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輝石と竜(7)

「俺にやらせロ!」


 怒り狂った竜の前脚を避けて、シャルグリートはその目の前に躍り出た。

 軽やかな動きで高く飛んで巨大な横面を力いっぱい殴ったが、竜は怯みすらせず、口を開けて噛みつこうとする。

 しかしその場所に既にシャルグリートはいない。


「クソ! 硬いナ!」


 黒竜の左側で彼は苦々しく叫んだ。昨日のサソリはまだ中にダメージが届いていたが、この竜には全く効いている様子がない。スピードがそれほどでないのが不幸中の幸いだ。


 一方ラズは、シャルグリートに気を取られている隙に死角から忍び寄り、自分の背の二倍以上ある後脚に触れてその身体を調べていた。


(この鱗……水晶より硬い。脆くもないし、普通の剣じゃどう頑張っても切れそうにないな)


 至近距離であれば鱗だけなら分解はできそうだ。体の中までは、何かに妨害されて術が届かない。


(地道に鱗を崩していくか、目や口を狙うか……そういや耳はどこなんだろ)


 黒竜の動きに合わせて右に移動すると、ちょうどシャルグリートと対称の位置についた。

 昨晩分かったのは、シャルグリートの側だととても戦いにくいということだった。尽くラズの進路にいて邪魔なので、かち合わないようにほとんどサポートに回るしかなくなり、思うように戦えない。


 小人のジルとなら初見で息が合ったのに、シャルグリートとはそれが難しい。だから、なるべく離れて戦う、というのが今はベストだった。


「お前、サボるなよ!」

「人聞きが悪いなあ」


 とはいえラズはまだ剣も抜いていない。


「僕は鱗を壊すのに専念するから、シャルはそこを狙ってよ」

「ア?」


 竜は短調に前脚や頭を使ってシャルグリートを追い払おうとしている。その視線の先はシャルグリートの後ろにあるようだった。


(ファナを見ている……?)


 最初の風の術の腹いせだろうか。しかし理由を気にしている暇はない。

 その前脚が地を踏みしめた隙を狙って、ラズは甲の鱗に術をかけて脆く変えた。


「……っフン!」


 シャルグリートが脆くなったその脚の甲に、踵を落とす。

 鱗が割れて破片が飛び散った。しかし竜はそれを痛がる様子もなく、前脚を振り上げてシャルグリートを振り払う。


「……脚じゃ意味ないか」

「頭をやれヨ!」

「簡単に言わないでよ!」


 しかし試す価値はある。

 ラズは地面を蹴って壁伝いに黒竜の頭上に躍り出た。

 その頭に降り立ったものの、当然激しく暴れられてすぐに地面に振り落とされる。


「ごめん、無理! 特に分厚いし、術が阻まれる!」

「ちッ! 役に立たないチビだな!」

「相変わらず酷い!」


 シャルグリートは足元の輝石に混じっている水晶を引っこ抜いて右手に持った。


「何するの?」

「目潰し」


 それだけ答えて、シャルグリートは駆け出した。


 頭の前に飛び出すと、持っていた水晶を投げる。次の瞬間、水晶がパッと散った。

 粉々になった水晶が目に入り、黒竜が悲鳴を上げる。

 その生暖かい息がシャルグリートを包み込んだ。


 シャルグリートはそれに構わず水晶でナイフを作り出すと、大きく開いた口に押し込んで形状を槍状に変化させる。黒竜の口から、唾液ではないドス黒い液体が噴き出した。

 そのまま顎を蹴って振り回される脚を避け、ファナ=ノアの近くに着地する。


 シャルグリートの支配下から離れて脆くなった水晶の槍を、竜はバキッと噛み砕いた。口や目から黒い血液が流れ出す。

 その傷口から、しゅううう、と煙が出ている。その奥から新しい肉が盛り上がっているのがちらりと見えた。


「まさか、修復してる……?」


 翼や鱗は戻る様子はないが、もしかすると目はすぐに治るかもしれない。

 盲いだはずの黒竜は、しかし、憤怒の形相でシャルグリートの方に顔を向けた。


「見えなくても、気配で分かるのか!」


 視界を奪ってもさして効果がないなら、ここまでで翼以外ほとんどダメージを与えられていないと言っていい。


 ラズも暴れる巨体から離れて一度ファナ=ノアやウィリの側に戻った。


「……! どうしたの」


 シャルグリートの様子がおかしい。

 胸を押さえて、顔を歪ませている。


『毒のせい!』


 駆け寄ったウィリが叫んだ。目潰しをしたとき、竜の息をシャルグリートがかぶっていたのを思い出す。


(もしかしてあの息……毒ガスそのものなのか!)


