一歩(10)……会談
程なくして、ジルが鋼務卿を連れてきた。
それを見た軍務卿は驚いた顔をしてから眉間に皺を寄せた。
「揃ったな」
ラズが作った椅子に、軍務卿はどかっと腰を下ろす。ラズはそのすぐ後ろに立つ。
倒れていた兵士たちが何人か起き上がっていたが、軍務卿は他の兵士の介助を命じた。
ファナ=ノアは赤い瞳で軍務卿と鋼務卿をまっすぐ見つめ、口を開いた。
「改めて、私はファナ=ノアと申します」
「軍務卿、レイチェル=リーサスだ」
軍務卿が名乗る。しかし鋼務卿は怒りの様相で口をひき結んだまま名乗る様子がない。
ファナ=ノアは穏やかな表情で鋼務卿を見る。彼は赤い顔をしてしばらく黙っていたが、軍務卿が一瞥すると渋々口を開いた。
「……鋼務卿、グラディアス=エンデイズだ」
「軍務卿殿、鋼務卿殿。はじめに申し上げておきますが、もしあなた方が断っても、このまま無事にお帰りいただきますのでご安心ください」
穏やかで丁寧な口調と裏腹に、ファナ=ノアは無表情だ。
軍務卿は表情を変えず険しい表情のまま、続きを促した。
「私からの話は二つです。一つは、軍事的同盟」
ファナ=ノアは軍務卿を見据えた。
「本気で私たちを攻めるにしては、些か数が少ないようです。あなた方には、他にも敵がいるのでしょう」
軍務卿は静かに聞いている。
「私たちは……お察しの通り、今はまだ術の使い手も少ないし、守るための力でしかありませんが……あなた方が倒れれば次は私たちが危ぶまれるものが相手ならば、力をお貸しいたします」
「これは、何をした?」
軍務卿が倒れている兵たちを指した。
「風を操って呼吸を封じました。錬金術の心得がある者には効かなかったようですが」
「……そうか。他に何ができる?」
「そうですね……。あと十五分程で、百名ほどの人間達がこちらに来ます」
「まさか、予知か?」
ファナ=ノアは委細に答える気はないらしく、口を噤む。
(伝令の兵があっても、ジル達が止めてるはず……。銃声が聞こえたなら、もう少し早く来そうなものだけど……)
昨日、警務卿ブレイズに『夜は』仕掛けないと言ってしまった。軍が郷を攻めるなら、小人たちは今行動するしかないことは容易に想像がつくだろう。
しかしそれなら、もっと早くここに来ることもできるはずだ。もしかすると、あえて到着を遅らせることで、ラズたちに軍務卿が倒せるのか、試したのだろうか。あるいはそれはただの希望的観測で、別のトラブルがあったのかもしれないが。
一方軍務卿はというと、小人の力について思案をしているようだった。
この場で、小人の未知の力についてできるだけ情報を得たい腹づもりなのかもしれない。
「しかし、お前たちの力は、荒野限定だろう」
「いいえ、荒野の外でも力を使う手段はあります」
──輝石のことだ。
ファナ=ノアは確信は無いはずだが、あえて断定して言った。
「……なるほど」
軍務卿は腕を組む。
ファナ=ノアはそれ以上の詮索を受けないためか、今度は鋼務卿を見た。
「もう一つは、以前の会談で財務官より求めらめた、荒野側の経済特区の設置についてです」
鋼務卿の顔は苦々しげで、聞きたくもない、という様子だったが、ファナ=ノアは毅然とした態度で言葉を紡ぐ。
「私たちは実のところ商業が盛んではありません。鉱山を開墾する人手もない。荒野内で資源が発見されたならば、経済特区として開発はあなた方に譲りましょう。制限についてはこれから話し合うとしても、数年はそちらが優位な内容にいたしますよ」
「……」
鋼務卿は答えない。ファナ=ノアは瞬きしてから声のトーンを落として続けた。
「あなたは私たちのことをとても見下しておいでのようですね」
彼はびくりと肩を震わせた。
「価値観は様々です。良い悪いはない」
ファナ=ノアの口調は優しいが、目は笑っていない。
「ただ、損をする価値観に囚われるのは勿体ない。もし私が小人でないならば、鉱山都市をここまで発展させたあなたは、今の条件を断らないでしょう」
「しかし事実、お前たちは小人だ」
「そうですね。ただ、ここにいる彼は人間ですし、他にも私たちを認めてくれる人間はいます」
ファナ=ノアがラズを視線で示して言うと、鋼務卿は弾かれたようにラズを見た。
「いいんですか? その人たちに利権をとられてしまっても。私としてはどちらでも構いませんが。国として、領として、この荒野を優先的に管理できる方が、あなた方にとっても良いのではないですか?」
「信じられん……」
彼は、狐につつまれたような顔をしたまま、なんとかそれだけ言った。
軍務卿は横目で鋼務卿をちらりと見て口を開く。
「鋼務卿。こいつがどちらにしても、報告されているうち、黒髪の女というのは少なくとも人間だ」
それから、ファナ=ノアと目を合わせる。
「なぜ、そうまでしてこちらと関わろうとする? それほどの力があるなら、竜人のように不干渉を求めることもできるだろう」
「──互いを理解をしないままだと、時が経ればまた衝突するだけです」
ファナ=ノアは憂げな表情を浮かべた。
「知らないから恐ろしい。遠い存在だから、傷つけても何も感じない。違うから、優劣をつけたくなる。そうでしょう?」
ゆっくりと言ってから、ファナ=ノアはニール司祭──タキの郷の生き残りに視線を動かした。
「あなたたちに言いたいことがあるのは私だけではありません。ニール、」
小人の言葉でファナ=ノアは司祭ニールに話しかけた。
『君の言いたいことを言っていい。伝えるから』
ニールはびくりとして、二人の人間を見つめ、泣きそうな顔をした。
『……返せ』
声が震えていた。
『返せ。皆を、返してくれ……!
