旅と再会(12)……討伐
「────ガアアアアッ」
小鬼の群れのボスが吠えた。
反射的にそちらに目を向け、ラズは戦慄した。
「────?!」
ミシミシと、姿が変容していく!
ラズはゾッとして下がった。シャルグリートも同じように感じたように、表情を固くしている。
(──ビビって変身を待ってもいいことないっ……!)
力を出し惜しみするタイミングではないと判断し、錬金術で剣に振動──<是空>を纏わせる。
足の裏に力を込めて一歩で間合いを詰め、低く横に凪いだ。それだけで、腰と胴が離れるはずだった。
「……っ!?」
脇腹から剣が通らない。振動の効果が打ち消されている。この感覚には覚えがあった。
「巨人と同じ──!?」
切れない相手に苦戦した記憶はまだ新しい。あの時はファナ=ノアが相手の守りを崩したが、この小鬼が巨人と同じ力を持つなら、その手も通用しない。
小鬼の身体を蹴って剣を抜き、距離を取った。
(まだ大丈夫──)
荒野と同じ威力で術を使うと、早くにバテてしまうので気をつける必要があるが、余裕は残っている。
変様を終えた小鬼もどきが腹から血を流したまま動き出す。
「シャル! 前任せるよ!?」
ボスではない取り巻きの一匹を倒しながらシャルグリートに声をかけた。
つまり、黒竜のときと同じく、シャルグリートが正面、ラズが背後から攻めようという作戦だ。
お粗末な連携だが、未だにこれくらいしかお互いの邪魔にならない戦い方が思いつかない。背中を任せ、入れ替わりで技を出したりできるようになれば大分戦い易くなるのだが。
『……おう!』
シャルグリートも一匹倒してボスと向かい合う。
小鬼のボスは持っていたシミターを振り回す。剣術などあったものではないが、素早さが一段と上がっている。シャルグリートが今日初めて刃を避けて後ろに下がった。
ラズはその小鬼の右肩を後ろから突く。
かなりの体重を乗せたはずだが、肩を貫通できていない。小鬼は振り向き様にこちらに刃を向けてきた。
斜めに振り下ろされた刃を、腰の短剣と交差させて受け止める。
(剣には、気を通してないだろ────?!)
……ざわり、と<波動>を這わせる。
(砕け散れっ──!)
シミターを<理解>し、<分解>する──はらはらと、 打ち合わせた箇所が溶け落ちて、白い粉に変容していく。
剣に乗せていた勢いで小鬼が体勢を崩した。シャルグリートがその後頭部に重い一撃を加えた。
『これで────終わりだ!』
「グッ、ガッ……」
「シャルまだだ! 油断しないで!」
頭を殴られた小鬼はよろけはしたが、ぐっと踏みとどまって振り向き、
「ッガアア!!」
シャルグリートの腹を思い切り殴った。大きく振りかぶっていたシャルグリートは避けられない!
ドッ
「シャル!!!」
ハラハラしながら見守っていたウィリが、吹っ飛ばされて壁に激突したシャルグリートに駆け寄る。
小鬼は動きを止めない。ウィリは青ざめながら、迫る小鬼をきっと睨んだ。
『この……!』
ごおっと、風の刃が複数巻き起こり、小鬼を目掛けて走る。
しかしそれも、体に当たる前に掻き消えた。
両者の距離が、みるみる縮まる。
『……あ』
表情を恐怖に歪め、震える身体で……それでも彼女はシャルグリートを守るようにその場所から動かない。
その姿が、一瞬フラッシュバックしていた記憶の母と重なって、ラズはぎくりとした。
小鬼が太い脚を振るう。
ドスッ
「ウィリ!!!」
鈍い音とともに、ウィリはあっけなく蹴り飛ばされる。洞窟内に突風が吹いた。
(ッ違う! 助けないと!!)
慌てて脳裏から過去の映像を振り払い、彼女が壁に激突する直前に間に入って受け止める。
『ウィリ!! 大丈夫!?』
『だい……じょうぶ』
ウィリを地面に下ろし、ラズは剣を構え直した。
起き上がったシャルグリートは腹を押さえてウィリを睨んだ。
『バカヤローが! 無茶すんじゃねぇ!!』
「シャル!平気!?」
『ハッ──! 全然、全く、問題ないぜ……!』
シャルグリートは立ち上がって小鬼と対峙した。
その声色は強がっているように聞こえる。服越しなので傷は見えないが、精細を欠く動きからいって、かなりのダメージを負っているかもしれない。
『ばかっ……! 骨が折れてるくせに……!』
ウィリが苦しそうに呻いた。これまでの冷たい態度はどこかに行ってしまったように、懸命にシャルグリートを見上げる。
『わりーな、アイツ一人でやらせられねーだろ』
シャルグリートは苦しそうに笑って、ウィリの頭を心配するなというようにぽんと叩いた。休んでいるつもりはないようだ。
ラズは二人の前に出た。
「……回復するまで、前衛交代」
言い終わる前に、小鬼の眉間を目がけて突きを放つ。
シャルグリートに頭を殴られたダメージが効いているらしく、小鬼は避けられなかった。
「ギィィー!」
血で視界を奪われた小鬼はめちゃくちゃに腕を振り回す。
そんな動きなら、速くても見切れる。ラズは避けながら、関節を狙って剣を横なぎに素早く往復させ、肘から下を切り飛ばす──!
