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荒野の盗賊(4)……ユウ

 実母の墓に挨拶し、少女ユウを伴って怪馬で厳冬の荒野を移動すること三日。

 教会が設置されている最東端の郷に到着したのは夕方のことだった。

 教会の横の広場では、五人の小人達が輪になって術の練習をしている。


『久しぶり。皆、とても上達してるな』


 声をかけると、彼らは緊張や恥ずかしさ、それぞれの表情を浮かべて頭を下げた。

 用向きを訪ねる視線に、ファナ=ノアは笑いかける。


『レイヤ=ハイチに会いにきたんだ。──ああ、ありがとう。場所は分かる』


 案内しようとしてくれた小人を労いつつ、杖をつきながら教会の中に足を向ける。こけないように、できるだけ、急いで。

 そのあとを、ノイとリンドウ、ユウが辺りを見回しながらついてきた。

 入ってすぐの礼拝堂……ではなく、右に曲がってすぐの広い部屋。仕切りのカーテンを杖のない方の手で引く。

 待ち受けていたように、野太い女性の声がした。


『久しぶりだね、ファナ=ノア』

『相変わらず、元気そうで何よりだ、レイヤ=ハイチ』


 答えて、部屋を見渡す。

 そこは教会の食堂だ。

 小太りの女性が、酒を煽りながら、足を組んでこちらを見ていた。

 バンダナで明るい茶の髪を纏め、白い僧服をガウンのように羽織り、その下には落ち着いた紫色のドレスを着ている。


『紹介するよ。彼女はリンドウ、薬師で錬金術師だ。今は足の怪我を診てもらっている。こちらの子は、ユウ』


 リンドウが緊張した面持ちで頭を下げた。ユウもそれに倣ってぴょこんと礼をする。彼女の長い髪は旅には邪魔なので、三つ編みにして後ろでくるくるとまとめてあった。


『来る途中で会ったんだが、身元が分からないんだ。恐らく元奴隷……彼女の髪飾りの細工に見覚えはないだろうか?』


 歩み寄ると、レイヤ=ハイチは赤ら顔で、目をすがめてユウを見る。


『いいや。東側ではそういうのは見ないね』

『そうか……ありがとう。──で、そっちの状況は?』

『──あれから、もう一件連れ去られたよ。どんどん郷に近くなっている』


 この地域は、荒野の他の地域より若干水が多いからか、冬に実る野苺がある。それを採集にでたところを被害にあったらしい。

 ノイは事件の話に顔をしかめた後、レイヤ=ハイチの周りに転がる酒瓶を見て呆れた顔をした。


『レイヤ=ハイチ……まさか昼から飲んでいるのか』

『文句あるかい? この方が術も強くなるし、頭が回るんだよ!』

『勘違いだ、絶対』


 ノイの咎めるような声に、ファナ=ノアは苦笑した。


『そうとも言えない。レイヤ=ハイチは飲んでる時の方が頼りになるんだ』


 逆に言えば彼女が酒に溺れている時はそれだけ問題が起きている、ということだ。

 レイヤ=ハイチはすわった目で、グラスをことんと卓上に置いた。手元がぶれて中の酒が跳ねる。

 ファナ=ノアは問いかけた。


『……近く(クク)の郷に人間が近づいているな。気づいているか?』


 ここに来るのをなるべく急ぎ、挨拶も手短にした理由。

 レイヤ=ハイチは赤ら顔でファナ=ノアを睨んだ。ウィリをはじめ、小人たちは今のところ、術の力が強い方でも、広くて郷一つ分くらいしか見聞きの術は使えないが、彼女は酔っている時だけはもっと広い範囲が見渡せる。

 だから、きっと彼女も気づいているはずだ。

 レイヤ=ハイチが立ち上がる。


『ああ。たぶん、あれは偵察──。あんた、今すぐ出られるかい?』


 ファナ=ノアはすぐに頷いた。


『そのために来たんだ。手遅れになることだけは避けたい。──行こう』




 †




 レイヤ=ハイチの道案内で(クク)の郷に着いたのは朝方のことだった。

 酔いが抜けたレイヤ=ハイチとともに郷長を訪問し、野盗がこの郷に目をつけていることを伝えたあと、郷長の住居の貸室で一行は一息をついた。ノイは当然のこと、リンドウやユウも一緒である。