僕たちが何をした?
なんで、殺されなきゃいけないんだ?
どうして、あんなことができる?』
怒りと悲しみがない混ぜの表情で言葉を切ると、ニールは息を吐いて首を振った。
『…………』
彼は自分の手に視線を落として少しの間瞑目した後、顔を上げて口調を変えた。
『……弔いを手伝ってください。あなた方が何をしたのか、理解してからお帰りください』
家族も何もかも喪っただろう彼は、怒りも悲しみも呑み込んで、立場ある者として、ただ、繰り返さないために、残る仲間を死なせないために、何を言うべきか考えたのだろう。
(すごいな……)
そうラズは思った。
ニールが口を噤んだため、ファナ=ノアは一息おいてから軍務卿と鋼務卿に向かって言った。
「私も同じ気持ちです。しかし本来、強制することではありません。あなた方を人間を代表する者として招かせて頂きたいと思います。……ところで」
ファナ=ノアは一度言葉を切った。一度目を閉じてから、二人の人間を見つめる。
「会談の日、私と一緒にいた二人の小人をどうしました?」
「っ知らん……!」
鋼務卿は肩を震わせ、目を逸らした。
軍務卿が表情を変えないまま、代わりに答えた。
「荒野に捨てた、と報告を受けている」
「……そうですか」
ファナ=ノアの目が陰る。その言葉の最中、警務卿ブレイズ=ディーズリーを先頭にした兵たちが岩山を曲がって近づいてくるのが見えた。
先行して到着したブレイズは、黒い軍馬に跨ったまま、周囲を見回した。
「なんだ、これは? どういう状況だ?」
「警務卿。見ての通り、完敗だ」
空気を奪われて倒れたままの兵はまだ半数以上、起き上がった兵の中にも気分が戻らず嘔吐している者も少なくない。
「……そうか。軍務卿と鋼務卿が人質のうちは、俺も手出しはできんな。お前ら、救護を手伝ってやれ」
ブレイズに追いついた騎兵は返事をしてから、一旦歩兵たちの元に戻って行った。
「戦場で悠長に椅子に座って、何を話していたんだ?」
馬から飛び降りて、ブレイズが尋ねた。
「軍事的同盟と、経済特区のお話です。警務卿殿も聞いてくださいますか?」
彼は改めてまじまじとファナ=ノアを見た。
「本当に元気そうだな。……先に、こいつらの判断を聞きたい」
ブレイズは軍務卿と鋼務卿に視線を送る。
「請けざるを得ません! ……ほとんど脅迫ですよ」
鋼務卿は苦い顔で、ぶつぶつと言った。
軍務卿は腕を組んだまま鋼務卿を一瞥した。
「鋼務卿がそう言うならば、俺にも異論はない。利も、理もある。あとは領主がどう言うかだな」
「今のところはそれで十分です。冬は互いに行き来も難しい。じっくりと皆さんでご検討ください。春には私の力も回復しているでしょう」
最後の言葉に鋼務卿は頬を引きつらせた。軍務卿は眉を少し動かしただけだった。
(ファナなりの怒り方なんだろうな……)
終始感情の乱れを見せなかったファナ=ノアだが、大切な人々をたくさん殺した相手に対して、心中穏やかではないに決まっている。
「それで、警務卿殿のお考えは?」
ブレイズは少し考えてから、口を開いた。
「主張を通せるのが勝者の特権だろう。そもそも俺に選択肢はないと思うが」
「あっさりしていますね。本音をお聞きしたいんです」
「……俺は領民が平和であればそれでいい。お前たちは敵に回すと厄介だが、為すことに悪意は感じない。民は最初は嫌がるだろうが、人間意外とすぐ慣れるもんだろう。多少の反抗運動の対応くらい、大したことはない」
話をしている間に、四人の小人が連れてこられた。彼らは既に拘束を解かれていて、ニール司祭やファナ=ノアを見て、ほっとした顔をして駆け寄った。
それを見た軍務卿は眉をぴくりと上げてブレイズを見つめた。そして、思案するように目を細める。
「──話は終わりだな。今晩は、ここを野営地とする。呼ぶなら遣いを出せ」
軍務卿が立ち上がり、ファナ=ノアから離れたタイミングで、ラズはブレイズに近づいた。声を抑えて話しかける。
「なんで遅れてきたの? わざと?」
「こいつに説教されてな」
ブレイズが副官らしき男に目配せして苦笑いした。
「柄にもなく迷っているから尻を叩いたまでです」
しれっと毒舌を吐いたその男は、ブレイズより少し若い。
(迷う?)
