旅と再会(8)……令嬢
レノたちと合流してから街を出てスイの元に戻った頃には、陽が落ちかけていた。
岩窟を見回して、ラズは首を傾げる。
『あれ? シャルは?』
『あんたたちを追って街に行ったわよ。一緒じゃないの?』
ウィリが怪訝な顔をした。
『ええー……』
街の門は間もなく閉じるが、辺りにシャルグリートの姿はない。
ラズ達は顔を見合わせた。
† † †
その日、ブレイズは一人で飲み屋街を歩いていた。
鎖帷子の上に平民風の質素な服を着ているが、有名人なのでどんな格好をしてもすぐばれる。
しかし街の人々は、ブレイズに対しては特に構えず笑顔で挨拶してくれる。
そうやってブレイズや憲兵隊の貴族がふらっと来るものだから、ここは飲み屋街にしては治安がいい。
今日は数日ぶりに夕方で会議が終わった。
──良くもまあ毎日同じことを延々と繰り返せるものだ。我慢強い軍務卿を心底尊敬する。財務卿トーラス=フリッツは昨日から代理の部下を立てて領地に戻ってしまった。話が進むまで出てこないつもりなのだろう。
げんなりしながらもブレイズが全ての会議に付き合うのには理由がある。
ディーズリー家とリーサス家はもともと平原の国の国王から直接爵位を賜った一対の領主一族なのだ。法の上では、リーサス家にふさわしい者がいなければディーズリー家から選ぶことになっていることになっている。
だから領主の城下町にはリーサスとディーズリーの両家の屋敷があるし、兵も役割の違いこそあれ、それぞれ同等の規模を抱えている。ちなみに鋼務卿の屋敷は西の鉱山都市、財務卿の屋敷は東の農業地帯にある。
とはいえ、先代の領主もリーサス家だったので、ここ数十年はディーズリー家には重大な役割は回ってきていない。それに、ブレイズ自身も小難しいことは嫌いなので、政治ごとはリーサス家に全て任せてしまいたい気分なのだが。
──ここ数年領主は無茶なことを言い出すことが多くなった。自分が外すと良くない方向に転がりかねないので、会議に参加しない訳にはいかないのだ。
ラズが去った後、ブレイズは娘の訓練に付き合った。
小さい頃はブレイズの後をずっと追いかけてくるような可愛い娘で、剣に打ち込んだ理由も父親好きさだ。その心は多分変わっていないと思いたいが、最近は何かと態度が冷たい。
「はー……しかし、早過ぎるだろ」
焼酎を一息で飲んでカウンターの店主に文句を言う。前後を全く言っていないはずだが、店主はいつものことなので笑って酒を注いだ。
「今度はピアニー様がどうなさったんで?」
「同い年のガキにお熱なんだとよ」
「可愛い娘だと父親は気が気じゃないですねえ。……あれ、ミクレル=エンデイズ様とご婚約されてませんでしたか?」
「…………」
当初、ブレイズはこの縁談を断固拒否した。ディーズリー侯爵家の一人娘が、よりによって男爵家であるエンデイズから養子をもらうなどありえない。だというのに、領主はなんのつもりか縁談を強行し、気がつけば拒否できない状況になっていた。
思えば半年前の縁組の話があったとき、娘と大喧嘩してそのままだ。剣の訓練の時だけが以前通りで、今や父娘の唯一のコミュニケーションになっている。
ブレイズはため息をついた。
不意に、声がかけられる。
「まあまあ、そんな息吐いたら幸せが逃げる、デスよ」
おもむろに頭を上げると、二つ開けて右隣に座っている青年の青い目と目が合った。
「……なんだお前、見ない顔だな」
珍しい銀髪に青い虹彩の目をしたその青年は、店の中というのに口元まで隠れる大きなマフラーでぐるぐる巻きにしている。
三白眼でにやっと笑い、手酌をしてきた。
「今日来た、旅の手品師デスよ」
──妙な訛りだ。
職業柄怪しい人物に対する目が自然厳しくなってしまう。
「手品だと?」
「エエ。この水晶、薔薇にしてみせまショウ。3、2、1……」
ぱっと手に薔薇の細工が現れるのを、ブレイズは半眼で見つめた。
「……お前、それは錬金術だろう」
「ん? オッサン、知ってるノカ」
「おっさん……?!」
店主が顔を引きつらせた。
「まさか、ブレイズ=ディーズリー様を知らんのか?! いくらなんでも」
「……イヤ、名前は聞いたことあるマス」
青年は鋭い目つきでニヤリと笑った。いや、口元が見えないのだが、凶悪な笑みを浮かべている目つきに見えた。
「黒髪のチビを唯一退けた人間、ダロ」
(…………)
変な言い方だ。どこで聞けばそんな目線の情報になる。
ブレイズを知らないだけなら、他領のゴロツキでもあり得るが、ラズを知り相当評価する者となると、小人の勢力か、あるいは。
「──お前、竜人だな」
