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竜人の郷の異変(2)

 シャルグリートが郷の方に姿を消してから、ラズはレノと雑談をしていた。


「レノはあの郷、初めて?」

「ええ。言った通り、ほとんど穏健な翼の民の郷を回ってましたからね」


 道すがら聞いた話によると、東西に連なる山地に、竜人たちは三つの部族に分かれて暮らしているらしい。

 東西一つが荒野よりに住むシャルグリートたち牙の民、一つが平原よりに住む爪の民、最後が山地の高いところに住む少数の翼の民。基本的にはそれぞれの民族名が身体的特徴と一致しているのだそうだ。


「あ、……来いってことかな?」


 シャルグリートが郷から手を振っているのを認めてラズたちはゆっくりと馬を進めた。

 入り口にいた代表らしき青年は頬に真新しい青痣を作っている。シャルグリートもいくつか浅い傷を負っていた。


「……どういうこと?」


 ──まさか、竜人が郷に入るときは必ず戦わないといけない儀礼がある、とかだろうか。

 顔を引き攣らせて恐る恐る訊くと、シャルグリートは顔をしかめた。


「……状況が、変わったラシイ」


 彼は戦って勝ったにしては浮かない顔をしていた。


「親父が──殺されたと」

「──え」


 その言葉に、ラズは背筋がすっと冷えるように感じた。

 シャルグリート自身、まだ信じられないという様子だ。


「────それって……」

『ああ、クソ、なんなんだ!』


 ラズが二の句を告げずにいると、彼は竜人の言葉で叫んで頭を掻き毟った。

 青痣を作った青年がシャルグリートに静かに声をかける。


『──ここからまだ数日かかるんだ。好きに過ごして行くといい』


 シャルグリートはチッと舌打ちした。


「とにかく! こっちだ」

「あ……ちょっと!」


 乱暴な足取りのシャルグリートにとにかくついていくしかない。

 連れられた先は、小さな広場だった。


「市場……? でもお金ないよ」

「竜人には通貨はないですよ」


 レノがさりげなく教えてくれる。


「じゃあ、物々交換? 何と交換すればいいのかな」

「本当は薬なんかがいいんでしょうけど」

「……でもそれは」


 薬師である叔母……リンドウから薬は持たせてもらっているが、それほどの量はない。

 レノはラズが困った顔をするのを見てふっと笑ってから荷物から空の布袋を取り出した。


「綿はここでは貴重なので、とりあえずこれでどうですか?」

「おー、さすが、準備がいい」


 ラズの感嘆をさらりと流して、彼は店頭の売り子と何かやりとりを始めた。

 竜人の言葉……食糧を交換する会話のくだりを覚えておきたいと思うのだが、どうしても先ほどのシャルグリートの発言が頭から離れない。

 シャルグリートは不在の間に肉親を喪った、ということになる。──その気持ちは量り知れない。それに、シャルグリートの父親とはすなわち、牙の民の族長だ。荒野からはるばる、その人に会いに来たのに──?

