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平原の国(20)……爪の竜

 リューン公爵領……別名リューン公国は、南側の平原の国の王家直轄領と、北側の竜人<爪の民>の住む山地に挟まれている。そして、北東から真東にかけては旧森の国の領地が広がっていた。この土地を占領を維持し、森の国中枢へ侵攻を試みる王国軍へ物資を提供するというのが現リューン公爵に課された責務なのだそうだ。

 占領地の大きさは、まっすぐ通り抜けるとすれば怪馬だと多分四日くらい。その地域に作られた五つの砦をまともに一周するとしたらひと月はかかる。……だから、今回のターゲットは竜人が陣取った裾野に程近い、三つの砦に絞るしかなかった。

 ラズの無茶とも言える作戦に、最初は疑惑顔だった竜人たちだったが、<爪の竜>のプレッシャーとラズ自身のパフォーマンスでどうにか納得してくれた。強者に従う文化は難しいことが減って有難い。


 結果としてラズは、約五十人余りの竜人の協力を得て、砦の征服に向けていそいそと深夜から動き出したのだった。




 †




 ズ……ドォォンッ──


 朝焼けに照らされる砦に、爆破音が轟く。


 その場所は、もともと領主が治める城下町を攻め落とし、補修してそのまま使われている軍事拠点だった。

 街の人口は約一万、近隣を支配し防衛するために配備された兵の数は約五千。うち純粋な戦闘員はおそらく約半数、そのうちの何割かが、みるみるうちに煙が立ち(のぼ)る城門に集結してくる。


 宣戦布告の直後に石垣が倒壊したことにより慌ただしく兵士が配備されていくのを、近隣の林に身を隠して伺いつつ、ラズは呟いた。


『あの数なら、裏側にも回してるか……やっぱ、側面の方から行こう』


 その言葉を側で聞いていた竜人の一人が頭を抱える。


『正面の方はそのまま引きつける、っだったか。あーまどろっこしい!』

『裏側の人たちは合図したら陽動して退がる、って段取りでよろしく』


 文句たらたらの竜人たちを促して、口元を白い布で隠して簡単に変装してから、ラズもようやく動き出す。正面と裏口に陽動を置いて、側面から隙を突く、という作戦だ。

 

 竜人の一人が街壁に手をかざすと、ガラガラと崩れて道ができた。……ここから無警戒の市街地を通り抜け城に辿り着けば、本丸の戦力は千人くらいだろうか。奇襲により体勢が整っていないところを、 単純計算、一人三十人。────竜人たちにとっては、問題ないハンデだ。

 さらに内堀を飛び越えて城を覆う内壁を崩すと、右往左往していた兵士があんぐりと口を開けこちらを見た。

 ──ここからが本番だ。


 ラズは息巻く竜人たちの後ろから釘を刺す。


『さっきも言ったけど、殺すな・遊ぶな・無理するな、だよ!!』


 ぶーぶーと竜人たちから上がるブーイングを無視して、ラズは一人、人波をすり抜け駆け出した。


(急がないと────!)


 時間はあまりない。

 正面の外郭に引きつけた本隊が陽動に気がついてここに駆けつければ、今度は包囲される格好になるから、さすがにまずい。

 猶予は約十分。

 それまでに、司令官のところに到達できないと負けだ。その場合は裏門に潜ませた竜人(なかま)に合図して陽動を起こし、退却する手筈になっている。


(だから、目指すは大将首────!)


 竜人たちの影から物陰に飛び込み、そのまま城内に侵入する。

 竜人に気を取られた兵士たちは、さっさと脇を走り抜ける少年に気づかないようだ。あっけなさが小気味よくて、ついついからかいたくなる。が、調子に乗ってへまをするつもりはない。──こういうところが頼りになると言われたのは、鉱山都市の武装組織を制圧した時だったか。


(……あの時は正義の味方だったんだけどなぁ)


 竜人の側に着くと決めたのは早計だったかもしれないと、敵意に燃える公国兵たちを見て思う。──ラズはいつもこうだ。結局大勢を敵に回しても、誰かが傷つくのを見過ごせない。

 柱の陰に滑り込んで、独りごちる。


(宿場町では人が殺されるのを見てるしかなかった──けど!)


