竜人の郷の異変(5)
「行くゾ!」
「──うん」
シャルグリートの急かす声に、ラズは頷いた。
後に続きながら、ラズはもう一度郷の様子を見た。
三~四人かの竜人が固まって竜と戦っている。その手薄なところにある民家を狙って、竜が急降下した。
家が壊され、数人の竜人たちが逃げ出して、一人が空中に拐われる。
凄惨な有様に、血の気が引いていくのを感じた。
「……!! 避難所とかないの?! 家にばらけてたら護り辛いだろ!」
「アア? ヒナン……ッ!?」
シャルグリートは眉間に皺を寄せた後、逃げ出した竜人たちの行く先を見てはっとして叫んだ。
「──滝の裏に洞窟がアル!」
そんなやりとりをしている間に郷の農地を通り過ぎ、民家の間で竜と交戦している竜人たちが見えた。
『シャルグリート! 一ヶ月ぶりだな……そいつらが──小人か?』
『ああ、そうだ! 俺が族長のとこに連れてくから、手出しすんなよッ』
シャルグリートはまくし立てながら怪馬からひらりと飛び降り、竜人の戦士たちの元に走り寄った。
『それより、今は竜だ! なんだって、家に閉じこもってる!? 良い餌になってんじゃねーか!』
『それはっ……避難誘導してる間も余裕もなく……』
『優先順位が間違ってんだよ!! 足手まといを先に片付けねーと、戦いにくいだけだろ!』
シャルグリートはすう、と大きく息を吸った。
『さっさと裏見の洞に移動しろッ!! てめーらは俺が全力で守るッ!!』
よく通る大声に、家の中から老人や子供の竜人たちが慌てて飛び出してくる。彼らも、家の中にいても危険だということは重々分かっていたのだろう。
堂々と竜人たちに檄を入れる姿は様になっていて、ラズは思わず兄の姿を重ねた。
シャルグリートの大声と、増えた標的に気づき、上空の竜が五頭ほどこちらを睨んで牙を剥いている。獲物を追う爬虫類の獰猛な目つきに、追いついたラズも戦慄した。
『竜は! 翼を狙えばいいのよね!!』
張りのある高い声とともに、ウィリが上空に手を掲げた。
ごおっ
放たれた風の刃が気流を乱し、竜の群は散り散りに翼を打つ。命を奪うほどではないが、翼が傷ついた竜たちの高度が緩やかに下がり始めた。──彼女の援助は相変わらず心強い。
ラズは一度深呼吸して、降下してくる竜を見据えた。
「レノ! ウィリを守ってくれる!?」
「ええ」
スイに合図し、動き出す。向かうは、避難する竜人たちの進行方向……竜たちが舞い降りる地点。
竜がみるみる目前に迫る。その目にラズの剣が反射した光が映りこむやいなや、ぎょろりと顔をこちらに向けてきた。
「──スイ、いける!?」
『───それはこちらのセリフだ』
愛馬からは案外と冷静な声が返ってきた。
竜は身体の向きを変えてずん、と四肢で地面を掴む。体格は怪馬──スイとあまり変わりない。幸いにして、ずんぐりとした竜は地上ではあまり素早くない。
(横に跳んで!)
ラズの指示に瞬時に反応して、スイは狭い三叉路に飛び込む。
急に敵が視界から消え焦った竜が何かの術を使い、口から白色の炎を吐いた。
一帯を覆い尽くす炎を避けようとジャンプしたスイの背中からラズは跳んだ。スイの背中から剣を振っても、届かないのだ。
(──長物もやっとけば良かった! 術で作っても、慣れない武器は付け焼き刃だし)
──今考えても仕方のないことだ。持てる技術で対応するしかない。
だんっ
煉瓦造りの民家の屋根に着地して踏ん張る。──竜は目前。
ぐりんと捻ろうとするその首に剣を叩き込む──どちゃ、と鈍い感触とともに竜の首が落ちた。黒い血が飛び散った。
「……っ」
頬に跳ねた血を拭い、息をつく。
その横を、滝へ向かう竜人たちがすり抜けた。
続いて、ウィリとレノも追いついてくる。
『ウィリ、西側はもう家の中に人はいない?』
彼女はすぐに頷いた。
『なら、非難場所で皆を守ってあげて』
それだけ言って側にいたレノにも目配せし、ラズはシャルグリートを探した。
(……いた!)
三頭同時に引き付けて相手をしている──少し分が悪そうだ。
一方では西側を守っているらしい十五人ほどの竜人の戦士が別の竜と戦っている。
「──シャル! ここは引き受けるから、東側にも声かけてきたら!」
「……くっそー!! 竜から逃げるなんて竜人の戦士じゃナイ!!!」
そう叫びながらもシャルグリートは近づいてくるラズと代わって後退した。
「最終的に勝てばいいだろ! さっさと行けば!」
「チッ! 俺の代わりに勝っとけヨ!」
そう言ってシャルグリートは怪馬に飛び乗り、その腹を軽く蹴った。
その背を見送ることなく、スイの背中の上で再び剣を構える。
「……簡単に言うなよ」
ラズは軽く息を吐いて三頭の竜を見据えた。
† † †
実のところ東側の方が、人口が多い。
族長の住む牙の郷が東側に隣接しているからだ。
広場で戦う数十人に聞こえるようにシャルグリートは怒鳴った。
「西側は裏見の洞に避難させた! 下位を守りたきゃ、先に避難をさせるぞ!」
「シャル!? 戻ってたのか……!」
確か、二十五位くらいだったか。滝の郷の長である男が振り返った。母方の叔父であり、気易い仲だ。
「大掛かりな避難なんて、してる余裕はないぞ! そんなことをしたら群がってくる!」
「それでもだ! モグラ叩きされるよか、動きが読めて戦い易いだろ! このままじゃジリ貧だ!」
「……お前がそんなリーダーみたいなこと言うとはな……。何も考えず突っ込むタイプじゃなかったか」
「三年前とは違うんだよ! 早く指示しろ。それとも俺に言わせる気か?」
──シャルグリートは人間の国や小人の郷を旅をして、だいぶ変わったと自分では思う。端的に言うと、これでもかなり丸くなったのだ。
特に、ラズとファナ=ノアとの出会いはシャルグリートにとって興味深い出来事だった。
それぞれ違う強さを持って、どちらが強いかなど興味がなさそうに、互いを信頼し合っている。
ラズはシャルグリートに対してもそうだった。──自分より強い相手に、しかも年下にそんな風に振る舞われると、否応なく自分を省みてしまう。
郷長は周囲への指示を終えた後、シャルグリートのもとに戻ってきた。
「ディックのことは聞いて──いるよな」
ディック──兄ディグルエストの愛称だ。シャルグリートは目を逸らした。
「──今その話はいいだろ」
頭上を風の刃が通り過ぎて、弓が射漏らした竜の羽を傷つける。
(あいつ──ウィリも、強いのか弱いのかよく分からねえな)
なんとなく下に見ているので、あまり戦いを挑む気にならないが、こうやって援護されると頭が上がらない。
「分かってる。だがこれだけ言わせてくれ」
郷長は青紫の炎を操って竜に当て、爆発を起こす。
彼の制御を離れると水に触れた瞬間爆発するのだ。常時湿度の高い、ここ滝の郷においては敵にしたくない相手である。
「よく戻った……お前ならと、思うんだ……。……こんなところで死ぬなよ」
「縁起の悪いことを言うんじゃねーよ、オッサン」
シャルグリートはぼやきながら高く跳躍し、水晶のナイフを竜の首に叩き込んだ。