余計な騒ぎにならないよう、相手にだけ聞こえる低い小さな声で問いかける。青年は眉を動かした。
対外の軍事行動は軍務卿の管轄なので、ヘルプでしか参戦したことはないが、この青年の雰囲気はその時戦った竜人のものに酷似している。
「……は? なんで、そうナル?」
青年は点目でブレイズを見つめた。
心なしか、焦った声色だった。構わずに、ブレイズは問いかける。
「なんで竜人が街にいる。黒髪の味方なのか、敵なのか、どっちだ」
「────……」
青年は頭を掻いた。思案するように目が泳いでいる。
「どっちも、ノーだ。ただの、物好きな手品師」
「嘘つけ、どう見てもお前は武闘派だろうが」
「は? ブドウ? 俺はワインより芋の方が……」
「おいコラ。とぼけんな」
本当に竜人なのだとしたら、竜人が仕向けたスパイだということになる。
ことによってはここで取り押さえなければならない。
青年はゆっくり立ち上がった。
「ったく、ツいてる」
険悪なムードに似合わない、どこか高揚したような声。
「どこへ行くつもりだ?」
「店ん中じゃ迷惑ダロ」
「──お前が抵抗しなければいい話だ」
ブレイズもにやりと笑った。こういう奴は嫌いではない。──しかし、乗ってやる義理はない。
「捕まる訳にはいかないからナ」
そう言って青年が一歩踏み出した瞬間、ブレイズは足をかけた。
「──!?」
反応しきれず体勢を崩した青年はしかし素早く手をついて立て直そうとする。──いい動きだが、まだまだ甘い。
その手首を捻り、背中に馬乗りして、首筋に剣の切っ先を突きつけた。
「ブレイズ様!?」
ようやく事態に気が付いた店主が慌てる。
「まだだ。すまんが詰所に通報してくれ」
店内が慌ただしくなった。
青年は目を白黒させて、何とか束縛から逃れようとする。
「錬金術は気配で分かる。使うなら殺すぞ」
耳元でささやくと、青年はギリ、と歯噛みし顔を歪ませた。その手に握りこんでいた透明な石が床に落ちるてからんと乾いた音を立てる。
憲兵の到着まで、まだ少し時間がかかりそうだ。
ややあって、聞き覚えのある声がかけられた。
「……物騒ですね」
「なんだ、こんな時に。……久しぶりだな」
視線を向けた先、酒場の入り口に年の近い男が立っていた。
「ええ、ご無沙汰してます」
癖のある短い黒髪にプラチナの双眸をもつ男──レノは、落ち着いた笑みのまま、数歩進んでしゃがみ込んだ。
その目線は、ブレイズではなく、──竜人の青年に向けられている?
「シャル、何をしたんですか?」
「何もしてナイ!!」
「……お前ら、知り合いなのか?」
驚いて尋ねると、レノは苦笑した。
「今は旅の連れです。たぶん、害はないので、離しても大丈夫ですよ」
「……む。どういうことだ」
「店を変えませんか?」
「…………」
少し考えた末、ブレイズはシャルと呼ばれた青年を解放した。
このレノという男はただの飲み仲間ではあるが、ブレイズは一目置いている。
冷静で合理的……彼が放せと言うならば、何か自分を納得させる事情があるはずだ。
地区の警備兵に勘違いだったとごまかし、三人はレノが選んだ外壁近くの酒場に入り直した。
人気がなく、秘密の話をするにはもってこいの雰囲気の店だ。
「……で、説明してくれるんだろうな?」
涼しい顔で酒を口にするレノをジト目で見ると、彼は薄く笑った。
「シャルを取り押さえようとしたのは、竜人だと気付いたからですよね?」
「ああ。今は間諜を泳がすような余裕はないからな」
「カンチョー?」
「君の仕事のことですよ」
「っておい……本当にそうなのかよ」
では、それでもこの青年を捕まえて欲しくない理由があるのだろうか。
「旅の連れ、と言ったな。ラズもか?」
「ええ」
レノはあっさりと肯定した。
「……オイ、言っていいノカ? コイツ、敵かもしれないダロ」
「それはないでしょう。君はラズの人を見る目が信じられないんですか?」
「強いヤツが、弱いヤツに協力するなんて、裏があるダロ、普通」
「……どういう理屈だ?」
「さあ」
半眼で問うと、レノも肩を竦めた。
つまりもしブレイズがラズの敵だった場合に、味方だと正直に答えて竜人と小人が繋がっていることを感づかれてはならないと考えたから、最初の質問に答えなかったということのようだ。
「──まあいい、だいたい分かった。しかし、小人だけでも厄介なのに、竜人か」
軍の撃退から二週間足らずで街を訪れたラズは、今日発つと言っていた。
領の情報を集めるなら、もう少し長居してもいいはずだ。
だとしたら、どこに向かっているのか。
「これから山地に行くつもりなんだろう? ……交渉をしに」