 あの時はリンドウや商人たちがいたから仕方なかった。仕方なかったが、苦しくてしょうがなかった。──だけど、今は違う。顔を隠して、関係がバレない限りは、自由に動けると思う。都に残っているはずの彼女たちは、きっと無事だろう。……ピアニーだって、いるのだし。


 無意識に噛み締めていた奥歯を緩めて顔を上げたとき、伝令らしき兵士が走って行くのに気がついた。勘が正しければ、その先に命令を出している人物……司令官がいるかもしれない。

 

 その兵士の後を追いかけて階段をするりと登ると、通常謁見に使われていそうな広間にたどり着いた。

 柱の影に滑り込み、報告の口上に耳をそば立てる。やりとりを聞く限り、ここにいるのが砦の総司令で間違いないようだ。


「……です! 大事をとってお逃げ下さい、閣下!」

「たわけが! 三軍に城を包囲させろ、一軍は爆薬を仕掛けたらすぐに退避だ。二軍に伝令をしろ」


 てきぱきと指示を出す閣下とやら。


(爆薬……! そうはさせない)


 こちらが一番嫌がる手を打ってくれる。いかに竜人だって爆発に巻き込まれたら、被害が出るかもしれない。

 ラズはすっと足音を立てずにその壮年の男に近づく。


「鉄柵で封鎖を──」

「意味がない! 襲撃者は竜人だろうが──」


 総司令は言いかけたところではっとラズに気がついた。即座に素早く腰の剣に手をかけ抜き放ちつつ、吼えるように命令を下す。


「銃撃しろ!!」

「いいや! 終わりだ!!」


 ラズも牽制するように叫び返す。

 振り抜かれた剣を鞘でいなして一気に間合いを詰め、勢いをつけて足払いをかける。体格差があるからただ足をかけても相手の体勢を崩せない。術で筋力を上げ、反動で自分の足にダメージがいかないように衝突の衝撃の方向を変える────



 ゴッと、脛骨にヒビくらいいったかもしれない鈍い音がした。



(あっと、やば──。やりすぎた)


 どうやらシャルグリートとの毎日の修練のおかげで力加減の感覚がおかしくなっていたらしい。

 前のめりに倒れた総司令の首元に、内心謝りながら抜いた剣を当てる。

 さらに息を吸って、鋭く周囲を牽制する。

 ラズの低い声が広場の高い天井に響いた。


「全員、動くな!!!」


 びくりとたたらを踏む兵士たちを睨みすえる。動きが止まったことに安堵しつつ、今度は足元の総司令に声を投げかける。──できるだけ、低く、冷たい声で。


「降伏するならこれ以上の危害は加えません。五秒で決めてください」


 しん……、と静まり返る。


(五、四、……)


 これで戦闘が終わらなければ大人しく退却するしかない。この司令官はどう判断するだろうか。さっきの指示や判断の素早さからして、こちらに後がないことに気づいている可能性もある。


(三、二、……)


 司令官は痛みに歯を食いしばりながら、ゆっくり口を開いた。


「──降伏し、この砦を放棄する。伝令を出せ」


 ラズはふう、と深く息を吐いた。

 蒼白になった伝令が広間を出て行ってから、ぽつりと呟く。


「……ありがとうございます」

「何の礼だ」


 司令官はラズを睨んだ。そして、多分まだ少年くらいの年格好であることに驚いたように眉をひそめる。


「断ればお前はこの場を皆殺しにして一度逃げ、兵が集まったところを火薬を奪って城ごと吹き飛ばすのだろう、と予想したから降伏したんだが?」

「……軍隊じゃないんで、そこまでしません。ただ飲み水に下剤を溶かし、明日改めて(うかが)うつもりでした」


 実際、三つのうち後回しにした最後の砦の上流の滝壺には、既に腹の調子を崩す樹木を沈めてある。戦争の基本は水だとどこかの本で読んだが、もはやなんだか悪役の気分だ。

 ラズの答えに司令官は面食らったように目を見開いた。手の内を明かすということは、今人間側が再び抵抗すれば砦を奪還できると教えているようなものだ。なぜ、と思っているのだろう。