返り血が迸り、顔に跳ねた。──その熱さがたまらなく不快だ。
(『熱い』──? ああ……あの時の全身の熱さは、母様の血……だったのか)
シャルグリートが腕を失った小鬼に後ろから回し蹴りをくらわせ、小鬼は地面を転がった。
(……とどめを、ささないと……)
全身にかかるブレーキを、全力で無視してふらりと踏み出し──ラズは小鬼の首に剣を突き立てた。
「ガッ……シーッ」
即死しない小鬼が蹴り上げた足を、下がって避ける。
頸に刺さっていた剣が抜け、勢いよく噴き出した血が辺り一帯を染める。
ラズはくらくらと目眩を感じてその場にへたり込んだ。
赤い視界に、人影が映り込む。──何か、言っている?
──そうだ、最期、母はわずかに唇を動かしていた。
『────よかった』
──助けられた我が子を見て、安心して逝ったのだ。
(母様の願いは──生かすこと)
──頭からかぶった血は呪いではない。
(『大丈夫、もう起きない』。──起こさせないよ、母様……)
『焦点あってねえぞ、大丈夫か?』
『終わったのよ、分かってる? 震えてるけど……』
二人に口々に言葉をかけられ、はっとラズは我に返った。
「そうだ、シャル、ウィリ、大丈夫?」
「なめんな、ヨユーだ」
いつの間にか頭からかぶっていた血を小川の水で洗い流す。
シャルグリートの骨折は、ウィリが治した。彼女はそれで疲労しきってしまったらしく、今は少し離れたところで休んでいる。
ついでに服も洗って、術で乾かしていると、シャルグリートがおもむろに口を開いた。
「そろそろ、話せヨ」
「──何の話?」
「理由だよ。血にビビってたダロ」
「やだよ、大したことじゃないし」
「──血が怖い剣士なんて、バカか」
ぽん、とシャルグリートはラズの頭に手を置いた。
大きくて硬いが温かい……悪くない気分だが、少し照れ臭くてその手をひょいと振り払う。
「リハビリ中なんだ。そのうち乗り越えるよ」
「そーかヨ」
ラズの頑なな表情を見て、シャルグリートは不本意そうに口元を歪ませた。──違う、そんな顔をさせたいわけじゃない。
少し考えてから、水面に視線を移してラズは息を吐いた。
「……シャルがそうやって優しいと、兄様を思い出すなあ」
「死んだのか」
「死んでないよ。戦ってる、多分今も」
「強いのか?」
「強いよ」
「ラズよりも?」
「……さあ、それは僕にも分からない。本当は、本気で戦ったことないから」
「兄貴と本気でぶつからナイのか? バカか」
「……そうかもね」
ふん、とシャルグリートは笑った。
今日の夕陽もとても赤いが、あの日よりは穏やかだった。
日が暮れてからラズたちが農村を訪れると、依頼をしてきた村長の補佐という男が駆け寄ってきた。
「──どうなったんだ」
「倒したよ」
「……証拠はあるのか?」
「これ……ボスの角」
独特の模様が彫られた角を差し出すと、怯えたように男は後ろに下がってしばらく見つめた後、ためらいがちに受け取った。
「巣穴の位置は変わってた。北東の、ここらへん」
地図を示して伝える。
「わ、分かった──確認してからになるから、報酬は明日になるが、いいか?」
ラズはゆっくり頭を振った。
「仲間を待たせてるから、もう行かなきゃいけない。馬が喜ぶ干し草があったらもらえないかな?」
「仲間? ……いや、それくらいなら、構わないが──。疲れてるだろう? 休んで行ったほうがいいんじゃないか?」
──暗がりでも自分の顔色は良くないらしい。胃の中は空っぽで、心身ともに消耗したらまあそうなるだろう。
ラズはもう一度頭を振って微笑んだ。
「気持ちだけもらっとく」
村長代理の男は理解できないと眉を顰めてから、何も言わないシャルグリートに、詰め寄った。
「おい兄さん、子どもになんでここまでさせるんだ、布団で寝かせてやった方がいいんじゃ」
「こいつが俺の言うことを聞くはずナイ」
彼はそう言って肩を竦めた。──例の、強い奴は弱い奴に従わない理論か。
ラズは弱々しく苦笑する。
「そんなことないよ。でも、今は早くレノやスイたちのところに戻りたいかな」
見知らぬ寝床より、スイの腹の上の方が安心して眠れる。
干し草と預けていた野菜や果物を受け取ってラズたちは農村を出た。
『……とんだ寄り道だったわね』
村から離れてから、ウィリがぽつりと言った。
『無駄だった?』
『ううん、普通の人間たちの暮らしを見られて、結構興味深かったわ』
それなら、帰り道でも少しくらい寄れるといい、とラズは思った。
「────あ、そうだ、シャル」
「ん?」
「寒いのがダメなら、朝あっためてあげよっか?」
「はあ? 俺にショタの趣味はナイぞ」
「しょ……? 術で寝袋ごとあっためるだけだけど」
「あ、ああ……悪イ、頼むわ」
シャルグリートは素直に頭を掻いた。
本人も本当は早く起きたいから、寝坊するたびに機嫌が悪いのだ。
「小人の言葉で、ごめん、くらいは知ってるよね? できれば、ウィリに言っといて。飲みに出たことも気にしてるから」
「──……」
シャルグリートは少し迷ってから、ウィリの目を見た後、少し逸らしながら『悪かった』と言った。
『何の話?』
『寝過ごしと、単独行動の話』
『───まあ、反省したなら次がないことを祈るわ』
ウィリはシャルグリートを見上げて、手を差し出した。
『私も、心が狭かったと思うし』
彼女が少し微笑むと、シャルグリートはにかっと笑ってその手を優しく握った。
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