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竜人の郷の異変(6)

 一方ラズは三頭の竜を前に攻めあぐねていた。


(多少、無茶しないと倒せないか……!)


 一頭が前進して前脚を振るうのを横に避けて方向転換し、そのまま引きつけ二頭から少し離す。


 ラズはスイから跳び下りて三頭の丁度真ん中に滑り込んだ。

 急に現れたラズを見て、正面の二頭がほぼ同時に術を使おうとした。たん、と今度は術を使って地を蹴り、高く跳ぶ。

 二頭の術の矛先にはラズが先ほど引きつけた一頭がいた。石の槍と白色炎の攻撃をもろに受け、その竜が咆哮をあげた。


 スイは巻き添えをくらわないようラズの指示通り別の方向に跳んで難を逃れている。

 空中で状況を確認していると、隙と思ったのか空から別の竜が急降下してきた。


「っと!」


 その竜の風圧を利用して風の術を使い向きを変えながら翼を切り落とす。

 その眼下には、石の術を使った竜がいた。

 竜の周囲に鋭い石の刃が多数浮かび上がり、降下するラズに放たれる。

 避ける選択は捨て、致命傷となりそうな位置の刃だけ剣で弾いて、その首に剣を突き立てた。


(二頭減って一頭増えた……。とにかく、止血するか──<薬績(やくせき)>)


 あちこちにできた切り傷を術で塞ぎながら、竜の首から剣を引き抜く。


『───無駄口を叩く余裕があるようだな』


 スイはラズに気を取られていた白色炎を使った竜に頭突きして、額の角を突き刺した。


(喋ってないけどね……あと一頭)


 近くで戦っていた竜人たちの一行が、滝壺の戦士たちと合流している。

 少しずつ、滝に避難する人と、護る人が集まってきていた。

 今で、郷の半数くらいか。


 スイの隣に立って、先程翼を切り落とした竜に剣を向ける。

 その時、ひとまわり大きい別の竜が降りてきた。

 ばさっと巨大な翼が作る風圧に、ラズは身を硬くする。


「──!?」


 その竜は、ラズが翼を切り落とした竜を太い脚でむんずと掴み、飛び去っていった。助けにきたというよりは、餌を捕まえた、という雰囲気だ。

 唖然として見送ったとき、シャルグリートが戻ってきた。


「お、全部終わったノカ」

「一応……? それより」


 ラズは滝壺周辺に集まった戦士たちを見た。

 六十人ほどで、四人組のままばらばらに戦っている。


「人数が集まってるんだから、槍、剣、弓でまとまったほうがいい。そしたら、交代で休憩もできる」

「……アァ?」


 彼は目を丸くしてから、少し考えた後息を吐いた。


「はー……、了解、まるで軍師ダナ」

「ぷっ、大袈裟」


 シャルグリートは後ろ手に手を振って竜人たちの方に歩いて行った。

 頭上の竜は減ってはいないが、攻めるポイントが狭くなり、反撃される可能性が高くなったことを悟って少し勢いが落ちている。


(ウィリ、大丈夫かな)


 彼女は滝の裏にあるという洞窟にいるはずだ。陣形が整い、少し余裕ができたので、一度合流しておきたい。

 ラズがそこに向かう間に、またウィリの術と思われる風が滝の外側に発生し、降りてきていた竜の翼を傷つけた。


『そんなに連発して大丈夫なの』


 滝壺に到着して水滴を払いながら問いかけると、ウィリは疲労が見える顔を上げた。


『ええ──、ここは、教会の中庭と同じ(パワースポット)なのよ』

『──なるほど』


 ──術を使うために自分の生命力を使わなくていい場所ということか。確かに不思議な力を感じる。

 洞窟の中は意外と広く、百人以上が避難してもまだ少し余裕があった。


『逃げ遅れている人はいないかな』

『行ってくれるの? 南東に子供が一人いるわ』

『分かった』


 すぐにスイの背に戻り、ウィリの指差す方向に向かう。


 竜は不思議と人間がいるかどうか正確に分かるようで、家を壊すためだけに降りてくる竜はいない。


 途中、単騎で滝から離れたラズに襲いかかる竜がいたが、途中でウィリの風が翼を落としてくれたので、難なく倒すことができた。


(すごいな、ファナみたいだ……あ、そうだ)

『───直接言ってやれ、喜ぶぞ』

(いや、スイ、ウィリに伝言してほしい。これくらい術が使えるなら、郷一帯の空気を夏くらい温めてほしいって)

『───……? 分かった』


 多くの説明を求めず、スイは了承してくれた。


 入り組んでいて分かりづらいが郷はそれほどの広さはない。


(もうあれが郷の端……見えるとこにいないってことは、隠れているのかな)


 その時、視界の端でがらりと瓦礫が崩れた。


「!! ……危ない!」


 そこには、瀕死の竜が頭をもたげて竜人の子供に襲い掛かっていた。子供の手には短剣が握られているが、震える切っ先に力はない。

 ラズはスイの背中を力いっぱい蹴って術で加速する。


 ダッ!


