旅と再会(7)……令嬢
ラズは目立たない裏口から屋敷の中へと案内された。
応接室に通されて程なくして、先程ピアニーが会わせたいと言っていた、ゲイルと覚しき人物が戸を開けて入ってくる。
「あ……!」
あのときは名前を聞いていなかったが、ブレイズの毒舌な副官だ。
三十代後半の紳士的な顔立ちをした彼は、若干緊張した面持ちでラズを見下ろす。
「ブレイズ様は会議でいないが、何の用件で?」
「あ、いえ、今回はただのご挨拶ですので、また改めさせていただこうと思っていました。……すみません、お騒がせして。ちなみに、リゼル……様もお忙しいですか?」
そう言うと、彼はどこかほっとした顔をした。──わざわざ尋ねてくるなんて、どんな無茶な要求をするつもりかと身構えていたのかもしれない。
「午後は訓練の予定だ。というか君が丁寧な言葉を使うと違和感があるな」
「あはは……私も慣れていませんので、お許し頂けるなら以前通りの方が有り難いです」
非公式とはいえピアニーがディーズリー家の客人と言ったからにはちゃんとしないとな、と思ったのだ。
「谷の國の長の子息、だったか」
「……その通りです」
ピアニーは少し驚いた様子で二人を見た。
黒髪の錬金術師が人間の子供だということは名前とともに既に公表されていたが、出身の情報はまだブレイズたちが握り潰しているようだ。
「それなら、小國とはいえ、立場は対等だろう」
「──既に存在しない國に、立場も権威もありませんよ」
だから兄は隣街で末端の兵士に身をやつしていた。國長の長男なんだから領主との面識も当然あるが、民がもう集まる見込みもないような國の長を守るメリットなど領にはない。
「……なるほどな。ピアニー」
「はい」
「彼からどう聞いたのかは知らないが、確かに我々は裏で彼らへの協力の意思を示している。ただし、表向きには存在しない話だ。だから彼は当家の客人にはならない」
「ゲイル様。私はそのお話、今初めてお伺いいたしましたわ」
ピアニーは上目遣いで彼女の父親が信を置く副官を見上げ、肩を竦めた。
「彼は私の病を治して下さったのです。今後も苦しむことはもうないと。お礼をいたさなければ失礼にあたりますわ。せめて、リゼル様にご挨拶できるように計らって差し上げられません?」
彼女はニコリと微笑む。彼はふむ、と顎に手を当てた。
「訓練場の第二棟は午後は古参のみとなっている。子供が見学に行っても問題ないだろう。つまり、ピアニーは体調はもういいのか」
「はい!」
「では二人で行ってきなさい。ただし、君は名前を伏せておけ」
ラズは頷いた。
髪を染めた姿で名前を名乗ったのはピアニーと従者に対してだけだ。寒いので顔の半分はマフラーに埋めているし、名前を伏せて錬金術を使わなければ多分ばれないだろう。
「分かりました。感謝いたします」
「もう敬語はいらんぞ」
「……はーい。それにしても、ゲイルさんは敬語のイメージが強いからそっちでないと違和感があるなあ」
「はは、生意気な子だ」
ゲイルは目を細めて笑った。
「ラズ……じゃなくてなんて呼んだらいいかしら」
ピアニーが首を傾げる。
「じゃあ……レイ」
これは、双子の弟につけられるはずの名前だった。レノのもう一つの名前、『ラズレイド』をそのまま分けて付けようとしたことがよく分かる。
その後、ピアニーが昼食を食べるのを待ってから訓練場にいくことになった。そのため少しの間手持ち無沙汰になったラズは応接室を見学することにした。
ソファの正面に飾られた絵画は、やたら古そうで、竜と戦う騎士の姿が描かれている。
(この家、そんなに古くて由緒ある家なのかな)
家紋が入った鎧が目に入った。時々見かける領の紋と似ているが、少し違うデザインとなっている。
(領主家の家紋と似せるのって、一介の騎士家に許されるのかな。よっぽど忠誠を誓ってるとか?)
