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荒野の盗賊(2)……ユウ

 そこは、ファナ=ノアの故郷のすぐ近くだった。懐かしい景色を実際目にすると心が緩むが、それどころではないと気を引き締め直す。


 目の前にはへたりこんだままの小人の幼女と、倒れている男女が合わせて七人。幼女のほかは、息がある者はいなかった。死後半日も経っていない。この凍てつく夜を超えられなかったのだろう。

 その少女は、近づいてきたファナ=ノアを見上げ瞬きをし、首を傾げた。疲弊しているのは当然かもしれないが、どうも焦点が合っていない。

 その表情に違和感を覚えつつ、ファナ=ノアは尋ねる。


『君たちは、どこから来たんだ?』

「……」


 そのガラス玉のような目に初めて灯った感情は、どうやら困惑、のようだった。

 ファナ=ノアは馬から降りて少女と目線を合わせる。


『この辺りは、禿鷲(はげわし)の怪物が出る。一人じゃ危ない』


 既に集まってきていた上空の鳥の怪物を指差す。

 彼女は何を言っているか分からない、という風に眉尻を下げ、首を傾げた。


「言葉が分からないのかな」


 リンドウも馬から降りてかがみ、少女の目線に合わせる。

 少女は緩慢に、ふるふると首を振った。


「ことば……おはなし……?」

「え?」


 返事があったことが想定外で、リンドウは目を丸くした。

 彼女はどう見ても小人だ。なのに、小人の言葉は分からず、人間の言葉に反応した、ということは。もしかすると、生まれた時から人間の奴隷だった……ということかもしれない。

 ファナ=ノアも言葉を切り替えて、優しく問いかける。


「君たちはどこの(さと)を目指していたんだ?」

「……わからない、です……。ここ、どこ……しらない」


 かすれた、か細い声。少女は、泣き疲れたような目で、ファナ=ノアを見上げた。


「ここは……荒野の東にある、<白い花が咲く丘>だ。私は、ファナ=ノア。君の名前は?」

「……ユウ、です」

「ユウ、ここに来る前のことは分かるのか?」


 彼女はまた首を振り、不安そうにあたりを見回した。視界に同胞の遺体が目に入っているはずだが、随分淡々としている。


(絶望から、仲間の死を認識できなくなったのか……?)


 あまりに辛いことがあったために、辛かったことをなかったものとする──ショックで記憶を失い、遺体もそれが何なのか分からなくなる……そんな心の病にかかっているのかもしれない。まだ幼いし、それも仕方のないことか。


 その時、禿鷲が一羽舞い降りてきた。

 この鷲は警戒心が強いので、生きているもの相手にいきなり襲いかかってきたりはしない。しかし冬は餌が少ないので弱いと見るや獲物にしようとすることもある。


 少女は禿鷲を間近に見て、少し怯えた顔をした。

 ピィー!とつんざくような鳴き声にびくりとする。


(戦う力はなさそうだな)


 風を操って禿鷲を追い払って、少女に優しく微笑みかける。


「一緒に行こう。君たちの郷に必ず送り届ける」

「おにいしゃんと……いっしょ?」

「ああ」


 少女は身動きしようとしたが、自らをぐるぐる巻きにしている重たい毛布に邪魔されてぺしゃ、とこけた。


「はわわ……」


 そのままじたばたと芋虫のように毛布から這い出ようとする。

 なんだか面白い動きだが、眺めているのも悪趣味か。


「あう、むりぃ……」


と嘆いている少女を温かい風でふわりと浮かして束縛から解放してやると、彼女は目をぱちぱちさせた。──初めて、年相応の表情を見たような気がする。


 ファナ=ノアは彼女の背中ごしに、小人たちの遺体に目を向けた。

 風を操って少女──ユウの故郷の手がかりとなりそうなものを持っていないか探ってみる。すると、彼女に少し似た女の小人の髪飾りが目についた。これは小人の細工だ。

 ふわり、と宙に浮かして手元に引き寄せて、差し出す。


「これを持っていてくれるか?」

「……はぁい」


 本当に何も思い出せないのだろう。受け取った母らしき女性の遺品を、彼女は不思議そうに握りしめる。

 一息ついて、ファナ=ノアは遺体に向き直った。


『──<白き花(シロキハナ)>よ』


 それは、葬送のための炎の術の名。


『おかえり、我らが同胞──。間に合わなくて、すまない。大地に還り、春の花となるように』


 遺体が高温の炎に包まれていく。禿鷲たちが残念そうにぎゃあぎゃあ騒ぐ中、ユウの焦げ茶色の瞳に、火の光が移り込んで、茜色に煌いた。ただ、一度瞬きしただけ……感情はどうしてか(うかが)い知れない。