『治せるから時間を稼いで! お願い!』


 ウィリのその言葉に、大事はないようだとほっとする。

 しかし、竜は容赦なく、動けないシャルグリートとウィリに襲いかかろうと脚を前に出した。引き離して、こちらへ注意を引かなければならない。


 とても難しいことのように思えた。

 ──しかし弱音を吐く暇はない。

 ラズは素早く間に滑り込む。そして──


(全力で……!)


その喉元を蹴り飛ばした。


 ダァァンッ!!!


 ──ザザザザッ


 竜は弾かれのけぞって、かなりの距離を後退する。

 加速するときと同じ要領で、接触する瞬間に術で思い切り押したのだ。


「っつ──!」


 当然、逆方向に同じ力が返ってくる。

 受け身を取って地面を転がるがすぐには勢いが落ちない。ラズの身体をファナ=ノアの風が受け止めた。


「……ありがと!」

「いや、さすがだ。やっぱり頼りになる」


 ファナ=ノアは竜から目を離さないまま淡く笑った。

 巣穴の反対側まで弾き飛ばされた竜はそれでもあまりダメージはないらしく、体勢を戻して小さなラズを睨んだ。


「あの鱗、崩すまでにまだ時間がかかりそうだ」


 シャルグリートとラズが黒竜の気を引いている時から、ファナ=ノアが術を使っているのにはラズも気がついていた。


「引き続き、気を引いたらいいね」


 どのみち、けが人に手を出されないためにも、動くしかない。

 竜がもう一度吠え迫りくる。ラズも前に出た。

 あの鱗は鋼の剣でも傷を与えられない。振動を纏わせてやっとと言ったところか。


 ファナ=ノアが鱗を取り払ってくれるのなら、もう少し戦いようもありそうだ。


(さて、どうしようか……)


 さっきのような強い打撃は諸刃の刃だから、何度もやるのは考えものだ。

 竜の前脚が振り下ろされる。それを横に避けると、黒竜はそれ以上ラズを追わず、ウィリたちの方に目を向けた。


(舐められてるな。目の前に出るしかないか……!)


 顔付近で戦うのはシャルグリートの二の舞になる危険だってあるが、腹を括るしかない。


『シャルは、どれくらいで動けるようになる!?』

『15分ちょうだい!』

『……分かった!』


 よそ見をしている黒竜の横面を蹴りを入れてこちらに向かせる。


「!」


 着地する前に太い尾が叩き落とされるのを見てとって、風の刃を作る要領で突風を起こして方向を変え、それを避けた。


(ブレイズさんのときと同じだ…このペースで術を使い続けてたら、30分も保たない)


 しかし、ラズが攻めてこないと見るや黒竜はすぐに向きを変えようとする。

 鱗に何かされているのに気がついているかのように、ファナ=ノアを目で追っていた。

 さっきのシャルグリートのように手痛いダメージを与えて、ラズが無視できない相手と思わせないといけない。


 ファナ=ノアとの間に割り込んで、振り下ろされた前脚を後ろに避ける。地を掻いた甲はさっき鱗を壊した方だ。

 素早く抜いた剣で弧を描く。脚を深く切り裂さかれた黒竜は、痛みにびくりとしてラズを見る。

 もう片方の前脚が横から来る間にその腹の下に潜り込んで横腹から抜け出しざまに斬りつけた。

 今度は<是空(ぜくう)>で振動を纏わせている。内臓には刃は届かないだろうが、分厚い皮下組織を切り裂かれ、黒竜が痛みに身をよじった。


「っ……」


 距離をとったラズも痛みを感じて小さくうめく。

 解毒が疎かになって、少し毒気を受けてしまったのだ。息は止めていたので肺は無事だが目が痛い。

 竜が横に逃げた獲物を追うべく身をよじりながら尾を振り回した。

 視界が霞む中、うねる尾が迫る風圧を感じる。ラズはその尾に左手をつき、勢いを利用してさらに距離をとろうとした。


「なっ……!?」


 尾に生えていた突起が深々と手の平に刺さっている。鋭い痛みが伝わって、ラズは思わず声をあげた。


 しかもこれは──また違う毒。


 慌てて足も使って尾を蹴って刺から手を引き抜き、ラズは竜から離れた。


(失敗したっ……! こんな状況で!)


 しばらく、解毒と治療に専念するしかない。歯噛みしながら数歩下がる。


(────それでも)


 左手をだらりと落としたまま、ラズは竜に剣を向けた。


「皆に手を出すなら、黙ってないからな」


 怒気を込めた声で言い放つと、竜はわずかに身を固くしたように見えた。

シャルの技名溢れ話

・水晶のナックル→<ハリケーンクォーツ>

・水晶の目潰し→<アンブロイド>

と呼んでいるそうです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ちッ! 役に立たないチビだな!」 「相変わらず酷い!」 ラズくんいじりがすごい竜人さん……! 戦闘苦戦してますね……ラズが負傷しちゃった……。 [一言] (────それでも) …
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