旅と再会(11)……討伐
小鬼は夜行性なので、昼間巣穴に固まっているところを一網打尽にするのが定石だ。
手早く昼食を終えて、ラズたちは山地側方向の岩石地帯に入って行った。
『あれ? そっち?』
『ええ』
村人から教えてもらった場所と方向が違う場所へ、ウィリは迷わず歩いて行く。
彼等の同行は断ったので、ウィリはフードを取っていた。
『……巣穴はあれね』
周囲はなだらかな登り坂で、赤土に地下に向かって穴が空いている。大きさは、背の高いシャルグリートがぎりぎり入れるくらいだろうか。
巣穴の前には見張りの小鬼が数匹いる。
『でも、すごく中が広いわ。奥まで分からない』
目の前の坂道はその奥の台地に連なっている。その洞窟はこの一帯を網羅しているのかもしれない。
『夜までに一掃、は無理かもしれないね』
(リン姉がいれば、毒煙とかくれたのにな……)
小さな洞窟の入り口を眺めながら、どうしたものか思案する。
『ウィリ、空気を無くしたりとかはできる? それか毒の煙を作ったりとか』
『ファナ=ノアじゃあるまいし、一回やるだけで疲れて動けなくなるわ。しかも走って数秒ってところの範囲しか無理』
ウィリの得意とするところは解毒と風の操作で、それ以外は時間もかかるし消耗が激しいらしい。
『……そっか』
『風の動きから言って、向こうの方にいくつか抜け穴があるわ』
『逃げられたくないから、出来るだけ塞いでおこうか』
『その分こっちに押し寄せてきたら危なくない?』
『うん。退路は常に確保して行動しよう』
「おーい」
置いてけぼりのシャルグリートが状況説明を求める。ラズが話を伝えると、彼は腕を組んだ。
「……つまり?」
「入り口を塞いで回ってから行動開始。進退はウィリの指示に従う」
「……オッケーだ」
彼は戦闘の補佐においてはウィリを信頼するようになったらしい。特に不満を言うことなく、ウィリによろしくな、と笑いかける。
まだ怒っているらしいウィリは、プイとそっぽを向いた。
一時間ほどだった頃。
「げー……」
血生臭い匂いにむせながら、ラズたちは小鬼の駆除を進めていた。──ここまででだいたい、巣穴の半分くらいか。
「大丈夫カ?」
「気にしないでいい……」
呻くように答えて、ラズは洞窟の隅で吐いた。
小鬼の血や、肉を斬る感触に、どうしても過去のトラウマがフラッシュバックしてしまうのだ。
まだ、パニックにはなっていないし、なんとか足手まといにはなっていない……はずだが、起きる体調の不調に対処ができていない。
(『大丈夫、もう起きない』。起こさない。起こさせない)
心の中で何度となく繰り返し唱えつつ、短剣についた血糊を拭う。洞窟は狭いので、背中の剣だと不便なのだ。
ふと、短剣の柄につけた飾りが目についた。
「……」
「何ニヤけてるんダ。お前まだ30匹くらいダロ、俺は55匹だゾ」
「数えてたの!? ……まだ半分なのに、すごい規模の群れだね」
──ちなみに、ニヤけてなどいない。少し、気分が和らいだだけだ。否定するとムキになっているようで余計からかわれそうなので、とりあえずスルーしておく。
ウィリも気分が悪そうに頭を振っている。
こんな死体だらけの場所で平気な方がおかしい。
『ここなら全容が分かるわ。群れのボスが向かってきてるから、ちょっと後退しましょう。あと30匹くらいいる。────それと』
ウィリは緊張した面持ちになった。
『残りのやつら、体型が違う。変異してるっていうか』
『……それは』
小さく息を呑む。
この狭い洞窟内で、驚くほど大きいとかいうことはないだろうが、気を引き締め直したほうがいいだろう。
(──だいぶ、術のコントロールも慣れたかな)
実戦に勝る経験はない。
御しきれなかった術も、だいぶと加減が分かってきた。
しかしバテやすいのは避けようがないので、出力は抑えないといけないし、回数も限られる。──出来るだけ術の使いどころを工夫するように心がけなければ。
ウィリの案内通りに移動して、少し開けた地点で小鬼たちを待ち受けること数分。
姿を現したのは、他の小鬼より一回り大きく、太い手足に硬質化した皮膚を持つ一団だった。──大きいと言ってもラズより小柄だが。
そして、何匹か……異様な気配を放っている。
「術使うよ、たぶん」
『ああ、っぽいな』
竜人の言葉……おそらく軽い相槌を返して、シャルグリートは口角を上げた。細められた目に獰猛な光が宿る。
「キキィーー! ギィギェ!!」
小鬼たちが奇声を発しながら襲いかかってきた。──速さが普通の小鬼と全然違うが。
(動きは短調──! なんとかなりそうだ)
正面の小鬼の身体の中心をひと突きし、抜き様に蹴り飛ばす。それだけで後ろに続いていた小鬼の勢いも削がれた。
たたらを踏んだ小鬼の武器がないほうに一歩踏み出して、下段から斜めに首を切り裂く。首は硬質化していないので、振動を纏わせる必要はない。
二匹が同時に大きく振りかぶってくるのを、剣を横にして同時に受け止め、武器越しに弱い雷を伝わせる。鋭い光──それを<紫電>と呼ぶことにした──が瞬時に身体を這い回り、二匹はびく、と動きを止めた。
その隙を逃す訳にはいかない。
(<是空>!)
