旅と再会(6)……令嬢
「あなたはこれからどうするつもりなの?」
「ブレイズさんに挨拶……ってうか本当は稽古つけてもらいたかったんだけど、会議で忙しいなら難しそうだね。リゼルさんに会いにいこうかな」
ピアニーは目を丸くした。
「お父様やリゼル様と仲がいいの?」
(……聞いてないんだ)
余計なことを知ると危険が及ぶかもしれないからだろうか。
それならあまり滅多なことは言わないほうがいいかもしれない。
「……前に、良くしてもらったんだ」
それだけ答えると、ピアニーは瞬きして首を傾げた。
「リゼル様なら、城の詰所か憲兵隊の訓練所だわ。ゲイル様に聞くのが確実だけれど……。でもそうじゃなくて、私が聞きたかったのは、しばらく街にいるの?という話よ」
「今日のうちにこの街をでるよ。次にここに寄るとしたら、一ヶ月以上先になるかな」
「そう……」
ピアニーは少し残念そうに口ごもる。
「……あ、そうだ」
話が途切れたので、ラズは治療を中断し、首からかけて服の中に隠していた自分の輝石を外した。
「ちょっとだけ、持ってみてくれない?」
リンドウとレノの輝石を無造作に紐に通したそれをピアニーに差し出す。
「なあに、これ?」
座ったまま、半身をこちらに向け受け取り、ピアニーは目をぱちくりさせた。
「──……」
対するラズは驚き半分、嬉しさ半分の気持ちで彼女の身体から生命力の漏洩が止まるのを見つめていた。
「二個の石のうち、持ってたいと思うのはどっち?」
「……? ええと……」
ピアニーは困惑した表情のまま、ラズの体温が残る翡翠石と、すぐに冷たくなった白銀の鱗を見比べた。
「こちらの、方かしら」
翠の石を指差す。
「分かった、ありがとう。貸して」
ラズは返してもらった輝石を短剣で小さく切り出した。
リンドウは今回の旅に出る前に、もうこれをラズにくれると言っていたし、帰ったら伝えて赦しをもらおう。
彼女はラズの短剣の柄についた飾りを見て微笑んだ。
「そのおまじない、使ってくれてるのね」
「え、……あ、うん、これ。ありがとう」
前回、別れ際に貰ったおまじないの腕飾りのことだ。会って一時間の相手からもらったものを手首に巻くことはさすがになく、護身用の短剣の柄に飾りとしてつけていた。
しかし、そんなに嬉しそうにされると、剣の柄などにつけて今までほとんど忘れていたことに罪悪感が湧く。
「……強引だったな、って反省していたの」
「そんなこと……ないよ。──ね、身につけやすいアクセサリーって何?」
「指輪……かしら。もしかして、それで作ってくれるの?」
「うん。どの指にする?」
彼女は少し考えて、左の小指を示した。
「──そういえば、なんであのとき、初対面の僕におまじないをくれたの?」
ごく小さな翡翠石に、売れ残ったアクセサリーの銀を少しあしらって小さな指輪に加工していく。
サイズを見るため手に触れたとき、その手に剣だこがあったので、邪魔にならないようシンプルな形状で。
それだけ作るのにいつもの何倍も時間がかかってしまったが、ピアニーは興味深そうにじっと見ていた。
「だって、同い年なのにかっこいいなと思ったの」
「……え」
初めて言われた言葉に、ラズは目をぱちくりさせた。
故郷で年下の幼友達に言われたのとちょっと違う感じがする。ちなみに、年上の女の子には可愛いと言われてきた。かっこいいという言葉が似合うのは兄というイメージだ。
「……君みたいな人にそんな風に言ってもらえると、自信が湧くよ」
小さな小指に指輪を通し、ピアニーは微妙な顔で微笑んだ。少し、期待と違う返答をしてしまったらしい。
「──そういや、喉、楽になった?」
「ええ、とっても! 暖かいし……素敵な力ね」
「君も使えるようになるよ」
「え……本当?」
「うん。時間、大丈夫なら、少し、基礎を教えてあげよっか?」
「わあ、嬉しい! どうせ今日は療養でお稽古は全部休みなの」
ピアニーは感情表現が豊かで、ラズの周りにはいないタイプだ。喜んでくれているのが分かって気持ちが和らぐ。
「錬金術師は、その石……輝石がなかったら術が使えない」
故郷で年下の子供たち相手にはじめて講義したことを思い出す。あのときは何から説明したらいいか分かっていなくて堂々巡りしてしまった。
「それに、才能がある人ほど、術の元となる生命力が身体の外にたくさん流れ出てしまうから、輝石でコントロールしないと身体が弱くなっちゃうんだ。根本的な弱点だから、術師以外にはあまり言わないことになってる」
十年も、身体が弱い理由が石ころ一つ持たなかったからと言われるともっとショックを受けるかと思ったが、彼女は意外にも瞬きを一つしただけだった。
「……続けて」
