顔して、ずいぶん偉そうじゃん」
「まあ、その程度の評価なんて心外ね」
ピアニーはレイピアを鞘からすらりと抜いた。男が馬鹿にしたように笑みを浮かべる。
「お嬢ちゃん、状況分かってる? 抵抗するなら全員蜂の巣だぜえ?」
「私が投降したところで同じ結果でしょう。それなら、私は皆の盾になるわ」
ははっ、と今度は後ろから呆れたような笑い声が上がった。
「……やれやれ。まったく、叔父貴も嬢も、なんだって仕えがいのある君主だ」
剣を抜く音がしゃきん、と暗がりに響く。
「あんたら、手を出した相手が悪かったな。覚悟しな、ここにいるのは憲兵隊の精鋭たちだぜ?」
ハルバードの男と反対側に立っていた細身で色黒の男が顔を引きつらせ、強がるように口の端を歪める。
「……むかつく奴ら」
「的は一つじゃなねえ! もう撃っちまえ!!」
「ッ──岩影に待避しろっ!!!!」
従兄──中隊長イリゼルト=フリッツの鋭い声に、兵士達が動き出す。
同時に長身の男とハルバードの男が従兄に武器を振りかざして迫っていた。
銃声が飛び交う中、ピアニーは従兄と背中合わせに長身の男と向かい合う。これだけ相手と接近すれば、銃の的にはならないだろう。
長身の男は刀身がギザギザで引っかかりの多い短剣を構えている。
(あれは──パリィイングダガー! 剣を折る気ね──!)
背中越しに従兄が叫ぶ。
「嬢、無理しなくていい! 護りだけ考えろ!」
ピアニーの剣先はわずかに震えていた。
真剣を使った訓練はしているが、相手を大怪我させたこともなければ、命を奪ったこともない。
長身の男がダガーを持ったまま、長い足で回し蹴りを繰り出してきた。ピアニーはその蹴りをすり抜け、肩口に突きを繰り出す。
「おおっ!?」
男がギリギリで回避して打ち出したフックに合わせ、一度引いた剣で突く。
これを待っていたのか、男は半歩下がって伸びた剣にダガーを引っ掛けようとした。引いた拍子にレイピアのエッジが摩擦して敵の拳から血が舞うが気にかける様子はない。かなり戦い慣れている。
ダガーがレイピアに触れる直前、男がニヤリと笑ったが、その程度で剣を折られるつもりはない。微妙に角度を変えて溝の軌道から外し、弾いて体勢を立て直す。
「ひゅう、達人だねえ」
「……すぐにそんな口を利く余裕はなくなるわ」
「ピアニー様!」
従者──初老の剣士が代わって前に出て長剣を振り下ろし、男が舌打ちして下がった。
ちらりと横目で状況を確認する。
背後の従兄は、ハルバードの男とナイフを持った細身の男を同時に相手をしていて、優勢とは言い難い。
「ルータス! こちらはいいからリゼル様を助太刀して!」
「しかし!」
「冷静に考えて! 私は大丈夫だから!」
武器の相性は確かに従者ルータスの方がいいが、彼がいなくとも、こんな男に負けることはない。ラズから輝石の指輪をもらってから、不思議と体力がまったく尽きないのだ。
憲兵隊の面々は何名か最初の銃弾に負傷したようだが、多くは前線で野盗たちと戦っていた。銃撃は最初だけで、今は剣戟の音ばかりが響き渡る。
──きっと、撃ち慣れていないのだ。そもそもあれほどたくさんの銃を持った野盗だったならもっと名声があって然るべきで、そうでないということはごく最近に銃を手に入れたからと考えられる。
とはいえ、倍ほどの人数相手。余裕とは言い難い。こちらも厳しい訓練をした者たちとはいえ、野盗たちもそこそこに修羅場をくぐってきた強さがあるのだ。
まずは、ピアニー自身が勝たなければ。そう思ってリーダーたる長身の男と再び剣を交えた時。
「…………?」
ピアニーはふと違和感を覚えて再度周囲を見回した。
おかしい。
先ほどまで苦戦していた憲兵隊たちが、いつの間にか優勢に転じている。
なぜ?
