旅と再会(4)……令嬢
荒地にくるぶし丈の枯れ草が目立つようになった頃、それを感じた。
『ウィリ、ここでも術は使えそう?』
『え? ええ。何も問題ないわ。急に何?』
ラズの問いに、彼女は掌の上につむじ風を起こしてみせる。
『荒野を出たんだよ』
彼女は驚いた顔をして、辺りを見回した。
『そういえば、景色が違うわね……』
これで、輝石があれば小人も荒野の外で術が使えることが立証された。
一方ラズ自身について、荒野を出たらどうなるのか分かっていなかった。
ラズは今、二つの輝石を持っている。リンドウのものと、レノのもの。二つとも、まとめて紐に通して首にかけ、服の中にしまってある。
(この感じ……リン姉の輝石の時と同じで、威力を出そうとしたら、疲れそうだな。物質の理解や生成とかコントロール面は問題なさそう……?)
身体能力の底上げはいつも通りできるが、強い踏み込みや、大規模な分解、大きくて強固な壁を作ったり、大怪我を治すといったことをするとすぐにバテそうだ。
(いや、理解やコントロールも、ちょっと乱れやすいかも)
実際戦うとどういう状態なのか知っておきたかったラズは、夕食の後、ラズはシャルグリートを模擬戦に誘った。
「もし負けたら、シャルグリートさん呼びに逆戻りとか言う?」
「バカか。めんどくせ。どうせなら次は様つけロ」
「えー、やだな」
十歩ほどの距離で見合い、レノが出す合図を待つ。
ウィリは少し離れた所で見物している。その隣には、シヴィの民の少女、ビズがいる。ファナ=ノアが人間に囚われた時に、救出を手助けしてくれた、人間の言葉も話せる小人だ。
『毎朝毎晩、よく飽きないわよね』
『それだけ真剣なんだよ、ラズは』
『──ビズって、良く見てるよねえ』
『ラズは初めて会った日、泣いてたし……』
つい三週間前のことだ。蒸し返されると恥ずかしくなる。
『待ってビズ! 言わないでくれるとすごく嬉しい!』
ラズが慌てて言うと、彼女はくすくす笑った。
隣で、もう一人着いてきていた女性の小人が首を傾げる。
『大丈夫。私たちに泣いてああ言ったのは、あなたが初めてじゃないから』
『あー、ビズ! それは黙っててって言われてるでしょー』
ウィリが笑いながらビズに注意した。
『……誰の話?』
女性陣の会話にラズがまた口を挟むと、シャルグリートが不機嫌な顔をした。
「オイコラ、集中シロよ」
「……ごめん」
ラズは改めて剣を構え直した。
姿勢を下げて身体の左横に刃を据える。すぐにふり抜けるよう切っ先は後ろ向きだ。
幅が狭く軽い剣を選ぶので片手でも持てるが、基本的には反対の手を添える。
荒野を出る前からずっと、身体能力を底上げする術を使い続けている。今は安定しているが……実践で維持できるだろうか。
「では──はじめ」
レノが静かに合図すると同時に、シャルグリートが先手を打って踏み出した。
その拳を右に避けつつ剣を横に凪ぐ。
「どうわ!」
想像していたより速い動きに驚いて、シャルグリートはとっさに水晶を使って弾いた。
(────っ)
驚いたのはラズも同じだ。一つ一つの動きの勢いがイメージより激しい。
(身体が振り回されるっ──!)
ギリギリで辻褄を合わせてシャルグリートのカウンターを剣で防ぐ。
(連撃されたら、防ぎきれない)
ぱっと後ろに下がろうとするが、いつもの感覚で地面を蹴ろうとすると、今度は力がうまく出なくてそれほど下がれない。
「やばっ……」
『もらった!』
「……っ、ここで負けるのは絶対嫌だ!」
下がれないなら、防ぐまでだ。大振りになった拳の軌道上に、振動を纏わせた剣の腹を持っていく。
ギィン!
