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奴隷(5)

 スイの背中に戻ってから、ラズはずっと物思いに耽っていた。


「……ラズ?」


 リンドウが心配そうに声をかける。体に力が入らないので、手綱はリンドウに握ってもらっていた。スイが小さい川を飛び越える少しの間の浮遊感の後、ラズは返事の代わりに考えていたこと口にした。


「小人たちは、人間を憎んでいるんだよね。……当たり前だよね」


 脳裏には、刃を向けてきた小人の男の顔を思い出していた。

 ラズにとっては異種族も自分と同じ()だった。小人を虐げていた街の人々は、人間であるラズには優しかった。

 しかし、(みずか)ら決めて手助けしたとは言え、小人と間違われ殺されかけたことで、少なからず、人間に対する負の感情が湧き上がってくるのを止められなかった。


「……私も、あんたやレノが居なかったら、きっと虐げる側だったと思う」

「え……?」

「大人になればなるほど、自分と違うものへの区別をしがちになってしまうもの。自分に都合のいいように……」

「意味、分かんないよ」

「……ごめんね。うん、私だって、あんな状態でいいとは思ってない」


 口を尖らせたラズに、リンドウは慌ててそう言った。


「小人は、あんな扱いを受けるくらい、過去に何かひどいことをしたのかな」

「さあ……私には」


 分からない、と彼女は首を振った。

 荒れ野原に沈黙が下りる。

 代わりに、レノが口を開いた。


「──……ありませんよ、小人たちからは。私の知る限りは……何も。彼らは争いを好まない」

「じゃあ、なんで」

「荒野の開発に、小人が邪魔だったんです。時の権力者が、彼らを大地の汚れであると民衆を煽動し、彼らの土地を奪うことを正当化した」

「……」


 ──なぜ、そんな理由で、人々は小人たちを虐げ始めたんだろう。おかしいと思わなかったのだろうか。

 その考えを読んだのかのように、レノが続けた。


「痩せた土地での厳しい生活に、国の搾取。民衆は、『自分はまだましなのだ』と思えるような存在を無意識に求めているんです」


 街の人々もまた被害者だということか。


『───だから人間は嫌いなのだ』


 スイがボソリと呟いた。

 ラズはその背中で、哀しげに目を伏せた。


「もう一回、ちゃんと話がしたいな」




 †




 暗くなるのを待って街郊外の林に立ち寄ると、そこには小人たちだけではなく、別の怪馬が三頭いた。路地にはいなかった小人も一人いる。三頭の怪馬は彼が連れてきたのだろうか。


「何の用だ」


 つっけどんに、小人の男が睨みつけてくる。


「薬がいるでしょう?」

「……ありがとう」


 リンドウが差し出した薬を、小人の少女が受け取ってくれた。


「君たちは、これから荒野に帰る……の?」


 ラズはスイの背中から降りて彼女に問いかけた。

 ふらつきそうになるのを、スイが鼻先で支えてくれる。痛いので正直動きたくない。

 しかし、ちゃんと同じ目線で話がしたかった。

 少女が何か言う前に、小人の男がきつい口調で言い放つ。


「お前たちに、教えない」

「僕たちも、荒野を目指してる。ファナ=ノアに会いたいんだ」

「勝手にすればいい」


 小人の男の突き放す口調にたじろぎつつも、なおも会話を続けようとラズは言葉を選ぶ。


「うん……そうする。……君たちは、仲間を助けて、そのあとどうするの? 人間と戦うの?」


 目の前の男と、少女と、もう一人の小人以外は、きっと領主の館にいた元奴隷だ。

 彼らは痩せ細り、粗末な服を着せられ、怯えた目でラズを見ている。

 もしかすると、彼らは奴隷となっている仲間を助けようと、人間の領地の外……荒野からやってきたのではないだろうか。おそらく荒野には、人間に隷属しない小人たちが住んでいる。街で聞いた『掃除』や『仕入れ』は、彼らに向けた言葉なのだろう。