「!!」


 突然割って入ったラズの姿に、子供が驚愕した。

 ラズは構わず竜の首に剣を突き立てる。


 ──ずぅん


 再び力を失い、がくりと頭が地に落ちる。

 ラズは息を吐いて剣から黒い血糊を払った。

 スイが追いついてきて不満そうに鼻を鳴らした。


『───痛かったぞ』

(ごめん。次からは一回降りる)


 子供──と言っても同い年くらいの少年は尻もちをついてこちらを見ていた。

 蒼白な顔のまま目を白黒させているが、ゆっくり話している暇はない。


「乗って!」


 腕をとってスイの背中に無理矢理引っ張り上げる。


『……こ、小人?』


 その単語はシャルグリートがよく口にするので、竜人の言葉でも分かる。スイを走らせながら、ラズは首を横に振った。


『まさか、人間──?』


 嫌悪感を帯びた声がした。──背中ごしでも分かる、敵意。


『───お前、そのままだと後ろから刺されるぞ』


 スイの忠告に、ラズは戸惑った。

 しかし、相手にしている暇はない。頭上に再び竜の影が近づいている。


(また三頭……! スイ、刺されなくて済むように説得してくれない?!)

『───流石に……それは最終手段だ』

「仕方ないなっ!」


 ラズは少年に手綱を押しつけ、スイの背中で立ち上がった。

 少年はラズの目線を追って降りてくる竜を見て、びくりとする。いったんラズへの敵意はどこかに行ったようだった。


 ラズの依頼通り、郷の中はウィリの術によってじっとりと暑くなっている。

 そして、上空に分厚い雲が現れていた。


(あと二十分……ってところか。スイ、そのまま走って)


 滝の周りも騒がしく、ウィリの援護は期待できない。──自分の力で、この三頭を退けなければ。




 †

 †




「……()……」


 少年を守りつつ戦ってどうにか滝壺に戻り、ラズは顔を歪めた。


 爆発を起こす術を使う竜が混じっていたのだ。少年やスイを守るためにその衝撃を殺そうとして、出力の大きな術を使わざるを得なかった。

 竜たちは連携はしてこないので、うまく同士討ちを誘って倒すことはできたが、かなり疲労したし、あちこち火傷や怪我だらけだ。


(滝の裏の洞窟がパワースポットで良かった……)


 岩肌に背中を預け傷と気力を回復させていると、ウィリが話しかけてきた。


『ねえ、何のために郷を温めるの? 雲が出てきたけど……』

『うまくいくか分からないけど……雷雲になれば竜を追い払えるかなって』


 そしてそれは概ねうまくいっているのだが。


「……雷が落ちないといいんだけど」

「──なら」


 ぽつりとこぼした言葉に、側にいたレノが目を細めて笑った。じゃら、と白銀の輝石を取り出す。


「地表の誘電は手伝います。結局何もしてませんしね」

「すごいな……! ありがとう」


 ラズが助けて連れてきた少年は、今にも噛み付かんばかりの険しい顔でラズたちのやりとりを伺っている。

 レノはちらりと見て少し呆れたように笑った。


『感謝している顔ではありませんね。人間が嫌いですか?』

『!! ……弱いくせに卑怯な手を使う、低地の猿だろ』

『弱くて、卑怯でしたか? 彼は』


 苦笑がちのレノの言葉に少年は眉間に皺を刻んだまま、困ったように黙り込む。

 その頭を、ちょうど洞の中に入ってきたシャルグリートがゴツっと小突いた。


『バカ、礼くらい言え、ロー』

『あ、(アニ)ィ……!?』


 振り返った竜人の少年は、長身の銀髪を見上げてわたわたしている。

 ラズも座ったまま、疲労が漂う碧い三白眼を見上げた。


「知り合い?」

「イトコ。ローウイン」

「へー。よろしく、ローウインくん」

『な、なんなんだよ……一体……』


 にかっと笑って手を出すと、ローウインはシャルグリートの圧力に負けて握手に応じた。


「シャルの怪我を治したら、前線に戻ろう。あと十分くらい持ち堪えて、終わりになるといいんだけど」

「どういうことダ?」

「ウィリに雷雲を作ってもらったんだ。うまくいけば──そんな天気だと、竜だって空も飛べなくなるだろ」

「お前……」


 シャルグリートは目を丸くしてラズを見てから、やれやれと苦笑した。


「一家に一台な奴ダナ」

「例えが間違ってる」


 半眼で突っ込むと、レノがくっくっと笑った。

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