旅と再会(2)……双子
竜人の郷へは翌々日発つことに決まり、その前日ラズはリンドウの引越しの手伝いとして、彼女と二人、少ない荷物を運んだ。
ソリティの隣の洞は、シヴィの家の真反対、郷の一番端にある。日当たりがあまりよく無くて、地面からわずかに水分が染み出しており、荒野に珍しく苔が生えていた。
「……ここ?」
じめじめ、という言葉がふさわしい、あまりパッとしない場所だ。
「そう。この苔、夜になったら光るんだよ」
リンドウは嬉しそうに言った。まあ、気に入っているなら何よりだ。
その帰り道、教会の中庭にファナ=ノアの姿があるのに気がついて、ラズは声をかけた。
「ファナってその場所、好きなの?」
ファナ=ノアは顔を上げて微笑んだ。
「それもあるが、ここは所謂パワースポット、なんだ」
「?」
ファナ=ノアが場所を開けて手招きする。
腕を上げると、肘から先に蔦のような形状の銀と黒の腕輪が袖から垣間見えた。輝石を加工したもののようだ。
ラズはその場所に立ってみて、驚いた。
「うわ……不思議な感覚」
術で消費する生命エネルギーに似た何かが足元から溢れ出て、ともすれば身体に入り込んでくる。自分のものではないので少し気持ち悪いが、これを利用して術を使えば何倍か威力が出そうだ。
「ここだと治りも早いし、荒野を広く見渡せる」
だから以前、体調をおしてタキの郷を『視た』とき、ここにいたのか、とラズは納得した。
(そういや、旅立つ前に聞いておかないと)
ファナ=ノアとゆっくり話ができるのはこれが最後かもしれない。
「……ところで、変なこと訊いてもいい?」
ラズがそう言うと、ファナ=ノアはなぜか変な顔をした。少し焦っているような、珍しい表情だ。
「え、あ、うん。なんだ?」
「僕、昔から、ファナがいる方向が、なんとなく分かるんだ。どうしてなのかな」
「ラズ、そんな話、初めて聞いたけど」
リンドウが怪訝な顔をする。
「さすがに変かなって思ってたから、なんとなく言いづらくて」
「……ああ、その話」
ファナ=ノアは咳払いした。──何を訊かれると思ったのだろうか。
「私の魂の気配が独特だからだろ。君の気配も変わっているから、すぐ分かる」
こともなげに答えたので、ラズは目をぱちくりさせた。
「君は私以外の気配は感じないのか?」
「うん。なんのことか全然。……他の気配って例えば何?」
「一番は、世界の中心にいる<虚の王>の気配。それから輝石や荒野の大地、……あの黒竜にも、近づくと同じような気配を感じた。
あと一瞬だったけど、一週間くらい前に竜人の郷の方にも変な気配を感じたな」
ファナ=ノアは世間話をするように続けた。
「術の強さとはおそらく関係ない。君の気配は未成熟感があるから、他の気配が分からないのかもな」
一緒に聞いていたリンドウは、目を丸くしてラズを見た。
「それなのに、私の気配だけ分かるというのは……」
ファナ=ノアは言うかどうか、少し迷っているようだった。
「君はこの間、双子の弟がいた、って言っただろう」
「うん」
「多分、それは……私だった」
「────え?」
「記憶があるんだ。虚の王にすぐに魂を拾いあげられて別の子どもの中に入れられた。つまり、双子みたいな存在だから、夢が繋がり、気配に敏感になったんじゃないか」
「……産まれる時に、死んじゃった記憶があるの」
ファナ=ノアは目を伏せた。
「そんな顔をしなくていい。記憶があるだけで、ほとんど別人だから」
考え込んでいたリンドウがあっと小さく声をあげた。
「三週間前にラズが急に倒れたのって、双子に時々ある、虫の知らせってこと? ……だからあの時あんなに焦ってたの?」
「──うん。あの後、ファナの気配が分からなくなったから……」
ふっ、とファナ=ノアが笑った。
「……それで言うなら、五ヶ月前、私も急に気を失って騒ぎになったな」
──五ヶ月前。
記憶を遡って、ラズは少し気まずくなった。
「────あ。あの時はごめん」
「全くだ。死ぬ気だったろ、あの時」
ファナ=ノアは暗くならないようにわざと悪戯っぽい笑みを浮かべた。それから笑みを収める。
「……私には、どうすることも出来なかった」
「そんなことない。生きる目的をもらったよ」
少し揺れる赤い瞳を見返して、ラズは努めて明るく言った。
「でも、どうやって助かったんだ?」
「レノが助けてくれたんだ。生命を分けたって言ってた」
「────そんな、こと」
ファナ=ノアは目を見開いた。それから眉根を寄せ、考え込む素振りをした。
──それほど驚くことなのか? ラズは困惑してファナ=ノアの顔色を窺う。
ややあって、ファナ=ノアは口を開いた。
「魂を分け与えられたなら、その記憶も見るんじゃないか?」
「────うん。少しだけど」
ラズが驚きながら答えると、ファナ=ノアは難しい顔をしていたが、その後ふう、と息を吐いた。
「不思議な人だな……。でも、悪い人じゃない、よな?」
「うん。レノは優しい人だよ」
「レノが優しいのはラズに対してだけだけどね」
リンドウが少し笑って言った。それはどこか虚しげな口調だった。
「ラズまで──神がかったことに関わってると思わなかった」
「リン姉? どうしたの?」
ラズはその顔を見上げる。
──目が合わない。それがなんだかとても心許なくて、胸が騒ぐ。
「リン。ラズはちゃんと人間だよ」
リンドウははっとして口に手を当てた。
「ごめん、ごめんね……」
「リン姉! 何暗くなってんの?」
動揺を取り繕うようにラズは笑いかけた。
「リン姉だって、普通じゃないでしょ~? 毒の森に住む魔女!」
「──! あんたなんでその話知ってんの!? もしかして、レノが言ったの?!」
焦った表情のリンドウから一歩下がって、悪戯っぽく笑い、ラズは踵を返した。
「違うよ! ちょっとね。──僕そろそろ、シヴィの家にお邪魔してくるよ!」
「あ、こら!」
† † †
あっという間に姿が見えなくなったラズを見送ってから、ファナ=ノアは立ち尽くしたリンドウに声をかけた。
「リン、──ラズが怖い?」
「ああ、だめね、私……」
リンドウは首を振った。彼女の心中は複雑なんだろう。
「でも、そんな特別な子だったなんて」
「ラズはラズだろう。彼は立ち直ったように見えて、まだどこか脆い。リンは彼にとってかけがえのない存在だと思うよ」
「ええ──そうね。ありがとう、ファナ=ノア」
「お節介に、礼はいらない。あと、もしリンが疲れたら、私も彼を支えるし、無理に気負わなくていいからな」
「ファナ=ノアは背負い過ぎじゃない? ──全く。困った子たち」
リンドウは力なく微笑んだ。