対外向けの軍組織は、領主──リーサス家、対内向けの憲兵隊がこのディーズリー家。何か特殊な事情があるのかもしれない。
勝手に想像しながら眺めていると、廊下からパタパタと足音が聞こえた。
食事と着替えを終えたらしいピアニーが顔を出す。
「ラ……レイ! お待たせしてごめんなさい!」
「はやっ。もっとゆっくりしてていいのに」
「……気にしないで、ほら、行きましょ」
心底楽しそうに、彼女は笑った。
歩いて五分もかからない場所にある訓練場に着いてマフラーを取ると、その場の兵士たちがどっと湧いた。
わざとらしく名乗ると、金髪碧眼の若い貴族がニヤニヤしながら正面に立つ。
「おいおい、堂々としてんなあ、レイ?」
「せっかく寄ったので遊びに来ました、リゼル様」
「しかもピアニー嬢まで味方につけて……お前、女たらしの才能あるかもな」
「え、と?」
「ん? お子ちゃまにはまだ早いか?」
「……うん。あんま興味ない」
──いや、参考に聞いておいた方がいいのかもしれないが、少なくとも今ではない。
ピアニー当人はこちらの会話は聞こえていない様子で、壁にかかった武具類を物色している。先程ブレイズの副官は『見学』と言っていたが、彼女は迷いなく防具を手に取った。
「レイは、お父様に稽古をつけて欲しかったのよね? だったら、一戦しない?」
胸当ての紐をぎゅっと締めて、華やかに笑う。長くてウェーブがかった綺麗な髪を頭の後ろの高い位置でまとめると、急に雰囲気が変わって見えた。
金髪貴族が慌てて手を振る。
「やめとけ、ピアニー嬢。こいつはブレイズ様と互角に戦うバケモンだぞ」
「ううん、術はあんまり……使わない。だから、リゼルさんに勝てるかどうかも怪しいよ」
──使わない、ではなく実戦で使えるレベルにないのだが、それは悔しいから口にしない。
「ここでは使っても大丈夫よ? 私で相手になるかは分からないけれど」
言いながら彼女は訓練場の囲いの中心に立つ。大きな瞳がきらきらと輝く。その手には、レイピアを模した木剣。
彼女は戦う気満々らしい。結局、雰囲気に押され、細身の木剣を借りラズは彼女の前に立たされた。金髪の貴族に「手加減しろよ」と囁かれる。しかし、友達が剣の試合をしようと言ってるのに、身分やら性別やらで本気を出さないなんてそんな失礼なことをするつもりはない。
す、と木剣を正面に構える。
「よろしくね」
半身で構えていたピアニーがにこっと笑った。そして、優雅に踏み込む──
「──っわ」
受け止めようとしたときには切先が既に肩口に迫っていた。弾くのは無理だ──身体を捻って回避するしかない。
その思考を読んでいたかのように彼女は木剣を手元に引き寄せ、次の突きを繰り出す。
「──ッく」
本調子なら捌けるような剣の応酬も、目では追えても身体が動かない。
ぶつかった木剣がカンッと乾いた音をたてた。彼女はうまく反動を逃し、瞬く間に攻撃に移る。
──押されている。
可憐な見た目と裏腹に、ラズより遥かに──洗練された剣技。
カァァン……!
一際、大きな音。ラズの手から離れた木剣が床に落ちる前に、ピアニーの木剣の切先が、鼻先に突きつけられる。
「──……参りました」
彼女はにこっと笑った。最初会った時と何一つ変わらない、花が咲くような華やかな笑み。
「驚いたって顔をしているわ」
「だって、ここまでとは思わなかった」
「まあ、よっぽど自信があったのね?」
「同年代で兄様以外に負けたこと、なかったし」
──悔しいが、負けは負けだ。
ラズは一歩下がって礼をとる。
「ありがとうございました」
──強くなりたくて訪ねたのだ。強い人との手合わせはむしろ望むべきこと。女々しく引きずるつもりなどない。
剣を下ろした彼女は少し意外そうな顔をした。
「もっと悔しがるのかと思っていたわ……私なら、負けたら躍起になってしまうもの」
「うん。肝心な時に大事なものを貫ければ、今勝てなくていい……かな」
勝つことが全て、と連れの竜人シャルグリートならそう言うだろうが。その心は眩しくとも、どうもラズ自身はそれでは熱くなれないのだ。
「ふうん……、それも、素敵ね」
ラズの返答に、ピアニーは目元を緩めて柔らかい笑みを浮かべた。
ぽん、と金髪の青年貴族がラズの背中を叩く。
「おっし、 負けた奴は素振り一万回な、レイ」
「ええっ!? 一桁多くない!?」
「んん? ディーズリーの型を見て行きたかったんじゃなかったのか?」
うっと詰まってから、ラズは観念して木剣を握り直した。
「……励ませていただきます……」