目を凝らす。すると、野盗たちが何もないところで転んだり、武器が急に壊れたりしているのが視界の端に入ってきて、ピアニーは眉をひそめた。
(何が──起きているの)
目の前の男も流石に焦った声を出す。
「何をやっているっ!?」
完全に形勢は逆転していた。
何人の隊員がリゼルのフォローに入る。
もはやこちらの勝利は時間の問題。
「ちぃ! なんだってんだ!」
不利と見るや、リゼルと対峙していた細身の男が一目散に逃げ出す。
ピアニーの目の前にいるリーダーの男がそれを見て「あ、おい貴様!」と叫んだ。
「天に見放されたのかしら! ご愁傷様……ね!」
動揺した隙な見逃さない。
ピアニーのレイピアが、リーダーの男の足を貫いた。すぐさま引き抜き、体勢を崩した首筋に剣を向ける。
「ぐぅっ」
「動かないで。さもないと──」
「──殺すってかぁ!?」
「……っ!」
わずかな動揺を見抜いてか、男が勢いづいたようにせせら笑う。
「そんな勇気なんてないだろお、お嬢様の道場剣術が」
そんな挑発に取り合うものか。
ピアニーはどうにか震えを抑え込み、冷ややかに言葉を紡いだ。
「……強がる前に周りをご覧なさい。私は斬れなくても、裁いてあげられるわ」
長身の男は顔を歪める。
そして大声で叫んだ。その目線の先には、従兄にハルバードを振りかぶる大男。
「──グレンデット! ずらかるぞ!」
「お、おうっ!」
応えて、大男が傷を負いながらもこちらに突進してくる。
「──ッ!!」
ピアニーは内心舌打ちしながら退がった。長身の男を抱え上げて、ハルバードの男が走り出す。────逃げられてしまう!
その瞬間、目を疑う出来事が起こった。
ドッ!
逃げる背中が、暗がりに消える直前で、突然何か見えない大きな手に押さえつけられたように地面に倒れ込んだのだ。
「うわああ! なんだぁっくそ!!!」
「……!?」
男たちは必死に何かから這い出そうともがいているが、その手はただ地を掻くばかり。
ピアニーははっとする。
(この気配──錬金術……! 一体誰が!?)
さっきから感じていた違和感と同じ気配。
しかし、ただ見ている訳にもいかないので、戸惑う兵士たちに指示を出す。
「っ、今のうちに捕らえて!」
息をつき、あたりを見回す。術者が近くにいるんじゃないのか。じっと暗闇に目を凝らす。
そして一点で、大きな影がゆっくり動いたことに気がついた。
「……誰」
暗がりの中に、目深にフードをかぶり、杖をついた小柄な人影がいる。
ピアニーは一歩ずつ、ゆっくり近づいた。従兄弟が慌てて追ってくる。
影は動かない。
そして、声を発した。少し高い中性的で穏やかな声。
「ピアニー=ディーズリー……殿ですね」
その声を聞いて、従兄のほうが驚いた顔をした。
「お前……まさか、ファナ=ノアか」
「!」
ファナ=ノアって、小人の王のこと?
ピアニーの目の前で、その人物は、ゆっくりとフードを後ろにおろす。
白く長い髪がするりと溢れ落ちた。
凛とした赤い瞳が暗がりの中でわずかな光を受けて光る。
「驚かせて──すみません」
その表情に、敵意は感じなかった。
この穏やかで優しそうな子が、ファナ=ノア。小人の、王。
「私たちを助けてくれた──のよね」
「その野盗は荒野で小人を攫い、私達も困っていましたので」
ファナ=ノアは淡く笑んでフードを被りなおす。
「動きがあったから慌ててきたのですが、あれが全員では無さそうです。私が捕まえても仕方がないですし──」
細い腕が、こちらに差し伸べられる。
「──手を、組みませんか?」
手を組む、とは。
なぜ小人の王が人間の地で盗賊を捕まえようとしているのだろうか。
少し遅れて、馬のような低い蹄の音が聞こえた。
同じようにフードをかぶった人影が大小二人、それから黒髪の人間の女性が現れる。
従兄がほおっと感嘆した。
「おおっ……すげー美人。人相書きそっくりだな」
「ええっ……!?」
黒髪の女性は困った顔をする。そして、自分の髪を手で梳かした。
するとみるみる髪色が焦げ茶に変わる。
(この人も──錬金術師)
その手配書はピアニーも知っている。ラズと共に小人の逃走を幇助した、錬金術を使う薬師の女性。
彼女は怪馬を降りて、印象的な吊り目で戦いの跡を見回す。
「負傷者がいるなら、診てもいいけど」
リゼルとピアニーは顔を合わせた。──願ってもない申し出である。
「──ええ、ぜひお力をお借りしたいわ。お話をしましょう」
ピアニーは少し疲れた顔で微笑んだ。
ブクマ、★評価、よろしくお願いいたします。




