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回顧と黙示(4)

 そのとき、ふわりとそよ風が吹いた。



「ラズ」



 声の方に振り向くと、二人の小人が風の中に浮いていた。


 白くて長い髪が風になびいている。


「ファナ! ……と、ノイ!」


 ファナ=ノアが地面に降り立つと、小人の青年──ノイがその肩を支えた。

 ノイは人間の街に奴隷となった同胞を助けに来ていた三人のうちの一人で、一番、体格がいい若い男の小人だ。肺炎はもう完治したらしい。


「どうせ余計な気を回してるんだろうと思って、私から会いに来たよ。……ところで」


 ファナ=ノアはラズをまじまじと見た。


「その顔は……なんだ?」

「えっ?」


 ファナ=ノアは、笑いを堪えている。

 レノがニヤニヤしながら、鏡を見せてくれた。顔の大部分は白、目元だけは黒のペイントがくっきりと浮かんでいる。


「……大熊猫(パンダ)? ────もー!」

「……あはは!」


 その様子を見て、ファナ=ノアは堪えきれず笑い声を上げた。隣の青年が少し驚いた顔でファナ=ノアを見る。


「ちょ、ちょっと待って! 消す! 消すから!」

「い、いや……似合ってるぞ? くく」


 ファナ=ノアの言葉遣いは男っぽい。声は高いが見た目は中性的なので、話してみても、性別はよく分からない。


「冗談きついって! あー! また違う素材!」


 さっきと同じように消そうとしたら、何か変質化してしまったらしく、今度は道化師(ピエロ)のような色味になってしまった。それを見たレノが笑いを堪えるように顔をそらす。──絶対わざとだ。


 ようやく顔のペイントを落とした後。

 足の悪いファナ=ノアのために、ゆったりと座れそうな椅子を錬金術で作ると、ファナ=ノアは不思議そうな顔をした。


「ありがとう。夢の中でもないのに、何でも器用につくるんだな」

「空を飛ぶ方がびっくりだよ。しかも今、郷全体に術の<波動>を使ってるでしょ?」

「普段は荒野全体を見渡しているんだが」


 ファナ=ノアは参ったというように肩を竦める。──見渡す、ということは、展開した<波動>を目の代わりにしているのかもしれない。

 さっきから、錬金術の<波動>を出す度に、ファナ=ノアの術らしき気配を感じていた。この場所が分かったのもその為か。


 ファナ=ノアは病み上がりだからか、話したり動いたりするのは辛そうだが、術についてはごく自然に使っている。──本人曰く全く本調子ではないらしいが。しかし空を飛んだり、広範囲の探査をしたり、とにかくすごい。

 ラズは荒野に入ってから、少しの間低い位置に浮く、というくらいはできるようになったが、跳躍の距離を伸ばす程度にしか活用できそうにない。

 宙に浮くのはロマンなので、<波動>だけで上向きの力をかけたり、空気を動かして気流に乗ったり、磁気をコントロールして重さをごまかすなど、色々手段を試しているものの、そもそも影響を及ぼせる範囲がそれほど広くはないので、あまりうまくいっていない。