それからラズは夕方までの間、ディーズリーの剣術を教わりつつ古参の兵士たちの訓練に混じらせてもらった。素振りや講義のあと、一対一で技を試す繰り返しだが、なかなか面白い。
ざっと教えてもらった後は模擬戦が始まった。ちなみに、素振り一万回は半分くらい宿題になった。
あくまで体感だが、ピアニーと金髪の青年が二強、おそらくシャルグリートともいい勝負をする技量で、古参の兵の最弱がノイ……小人最強と同じくらいだろうか。最弱と言っても並の兵士なら数人同時に相手にできるくらいの実力がある。
まだレノに貰った輝石に慣れず、身体の強化もままならないラズは、集まっていた約三十人の中で中程の技量といったところか。
術を使わないことに徹しても修行にならないので、少しずつ身体の強化を試すこと数時間。最初は勝てなかった古参の精鋭を負かせるようになってきた。
対戦相手の中年の中隊長は腰を床につけたまま唖然とラズを見上げた。
「なんで……そんな急に強くなるものか?」
「うーん。ディーズリーの剣術って正面からの定石には強いけど、回り込まれると弱いかな。分かってくれば対策できるし」
「回り込もうと思っても、普通はできんだろ……小さいと得だな」
「あ、ひどい」
顎髭を蓄えたその中隊長はがははと笑った。
もともと術で底上げしてもっと速いペースで戦っているため、ラズは動体視力がいい。相手を観察してそれを崩す戦略を練る、というのがラズの戦い方である。──尤も、厄介なことに、どうやらラズ以上にそれに長けた剣士がこの場にもう一人いるのだが。
「……ピアニー、もっかいやってもらっていい?」
「もう九回目なのに、めげないのね。でも、そういうの結構好きよ」
ピアニーは楽しそうに木剣を構えた。
† † †
壁際で、金髪の青年貴族をはじめやる気がやや足りない兵士が見物しながらだべっている。
「──の中隊はまた怪物の討伐か? 最近多いな」
「傭兵が東に流れるもんで、その分の仕事が回ってくるんだよ」
「南東の盗賊団も勢力を増してるって言うし、こうして集まれる人数が日に日に減ってくな」
「ああ、俺も来週あたりからその南東に遠征だ。──それにしてもあいつら、元気だなぁ……」
「ピアニー嬢って今日寝込んでるって話じゃなかったっけ」
「治したんだってよ、レイが。礼がしたいって言ってたから、そのつもりなんだろ」
「──そうか。まあ、俺たちにとってこれ以上ないくらい嬉しいことだな」
† † †
そんな外野の話は耳に届かないくらい、ラズとピアニーの模擬戦は白熱していた。
ピアニーの剣術は細剣による高速の突きだ。
ラズはそれよりもやや剣身の幅が広いものをよく使う。
身体に術をかければ小柄なラズでも大人と同じぐらいの重みと速さで振り抜けるので不自由はないのだが、その手段が取れないとなると、ピアニーの剣の使い方はとても参考になった。
「動きが良くなってきたわね……!」
「一本とれなきゃ帰れないし!」
最終的には、夕方の刻限ぎりぎりに、奇跡的などんでん返しで一本とれた。
「お邪魔しました……って、あ、ブレイズさん」
ラズが借りた防具を磨き終わった頃、ようやく訓練場にブレイズが姿を見せた。副官から事情は聞いているらしく、ラズを見ても驚かない。
会議からそのまま来たらしく、貴族らしいジャケットを羽織っている。
「くそっ……座りっぱなしで最悪だった」
「ご愁傷様ですわ」
ピアニーが少しツンとした態度を取った。
「ピアニー、身体はいいのか」
「おかげさまで、肩凝りのお父様より、元気だと思います」
「そ、そうか……」
娘にたじたじのブレイズが見られてちょっと面白い。
「ブレイズさん、すれ違いでごめんなさい。皆さんにはお世話になりました」
「おう、また来いよ。とりあえずはお前らの望み通りになっている」
「──ま、先は長いよね」
ラズが嘆息して戸口に立つと、ピアニーがぱたぱたと走ってきた。
そして、ぎゅっと両手でラズの手を握り込み、大きな瞳を揺らめかせて笑った。
「また会えるのを楽しみにしてるわ。必ず、元気でね」
「うん、ピアニーも。今日はとっても楽しかったよ。またね」
ラズも笑い返した。
たぶん次は彼女のことを忘れることはないだろう。
† † †
ブレイズは娘がラズの手を握るのを見て木剣を取り落としそうになった。
「おい、ちょっと、あれはどうなってるんだ」
金髪の青年が楽しそうに笑う。
「ピアニー嬢も女の子らしくなりましたからねえ。まるで恋する姫君だ」
「な、ん、だ、と……!! くそ、あいつめ、次はただじゃおかん……!!!」
「余計嫌われますよ、伯父貴」
ブクマ、★評価、何卒よろしくお願いいたします。




