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旅と再会(1)……双子

 黒竜を葬り輝石を得て帰った夜遅く、ファナ=ノアの戻りを、司祭ソリティとラズの叔母リンドウが出迎えてくれた。


『おかえり、ファナ=ノア。目的は達成できた?』

『ただいま、ソリティ。ウィリも私も、輝石を見つけられたよ。他にもいくつか持って帰ったから、明日ソリティも見てみてくれ』


 ファナ=ノアがふわりと怪馬の背から降りたのに倣い、ウィリも怪馬から降りようとした。その身体がふらつくのをリンドウが支える。


「大丈夫? ……錬金術の使い過ぎね」


 休憩をとりつつ帰ってきたが、疲労した身体で半日近く馬に乗っていて疲れない訳がない。

 ファナ=ノア自身、表に出していないだけでかなり消耗している。本音を言えば早く休みたい。


「ええ、解決はしたのですが、少し厄介なのがいまして……。ラズはあと一日探すそうで、レノさんも付き合うと言ってました」

「そう……まあ、あの二人なら大丈夫かな」


 わざわざ遅くまで待っていたのに、とリンドウは伸びをする。

 その横でウィリは、怪馬を厩に戻して先に自宅に戻ると頭を下げた。ソリティがそれを手伝って、教会の前にはリンドウとシャルグリート、ファナ=ノアだけが残った。


「リンドウさん! 俺にハ?!」

「……何?」


 リンドウから氷点下の視線を送られ、シャルグリートが顔を引きつらせて固まる。

 その様子を見てファナ=ノアは半ば呆れて口を挟んだ。


「リンドウさんに何をしたのか知らないが、まず謝った方がいい」


 帰り道で敬語をやめろと言われたので、わざと気安い言葉を選ぶ。


「うっ……。ラズにも言われたんだった……。ハイ……覗キ、すみませんでした。絶対モウシマセン」


 シャルグリートはリンドウに頭を下げたが、リンドウは冷たい目のまま、眉を潜めただけだった。


(……覗き、ね)


 浴室の窓は小人には高いがシャルグリートには余裕の高さだ。


「教会の構造にも問題がありますね……。シャルは多少高くても超えてしまいそうですが」


 嘆息して言うと、リンドウは苦笑した。


「曇りガラスにしたらどう? 板状にして何枚か互い違いにしたら換気もできるから」

「それはいいですね。……さて」


 これ以上この話題を引き摺るのは不毛だろう。もう夜も遅いし、立ち話は終わりにしたい。

 ファナ=ノアは笑ってから、シャルグリートに向き直った。


「今日はとても助かった。シヴィの皆にもよろしく頼む」

「オウ。じゃあナ」


 シャルグリートはめげずにリンドウに緩んだ笑みを送って手を振り、居候しているシヴィの家に足を向けた。彼の足取りは軽く装っているが、どこか疲労が伺える。

 後ろ姿を見送ってから教会の中へと踵を返すと、リンドウが気遣わしげに声をかけられた。


「ファナ=ノアも疲れてるでしょう」


 教会の中に入ると風の術で飛べないので、杖をついて歩くしかない。

 腕を支えてくれるリンドウに例を言うと、彼女はふふ、と笑った。


「気にしないで。っていうか、ずっと言おうと思ってたんだけど、私にも敬語はいらないよ。リンでいいし」

「……あなたが気を許してくれるのはとても嬉しいな」


 そう言うとリンドウはくすりと笑った。


「ところで、リンは、『神経』というのを知っているか?」

「『神経』? ええ……、どうしたの、急に? ────あ」


 はっとしたようにリンドウは考え込んだ。


「ファナ=ノア、明日、もう一度傷を見せてくれる?」

「……分かった。頼む」


 廊下の分かれ道で、ファナ=ノアは頭を下げた。


「一人で大丈夫?」

「ああ、ちょっと体を鍛えないとな、と思ってたからちょうどいい。では、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」