「今、身体を循環している生命力を感じられるかな。この空気を温めている僕の気の波動が感じられるなら、できるかと思うんだけど」
「……ええ」
「じゃあ……これ持ってみて」
ここに来る前に売店で買った赤い果物を取り出して、ピアニーに手渡した。
「この果物は、何でできているでしょう? 循環する気をじわじわと果物に向けるんだ。虫眼鏡で見るように探っていく」
錬金術の理解は直感的なものだ。化学の知識があればより精密な理解が可能だが、なくてもある程度の術の行使ができる。
「どんな果物か理解したと思えたら、それをどうしたいか考えてみて」
「ええとね、温めたいわ。焼いたら美味しいの、とても」
「じゃあ、手の中の果物がそうなっていくのを想像してみて」
集中する彼女の手にラズもそっと術をかける。熱を発生させるのは基礎中の基礎だが、最初は間違いなく火傷する。
じゅうう、と果物の皮がふやけ、中の黄色い身がオレンジ色に変わった。豊潤な香りが辺りに漂う。
ラズは目を瞬かせた。
「なにこれ、焼いたらこんなになるっけ?」
だいたいは生で食べるのですっかり忘れていたが、時々母が作ってくれたパイに入っていたものもこんな香りだったことを思い出す。
「弱火でじっくり火を入れたらとても甘くなるの」
ふふ、とピアニーは笑った。
「手を、火傷しないように守ってくれたのよね」
彼女は熱いままの果物をラズに渡した。それから大事そうに自分の手を胸に当てる。
「初めてできるなんて、すごいね」
もともと才能があったのだろうが、リンドウの輝石はかなり彼女に合っているのかもしれない。
「教え方が上手なのよ。……もうすぐお昼なのに、それ、どうしようかしら。間食してしまったらティーヤのお料理が美味しくなくなっちゃうわ」
「あはは、じゃ、僕がもらっちゃっていい?」
「ええ、それはもちろん」
ラズがそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
「ありがとう! ──続きだけど、さっきのが基本の流れ。あと三つだけ伝えておくね」
「基本というのは、理解して、イメージしたら変化する、ということね」
「そう。一つめが、輝石には相性があるってこと。リン姉の輝石がたまたま近かったみたいだけど、ちゃんと自分に合う輝石を探すほうがいいと思う。相性がいい輝石は触れたら分かるから、ちょくちょく試してみて」
ちなみに、輝石の大きさはあまり影響しないので、複数に分けて予備としたり、持ち歩き易く加工しておくことが多い。
「二つめは、今回は生命力を熱に変えたけど、本来何にでも変わるってこと。だから例えば念動力みたいな使い方もできる。人によって得意不得意があるけど……」
ピアニーは勉強するときは真面目な生徒なんだろう。真剣な目で聞いている。
「三つめは、さっき、手の平から術を使ったけど、それはイメージしやすいからそうしただけで、別に制限はないんだ。疲れるし難しいけど、身体から離れたところにも術を使おうと思えばできる」
最後の項目は通常は暴走への注意だが、レノが教えてくれた波動の話に変えた。
「最後に……慎重に練習しないと、怪我するから気をつけてね」
「ええ。私もだてに剣をやっていないから、そこは大丈夫よ」
彼女は落ち着いた表情で頷いた。──剣。ブレイズの娘だから、実はかなり練度が高かったりするのだろうか。そう言えば屋敷から飛び降りた身のこなしはとても滑らかだった。
見るからに美味しそうな果実を一口頬張って、ラズは一息ついた。
「すごく美味しい。さてと……」
遠目に、彼女の従者と思しき老人が駆けてくるのが見える。
「怒られそうだなあ……」
今更逃げてももう遅い。
「大丈夫よぉ。誰がどう見ても私が悪いわ」
彼女はゆるく笑った。
「ピアニー様! さすがに病床から消えられたら肝が冷えます!」
「心配をかけてごめんなさい。こちらの方、ディーズリー家のお客様としてお迎えしてください。それから、ゲイル様にご連絡をお願いします」
「……え、ちょっと」
ラズは急な話に驚いた。
ピアニーは立ち上がりながら、上目遣いにラズを覗き込んだ。
「身体の不調が嘘みたいになくなったわ。もう苦しまなくていいなんて────ここまでしてもらって、何もお返ししない訳にはいかないもの。せめてリゼル様に会えるように、お手伝いさせて?」
初老の剣士は一瞬困惑した顔をしたが、すぐに頭を恭しく下げた。
「──承知いたしました。ラズ殿、こちらへ」
ピアニー様落書き
https://twitter.com/azure_kitten/status/1294458302726725632?s=21




