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一歩(11)……会談

 小人たちの埋葬方法は、火葬なのだという。

 岩山に空いた洞をかまど代わりにして、藁に酒を撒いた上に遺体を安置して火をつける。


 ちなみに平原の国は屈葬にして墓石で封じるのが一般的だ。

 以前、街で助けられなかった奴隷の小人はそのようにしたので、少し申し訳なく思った。


 ファナ=ノアが言うには、死した者の魂は無垢となって世界に還る。ただし、殺められた場合には、その相手に魂を盗まれてしまうのだそうだ。

 いずれにしても、遺体には何も残ってないため、感謝と故人の思い入れのある品ともに大地にただ還す。


「死した者は何も語らず、何も感じず、何も為さない」


 だから、小人の弔いは、残された者への慰みと、希望を見出すためにある。

 タキの郷は、ノアの郷同様岩山の洞を住居代わりにしていて、火葬場も郷からさほど遠くないところにあった。




「おい」


 遺体の移送を手伝っていると、ジルが近づいてきた。


「ファナ=ノアがお前に話があると呼んでいる」


 ファナ=ノアは岩陰で怪馬の腹の上に横になって休んでいる。


「……分かった」


 すれ違う時にジルが「お前も休んでいろ」と囁いた。


「ファナ、話って何?」

「ああ、いや、ひどい顔色だと思って」


 ラズは大きく息を吐いて、怪馬(スイ)の大きな腹にもたれかかった。


「……ごめん」


 結局みんなに気を遣わせてしまった。


 頭痛、動悸、息切れ、吐き気など身体の症状は錬金術でごまかし我慢できても、常に頭の中で再生される血の景色はどうにもならなかった。

 ──ジルたちやニール司祭だって、故郷を目の前で失っているのに、自分だけがこうなのは情けない。

 ファナ=ノアは体を起こして気遣わしげな顔でラズを見た。


「気にしすぎだ。思い出してしまうんだろう?」

「……うん、母様が目の前で……」


 ──何回も絶命して視界が赤く染まる。ごとりと地に落ちた手が、虚な目が、何か言いかけて開いたままの口が。

 ──四ヶ月前、目が覚めたときには麻痺していた悲しいという感情を今は強く感じる。いっそのこと発狂して泣き叫んだ方がましな気分だ。


()()は、君の心が、『その状況に関わると死んでしまうんじゃないか、危険だ』と警告しているから起こるんだ」


 ファナ=ノアは一言ずつ言い聞かせるように言いながら、ラズの目を覗き込む。

 血のように鮮やかな紅い瞳に、ラズの曇った黒い瞳が映って見えた。


(────そうか)