 リンドウは微笑んで、自室への廊下の方へ姿を消していった。




 † † †




 翌日の夕方、小人の住居にしてはやや天井の高い教会の廊下に、軽快な足音が響いた。


「レノ速く! 夕食に間に合わないよ!」

「まあその時はその時でいいんじゃないですか?」

「良くない! 約束したし!」


 レノはのんびりした口調だがラズに合わせて軽く走ってくれている。

 建物の中をあまり全力で走るものではないので、ラズはできるだけ静かに、食堂に急いでいた。


「間に合った!?」


 食堂に飛び込むと、リンドウが笑った。


「ぎりぎりアウト。もう準備は全部終わったよ」

「うう……ごめんなさい……」


 ファナ=ノアがラズのしょげた様子を見てくすくす笑う。


「途中で大蛇を駆除してくれてたろ」

「あれ、風がしっぽを切ってくれたの、やっぱりファナだったんだ」


 ファナ=ノアの計らいだろう、食卓にはありがたいことに二人の分の準備も既にされてあった。


「あれほど空気が乱れれば、だいたい気付く」


 郷からかなり離れた場所だったはずだが、その場所を見て、そこに遠隔で術を使えるくらい、ファナ=ノアは怪我から回復してきているらしい。


『輝石は見つかったの?』


 食卓につきながら、ウィリが訊いた。

 彼女の尖った両耳には赤い輝石で作られた雫型の耳飾りが揺れている。


『……ううん』


 ウィリは顔を曇らせる。


『そんなんで、山地に行くつもりなの?』

『……行くよ。全く収穫がなかったって訳でもないし』

『……そう。竜人の郷には私も行くから、あんたが足りない分はフォローしてあげる』

『──え? そっか。よろしくね』


 ラズはウィリが竜人の郷に行くというのは初めて聞いたので少し驚いた。


(シャルと衝突しなきゃいいけど……)


 黒竜との交戦中は命を預けあっているような連帯感があった。しかし、その前日の言葉も通じず気も合わない二人に挟まれたストレスを思い出して、ラズは微妙な顔をした。


『なによ、その顔』

『なんでもないよ』


 ──そこは重要な問題ではない。自分が受け流せば済むことだ、と言い聞かせて誤魔化す。

 ウィリは表情を引き締めた。


『……もう誰にも、故郷を失う悲しみを負わせない。竜人との同盟、必ず成功させるわよ』

『──そうだね』


 ウィリの真剣な言葉に、ラズも頷いた。

 ファナ=ノアは食事の手を止め、穏やかに笑った。


『交渉材料については、ウィリが一番よく知ってる。二人なら、大丈夫だと信じてるよ』

『ありがとう、ファナ=ノア』


 ウィリは嬉しそうに答えた。

 隣でソリティ司祭がニコニコする。


『ファナ=ノアは任せて。お土産話待ってるからね』

『う、うん』


(お土産話……)


 ラズは少し笑みが引きつるのを感じた。考えすぎではないことを祈る。


『ところで、シャルに地図を見せてもらったんだけど、途中、人間の街に寄ってもいいと思う? 向こうの状況も気になるし、ブレイズさんに挨拶もしたい』


 ファナ=ノアは少し考えてから、頷いた。


『それなら、得られた情報を持って帰って欲しいから、そこまでシヴィの者にも付き合ってもらおう。ただ、シャルが竜人だとまだ悟られない方がいい。それだけ気をつけてくれ』

『じゃ、私からビズに言っとくね』


 ウィリが少し楽しげに言った。武芸に秀でるシヴィの民の少女、ビズとウィリは仲が良いらしい。

 兎肉の香草焼きを口に運びながら、リンドウは不思議そうに言った。


「あんた、そんなに喋れるようになってんの。エンリのところに通って何日だっけ」

「えっと……四日かな。でもほとんど、雰囲気で話してるからおかしな言葉になってるんじゃない?」

「……いや、そんなに違和感はないが?」


 ファナ=ノアがそう言うと、リンドウは驚いた顔をした。

 レノも手を止めて目線をラズに送った。


「……早いですね。なんとなく会話を聞いていれば分かってくる、にしてもまだ一ヶ月足らずでしょう?」

「レノは竜人の言葉を覚えるの、どれくらいかかったの?」

「一年以上」


 彼は言いながら嘆息した。


「え、と……」

「考えても仕方ないんじゃないか? なぜ術の力がずば抜けているのか、というのと同じで」


 ファナ=ノアが返答に窮しているラズに助け舟を出した。


「それが何かの必然なのであれば、いずれ理由は分かる」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 双子の弟が……そうか、そうだったのか。 腑に落ちた……。 ちょっとした茶目っ気のある竜人さんやその他の明言しない心理描写があっていいお話ですね! [一言] もっと早く読めばよかった( …
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