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奴隷(6)

 めまいを感じた後から、だんだんと強くなっていた違和感があった。


 朝日が昇ってから一度休憩し、一行はまた走り出していた。

 病人が四人いるので、レノの怪馬に一人引き受け、前を走る三頭には、残り九人の小人たちが分かれて乗っている。


 ラズは、感じていた違和感の正体を、胸中で反芻する。


()()()が、どこにいるか分からない?)


 昨日まではっきりと感じられた気配が、今はとても稀薄で、方向も分からない。──もしかして、何か、あったのだろうか。


「荒野まで……何日かかりそう?」


 尋ねてみると、小人の少女は、


「四日。ここからは、夜は、少し休む」


と答えた。

 ラズたちが元々想定していた残り一週間よりは短いようだ。


 しかし、もしあの子に何かあったのなら、四日という時間はとても長く感じる。ラズは唇を噛んだ。

 ──これ以上、失うことがとても怖かったのだ。


「ラズ?」

「何か、焦っている?」

「……なんでもない。ちょっと嫌な予感がするだけ」


 リンドウと少女に交互に尋ねられたが、誤魔化すことしかできなかった。




 その夜、休憩をしていると、目つきの悪い小人の男、と三つ編みの少女を含めた四人の小人が、急に緊張した面持ちで何かやり取りを始めた。


「何が……あったのかな」


 その問いに、スイが代わりに答えた。


『───ファナ=ノアが人間に捕われた』


 その声は怒りとも焦りともとれる響きを帯びていた。


『───人間との和平の会談で、騙し討ちをされたのだと』

「え?」


 ──和平の、会談? 騙し討ち?

 スイの言葉を反芻する。


「それは──いつ」

『───昨晩、だそうだが』


 ラズがめまいを感じたのも昨晩だ。偶然、なのだろうか。そうは思えない。


「なんで──そんなこと分かるの」

『───我々同士の念話は、走るより速く伝わる』


 それはつまり────人間が早馬を飛ばしても三日かかるような距離を、一日で情報伝達できるのか。いつもなら感心するところだが、今はその内容の方が気になる。


 小人の男が血走った目で何か叫び、膝を折って地面を叩いた。乾いた土に打ち付けられた拳に血が滲んでいる。

 それ程に、彼らにとってファナ=ノアという人は大きな存在なのか。

 ラズにとっても、だが。

 夢という不思議な縁で繋がった幼なじみ。必ず会うと約束した友だち。故郷を失った日も、ずっと元気づけてくれた人。ラズが今ここにいる理由。


 ラズは膝を折ったままの小人の男に歩み寄った。


「──助けに、いくんだよね?」


 彼はハッとしてラズを見た。


「助けに、いくんだよねっ!?」


 ここにいる小人たちを解放したみたいに。なにか、手段を持っているのではないのか。

 しかし──彼は、唇を噛んで首を振った。小人の少女もその側で棒立ちしたまま、暗い表情で目線を落としている。


「……私たちには、人間みたいな、軍隊はない」

「──そんな。じゃあ、ファナ=ノアはどうなるの」


 彼らは誰も答えられないようだった。

 助ける手立てがないから、何もしない……できない。小人たちの辛く重苦しい雰囲気は、絶望に似ていた。

 ラズは自分の声が震えるのを感じた。


「──そもそも、どうしてファナ=ノアは捕まったの」

「ファナ=ノアは……、<ノア>の教主で、奇跡の子。ばらばらだった私達を導いて、人間と正面から、対話を。求めてた……ファナ=ノアの力があれば、人間も、私達を対等に、扱うんじゃないかって──」


 少女はぽろぽろと涙を溢した。


「ファナ=ノアが捕まったら、私たちはもう、言いなりになるしかない、のかも……。あの人でも抵抗できなかったなら、私たちに、なんとかできるはずがないっ……」


 小人の男が絶叫をあげ、固い地面をもう一度強く叩いた。──人間なんて全て死んでしまえ。そんな慟哭だった。


(────殺し合わなくて、済む方法を、探しにきたのに)


 せめて、あの子──ファナ=ノアを救い出すことができれば。

 腕づく、あるいは交渉で。残念ながら、ラズには交渉材料など思いつかない。それでも。


「リン姉、レノ、……あのさ」


 ラズは小人たちの様子を見守っていた二人に、すがるように言った。


「僕は…………助けたい。何か、したい」


 リンドウの表情が強張る。

 人間に捕まっているならば、お城にあるような堅牢な地下牢かもしれない。看守が何人もいて、その外には城の警備兵。そもそも街に忍び込むことだって簡単ではないだろう。考えるほど、怖くてたまらない。それでも。