 黙祷を捧げてから、ファナ=ノアは振り返った。その先には、石塔で作られた小さな墓標が建っている。


「こちらも……一応整えておくか」

「誰のお墓なの?」


 成り行きを見守っていたリンドウの疑問の声に、ファナ=ノアは顔を向けず、答える。


「私の母だよ」


 それを聞いてノイが驚いた顔をした。


「教義には母親はいないとあったが」

「あれは神秘性を増長するためにつかれた嘘だよ。──と言ったら、ノイは怒るか?」

「──いや。ノアの爺様方が考えそうなことだ」


 魂は既に世界に還ったので、この墓は母がいたことの痕跡でしかない。

 ファナ=ノアが覚えていればいいことなので、わざわざ墓参りする必要性はあまり感じていないのだが、故郷の景色を見ると懐かしくて嬉しいので、定期的に来たくなる。


 地下に作られた朽ちた住居跡には今日のところは用はない。墓標の石の周りにあった生き物の骨などを別の場所に移動させていく。


「……一方的に爺様(かれら)のせいにはできない。私もその嘘で随分(らく)をしたからな」

 

 墓標には人間の文字が刻まれている。父が彫ったものだ。

 彼女は父の希望で、人間の文化に則って埋葬された。

 リンドウが近くに寄り、石を指でなぞる。


「リフィア=フリッツ……?」


 どこかで聞いた響きの名前に彼女は傾げた。郷長でも無いのに姓を送られるのは、小人ではありえない。


「……最近のささやかな悩みだよ。いつ、皆に言うべきかと」


 少女──ユウがてくてくとやってきてファナ=ノアの服の裾を引っ張った。


「なやみごと……かなしい?」


 ファナ=ノアは苦笑した。──自分の方が大変な状況のはずだろうに。年端もいかないこの子はよく理解していないのだろう。


「大丈夫だ。心配ないよ」


 落ち着いた笑みを投げかけると、ユウは首を傾げる。

 じっと考え込んでいたリンドウがあっ、と小さく声をあげた。


「フリッツ……そうだ、リーサス領の、財政を預かる貴族家」


 まさか、という表情で彼女がこちらを見た。


「ファナ=ノアは……ハーフ?」


 ノイは何のことか分からず、眉をひそめている。

 このメンバーでここに来れば、露呈することは始めからわかっていた。少なからず不安でもあった。でも、ノイはかつて人間と共存していく理想に理解を示し、人間の言葉も率先して習得してくれた頼りになる人だ。

 ファナ=ノアは、一度目を閉じてから、静かに頷いた。


「ああ。父は小人、母は人間。たぶん、だからこの容姿だし……」


 その先は口にしなかったが、リンドウは分かっているというように頷いた。

 少しの沈黙のあと、ノイが目を細めて言葉を繋いだ。


「……運動音痴、か?」

「それは父譲りだと思うが」


 真面目な彼が、軽口なんて珍しい。

 ノイは眠そうに欠伸を噛み殺しつつ、少し笑った表情をした。ファナ=ノアが半分人間であるという話について、思ったより彼は驚いていないらしい。どころか、元気づけようとしてくれているのか。

 表情をうかがうように見つめると、彼は肩をすくめた。


「……そういう話は、今のように、ファナ=ノアが言いたい時に言えばいい。まあ、ジルあたりは数週間口をきかなくなるだろうが、気にするな」

「ノイは……どう思ったのか聞かせてもらっていいか?」

「そうだな……だからあんなに必死だったのか、と至極納得した。もともと一年やそこらの付き合いで知らないことの方が多いから、いちいち驚いていられん」

「……そんなものか」


 ファナ=ノアは心のどこかにあった緊張がようやく解けるのを感じた。

 もし拒否されることがあっても、今まで通り大切に接するだけだが、何も感じない訳ではない。今打ち明けたのも少しの覚悟が要った。




 短い墓参りを終えて、一行は移動を再開した。

 少女(ユウ)の手を引いて、風で怪馬の背に押し上げる。スカートなので横座りだ。

 ファナ=ノアはその後ろにまたがる。左足は力が入らないので以前通りとはいかないが、術を使えばバランスはとれる。

 きょろきょろと不安げに首を振るユウ。


「すまない、私達は東に向かっているんだ。君の故郷と違う方向かもしれない。でももし、なにか思い出したら言ってくれ」


 彼女はこくんと頷いた。


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