 ウィリを横目でちらりと見る。そういえばまだ伝えていない。しかし、なんと説明すればいいのだろう。

 彼女は竜人たちから向けられる奇異の目線に物怖じすることなく、背筋を伸ばして郷の風景を見回している。

 結局何も言えないまま、手短に買い物を終えた。シャルグリートは灌漑設備の側で暗い顔をして腕を組んで突っ立っている。

 ウィリは、ラズに目配せしてシャルグリートに歩み寄る。──通訳してほしい、という合図だ。


『郷長に挨拶しておきたいんだけど、あの青痣の人?』


 ラズが躊躇いがちに伝えると、シャルグリートはようやく顔を上げた。


「ん……、ああ。こっちダ」


 郷の中央にある少し大きな住居に向かってシャルグリートは歩き出した。その足取りは重い。

 石の扉を拳で叩き、苦虫を噛み潰したような顔で低い声を投げかける。


郷長(ノーラッツ)、何度も悪い。紹介だけしておく。あと、状況はやっぱり教えてくれ』


 出迎えた郷長の青年は少し面倒そうな表情だったが、ラズたちを通して茶を出してくれた。

 なんとなく気まずい沈黙が流れる。郷長の青年から用件を促すようにジト目で睨まれたシャルグリートは仕方なさそうに口を開いた。


『こいつが小人で三番目?の地位の女だ。名前はウィリ』


 名前を出されたウィリがぺこりと頭を下げる。


『で、こいつが小人と仲がいいってんでついてきた人間のガキ。ラズだ』

「……なんか失礼なこと言ってない?」


 投げやりな口調につっこみを入れる。いつもの彼なら意地悪く歯を見せるのだが。


「別ニ」


 ぶっきらぼうに一言だけ返し、シャルグリートはレノを見た。


『そういやお前はなんでついてきたんだっけ?』

『まあ、ただの観光です』


 竜人の言葉を口にしたレノに、青年は驚いた顔をした。

 レノは構わず続ける。


『さっき、牙の族長が死んだと言いました?』

『ああ……二週間前、臨時のコロシアムが開かれた。族長と、二位の長男、他にも多くの者が殺されたし、奴の命で殺し合いをさせられた者もいる』

『兄貴じゃねーよ! あいつはそんなことしねーし、やる力もねーだろ!!』


 ダン!と石の卓に拳を落としてシャルグリートが声を荒げる。郷長は首を振った。


『……信じなくてもいいが、あれは確かに金剛石──ディグルエストの術だった。以前とは桁違いだったが……』

『くそ、くそ、くそっ……』


 聞きたくないとばかり、シャルグリートは頭を抱える。首筋を彩る羽根飾りがしゃりん、と垂れた。

 視線を落としたまま、くぐもった声を捻り出す。


『……義姉さんは』

『コロシアムの前日から行方不明だそうだ……おそらくは、もう』


 顔を上げないシャルグリートを一瞥して、レノが口を開いた。


『牙の竜はどうなったんですか?』

『詳しいな、人間の癖に。飛び去った、と聞いている』

『……異種族を捕まえてこいっつーのはどういう意図なんだ』

『それは聞いていない。……なあ、シャルグリート』

『なんだよ』


 ギッと碧い三白眼で睨め上げられて、郷長はため息をついた。


『余計なお世話だと思うが、お前が彼らを守りたいなら、このまま引き返したほうがいいんじゃないか?』

『……マジで、クソ余計』


 シャルグリートはまた不機嫌そうに黙ってしまった。少し、迷っているようにも見える。通訳してくれそうもないので、レノに会話の内容を質問するしかない。

 かいつまんで教えてもらった話をウィリにも伝えると、彼女は厳しい顔をした。


『……どう思う?』

『相手にその気がなくなったからって、すごすご引き下がる覚悟で来てないわ』

『……そうだね』


 ──ある意味予想していた答えだ。

 ラズは床を睨んでいるシャルグリートに静かに声をかけた。


「──だって。会ってみないことには話が始まらないのは僕たちも同じかな」

「……」


 シャルグリートは驚いたようにラズとウィリを順番に見てから、苦笑いした。


「……お前ら、そういうヤツだったヨナ」


 郷長は話の流れを感じ取って、曖昧な表情を見せる。


『……進むなら、竜にも気を付けろ。活性化している』

『この季節に?』


 シャルグリートは眉をひそめた。


『おそらくは牙の竜の影響だが──冬眠しそこねた竜は空腹で人を襲う』

『そういう話なら、お前らだって危険だろ? せいぜい身を守ってろ』

『ったく、お前は本当に口が悪いな』


 郷長は苦い顔をして笑った。仲が良い訳ではなさそうだが、そこは竜人だから、強い者の言うことに概ね従うということなのかもしれない。


 その後、ラズたちは空き家を借りて打ち合わせをしてから休むことになった。


 現()()……シャルグリートの兄がいる牙の郷には、順調にいけば二日後に着く。その間に、郷が三つある。

 他の郷も同じようにラズたちを捕まえようとしてくるだろうが、シャルグリートはなんとかなるだろうと言った。

 この郷のように、力を示せば族長の意思に反しない限りは竜人たちと敵対することはない。

 それなら、顔を出して親睦の姿勢を見せた方が後々よいだろう、とウィリが言ったのだ。……それが実力主義の竜人たちに対してどんな効果があるのかは今ひとつ不明だが。


(兄が父親を殺した……か)