引いた剣の切っ先だけに振動を纏わせて、二匹の胸を凪ぐ。
「ギィヤァアァーー!!」
飛び散る鮮血が、残光に赤黒く反射した。
(…………うぅ)
──やると決めたとはいえ噴き出す血や手に残る感触は気分が悪い。しかし、生かしたら災いの種になるから、小鬼を助ける選択肢はないのだ。
返り血を避けて跳躍し、ラズは一度ウィリの前に戻った。
「……シャルは!」
ほぼ同じタイミングで駆け出していたシャルグリートの足元には頭蓋を割られた小鬼たちが折り重なっていた。一撃ずつで小鬼たちを屠り、そのまま退くことなく奥の小鬼に体を向ける。
「!」
突然、シャルグリートの足元一帯の土が盛り上がった。このままでは動きづらく隙ができてしまう。
ラズが動き出そうとしたとき、『任せて』と背後でウィリが鋭く声を発した。
土の変様は一瞬で止まる。──彼女が波動をぶつけて小鬼の術を邪魔したのか。
『────』
シャルグリートはウィリのフォローに気づいたように一瞬彼女を見たが、すぐに小鬼たちに向き直った。
残り15匹ほどだろうか。
ボスらしき小鬼の号令で二手に分かれ、前に出たシャルグリートを挟み込みにかかる。
『ちったぁ頭使うようになったな!』
シャルグリートが嬉々として吠えた。
強がっているがさすがに囲まれると無事ではすまないだろう。
ラズは駆け出しながら足元の小石をいくつか拾い、小鬼たちの頭目掛けて投げた。普通にやってもラズの投擲能力ではそれほど当たらないので、少し術で向きを調整している。
小鬼たちがうっとおしそうにこちらを振り向く。
『ちっ、余計なことすんなよな!』
シャルグリートも吠えた。
何かよく分からないが、文句を言われた気がする。
「別に、シャルの勝ちでいいから! 今は協力しようよ!」
その時、ラズの頭上の土がごそっと音を立てた。
「!?」
頭の上から土が落ちてくる。右に躱すと、目前に小鬼のシミターが迫っていた。
「キキキッ」
小鬼が残忍な笑みを浮かべる。土の山、洞窟の壁に囲まれて躱せない。
キン、と短剣で受けるともう一匹の小鬼がその隙を狙ってきた。
『しゃがんで!』
後ろからウィリの声が聞こえる。短剣の角度を変えて小鬼のシミターをいなしながら姿勢を落とすと、頭上を風の刃が通り過ぎた。
洞窟内で風が行き来して頬を撫ぜる。
小鬼の胴に入った風の刃は、切り裂くに至らなかったが、小鬼たちは勢いを削がれていた。その首を狙って剣を往復させる。
二匹の小鬼が血しぶきを上げながら前に倒れる。
(あと、三匹────)
生温かい返り血に胃液が逆流しそうになるのを感じながらも、理性を総動員して状況を確認する。
シャルグリートはラズよりも速いペースで小鬼たちを倒している。
ナックルを使う以外、錬金術を使っていない。つまりまだ余裕があるということだ。
「────ガアアアアッ」
小鬼の群れのボスが吠えた。
反射的にそちらに目を向け、ラズは戦慄した。
「────?!」
ミシミシと、姿が変容していく!