シャルグリートの水晶のナックルがあっけなく砕けた。
『!!』
このパターンは初めてだ。今まで制御できる安全な威力の範囲でしか使っていなかったのが、術の出力が安定していないことで思わぬ発見かもしれない。
剣の振動を解いて、剣の腹でシャルグリートの肩を打つ。剣の試合なら、これで勝負ありだ。
シャルグリートは悔しそうに顔を歪めて後ろに跳んだ。
「そこまでにしましょう」
レノが割って入る。
「まだ大丈夫だけど……」
「その息のあがりようで?」
「……!」
そう言われて、ラズはどっと全身の疲れを自覚した。
「まずはコントロールを掴み直さないと、すぐにバテて戦いどころじゃないですよ。あと、術の威力に頼らない工夫もしたほうがいいかもしれませんね」
「──分かった」
『くっそー、動き足りねー! 相手してくれよ、レノ!!』
『嫌です。君、相手しても結局怒るじゃないですか』
シャルグリートが竜人の言葉で何か言ったがレノはそっけなく返す。
あれから時々、レノはシャルグリートの相手をすることがあった。
しかし当たらないし反撃がこないのでシャルグリートはすぐ怒った。一度、レノが投げ技を披露すると、今度はあっさり負けたことに余計ムキになっていた。
(旅で同行することになってから、シャルにもちょっと優しくなったな、レノ)
続けて何事か話し、またシャルグリートが頭を掻き毟って悔しがるのを横目に見て、少し笑みが溢れた。
明日の朝には人間の街に着くだろう。
領主が住むその街に入るためには、八カ所にある関所のいずれかを通る必要がある。
外壁に動物が通る穴が空いているので以前はそこから入ったが、今は埋められているようだった。
「レノ、保護者役でついて来てくれる?」
ラズの頼みに、レノは少し考えてから首肯した。
その後、ウィリたちとシャルグリートを街の外れの岩窟に残し、ラズ、それからレノと小人の少女ビズの三人で関所に向かうことになった。
関所の管理は憲兵隊──先日の派兵の時に仲良くなった人たちが何人かいるはずだが、残念ながら今回は見覚えのない兵士ばかりだった。
「そこのガキ、帽子をとれ」
兵士に声をかけられ、小人の少女はびくりとする。目深に被った帽子に、ゆったり編んだ三つ編みで小人の特徴である尖った耳を隠しているが、改められたら小人であることがバレてしまう。
「やれやれ、穏便に通りたいのですが……」
レノは頭を振った。それから声を潜めて兵士に何か耳打ちした。
「む……そうか。証拠となるものは?」
「これでいいですか」
レノが何か見せると、兵士はすんなりと通してくれた。
「──どうやったの?」
「彼女は奴隷で、鋼務卿……エンデイズ男爵に引き渡しに行くところだと言ったんですよ。かの人物の悪趣味は有名で、邪魔しようものなら面倒なことになる」
「……ふうん。証拠って?」
気分の悪い嘘だ。小人の少女が嫌な顔をした。
「前にこの辺に住んでいたときに、領内の商人の証紋を取得していたので、それを見せただけです」
何にせよレノのおかげで無事に入れたことには変わりないが、黙り込んだ小人の少女の表情は固いままだ。
「……ビズ、大丈夫?」
「──平気。前と同じで、別行動でいい。夕方に広場ね」
そう言って彼女はさっさと職人街の方向へ消えていった。
早くレノと離れたかったのかもしれない。ラズたちと会う前は、鋼務卿の奴隷を助けに行っていたという話だから、思うところがあって当たり前だろう。
「レノって時々発想がダークだよね」
「私は君たちと違って、正義の味方じゃありませんから」
「わざわざ、悪ぶることないのに」
「事実ですし──。私は状況によっては、殺戮に加担することだってあるんですよ」
「──でも、レノは別にそういうこと好きって訳じゃないでしょ」
ラズがそう言うと、レノは苦笑した。
「……私は久々に街に入ったので、適当にぶらつこうと思います。君も行きたいところがあるでしょう」
「あ、うん。夕方に広場でね」
彼と別れ、ラズは人々の話に耳をそばだてるようにして大通りを歩く。
荒野から軍が戻ったのは数日前で、街の人々は小人への脅威で恐々としているようだった。
人的損害がなかったとはいえ、遠征費用はまるまる損失だ。加えて、東への遠征のための資金を捻り出すために、冬の最中に税金が上がるのではと、連日領主の沙汰に怯えていた。
(小人たちへの印象は、最悪のままか──。仕方ないか)
一方で、一部の商人たちからは柔軟な意見もちらほら聞かれた。
道中で作った宝石やアクセサリーをお金に変えつつ話を聞いていると、小人との取引により珍しい品や資源が得られれば東に売りに行けるので、潤う可能性もあるんじゃないか、という商人もいた。
話を聞きながら、食べ物を適当に買って街の中をぶらつく。
森の国の巨人討伐の続報はなかった。
地図は前回来た時に頭に入っている。遠回りして街の人と話をしながら、ラズは憲兵隊の兵舎がある方面に向かっていた。
(……ここがブレイズさんのお屋敷か)
憲兵隊の総隊長、警務卿ブレイズ=ディーズリー。
その屋敷の庭は中にあるらしく、高い石壁のすぐ先に建物が建っている。そこまで広くはないが、古く高さのあるしっかりした作りだ。
軍事系統の総隊長をするということは地位の高い貴族なのだろうと予想はしていたが、想像を超える荘厳な出立ちにたじろいでしまう。
(憲兵隊の兵舎は、この先すぐ……)
ここまで来ておいてなんだが、変な騒ぎにはしたくないので、顔を出すかどうか迷う。なんとかブレイズだけに会う方法があればいいのだが。
とりあえずそちらに足を向けたとき、頭上から小さな声が降ってきた。
「待ってっ……、ごほっ」
この辺りから、竜人の言葉も『』で書いてます。
ラズ視点では分からないはずの言語ですが、ラズは雰囲気で会話の内容を予想して聞いている、と捉えてください。




