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一歩(6)……決戦

 タキの郷近くにある谷に着いたのは、深夜になってからだった。

 少し離れた丘に、人間の野営地の明かりが見える。

 このくらいの距離なら、労せず中の様子が分かるとのことで、ファナ=ノアは先程から目を瞑っていた。


 しばらくして、ファナ=ノアが口を開いた。


「捕まっているのは……ニールたち教会にいた五人。拷問などは受けていない」


 ──ニール……確か、宴の時白い僧服を着ていた小人の名前だ。つまり、ファナ=ノアの十二人の同志の一人。

 ファナ=ノアの表情は闇に隠されてよく見えない。小さな松明の明かりを持ち上げると、赤い双眸がきらりと光った。

 ラズはおそるおそる尋ねる。


「他の皆は……?」


 ファナ=ノアはただ、哀しげに首を振った。


「──いない」


 すぐ側でファナ=ノアの身体を支えていた女司祭ウィリが耐えられないとばかり顔を覆った。

 ジルは壮絶な表情を浮かべて、ぎりぎりと奥歯を噛み締める。

 ファナ=ノアは暗い表情の同胞を見回し、伏せた目を(すが)めて首を振った。それから、顔を上げる。その目はもう先を見ているようだった。


「……それから、内装の違う大きい天幕をいくつか見つけた」

「それ、場所、描ける?」


 ファナ=ノアが紙の上に描いたのは、丘の頂上に大きな天幕が五つあること、それと麓に一つ、人質はその側だ。


「──この辺りは、常に人がいて、とても明るかった」


 白い指が麓の天幕を指す。

 ──この夜半にも関わらず……相当警戒しているということか。


「それはおそらく、警務卿の隊だ。直轄の憲兵隊は精鋭を連れてきているはず……」


 地図を覗き込んだグレンが控えめに教えてくれた。

 ──精鋭というと城にいた若い男と同じくらいの強さだろうか。ジル達のリーダーである戦士ノイなら対抗できるかもしれないが、明らかに多勢に無勢なので、できれば相手にしたくない。


「兵糧の位置は分かりそう?」

「ほとんどは丘の裾の反対側だ。あとその『憲兵隊』のところにも」

「なら予定通り、こっちは俺たちでなんとかする」


 ジルが本隊の兵糧の場所を指して言った。


『頼む。だが、無理はしないでくれ』


 ファナ=ノアが小人の言葉で声をかける。簡単な言葉なら、ラズも少しだけ意味が分かるようになってきた。


「それからラズ、さっき君が言っていた、呼吸を奪うという術だが……」

「ああ、うん。人相手でないと加減がつかめないと思うから、僕に試してみてよ」

「そんなこと……」


 ファナ=ノアは眉を(ひそ)める。

 ラズはにっと笑って見せた。


「大丈夫だよ。辛くなれば抵抗するし。酸欠なら高山で経験あるから、治し方も分かってる」

「……そう、か」


 顎に手を当てて、ファナ=ノアは考え込む。

 ジルの後ろで聞いていた、三つ編みの少女ビズが怪訝な顔をした。


「ファナ=ノアの術に、抵抗なんてできる訳ない」


 彼女の言葉に、ファナ=ノアは首を振った。


「いや、ラズはできるよ。たぶん私が本調子でも、彼の間合いに術を使うのは難しい。それに、リンドウさんも。おそらく、人間の術師は間合いが狭い分、その範囲で私たちより分がある」


 彼女は目を丸くしたが、ファナ=ノアの言うことは絶対なのか、それ以上言い募ることはなかった。


 それから少し、ファナ=ノアの術の練習に付き合った。

 ファナ=ノアは<波動>を展開して空気を支配し、空気の薄い空間を作り出す。

 抵抗できると簡単に言ったものの、それがなかなか難しく、ラズは何度か意識が飛びかけた。


(これはこれで、いい訓練かも……)


 冷や汗を流しながら、ファナ=ノアが自信をつけるまで十数回、繰り返す。


「……悪い。大丈夫か?」

「…………全っ然、大丈夫」

「強がるなぁ」


 見て分かる痩せ我慢に、ファナ=ノアは少しだけ頬を緩めた。


「この力を大規模に使うとすると、一度が限界だろうな」

「大規模にっていうのは……」

「……そうだな……この岩窟のある岩山くらい」

「それ、十分ファナ一人で全員の呼吸を奪えると思うよ」

「それは分からない。何隊か分けられたとき、小規模に何度も……とはいかないだろうから」


 ──使う際は一度にたくさん、十分引き付けて、ということか。


「……さて、時間を食ってしまったな。そろそろ動かないと」


 この後は、兵糧を焼く作戦だ。──その前に。

 ためらいがちにラズは申し出た。


「僕は、警務卿(ブレイズさん)に会って話がしたい」

「……おいおい」


 ジルが呆れか怒りか分からない声をあげた。


「意味が分からない」


 ファナ=ノアはその名前を口の中で反芻してから、澄んだ赤い瞳でラズを覗き込んだ。


「なんのために?」

「ブレイズさんは僕たちのことを理解してくれる……かもしれない。実際、良い人だと思うし」


 ──味方についてくれるまではさすがに期待できないが、精鋭と言わしめる部隊の長を多少なりとも振り向かせることができれば、戦況が好転するかもしれない。


「争いになりそうならすぐに逃げる」


 ──交渉が決裂した場合に備えて、こちらの位置も人数も伏せておくつもりだ。


 ファナ=ノアはじっとラズの顔を見つめた。

 深紅の瞳に、心の奥まで見透かされているような錯覚を覚える。


「何を交渉材料とするつもりなんだ?」

「……人間の安全。巨人と人間の過ちを繰り返しちゃ駄目だって」

「気持ちは分かるし、……君にしか伝えられないことだろう。しかし、マイナスがゼロになる程度の発想では、人は動かない」


 ファナ=ノアの口調はあくまで穏やかで、眼差しは答えを求める教師のようだ。


「明らかなプラスになる材料をもっていかないといけないってことだね」


 少し考えてから、ラズは再び口を開いた。


「僕が知る、錬金術の情報提供。この地域だと貴重なはずだから」


 それを聞いてジルがため息をつく。


「敵を強くする情報を渡してどうする」


 ファナ=ノアはふっと微笑して首を振った。


「いいや、共勝の理論には叶う。それに、私も近いことを考えていた」


 やがて、いつもの穏やかな口調で、


「君が決めたことなら止めはしないよ」


と言った。

 ──信頼している。暗にそう言われているような気がした。

 ジルはまだ言いたいことがありそうだったが、ファナ=ノアがそう言うならと口を閉じる。


「気をつけて。話が終わったらそう言ってくれ。ジルには風を送る」


 ラズは一同に頭を下げた。──これは失敗できない。


「ありがとう……。行ってきます」

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