何の間で迷ったのか。それはおそらくこの戦いの立ち位置に関することだろう。
「ちょっと隊の意思統一に時間がかかった」
そう言ってから、彼は軍務卿の部下たちの有様をもう一度見回した。
「しかし、とんでもない力だな。死に至るほどでなくて幸いだ」
「死なないように手加減したんだよ。空気を奪うなら、一気にやった方が楽だ。でもそうすると、死んじゃう人が出てしまう」
恐ろしい話だが、犠牲を厭わない方法の方が簡単に思える。
ブレイズと側にいた副官がぎょっとした。
「じゃあ晩の時、お前が殺す気だったら俺は死んでたのか?」
「うーん……?」
ラズは自分の手に目を落とした。相手を傷つけて命を止める不快な感覚は剣でも錬金術でも同じだ。
「そもそも僕は、皆が殺し合わないで済む方法を探してるのに、そんな仮定はありえないよ」
──自分が誰かを殺す気になるのは、多分それを諦めたときだ。
「そうは言うが、お前は人を殺したことがあるだろう」
「なんで、そう思うの?」
「剣筋に迷いがなかった」
ファナ=ノアを逃した夜──あの時は生き残るのに必死だったから、その剣が致命傷を与えるかどうかまで気にしていなかった。しかし確かに、そんな風に剣を振ることだって、四カ月前までは確かに躊躇いがあったように思う。
「……巨人を、三人」
ラズは呟いた。──自分に対する確認のように。
「お前まさか、後悔しているのか?」
「してるよ」
「獣だって生きるために、時に殺し合う。重く考えすぎるな」
慰めるような言葉に、ラズは少し俯いて曖昧に笑う。
「……ありがとう。自分を責めてる訳じゃないんだ、もう。繰り返したくないだけ」
──するすると口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。リンドウやレノ、ファナ=ノアの顔がよぎる。彼らを想うと、もう自分を責めたくないし、繰り返したくない。
顔を上げてブレイズの精悍な顔を見上げると、彼は無精髭を撫でてふっと笑った。
「────そうか。……」
「なるほど……力を貸したくなる気持ちが私にも分かります」
ブレイズの副官が、沈黙した上官の代わりに口を開いた。
「望むらくは、その純粋さが捻れて暴走しないことですね」
「……?」
彼の言った言葉の意味を反芻している間に、ファナ=ノアが杖をつきながら歩いてきた。
そして、ブレイズに頭を下げた。
「警務卿殿、おそらくあなたの行動の理由は、私たちのためではなく、友人……ラズのためでしょう。それでも、私はあなたにお礼が言いたい」
ブレイズは顔をしかめた。
「やめろ。俺はあんたを牢獄にぶち込んだ張本人だ」
「仕方ないことです」
ファナ=ノアは首を振った。
「あのお二人を、郷の弔儀にお招きしています。よかったら、警務卿殿もいらしてください」
「……ああ」
二人のやりとりを聞きながら、ラズは改めて辺りを見回した。
数百を超える兵士たちが、元気そうではないにしても、起き上がって互いの無事を確認している。
「僕たちがいなくなったら、また、先の郷を襲おうとしないかな」
「モズの郷の避難はもう済んだ頃だ。郷を踏み荒らされるのは不快だが、重大なことにはならない。私たちはタキの郷に行こう。仲間も待っている」
タキの郷の方角には鳶がたくさん飛んでいる。
一瞥した後ラズは頷いた。
「……分かった」




