輝石と竜(9)
一息ついてから、ファナ=ノアは手のひらくらいの大きさがある黒竜の鱗に手を触れた。顎の下にあって、術で脆く変質化されなかったものだ。
「これも……輝石?」
左手の治療をしつつ、洞窟内の輝石を見て回っていたラズも覗き込む。
「本当だ」
ただの宝石や鱗と輝石は、元素的には違いはない。ただ、それらしい気配があるかないかである。
ファナ=ノアはその鱗をまじまじと見てから、
「……これかな。私の輝石は」
と言った。
「そ、それは……すごい偶然だね」
そう言えば、ファナ=ノアは竜に知古の名前を呼んでいた。そういう縁が、輝石との相性を決めたりすることがあると聞いたことがある。
血縁だと、適合する輝石の性質が似る理由もそこにある。
レノが言っていた『生命のあり方が似ているかどうか』というのと近い話なのかもしれない。
「ラズの前の輝石はどんなものだったんだ?」
「あー……えっと……産まれるときに死んじゃった、双子の弟の金鉱石」
「?」
「谷の國では、遺灰でダイヤを作るんだ。そしたらだいたいが輝石になる……」
「それはなかなか、独特だな。しかし、双子って……」
リンドウから借りている石の由来は知らないが、ダイヤではないので誰かの遺灰ではない。
ウィリのもののように、偶然見つかることもよくあるし、縁を意識するほうが稀といえる。
爪の先程の小さな石が会ったこともない『弟』だと言われても実感が湧かなかったから、あの時までただ大切な石として肌身離さず持っていただけだった。でも、故郷に戻れたら探さないといけない。五ヶ月前は、巨人たちが居る故郷に戻って何かするなど考えられなかったが、今なら立ち向かえそうな気がしていた。
「とにかく、目的は達成したから、良かったね」
「──あ、ああ。ありがとう」
何か考え込んでいたファナ=ノアは、顔をあげた。
「ラズ、君の輝石はありそうか?」
「……ううん」
洞窟内にたくさんある輝石をラズも一通り見て回ったが、適性があると感じるものは見当たらなかった。
残念だと首を振ったとき、だらりと開いたままの竜の口の中に、キラリと小さなものが光るのが見えた。
「……?」
妙に気になって、大きな顎に歩み寄る。
「これ、レノの輝石……なんでこんなところに───」
指の爪ほどの鱗に酷似した形状の白銀の輝石は、レノのものに違いない。後でで渡そうと思って手に取って、あることに気づき、ラズは言葉を失った。
「ラズ?」
「──あ、ううん。なんでもない。ここにはないみたいだ」
「じゃあ、行こうか。鉱山はまだ見てないところもあるだろうし」
ファナ=ノアがそう言って、帰路を促した。
それに倣って来た道を引き返しつつ、ラズも返事をした。
「そうだね。ファナは先に帰ってなよ。僕は気が済むまで探すことにする」
「分かった。……見つかるといいが」
「もし見つからなくても明日の夕食までに戻るよ」
登り坂だが、往路よりずいぶん短く感じた。
すぐに、洞窟の入り口に、怪馬たちやレノの姿が見える。
陰から出た瞬間、明るい光に目が眩んだ。陽の輪が頂点に達している。時刻は正午だ。
「ただいま」
「無事で何よりです」
レノは笑った。
「何がいたんですか?」
「黒い大きな竜────って、本当は知ってたんじゃないの?」
ポケットから取り出した白銀の輝石をレノに見せる。これは彼が、広範囲の探索の術を使うときに周辺に飛ばすものであることをラズは知っている。
「……まさか。それは確かに私の輝石ですが、考え過ぎですよ」
レノは困ったように微笑んだ。
しかし、例えば偶然落としたとか、そんなことが彼にあり得るだろうか。
(……まあ、いいか、どっちでも。また何か事情があるんだ)
ラズは追求するのをやめて、レノに言った。
「この輝石、借りててもいい?」
「え? ……ええ、構いませんけど。なぜ?」
「リン姉から借りてるのより、相性がよさそうだから。もしここで見つからなければ使わせてもらいたいな」
──この輝石は自分が使う場合には、できることが限られそうだが、コントロールの点では制約がなさそうだ。
レノとは生命のあり方が近いと聞いていたのに、使う輝石も似てくる、ということになぜ今まで思い至らなかったんだろう。
改めて、手の中の輝石を見つめる。
(純粋な白銀じゃないんだな。ほとんど象牙質……本当に鱗みたいだ)
彼は一つ瞬きしてから、軽い調子で返した。