「話になればいいんですけどねえ。何しろ竜人は人間とは相容れない考え方をする種族ですから」
レノはちらりと横目で竜人の青年を見た。
「そういや、人間の言葉を話す竜人の話なんて初めて聞いたが、どうやって身につけたんだ?」
「兄貴の女が人間なんだヨ」
シャルグリート、という名前らしいその青年は酒を煽りながら言った。
「竜人と人間が? よくあるのか、そういうことは」
「昔から、時々ナ。人間の女をさらうんダ。大概すぐ牙の竜に食わすんだガ」
「は!?」
とんでもないことを言っている自覚がないのか、シャルグリートは平然と続ける。
「兄貴は大事にしてるデス。親父が何を言っても、護ってるからスゴイ」
「おや、君が強さ以外で人を評価するのを初めて聞きました」
「別にいいダロ! いい女を護れるのも強さダ」
「お前はいないのか? そういう女」
「──っ」
急に勢いをなくしてシャルグリートはがっくりうなだれた。
「ふられたばかりなんですよね」
レノがくっくっと笑った。
「くそー! お前が手を付けてなけれバ!!」
「誤解を招く言い方をしないでください。何もしてませんよ」
人をくったような笑みを浮かべる知己に、ブレイズは呆れた顔をした。
「お前は、顔は良いのに浮いた話がないな」
「そういうあなたこそ、家族を持つのに随分時間がかかってるじゃないですか」
「武者修行してる間に時間が経っちまったからな」
「御前試合でベスト4に入らないと、結婚を認めてもらえなかったんでしたっけ」
ブレイズは実は下級貴族の出で、婿養子だ。今の妻に見合うに立場になるために、好きな剣技をひたすら伸ばしたのだった。
「やっと幸せを得たと思ったのも十二年で終わっちまったがな」
思わずため息が出た。娘の未来すら護ってやれない、情けない有様をまざまざと自覚させられる。
「娘に脳筋って言われちまったよ。剣と正義だけじゃ、家族は護れん。だというのに、どう変わればいいかちっとも分からん」
「────?」
シャルグリートが神妙な顔をした。
レノが片眉を上げる。
「この半年で何があったんですか? あなたらしくもない」
レノが渡してきたショットグラスを一息で飲み干して、ブレイズはタン、とテーブルを叩いた。
「あー……くそ。いつもそうやって、体よく俺から情報をとれると思うなよ……! 結局、何者なんだ、お前は」
「本当に、ただの旅人ですよ」
この男とは、二年前に現れて以来、数ヶ月に一度、飲み比べをしていた。明確にそう約束した訳ではないが、その際に情報の交換をすることがよくあった。
彼が欲しがる情報は、この領についての一般的なことから、少し突っ込んだことまで様々で、最初は他領の諜報かと思ったが、次第に貴族崩れの遊び人か何かだと思うようになった。
それほど、話を聞いて特段何をしたい、という目的が見えないのだ。ただ瓦版を読むように、世情について知って、できるだけ火の粉のかからない身の振り方を考えているのだろう、という印象しかなかった。
小人たちの勢力に組みしているのは、ブレイズの知る彼の行動とは異なる。
「なんで小人やら竜人の側につく?」
レノは目を細めて笑い、手元のグラスを飲み干した。
「別に、その方都合が良さそうなので、成り行きで一緒にいるだけです」
「成り行きだと?」
「最初はラズに頼られて、道案内をしてただけなんですがねえ」
たしか、ラズの父親……谷の國の長が友人だ、と言っていたか。その話は酒の肴に一度聞いたことがある。どうせ仲の良い人間などいないだろうとからかった時、自分の子供に名前を欲しがられるくらいの間柄の友人がいると、彼は微妙な顔で笑って言っていた。
「子どもを育てたことはありませんが、そういう気分に近いかもしれません。すぐ危険に首を突っ込もうとするから、目が離せない。本当は放っておいた方がいいんでしょうけど、そうすると冗談じゃなく死んでしまいかねない」
「山地はそんなに危険なのか?」
「心配しすぎダロ。あいつより強いのは親父と兄貴くらいだロウし、人間と違って俺達は騙し討ちもしナイ」
「……」
レノは黙って酒を注いだ。
「杞憂ならそれにこしたことはないんです」
その横顔は、初めて見るものだったが、なんとなく共感を覚えてブレイズは頭を掻いた。
「……悪かったな、疑って」
「いいえ、慣れてます。……で、話す気になりました?」
少し笑みを取り戻し、レノはブレイズに酒を勧める。
「そうだな……思い切り愚痴になりそうだが」
彼は苦笑した。
「そんなこと、いつものことでしょう」
ブクマ、★評価、何卒宜しくお願いいたします!!