 広い範囲で軽々と物を浮かすレノなら、空を飛ぶこともできるのだろうか。


「しばらくここにいていいの?」


 錬金術の談議もしてみたいのはとりあえず置いておいて、ラズは訪ねた。

 今、話ができる時間は短いかもしれない。念のための確認だ。


「ああ、今晩は祝宴。その間に、命の恩人に礼を尽くしてくると言って出てきたんだ」

「……恩人、か」


 小人たちには感謝されたけれども、ラズは自分がそんな褒められた立場にいるとはあまり思えなかった。


「──私を助け出すために、同胞(こびと)だけでなく、人間も血を流したことは想像がつくよ。君は、それで自分を責めているんだね」


 ファナ=ノアの白い髪が風を受けてキラキラとなびく。


「分かっているなら、私からは何も言わない。それに、私も同罪なんだ。とても、哀しい……私がもっと慎重であれば、全ての犠牲は必要なかったかもしれないのだし」

「ファナ……」


 長いまつ毛で半分隠れた赤い瞳が揺らぐ。


「しかし、皆が最善を尽くしてくれて、私は今ここにいる。そのことに……深い感謝と、新たなる誓いを」


 ファナ=ノアは微笑む。その表情は複雑だが、赤い瞳には強い光が宿っていた。


「ところで、ラズはあと何日くらい、ここにいられる?」

「……まだ、決めてない」


 それにこの件は、ラズ一人で決めることではない。

 しかし叔母リンドウは郷に着いてからもファナ=ノアの看病をずっとしていて、そういった話をする機会はなかった。

 彼女は人間の土地に戻りたいはずだ。レノはもともと小人の郷までという約束だし、次はリンドウと一緒に森の国に戻る旅になるだろうとどこかで思っていた。


「そうか。……明後日、私はノアの郷に戻ろうと思う。綺麗なところだから、良かったら寄っていかないか? ……考えてもらえると嬉しい」

「うん。リン姉と話してみる。レノはどうする?」

「同行していいのなら、()()ノアには行ってみたいですね」


 ラズが訪ねると、ファナ=ノアもレノを見た。そして何かを思い出そうとするようにこめかみに手を当てたが、すぐに諦めて頭を下げた。


「……どこかで会ったことがあるように思うのですが……覚えておらず、すみません」

「ああ、いいえ、初対面ですよ」


 レノは、変な顔をして手を振った。


「聖地、ノアって?」


 レノは小人の知り合いが一人いると最初に言っていたから、その人に聞いたんだろうか。

 ラズの問いに答えたのはファナ=ノアだった。


「私の故郷で、教会の本部がある。聖地と呼ぶのは……」


 ファナ=ノアが少し言い淀むと、隣の青年が呆れ顔で続けた。


「ファナ=ノアが生まれた場所だからだ」

「ノイ、私は正直なところ、それはあまり好きではない」


 しかし彼は小人の言葉でさらに何事か返す。ファナ=ノアは困ったように肩を竦めた。


「ファナは教会で一番偉い人なんだよね?」

「誰が偉いとか偉くないという関係ではないと私は思っているんだが……まあ内部でもちょっと派閥があって、そういう風に言う人もいるな」


 やや物憂げな表情を浮かべるファナ=ノアと目が会う。


「ラズは、<虚の王>を知っているか?」

「しろのおう……?」

「知らない……か」


 ラズが目を瞬かせて復唱すると、ファナ=ノアは残念そうに呟いたあと、話を続けた。


「円盤状のこの世界の真ん中の、何もない場所にいる存在。この世界を作り、四種の人と数多の怪物を生み出した。そして今、<虚の王>は老い、力を失い始めている。このままでは、怪物化する生き物が増え、天災が起き疫病が流行り、たくさんの命が危うくなる」

「……そんな」

「でも、<虚の王>が代替わりできれば、それは食い止められる」


 あまりにも突飛で、今まで考えたことのないような話だったが、ファナ=ノアは嘘を言っているように思えない。

 故郷の山では、ここ数年おかしな怪物や病が増えてきている、と大人たちは不安げに話していた。数ヶ月前に森の国の街近くで見た、半死の病をもたらすキノコもその一種だろう。


(それに、何ていうか……この話、知ってる、気がする……?)


 ──妙に引っかかる……どこか焦りさえ感じる。


「<虚の王>の後継は、これから起こる戦乱を鎮める者。……何が起こるのかは、私にもまだ分からないが」

「ファナは、どうしてそんなことを知ってるの?」

「さあ……分からない。物心ついた頃から。この話をすると、皆は、世界の中心に何があるか考えたことすらない、それはきっと神の啓示だろうと言う。……ラズはどう感じた?」


 ファナ=ノアは澄んだ緋色の瞳でラズを見つめた。


(どうって言われても……)


 <虚の王>の死、代替わり。──それが、神の啓示? 違う、そんな神聖なものじゃなくて、当たり前の事実……なぜ自分はそう思うのだろう。

 ──何か見えそうなのに、どうも考えがまとまらない。


「いきなりで、混乱してる……」


 正直にそう言うと、ファナ=ノアは困ったように笑った。


「……すまなかった。しかし、その反応で十分だ。おそらく、君も何か関係がある。……まあ、夢が繋がるなんてそもそも変だから、何かあるとは思っていた」


 ふう、と軽く息をついてファナ=ノアは言葉を切った。


「ラズのことを……聞いても大丈夫だろうか。あの緑がたくさんの場所は、どこにあるんだ?」

「あ、うん。ここからずっと東に怪馬で二ヶ月くらい行くと、草原があって。そこから先にいくとだんだん背の高い木が増えて、森になる……綺麗な川がたくさんあって、その向こうに大山脈が見えるんだ。

 たぶん、森の入り口から大山脈までは一ヶ月くらいで、その中腹ぐらいまで、森よりも背が高い針葉樹や、水が流れ落ちていく滝なんかがあるんだ。そこが僕の故郷で……谷の國があった場所」


 夢で山脈や故郷の景色を何度も見せている。

 ファナ=ノアは軽く目を瞑って想像するかのように聞いていた。それから、表情を曇らせる。そこがどんな景色に変わったかは、分かっているのだろう。


「もう誰も……いないのか?」

「ううん、ツェル兄とリン姉……叔母さんがいるよ」

「叔母さんとは、私の看病をしてくれていた女性であっている?」

「うん」

「では、兄上殿は今どこに?」

「森の国で、巨人と戦ってる……。とても強いんだよ!」

「強いって、ラズよりも? その……二人ともだが、遠くから見ただけでもこの辺で一番恐ろしい怪物同士の戦いより遥かに迫力があった。……腕が立つ云々は分からないが」


 苦笑しながら、「体を動かすのは駄目なんだ、私は」と、ファナ=ノアは付け加えた。


「錬金術なしだと、ツェル兄の方が断然強いよ。使ったとしても分からない。体力とか経験とか、色んな面で差があるし」

「そうか。ラズは兄上殿を尊敬しているんだな」

「うん。……ツェル兄が次の國長で、僕は色んなところを旅して、それを活かして、一緒に國を支えていくんだって思ってた」


 その國はもうなく、ラズは今、この先どう生きていけばいいか分からなくなっているのだが。


「……今は? 何かやりたいことはあるのか?」


 ファナ=ノアの問いかけに、ラズは少し考えてみた。そして、浮かんだ考えを口にした。


「小人も巨人も人間も、争わなくていい方法を探したいな」

「それは私も同感だ。私たちの道が今後交わることを祈ろう」


 そう言って、ファナ=ノアは微笑んだ。


「うん」


 ラズも笑い返す。

 こんなに話したのは初めてのはずだが、小さい頃と変わらない微笑みは、まるでずっと傍にいた友達かのようだ。

 一方でラズは、ファナ=ノアに対して強い尊敬の念を抱いていた。──この友人に恥じない生き方をしたい。そう思った。


ファナが使う術の名前について


・空を舞う術

→<空の鳥(ソラノトリ)


・見聞きの術

→<空の目(ソラノメ)


と、ファナは呼んでいるそうです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず、ここまで読みました。 ノア!(つд;*)ヤットアエタ ラズについて理解が深まり嬉しかったです。 ありがとうございます!!
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