「俺たちは人間とは違う。争い、屈服させ、支配することより調和を望む。……だが()は」


 男はギラギラとした昏い目でラズを睨みつけた。


「人間の罪を許さない」

「……罪、か。そうだね。……僕も、この国の人が君たちにしていることを許せない──」


 ラズの言葉に、男はみるみる血相を変え、怒りをあらわにした。


「……やめろ。……お前は! 奴らに、手加減していただろう!!! お前も所詮は奴らの側……人間だ!!」

「──っ」


 なんと答えたらいいか分からなくて、ラズは唇を噛んだ。

 ──怖かったのだ。血を流し人が息絶える姿を、自分が作り出すなんて到底できない。

 だけどあの兵士たちは立ち上がったらまた、小人たちを苦しめようとするに違いない。一時凌ぎをしても、自分や小人たちの首を締めるだけだ。

 ……()()()のように。


 ──そんなことは分かっていたのに。


「……じゃあ、どうすればよかったんだ!!」


 絞り出すように叫ぶ。

 脳裏に、國が燃えた日のことがちらつく。


 必死の覚悟で振り抜いた剣。

 今も手に残る、命を奪う感触。

 業火のように燃え上がる憎しみの眼差し。


 堰を切ったように、怒りとも恐怖ともつかない感情が溢れ、声が(うわ)ずった。


「殺しても、誰も守れなかった!! 殺せば殺すほど、余計に怒って皆を殺そうとするじゃないか!!!」


 そして最後に残されたのは、全ての悲劇を引き起こした罪と、家族や故郷を喪った哀しみだけだった。 


 遥か昔、最初に巨人を殺したのは人間だったのだという。

 人を襲って危険だから仕方なく、しかし徹底的に殺し尽くした。

 報復をされないように。

 しかしそれは起こってしまった。あの日の巨人たちの憎悪の表情が脳裏に()ぎる。


「だったら、いつまで殺し合いを繰り返せばいい!?」


 ──生き残った自分が、巨人に復讐したとして、あの巨人の子はどう思うだろうか。

 それでもラズは自分の兄すら止められなかった。街を襲われた森の国は、大規模に巨人の討伐をするという。

 この国でも、小人たちが非道に扱われるのを見て見ぬふりすることしかできなかった。

 ──自分は何もできていない。それがとても苦しかった。


「……この世界から、憎しみが消えてなくなればいいのに」


 いつの間にか頬が濡れていた。

 背の低い草の間から、秋虫がりりり、と羽根を鳴らしている。


 さわさわ、と夜風が吹いた。

 ラズははっと我に返った。慌てて動く方の腕で顔を拭く。

 彼らには全然関係ない感情をぶつけてしまった。


「ファナ=ノアと、同じことを、言うのね」

「え?」


 それまで黙っていた少女が口を開いた。


「ジル。×××××……」


 男に何事か言う。


「×××!」


 ジルと呼ばれたその小人の男は、乱暴に返答すると背中を向け、少し離れたところにそのままどすんと腰を下ろした。

 もう一人の小人とも話した後、彼女はラズに向かって言った。


「私たちは、彼らを、郷に送り届ける」


 疲れた顔の痩せた小人たちを指して言う。


「ついてくるといい。ファナ=ノアもそこにいる」


 思わぬ提案に、ラズは驚いた。


「う、うん! ありがとう!!」


 少女は横顔だけで静かに微笑んだ。




 夜のうちに移動すると言われ、怪我の痛みに苦心しつつ再び怪馬のスイによじ登る。

 あんな風に泣いたのはいつぶりだろう。ずっと奥底に押し込めていた感情を吐き出したからか、心が少し軽くなったように感じた。


 『ファナ=ノアと同じことを言う』──耳に残ったその言葉。どういう意味だろう。夢ではいつもただ優しく笑うあの子も本当は、辛いものを抱えているのだろうか。


 (あぶみ)にかけた足に力を込めようとしたとき、急にくらり、とめまいがした。


「───?」


 すぐ側にいた叔母が支えてくれる。

 怪我のせいでもない、今までに感じたことのない感覚だった。

 なぜだろう。すごく──哀しい?

 周りの音がとても遠くなり、一瞬が永遠のように引き伸ばされる錯覚。撃たれた場所ではないはずの、左腿が熱い。


((……だけでも、助けなければ──))


 誰かの、強い思念の声が頭の中で反響した。



「……ラズ! ラズ! しっかりしなさい!」


 リンドウの声がする。

 急激に現実に引き戻され、ラズは頭を振って、上体を起こした。

 夜空は静かで日輪の影がうっすら空に浮かんでいる。


「大丈夫ですか?」


 それまで馬上で静観していたレノも怪馬から降りて側で気遣ってくれた。

 何度か頭を振ってみる。一度深呼吸もしてみた。違和感は多少残っているが。


「……大丈夫みたい。ごめん、急に。早く行こう」

「そうですね」


 レノは荒野のある西の方を一瞥してから頷いた。

 もう一度スイの背中に登ると、


『───落ちないよう気をつけるといい』


とぶっきらぼうだが心配してくれているとも取れる声が聞こえた。

 立髪を撫で、手綱を握る。

 いつものように後ろに乗っているリンドウの体温に、少し気持ちが落ち着いた。


「……行こう!」


 すでに動き始めた小人たちの怪馬の後を追い、ラズたちは出発した。


他者を仲間にしたいなら、本心でぶつからないと、相手の心に響く言葉は出せない。

そしてずっと我慢したり考えないようにしようとしてきたラズは、やっと泣き叫ぶことができました。


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