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旅と再会(10)……討伐

 ラズはがばっと飛び起きた。

 朝日が差してすぐの時刻、辺りは薄暗い。


(なんだろ、さっきの変な猫……また出てくるのかな)


 夢自体は、レノの記憶を見た夢の時と感覚は同じだった。ただ、あの猫だけが、妙な存在感を放っていた。

 目覚しを兼ねて、小川に降りて顔でも洗うことにした。


「冷たっ」


 ──しかし、凍ってないだけましか。

 山地に近づくにつれ、流れの速い小川が見られるようになってきた。

 遠目に見える山は赤茶けていて、下流の土地が豊かになることはない。背丈の低い草は立ち枯れている。


 枕代わりになってくれている怪馬のスイは、ラズが起きたのに合わせて立ち上がり、身震いした。日に日に寒くなってきているから、スイには辛いだろう。

 足元の手近な草を食んでいるその頸を撫ぜながら、ふとラズは尋ねた。


(枯れ草って美味しいの?)


 先日シャルグリートに不審がられてから、スイに話しかける時は声を出さないようにしている。


『───まずまずだ』


 平坦な声色が帰ってきた。──なんとなく、スイは痩せ我慢しているような。お腹いっぱい美味しいものを食べられていないんじゃなかろうか。

 そんなやりとりをしている間に、小さなテントからウィリが顔を出した。


『ウィリ、おはよう』

『……おはよう。あいつ、まだ寝てるの』

『シャル、どんどん朝弱くなるよね』


 無事に済んだものの、一昨日勝手に街に行ったことにウィリはまだ怒っていた。

 ラズは事なかれ主義なので、シャルグリートの行動にいちいち目くじらを立てたりしないが、ウィリはその辺り融通がきかない。


『一緒に行動してるのに、ほんと協調性のないやつ』

『まあまあ、きっと体質のせいだし、そこは許してあげても』

『あいつの勝手な行動でこの先困るのは、私たちなのよ』

『……』


 ラズは心の中でこっそりため息をついた。

 当のシャルグリートはまだ、寝袋の中でぐっすりと眠っている。


『竜人の郷についたら、シャルみたいな人がいっぱいいるかもしれないから、僕たちがシャルに合わせられるようにした方がいいかもよ』

『う……』


 ウィリは顔をしかめて、ぷい、と背けた。


 シャルグリートが起きたのは少し気温が上がってからだった。

 伸びをする彼に対して、ラズは近づいて控えめに具申を試みる。


「シャル、さすがに遅いよ。夜も早いし、このままじゃ山地に着く前に雪が降る」

「眠いもんは仕方ナイ」


 ──ついでに寝起きも悪い。

 つっけどんな口調に、すごすごと引き下がるしかなかった。


(なんだかな)


 他人に何かを改めてもらうのは正直苦手だ。

 ──父や兄はそういうことをよくやっていたが、自分には難しい、とラズは思った。




 その日の昼過ぎ、遠目に見えた人間の農村を見て、シャルグリートが立ち寄りたいと言い出した。


「草の種やネズミは食い飽きタ!」

「分かったけど……待ってって」


 彼ももともと旅をしていたから、人間の集落に寄ることに抵抗がないのだ。

 しかしそんなことをウィリに言えば、あんたのせいで遅れてるのよ!と怒り狂うかもしれない。


「君はどうしたいんですか?」


 困って黙ったラズに、レノが訊いた。


「……寄ってもいいかなって思ってる。興味あるし。でも、ウィリは早く済ませて荒野に帰りたいだろうし、そうまでして寄りたいかっていうとそうでもない……」


 つまりどっちつかずだ。


「村に寄るのは、本当にウィリにとって無駄なことでしょうか」

「え?」


 レノの問いについてしばらく考えた後、ラズは顔を上げた。


「……分かった。ありがとう、レノ」

「いえいえ」


 ラズは後ろのウィリに馬を並べた。


『ウィリは郷では農業や牧畜の取りまとめをしてるんだっけ』

『あ……うん、そうよ』


 考えごとをしていたらしいウィリは、はっと顔を上げた。


『あの大きさの川を見るのは初めてだよね。水が多いと、作れる作物も豊かになるから、人間の文化も荒野側とだいぶ違ってくる。見てみたくない?』

『う……でも、見ても仕方ないわ。荒野の水が増やせる訳でもないし』

『それはそうだけど、人間と小人が仲良くなれば、この辺りも小人が住めるようになるかもしれない。どんな人たちが住んでいるかとか、知っておくのは損じゃないと思うよ』


 ウィリは怪訝な顔をして、ラズの視線を追って近づきつつある村を見た。


『食糧調達も兼ねてさ。ウィリも一緒に行こう? せっかく荒野から出たんだから、少し視察した方が、戻ったときにも経験として活かせるでしょ。それにもし、何かあったら守るから、大丈夫』