「どうぞ、ご自由に。なんなら、あげますよ」
「ありがとう!」
レノはこの小さな輝石をたくさん持っているので、ひとつくらい無くなっても困らないのだろう。
「早くメシにするゾ!」
シャルグリートがしびれを切らしたように言った。
「ああ……うん、ここ寒いし、日当たりの良いところに行こうか」
一行は再び移動を開始する。
大穴のあった谷から出る道すがら、ファナ=ノアとウィリの会話が耳に入ってきた。
『これで、本当に荒野の外でも術が使えるのかしら』
『それは試さないと分からない。ただ、大丈夫だと思う』
『それは、いつもの勘?』
『そう。ところで、食事をしたら私は先に帰るとさっきラズと話していたんだ』
『そうなの? じゃあ、私も残らないといけないかな』
ラズは慌てて口を挟んだ。
『一人でも大丈夫だよ! 自然の中の一人歩きは慣れてるから。ウィリ、すごく疲れてるでしょ?』
『気ーにーしーなーいーで!』
ウィリはラズをジト目で睨んで口を尖らせた。──全く、意地っ張りな人だ。
休憩場所を決めた後、持参した保存食を広げながら、ファナ=ノアが訊いた。
「一人歩きが慣れてるって、どういう?」
「よく、一人で山脈を探検してたんだ。いつもだいたい、三日くらい」
「それは……人間の子どもがよくやること……ではないよな」
「う……うん、おかしいってよく母様に怒られてた」
「竜人でもいないぞ、そんなチビ……」
「だからチビはやめてって」
レノがくっくっと笑った。ファナ=ノアも可笑しそうに笑う。
『私も、人間の言葉勉強してみようかな……』
ウィリがつまらなそうに呟いた。
そんなウィリに、会話の内容をファナ=ノアが伝える。
ラズが補足した。
『だから、一人の方が探すのも気が楽なんだ、ウィリも先に帰ってなよ。昨日付き合ってもらって何が危ないかだいたい分かったし』
『む……そこまで言うなら……』
「シャルも、先帰ってくれていいからね。たぶん、すごくつまらないと思うから」
「んー……、ああ。そうすル」
昨日の昼、最初こそ楽しそうに危険な生き物と戦っていたシャルグリートだが、最後の方はだれていたので、彼は少し考えたあと頷いた。
「竜以上はないダロウしな」
「それは絶対、勘弁だよ……」
「じゃあ、私は最後まで付き合いましょうかね。一人で残してきたと言ったらリンドウに怒られる」
「別にいいのに……」
叔母に苦言を言われるのはレノなので、そう言われるとラズも断り辛い。
食事を手早く片付けて、ファナ=ノアはラズに声をかけた。
「じゃあ、くれぐれも気をつけてな」
「ファナこそ」
三人が郷に戻るのを見送ってから、ラズは再び輝石探しを始めた。
†
「一通り見た……かな」
手書きの地図を確認して、ラズは呟いた。
夜以外歩き詰めて、もうそろそろ昼時だ。そろそろ帰らないといけない。
「スイ、レノのところに戻ろうか」
『───やっと走れるのか』
「はは、のろのろ歩きに付き合ってくれてありがとね」
レノは付き合ってくれたのは昨日だけで、今日は探索用の輝石を飛ばして何かあれば分かるから、と涼しい顔で言い、あっさりと手を振って別れた。
ラズとしても、その方が好きに動けて楽だったので、特に何も言わなかった。
合流を約束していた場所に行くと、レノは陽の当たる岩の上に足を組んで寝そべり、目を瞑っていた。
「……寝てるの?」
横になっていること自体珍しい。ラズが控えめに声をかけると、彼は薄目を開けた。
「少し、うつらうつらしていました。この季節はどうも日光浴が気持ち良くて眠くなる」
上体を起こして機嫌が良さそうに小さく伸びをして肩をならした。
確かに、冷たい西風は今日はないので、初冬の柔らかい日差しはほのかに暖かく心地いい。しかし、外で上着だけで眠るには寒い気がする。
「こんな季節に外で寝たら体調崩すよ?」
そう言うと、レノはごまかすように笑った。
「はは、そうですね。眠り落ちる前に君が来てくれて助かりました。……ところで、輝石は見つかったんですか?」
「……ううん」
「そうですか……。残念ですね」
立ち上がって砂埃を払いながら、レノは小さく欠伸をした。
「眠そうなところ、初めて見た」
「……そういえば、いつぶりだろう。基本的に気を張っているから、このところは無かったような」
自問してレノは晴れた空を見上げた。