 例えば、不利な状況で皆を守れず、相手を殺める選択をし続けて、リンドウやファナ=ノアが同じようなことになったら。──自分はまた、絶望してしまうだろう。


「大丈夫。もうそれは起こらない」


 ファナ=ノアはラズの目を見てゆっくりと言い切った。


「私がもう、起こさせない。──信じられるか?」


 タキの郷を守れなかったことに、ファナ=ノアもとても苦しんでいた。その言葉には、自分自身に対しても言ったのだろう、強い響きがあった。


 ──繰り返さない。そういくら誓っても、自分の手から溢れ落ちていく不安は消えない。だけどそうか。これは自分一人の誓いではないのだ。

 ラズは目を瞑ってから、もう一度ファナ=ノアと目を合わせた。嗚咽を堪えるように、声を絞り出す。


「…………信じるよ」


 口に出すと、何かの魔法がかかったように心が少しだけ落ち着いたように感じた。


 ファナ=ノアはにっこりと微笑む。

 ──この人はどうして挫けないでいられるんだろう。何のために、困難な道を選ぶんだろう。


「ファナの母様ってどんな人?」


 ふと投げかけた質問に、ファナ=ノアは少し驚いてから、思い出すように柔らかく微笑んだ。


「頭がよくて、気が強くて、優しい人。私に人間の言葉を教えてくれた」

「それってやっぱり……」

「そう、人間だよ。……父は元奴隷。母が病気で亡くなるまでは、家族だけで、荒野の外れに暮らしていたんだ」


 ファナ=ノアの懐かしむ様子に、暗さはない。


「小人も人間も共存できる未来を作るというのは、母との約束なんだ。あの頃はあまり意味を分かっていなかったが」

「お墓参り、一人で行ってるの?」

「いや、去年からはウィリやソリティたちと行くようになった。まだ、母が人間だったとは言えていないが。……まあ、昔から隠し事ばかりだから、今更と言われそうだな」


 ファナ=ノアは困ったように笑った。ラズもつられて笑う。


「さすがにびっくりすると思うけど」

「私は私だ。どちらでもないからこそ、見えるものもある……」


 そのとき、ジルたちが戻ってきた。埋葬の準備も終わったようだ。


「顔色、戻ってる」

「心配かけてごめん」


 三つ編みの少女がほっとしたように言った。

 その後ろに、捕虜の兵士──グレンを伴っている。


「グレンさん、手伝ってくれてありがとうございます」


 彼は戦いの間、ジルたち一緒に、軍を挟んで反対側にいたのだった。それからも自軍に戻る機会のないまま、行動を共にしている。

 ファナ=ノアの礼の言葉に、首を振ってしゃがみ込み、落ち込むように頭を垂れた。その肩を少女がぽんと叩く。


「グレンさん、弔いには人間を招くので、一緒にいるのを見られるのはまずいでしょう。……ここでお別れとしましょう」

「…………いいのか」


 解放の宣言。

 しかし、兵士グレンの反応は、嬉しそうとは言い難い。

 その固い表情に、上体だけ起こしたまま、ファナ=ノアは尚も優しげに笑いかけた。


「最初にそう言ったはずです。……エンリ──世話を任せた女性から聞きましたが、あなたには小さいお子さんがいらっしゃるのでしょう?」

「ああ……」

「引き離される親子ほど辛いものはありません。この機会を逃したら、いつ帰れるか分からないでしょう?」

「しかし、人殺しの親など……」

「また言ってる」


 ラズは呆れて口を挟んだ。


「あなたが私たちに償いをしたいと思ってくれるのはとても嬉しい。でも、家族を優先していいんです。自己犠牲は要りません。それは、長続きしないものですから」

「領と小人との関係についての検討が前向きに進んだら、特使とかに転職してまた来てよ。それか、商人の護衛とか」

「────」


 グレンはファナ=ノアとラズを見比べてから、自嘲気味にふっと笑った。彼が初めて見せた笑みだった。


「必ず、また来る。──世話になった」


 グレンはゆっくりと立ち上がって数歩下がり、頭を下げた。


 そして背を向ける。


「気をつけて。またね」


 その背中に声を投げかけたのは、さっきまで彼と一緒にいた小人の少女だった。


「──ああ、じゃあな」


 兵士は一度振り返って言葉を返し、そのまま郷を出て行った。




 弔いへの呼びかけに、鋼務卿は来なかった。


 ファナ=ノアたちの側には軍務卿、警務卿(ブレイズ)とその部下たちがいて、何人かの兵士が遠巻きに参列している。


 司祭のニールが祝詞を唄うのを、ファナ=ノアが静かに人間の言葉に訳してくれた。

 彼は季節の句とともに弔いの開始を告げ、タキの郷長を筆頭に、故人の名前を詠んでいく。


 洞窟の中で炎が彼らの亡骸を包み込み、揺らめいていた。


 誰もこの日が終わりだと思っていませんでした

 私たちも、この日からあなたに会えないとはまさか、思っていませんでした


 最期と分かっていたならば、交わしたい言葉もありました

 共に過ごしたかった時間がありました


(……)


 彼の言葉は一つ一つラズの心に染みる。

 うっかり涙が流れないように、唇を噛んで堪えていた。


 酒の実が配られ、一人ずつ、それを握りしめて少し黙祷してからかまどに投げ入れる。

 その度に、炎が応えるように大きくはぜた。


 どうしたら私たちは、あなたがいない明日、笑えるでしょうか

 何に向かって、生きていけばいいでしょうか


 私たちが嘆こうが、あなたはもう何も語ってはくれない

 私たちが怒ろうが、あなたはもう何も感じない


 だから残された私たちは、ただ力の限り、

 <空>と共に舞い続ける


 遺されたタキの郷の人々はゆっくりと立ち上がって、舞に使う帯を手にとり、小さな声で、美しい和音のメロディを口ずさみながら、演舞を始めた。

 見たことのある舞だったが、彼らの表情はあの時と違ってひどく虚ろだ。


 薄いビロードの布が火が起こす風をうけてなびく。

 残された悲しみを、体を動かすことで振り払うような、そんな舞だ。

 舞い終わった彼らに布を渡されたニール司祭は、ふわ、と風でその布を浮かし、腰にさしていた宝剣で剣舞をした。

 まるで誰かと踊っているように見える。……宴の時、彼の横には女性がいたはずだ。


 人間たちは初めて見る小人の舞に魅入っていた。

 舞い終わった彼は一礼し、観衆に声をかける。


『儀式はこれで終わりです。あとは郷の者のみで』


 ファナ=ノアに促されてその場を離れながら、ラズは故郷のことを想っていた。


(僕は皆の弔いができていない……)