『……分かったわよ。行けばいいんでしょ』

『ありがとう!』


 ため息をついて苦笑したウィリに、ラズはほっとした。




 その農村は、広い畑を石造りの塀で囲ってあった。

 スイたち怪馬がギリギリ飛び越えられない高さだ。

 入り口が南向きに一つあるが、人がいる様子はない。

 内側にもう一重、半分取り壊された低い石塀があってその側に物見やぐらが建っている。


『冬なのに、緑がある……』


 生い茂っているというほどではないが、葉物の野菜が植わっているのを見て、ウィリは小さな声で呟いた。

 村に立ち寄ったのはシャルグリートとウィリ、ラズの三人で、レノは郊外でスイたちと待ってくれている。

 ラズは一昨日から髪を染めたままで、ウィリは目深にコートのフードを被っていた。


「お前ら、こんなしけた農村に何の用だ?」


 畑仕事をしていた老人がこちらに気がついて顔を上げた。


「このお兄さん、傭兵なんです。僕たち拾ってもらって、一緒に旅してるんだ」


 シャルグリートの格好はまんま傭兵なので、この説明が一番自然だ。それに、ラズも背中の剣を降ろさずに済む。


「はー、小さいのに難儀だな。東の出兵には参加せんのか?」

「僕たちを連れて戦場はまだ早いって。それより、お爺さん、これ何の野菜?」

「これ? カブだよ」

「あ、これがそうなの?」


 故郷のものよりしっかりした根茎で小ぶりだし、色が違うので気づかなかった。


「いくつか分けてもらうことってできる?」

「ただではやらんぞ?」

「もちろん。ちゃんとお金も持ってるよ」


 一昨日街で道中作っていた宝石やアクセサリーをお金に変えたので路銀はそこそこある。

 子供が一人で売りに行くと盗品と思われるから、自然路地裏の怪しい店に行くしかなく、安く買い叩かれるのだが。


 村に入って何度か同じ説明をし、野菜や果物を買い求めていると、村の子供たちが集まってきた。


「傭兵なんだってー!」

「怪物倒せるの?」


 ウィリは声が出せない人を装っているし言葉が分からないしで、曖昧な笑みを浮かべている。

 その目は優しげだ。人間が嫌いという訳ではないらしい。


「倒せるゾ! ホラ、試してみるか!」


 シャルグリートは小人の郷でそうしていたように、子供たちとチャンバラごっこをはじめてしまった。

 笑い声が村の広場に響き、和やかな雰囲気になる。


「あの兄さん、本当に強そうだな」


 年長の男が感心したように言った。村の人々の中では身なりがいい。


「おじさん、えらい人?」

「村長の補佐をやっている……なあ、」


 その男はシャルグリートに声をかけた。


「北の小鬼が急に増えて困っているんだ。いつも頼む傭兵は戦争に行ってしまったし……駆除を頼まれてくれないか」


 ラズは村長の補佐という男の言葉に、少しだけ驚いた。


(小鬼退治くらい自分たちで……できないのか、普通は)


 故郷ではほとんど皆錬金術と武術を修めていて、怪物退治は全て自分たちでやっていた。

 それはそうと、行く先々で小鬼退治まで請け負っていられないと思ったラズは、遠回しに断ろうとした。


「さすがにそれは……僕たちには難しいよ」

「いや、できるダロ、それくらい」


(余計なことをっ)


 顔に出さず心中突っ込む。


「でもシャル、雪が降るまでに行かなきゃいけないところがあるでしょ」

「ま、そうダナ」


 シャルグリートが同意すると、子供たちがぶーぶーとはやし立てた。


「弱虫ー!」

「できないんだー!」

「おねがいだよー! 殺されちゃうよ……」


 ラズは慌てる。このパターンはまずい。


「シャル、気にしないで! ほら、小鬼なんて倒してもつまんないよ!」


 やはりシャルグリートは不服そうな顔をしている。


「憲兵隊に頼めないの?」

「──もう相談してるさ。でも、最短の駐屯地でも馬で片道三日かかる。近隣の農村も同じように困ってるらしいから、この村に来るまで数週間かかってしまう。だから、収まるまで村ぐるみで逃げるしかない」


 確かに、樽が積まれた荷車があちこちにある。今晩か、明日にでも発つ雰囲気だ。

 そんなに困っているのか。ラズも見過ごすのに罪悪感を感じはじめていた。


「……日の入りまであと半日あるダロ。それまでに済ませれば良い」


 シャルグリートはもう請ける気のようだ。ラズは返答の代わりに訊いてみた。


「近隣も困ってるってことは、かなりの規模じゃないの? 巣は一つ?」

「すまないが、そこまでは分からないんだ。ただ、いつもより数が多いのは間違いない」

「あ、そう……」


 ラズはウィリにこの話を耳打ちした。ウィリはため息をつく。


『虚の王の弱体化も関係してるかもしれないし、仕方ないわ。ファナ=ノアなら、助けようって言うと思うし』


 数が多く、あちこちに潜む小鬼に対処するなら、彼女の支援は必要だ。そう言ってくれてラズはほっとした。


「でもその前に……、メシくれ」

「ちょっと、シャル、無遠慮すぎだよ。……すみません、とりあえず、昼食がまだなんで、この野菜の美味しい食べ方教えてもらえませんか?」

「あ、ああ……。君たち、なんていうか年格好と中身が逆じゃないか?」


 村長補佐の言葉に、ラズは苦笑いした。シャルグリートも族長の息子だし教養はあるはずだが、ここは性格の違いな気がする。

 ラズたちは昼食を終えた後、念話でスイにレノへの伝言を頼んで、早いうちに村の北に向かうことにした。


『───レノが、お約束だな、と笑っていたぞ』

(……小鬼退治とか、ベタ過ぎるよね)

『───油断するなよ』

(分かってる)


 ──輝石には少し慣れはしたが、今の自分に小鬼を平常心で斬り殺せるだろうか。そのことの方がラズは不安だった

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