「岩ネズミが蛇に丸呑みされるのを見て涙ぐんでるのに和んでしまったのかな」
「え……見てたの」
昼過ぎ、つぶらな瞳の丸っこいネズミが可愛らしくて少し見入っていたのだ。空腹で哀れな蛇の狩りも邪魔できず、しんみりしてしまったのだった。
「さすがにずっとじゃないですよ。朝は自分のことをしてましたし」
「へー、何してたの?」
「久々に鍛錬をしていました。たまにはやらないと、勘が鈍ってしまうので」
「鍛錬といえば、レノって、戦うときは武器使うんだよね? 銃?」
彼が殴る蹴る、というイメージがないのでそう訊くと、彼は首を振った。
「銃なんて、あいつじゃあるまいし……。それに、火縄銃なんて銃が使えるうちに入りませんよ」
「あいつ?」
「そういう、昔馴染みがいるんです。旅の師匠ではありますが、どうもいけ好かない人でした」
「レノの師匠? すごそう……レノが好かないって言うなんて珍しいね」
「そう、ちょうどシャルみたいな銀髪碧眼で……やめましょうか。──私が昔から馴染んでいるのは、これです」
レノは苦笑いして、ポーチからじゃら、と輝石を取り出した。その輝石が変形して手を覆い、すらりと長い刃の形をとる。
「何それ、初めて見た! ……爪?」
レノの手の甲に、指に沿って五本、肘くらいの長さの白銀の片刃の細い剣が現れていた。指の動きに合わせて動くようになっていて、扱いが難しそうだ。
「ちょっと、シャルと似てるね」
「否定できないのが辛いところです……」
「白銀ってことは、術で変形する前提?」
「よく分かりましたね。そう、爪の武器として切り裂く以外にも、色々できます」
白銀は扱いやすい金属だが、武器にするには柔らかいし重い。自分の輝石だからこそ、それを武器の素材に選んだんだろう。
「例えば……」
そう言いながら、さらに武器を変形させる。今度は五本指にリングがついて、白銀のワイヤーが各リングから伸び、左右の手を繋げた。一本一本に術をかかっている気配がする……おそらく、<是空>と似た、切れ味を上げるものだろう。
「相手が多数だったり、大きいと、ワイヤーで切り裂く方が手っ取り早い」
指揮するように指と腕を動かして、伸縮するワイヤーを操作すると、近くの岩がサイコロ状に細切れた。
「うわ……」
生き物相手に使ったら大変なことになりそうだ。
「レノくらい強い人って他にもいるの?」
彼は一昨日、ラズとシャルグリート、それからファナ=ノアとウィリ、四人同時に相手をし、こちらの息が合っていないとはいえ余裕で凌いでいた。
武器を鱗の形状に戻しながら、レノが答える。
「最近は会いませんね。ただ、竜人の郷は、分かりません」
「前に行ったっていうのはいつの話なの?」
「三年くらい前です」
「じゃあ、あんまり変わんないんじゃ……」
「何事も、絶対はありませんから。……ほら、急に、昨日みたいに強大な竜が発生しないとも限らないでしょう?」
レノは淡々と答え、怪馬に飛び乗る。
「そっか……それはそうだね。でもレノはだいたい何もしないじゃん」
「そうも言ってられないことだって、あるかもしれません。昨日の竜は、まだ手に負えそうだと判断して手出ししませんでしたけど」
「あ! やっぱ最初から知ってたの!?」
「……まあ、調べられたのは数秒ですが。ファナ=ノアの目を盗むのが難しくて」
「認めた……。なんでそうまでして隠すの?」
「晒す必要のないことはできるだけ隠すのがモットーなんです。君にはもはや隠してもあまり意味がないですが。……でも、分かったことはほとんど教えましたよ?」
──そういうことか。そして、ラズにはどうせ記憶を見られるのだからわざわざ隠す気がないと。
走り出した怪馬の背で、ラズは苦笑した。
「……まあいいけど」
自分は隠し事ばかりだと憂う彼が、本当のことを言ってくれるのはそうでないよりは嬉しい。
父の願いを叶えないといけないとまでは思ってはいないが、レノ……いや、ラズレイド・レノという人と、繋がりを持てるのは、現状でラズだけかもしれない。
「……ところで、また修行、付き合ってもらえると嬉しいな。輝石が見つからなかった分、できるだけのことをしておきたくて」
「ええ、構いませんよ。それくらいなら、いつでも」
レノはいつものように優しく笑った。
輝石編完でございます。
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