 とりあえず、今すぐできることはなく、仕掛けてくるのを待つしかない。

 夜通しここまで移動してきたので、いい加減体力も限界だった。

 しかし、ひとつだけ問題がある。


『さて……ファナ=ノア』


 レイヤ=ハイチは懐から何かを取り出して、小さな器に入れた。


『ああ』


  石造りのテーブルに向かい合って座る。


「……?」


 ノイとリンドウは二人の間に急に漂い始めた緊張感に戸惑っているようだった。

 レイヤ=ハイチが勢いよく、器を机に打ち付ける。



 ダンッ! ──カラカラカラ



『さあ、どっちだ……──?』


 ファナ=ノアは目を細めて(たく)に伏せられた器に人差し指を置いた。


『……(はん)


 レイヤ=ハイチはニッと笑って器を持ち上げた。


『──三と四の半』


 レイヤ=ハイチは悔しそうに頭を抱えた。


『だああ! イカサマじゃないの?!』

『はは! まったく、相変わらずだな、レイヤは』


 その大仰な仕草に、少しだけ気が緩む。

 レイヤ=ハイチは酒の次に賭け事が好きだ。そんな小人も少ないものだから、ファナ=ノアはいつも付き合わされる。

 もちろん、イカサマなんてしてない。

 術を使えば中は簡単に見られるが、それは相手も同じだし、そもそもそんな無粋な真似をファナ=ノアがしないことはレイヤ=ハイチも分かっている。

 ファナ=ノアが楽しそうに笑うのを見て、彼女は目を丸くした。


『──あんたは変わったみたいだね。そんな風に笑えたのかい』


 言われてみれば、確かに。

 いままで、必死に小人たちをまとめて人間と交渉して。『教主らしく微笑む』ことが当たり前になっていた。けれどここ数ヶ月、明るくなったとよく言われる。小人を救ってくれた幼友達が、ファナ=ノアに無邪気に笑うことを思い出させてくれた。


『変だろうか?』

『いや、──安心したよ』


 彼女はいつもと違う、母親のような優しげな顔をした。それを見て、改めて、良かったな、と思う。

 

『……さてと。賭けは私の勝ちだし、今日はありがたく先に休ませてもらうとするよ。見張りをよろしく頼む』


 ここで見聞きの術が使えるのはレイヤ=ハイチとファナ=ノアだけなので、常時警戒するには交代して休むしかない。別に、この決め方でなくてもいいのだが。


 ファナ=ノアはぽかんとしていたノイとリンドウに苦笑してから、じっと見ていたユウにも微笑みかけた。

 それから、部屋に据え付けられた石造りの寝台に腰掛ける。

 それでようやくノイが動き出し、毛布を手にとって横の寝台にユウを連れて行く。


 一方リンドウはファナ=ノアの方に近づいてきた。


「寝る前に足を診せてもらっていい?」

「そうだった。……頼む」


 毎日状態を診てもらうのが日課だったが、今回は急ぎの移動があったので、間が空いてしまっている。ここ数週間の彼女の治療は、断絶した『神経』とやらの繋ぎ直しを試みてくれていた。最中はぞわぞわと気持ち悪いので今日くらいはないといいなと思っていたのだが、やると言われた以上は我慢するしかない。彼女はそのためについてきてくれてるんだし。

 リンドウは服の上から手を当てた。柔らかい<波動>が、左腿を包みこむのが分かり、不快感に堪える心づもりをする。


(……あれ?)


 今日は気持ち悪い感覚がしない。


「指、動かしてみて」

「……ああ」


 戸惑いながらも、ファナ=ノアは言われた通り左足の指を開閉しようと意識してみた。

 その指先が、ぴくり、と動く。

 ノイがおお、と感嘆した。

 リンドウが諸手をあげて叫んだ。


「う、ご、い、た──!」

「わぁっ……」


 ユウがつられてパチパチと手を叩いた。

 リンドウは嬉しそうに噛み締めている。


「だいぶ伸びて繋がってきたからもしかして、と思ったけど!」


 まだ、わずかに動く程度だが、これまで全く感覚が無かったことを思えば大きな進歩だ。


「──リン、ありがとう」


 重ねて礼を言い、ファナ=ノアは不器用にぴくぴく動く左足を観察する。

 今まで、この足はもう一生動かないのだと無意識に諦めかけていた。この希望は、誰かが届けてくれることがなければ、抱くことはなかっただろう。

 だからこそ、思うのだ。

 どうかその希望が、潰えないで輝き続けてほしいと。


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