「なら訊くが、我々を追い出した後、どうやってここを守るつもりだ?」


 司令官の問いに、ラズは口元を歪めた。もしこの人物を会話で懐柔できれば、この先動き易くなる。慎重に、言葉を選ぶ。


「その必要はないでしょう。竜人は明後日公爵軍と衝突します。皆さんは、()()()()()()()()()()()()でしょう?」


 しばしの沈黙。


「────馬鹿か? ここがもぬけの殻になると聞いて、言う通りにするはずがなかろう」

「あれ、そんなに大事ですか? この砦」

「……は」

「どうせ守っても本国の国王に取られるから、面白くないと思ってるんでしょう。ならあなた方が守るべきは公国の主なんじゃないですか?」


 司令官は瞬きした。

 そして、老獪な笑みを浮かべる。どうやら、興味を持ってくれたようだ。


「お前さんの目的は何だ? 公国に何を持ちかける気でいる」

「大したことじゃないですよ。ただ、災害で帰る場所を無くした竜人が公国の都を皆殺しにするのを止めたいだけです。協力、してもらえませんか?」




 † † †




 同時刻。

 ピアニーたちは竜人の噂を追って北東に向かっていた。

 雑木林は苦手なのか、怪馬の背中はいつもより揺れる。

 怪馬の鞍は、人間が一人横になれるくらいの幅と長さがある。中央に窪みがあるので本当に横になってもそうそう落ちない。だからといって眠るには危険すぎる。安定しているとはいえ時々不規則に揺れるからだ。たまにラズがそこで居眠りをしているのを見たときには冷や冷やしたものだ。……とにかく、それだけ大きいものだから、跨っても普通の馬のようにバランスをとれるものでもなく、横座りして鞍の取手を握るとか、そんな乗り方をすることの方が多い。

 今はその大きな怪馬の背に、リンドウを先頭にピアニーとリゼルの三人で乗り合わせていた。

 ラズの愛馬スイは<犬>と共に主を探しに行ったから今はいない。

 シャルグリートの怪馬はその背中に誰も乗せず、すぐ近くを走っている。乗り手に似て気性が荒いのだが、本能で群れる生き物だからか、何も指示しなくてもピッタリと側を離れない。


 前に跨ったリンドウが、緊張した面持ちで口を開いた。


「……ビライシェンって、電磁波を使うんだよね。対策はあるの?」


 その問いに、ピアニーは少し考えてから答える。


「戦いになったら、こちらの負けだと思うわ」


 正直、ビライシェンの電磁波を打ち消すなんて真似がピアニーにできるとはまだ思えない。位相を読み取って逆位相の波を作るとか言われてもサッパリなのだ。深く考えずできるのはラズとファナ=ノアくらいだろう。術の気配は分かるから放射範囲を絞ってくれれば避けるくらいはできるだろうが、全方位に攻撃をされれば避けようがない。

 リンドウが焦ったように半分振り向く。


「えっ……、それで追いついてどうするつもり?」

「追いつくのではなくて、先回りするの。できれば、軍の信用を得て中に入り込みたいのだけど」


 ピアニーはそこまで言って口ごもる。

 数万の兵全員を狙うつもりならお手上げだが、ここまでの情報によると、ビライシェンが撒き散らした『疫病』は多くて数百人。つまり、射程はそこまで広くない。ならば、彼が公爵に近づけないようにしながら、暗殺を諦めるよう交渉する手もあるだろう。


 とはいえ……公爵の率いる軍に紛れ込んで傭兵のふりをするのは難しい。リゼルはともかく、女子供が軍隊に何の用だと思われるだろう。

 リンドウはうーん、と唸った。

 彼女はラズを助けたいと思っているだけだから、公国軍に紛れるなんてとんでもないと思っていることだろう。


 しかし実際彼女が考えていたことは、ピアニーの予想と反対だった。


 艶やかな黒髪を風に靡かせ、リンドウは真顔でそれを口にした。


「ならさ、地元の薬師として近づけばいいんじゃない?」

危なげなく公国の砦を落としていくラズ。(これまでになく順調なのが、逆に不安ですね……)


それぞれに行動するラズとピアニーは仲直りするのか、しないのか……?思惑が交錯するこの先をお楽しみに。

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