「なんでそこまでして……!」

「今何かしないと、取り返しがつかなくなる気がするんだ」


 ──もし何もしないで、あの子が死んでしまう結果となったら。西の果てまで来た目的までも失って、この先何を希望として生きていくというのか。

 リンドウは強張った表情のまま、俯いてしまう。分かってる。無茶だ。いくらなんでも、無謀すぎる。


「……ごめんなさい。でも。せめて。どんな状態で、どんな場所に閉じ込められてて、どんな風に扱われてるか、調べるだけでも……!」


 黙り込んだリンドウに代わり、レノが深く思案するように腕を組み、口を開く。


「────私は、森の国で、『君にできることはない』、と言いました」

「……」

「ですが、本心では……君はきっと一人でも、言葉が分からなくても、時間をかけて巨人たちと向き合い、味方につけ、同じように(ツェンヴェル)も変えることができるかもしれない、と思っていました。止めたのは、それを本心で望んでいるように見えなかったからです」


 思わぬ言葉に、ラズはレノの顔を見つめた。プラチナの双眸が、月輪を映し込んで白く光っている。


「今は、どうですか? どうしても、助けたいと思っているんですね?」


 静かな問いかけを反芻しながら、ラズはゆっくりと頷く。


「うん」


 責任感や、義務感なんかではない。

 幼い頃からの約束を果たしたいという、切な願い。


「であれば、私は止めません。ただし、私は国を敵に回す気はありませんので、表立っては協力できませんよ」


 国を敵に回す……ラズがしようとしているのは、そういうことなのか。分かってはいたが、口にすると重い響きがある。


「……それでいうと、もう私も平原の(この)国の敵か……」


 リンドウがぽつりと言った。


「……うん。どうせ止めても無駄なのは分かってるし、私は協力する。だから、一人で思い詰めようとするのはやめなさい」

「……はい」


 小人の少女は信じられない顔でラズたちの顔を見比べた。


「だめ、そんなこと……! だって、私たちが、何かしたら、すぐ、ファナ=ノアを、殺すって……」

「それで言いなりになって何もしなかったら、あの子は助かるの?」


 彼女はくしゃ、と涙に濡れた表情を歪める。

 助け出すと決めた以上、彼らの協力は絶対必要だ。

 だったらこんな言葉では足りない。彼らの弱気を吹き飛ばすにはどうすればいい?

 ラズは深く息を吸った。少女と、顔を上げてラズを睨んでいる小人の男に向かって、強い口調で、ゆっくりと噛み締めるように言い放つ。



「……僕は、たとえ一人でも行くよ。

 『ファナ=ノア』を死なせたくなければ、協力して」



 ──一度(いちど)やると決めたら、身を引き摺ってでも、最後まで諦めるつもりはない。本気の言葉だった。

 レノとリンドウはその語気に驚いたように、ラズを見つめている。少女は肩を震わせて顔を上げた。


「×××××!!」


 小人の男がばっと立ち上がって叫び、ラズの胸ぐらを掴む。


「っう……」


 右肩と左の脇腹が痛烈にうずき、堪えきれずに小さなうめきが喉からこぼれた。

 それでも、彼の目を真っ向から見返す。

 そのまま、しばらく睨み合った。


 沈黙を破ったのは、レノだった。


「──どれだけ急いでも、一日はかかる。それだけあれば動けるくらいには治療できるでしょう。ですよね、リンドウ?」


 穏やかに、男の腕を下げさせる。


「え、ええ。おそらく」


 リンドウは戸惑いながら答えた。

 レノは頷いて続ける。


「小人たちの郷から、応援を呼ぶことはできますか?」


 これに、少女の小人が頷いた。

 ラズはレノを見上げる。


「レノは、この辺りのこと、どれくらい詳しいの」

「そうですね。何年か住んでいたこともあるので、土地勘はある方かと」

「じゃあ、どこにファナ=ノアが捕まってるかも、予想がつく?」

「ええ。収監されるとしたら荒野の二つ手前にある領主の城がある街でしょう」

「えっと、地図、地図……」


 荷物袋から、羊皮紙を取り出す。

 レノが示した領主の城のある街を探しだして、方角を確かめる。


「岩場が多そうな地形だね。近くに身を隠せるかな」

「ああ、近くに人が近寄らない大きな岩窟がありますよ」

「なら、できるできないの議論は、まずはそこに集まってから、かな」


  ラズとレノの話のテンポに戸惑った様子で、小人の少女が後ろを向く。


「……ノイ。どうしたら……」


 そこに、ずっと横になったままだった、もう一人の服装の違う小人がいた。体を起こして咳をする。ノイ、というのは彼の名前だろうか。


「……×××」


 その小人は、どちらかと言えば体格が良く、戦士のような力強い目つきをしている。

 目つきの悪い方の小人の男が、何か言いかけて口を閉じる。もしかすると実は彼が彼らのリーダーなのかもしれない。

 彼はさらに仲間と何かやり取りをした後、少しおぼつかない足取りで立ち上がり、強い決心を帯びた目でラズを見据えた。

 そして、口を開く。流暢な人間の言葉だった。


「──俺たちはもう、お前に、賭けるしかない。

 ……お前のそれが、口先だけではないことを、願う」


錬金術での治療について補足。


実際には、ひびの入った骨は治せても、筋肉や内臓、その他の器官を全て元どおりにするのは容易くない。

浅い火傷ならともかく、重い怪我の場合には、下手に術でなんとかするよりも、人体の自然治癒力に任せた方が良いのが通常、という設定です。

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