 いつか帰ったときにそれをしよう、と心に決めた。

 ──あるいはもしかして、既に兄がしてくれているだろうか。兄は今も無事だろうか。ファナ=ノアのように、離れていても存在を感じることができればいいのだが。


(信じよう……ツェル兄は強い)




 † † †




 軍馬のもとに戻る軍務卿を、ブレイズは引き留めた。


「お前、本音はどう思ってるんだ?」


 軍務卿はブレイズに向き直った。


「お前が言っただろう。敗者は勝者に従うものだ。少なくとも今は、勝機がない」


 彼は、小人を特に毛嫌いしている様子はないが、弔いに同情するそぶりもなかった。

 他国の人間との戦いと同じように、淡々と状況を読んで行動しているだけなんだろう。


(……同情まではできんのは俺も同じだが)


 気の毒だ、とは思うが、小人に対する特別な親愛の情はないので、悼む心への共感までは申し訳ないができなかった。

 これは戦争で、タキの郷の虐殺は人間にとっては必要な犠牲だったのだ。

 とはいえ、騙し討ちや虐殺はブレイズの正義感に反しているのは確かで、一連の領の方針に、部下たちも同じジレンマを抱えていた。


(「ブレイズ様は結局、わざと逃したんでしょう」)


 昨晩副官に言われた言葉だ。

 確かに、最初から本気で捕らえる気があれば逃すことはなかっただろう。

 迷った末の油断。わざと逃したと言われれば確かにそうなのだ。

 ラズの小人を助けたいという本気の心に、協力してもいいと思ってしまった。


「お前がもっと早くに着いていればな」

「すまんな。伝令が来てからすぐに動いたのだが」

「……お前の言う通り、あれの力は未知が多すぎるな。しかし疲労はするようだから、消耗している今ならあるいは……」


 確かに、今包囲すれば、形勢が逆転するかもしれない。


「……それが本気なら、今回の出兵は戦死者四名だな」


 ブレイズが放ったその言葉に、軍務卿は目を細めた。

 急に凍りついた場の雰囲気に、彼の部下三名は顔を引きつらせる。その手が腰の剣の柄に触れる前に、ブレイズが鋭く言った。


「動くな。このくらいの人数、一瞬で首を飛ばせる」


 たちまち彼らは強張って動きを止める。ブレイズには本当にそれができることを知っているからだ。


 軍務卿は動じない。


「……やはりな。そんな気がしていた。なぜだ?」


(カマをかけられたのか? にしては伏兵がいないが)


 まんまと引っかかってしまったなら少し悔しいが、それは表情に出さず、ブレイズは言葉を返す。


「あいつらと俺たち、どっちに義があるか、少し考えれば分かることだろう」


 それを聞いて、軍務卿は初めて自嘲気味な笑みを浮かべた。


「まあ、そうだな。しかしお前は首を撥ねる相手を間違えている」

「……はは、確かに」


 ──それは全く同意だ。しかし軍を動かせるのは目の前の男なのだから仕方ない。


「……さて、これで本格的に敗戦の言い訳を考えねばならんな…」


 軍務卿は大きく息を吐く。

 ブレイズはそれを聞いて殺気を放つのをやめた。彼の部下たちはほっとした顔で冷や汗を拭う。


「お前がそうやって反抗するのは十年ぶりだな。子どもができて丸くなったと思っていたが」

「ああ、言われてみればそうだな」


 ブレイズには十一歳になる病弱な娘が一人いる。

 娘が小さいうちから、身の回りのトラブルを敬遠して仕事を片付ける癖がついていたように思う。


「もう反抗期だからな……。こないだは帰って来なくていいと言われてしまった」


 軍務鋼は「くっくっ」と笑ってひらりと馬に飛び乗る。


「次にまともに話せるのは嫁に行った後だろうよ」

「お前の経験談など参考にならん」


 ブレイズも笑い返し、その場を後にした。




 † † †




鋼務卿(エンデイズ様)、行かないのですか?」

「行く訳があるまい!」


 鋼務卿は今しがた作られた天幕の中で、憤慨して足元のものを蹴り飛ばした。


 軍務卿や警務卿(ブレイズ)は軍人だから、戦没者の追悼には理解があるのだろうが、鋼務卿にとっては未だ、小人はただの目障りな生き物であった。

 むしろ力を見せつけられたことで、寓話に登場する小賢しい悪魔に対するような印象を持つようになっていた。


「あの小人が望む通りに、搾り取れるだけ搾り取ってやる。その間に隙を見て今度こそ殺せばそれで終わりだ。思い通りになぞ、俺はならんぞ……!」

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