 日が落ちる前に空き家の裏手でディーズリーの剣術の型を復習しながらラズは独りごちた。


 シャルグリートが暗い顔をするのを初めて見た。

 道すがら、たくさんいる兄のうち、同じ母から産まれた兄弟はほかに一人だけなのだと話していたのを思い出す。

 ──それは、一番(いちばん)信頼する人に裏切られたような気分……なのだろうか。


「……あ、シャル」


 空き家から出てきたシャルグリートと目が合ったので、ラズは剣を下ろす。

 そのまま思い直して、誘うように切っ先を彼に向けた。


「……やる?」

「──気分じゃナイ」


(……重症だ)


 あっさり踵を返し、ざりざりと砂が積もる岩肌を踏みだした。

 一瞬見えた辛そうな横顔に胸騒ぎを覚え、ラズは慌てて剣を背中の鞘に納めた。

 シャルグリートの後を追う。


「なんだ?」


 ついてくるな、と言わんばかりのシャルグリートのつっけんどんな言葉に、ラズは逡巡したが、思い切って口を開く。


「一人になっても、答えなんて出ないでしょ」

「お前、俺が落ち込んでると思ってんのカ? ……チビの癖に心配だけは一丁前ダナ」


 振り向いた嘲笑に、斜陽が影を落とす。ラズは負けじと()め上げた。


「お兄さん、強いんでしょ。気落ちしてる暇があるなら、鍛錬したら?」

「──チッ、今のはちょっとムカついた」


 シャルグリートは水晶を指先でぱっと弾いて頭上に投げた。

 澄んだ石が夕陽を吸い込み、一瞬七色に光る。落下するそれを目の前で素早く掴み取った。碧い双眸を猛禽類のようにギラつかせ、口の端を吊り上げる。


「乗せられんのが腹立ツが、乗ってやるよ。怪我しても知らんゾ」




 半刻ほど経過し──辺りはほとんど真っ暗になって、シャルグリートとラズは顔を見合わせた。

 ラズは打ち身と擦り傷だらけで、荒い息を整えながら剣を支えに膝をつく。


「──そろそろやめよっか」

「仕方ナイ、勘弁してヤル」


 対するシャルグリートは浅い切り傷を手足に作り、どかっと手近な岩に腰を下ろした。

 とりあえずガス抜きはできたらしく、──表情から行き場のない暗さは無くなっていた。


「治せんのカ?」

「……消耗してるけど、なんとか」


 いてて、と顔をしかめながら、脇腹の打撲傷に集中する。


(<薬績(やくせき)>──万象(ばんしょう)()素白(しろ)()せ……。

 怪我の治療はやりやすいんだよな、この輝石)


 コツが掴めると、大して労力もかからず治療や小物を作ったりということができるようになった。影響範囲を増やしたりしない限りは術の行使はとてもスムーズだ。

 シャルグリートは治療の様子をぼんやりと眺めていたが、彼は月の輪のアーチが昇る東の空を見てぽつりと呟いた。


「……悪いナ。ここまで付き合わせて」

「その台詞、シャルに似合わない。……もし僕たちがやっぱり帰るっていったらどうするつもりなの?」

「牙の郷に帰る。兄貴のフリした奴ならぶっ殺すし、兄貴だったらぶっ飛ばす」

「竜人の皆を助ける為?」

「は? ……なんでそうナル」

「皆、歓迎してないんでしょ、今の族長を」

「……それは見てから考エル」


 シャルグリートは暴力主義で短絡的に見えるが、無責任なタイプではない。

 彼はもともと、竜人の郷の外を旅して情報を集めるのが仕事だと言っていた。

 ラズはそれを過去の自分のやりたかったことと重ね、シャルグリートがそんな大変な仕事をする理由は、兄を助ける為なのではないかと感じていた。──そして延いては、仲間全員の為、ではないかと。


「──憎しみ合うような結果だけは絶対に避けたい。僕も、竜人たちに何が起きているのか、見定めて動くつもり」


 ラズは立ち上がって、シャルグリートに手を差し出した。


「今、僕たちのために無理してくれてるんでしょう? ありがとう。僕はシャルを信じてるから、シャルのお兄さんも信じる。きっと大丈夫だよ」

「……ダナ」


 シャルグリートは苦笑して、ラズの手を軽く叩いた。

ブクマ、★評価、何卒宜しくお願いいたします。

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