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平原の国(18)……爪の竜

 ごつん、という頭への衝撃と共に現実に引き戻される。


(え────!? 気を……失ってた……っ?)


 一体、いつの間に。どのくらいの時間が経ったのか。

 あの真紅の(あぎと)が目の前に広がって、避けなければ、と考えたところまでは覚えている。その時には既に意識が朦朧としていて、身動きすら取れなかった。

 全身がべっちょりしているのは多分……あの青竜の唾液。すぐに食べるつもりは無かったようだが、これは一体──?


 とにかく、すぐさま目を開け身体を起こす。

 すぐそばに慣れた気配を感じて、ラズはその名を口にした。


「シャル?」

『おう』


 腕を組んだまま、彼は答える。

 どちらかと言えば落ち着いたその様子に、ようやく少し気が緩む。


 シャルグリートの目線を追って振り返ると、そこにはさっきラズを吐き出した青竜の巨体と、数十を越える人影があった。

 軒並み背が高くてがっしりしていて、髪色の色素が薄い。目つきは鋭く、それより目を引くのは異様に大きく厚みのある、爪。


『竜人、爪の民…………?』

『そうよ』


 背の高い女が答え、前に出てラズを見下ろした。

 鮮やかな朱が塗られた彼女の爪は指の関節二つ分がまるごと硬化したかのような形状をしている。これが、竜人<爪の民>の特徴だろうか。


爪の竜(クレイテンス)様の生き餌が、言葉を介するなんて初めてね』


 女の身体のあちこちには、戦闘の後のような乱れや擦り傷が見てとれる。それでいてなお気迫に満ち凛とした振る舞いに、ラズはすぐに返す言葉が出てこなかった。

 シャルグリートがずい、と前に出る。女とラズの間を遮るように腕を軽く広げた。……もしかして、ずっと守ってくれていたんだろうか。

 見上げた三白眼は剣呑に歪められている。


『だから生き餌じゃねえ。(アッタマ)(わり)い女だな』


 シャルグリートの悪口(あっこう)に、女はふん、と眉を吊り上げたまま口を継ぐんだ。

 青竜が声を発した。


『ごめんねぇ、<()()>くん。おいしそうだったから連れてきちゃった』


 頭の大きさに対して大きな紫眼がきらきらとこちらを見つめている。大きな口はまるで笑っているみたいだ。


(<()()>……か)


 耳慣れない呼称。少し前、山地に赴いた時にもその言葉を聞いた。たしか、死にゆくこの世界の<神>を引き継ぐ存在、という話だったか。そしてラズはその候補であると。

 シャルグリートをちらりと見たが、特に困惑したような反応はない。ラズが気を失っている間に、どんな話をしたんだろうか。

 しかしだからと言って<後継>とやらが何をするべきなのかは全く分からない訳で、大層な呼び方をされても困る。

 ラズは檸檬(れもん)色の(ひげ)を揺らして近づいて来る巨大な青竜に向き直った。


『……ラズです』

『ラズくん。そうそう、白銀(はくぎん)とおんなじ名前だったね。ボクのことはクレイでいーよう』


 女の子のような可愛い声で、きゃはっと可愛くポーズまで──先刻と随分雰囲気が違う。<牙の竜>の気難しさの記憶が新しいだけに、ゴロゴロと鼻をなすりつけられて戸惑うばかりだ。美味しそうとか言っていたがとりあえず食べるつもりはないらしい。


 ちらりと空を見る。

 日輪の位置から推測するに、拉致されて一時間も経っていない。そして大山脈の畝の形からして、リューン公国の北東にある、山地の裾野あたりだろうか。辺りには草より木が多く見られ、どちらかといえば森の国の領域に見える。今は平原の国の占領地にあたるはずだ。

 さっきから、愛馬スイの声が全く聞こえない。そりゃ、都からだとスイの足で二日はかかる場所のはずだから当然だ。自分の足で帰るなら、その四倍の時間を覚悟しないといけない。


 とにかくまずは、この状況に陥った原因について理解しなければ。


『……爪の竜(クレイ)さんが、今人間たちに仕掛けようとした理由は何なんですか? 竜人は人間に不干渉だったんじゃ』


 その質問に、シャルグリートといがみ合っていた女が反応した。終始納得のいかない顔をしているが、立ち位置から察するにこの人が族長なんだろうか。


『……内紛と災害があって、山地にいられなくなったのよ。でも平野は人間たちがうじゃうじゃしてるし』

『えっと……実力主義の竜人が、内紛?』


 順位が決まれば右に倣え、の種族ではなかったか。

 女族長は苦々しげに続けた。


『二位のやつ、互角で決着が付いてないってのに、傘下を増やして土地を占有しやがって』

『デイドレッドのことだろ?』


 シャルグリートが口を挟む。


『アイツ、牙にもちょっかい出して来やがったぜ。ブチ殺しとけば良かったな』

『あんたには無理でしょ』


 女はふん、と腕を組んだ。

 シャルグリートがまたやいやいと言い返す。

 竜人同士の会話を要約すると、その二位の人物は女性で、シャルグリートより弱いものの、殺されない何か逆転要素を持っているらしい。


 話題が逸れたため、青い竜が代わりに続ける。


『それで住む土地が限られちゃった中、大雨で土砂崩れが起きて。こうなったら平地に行こうってことになったの』

『で、人間が邪魔ってことか……。あの警告、誰も理解出来なかったと思うけど』

『分からなくてもあれがあれば滅ぼされるって人間は学習するから、後々やりやすくなるかなって』

『……』


 あっけらかんと説明する青い竜に、ラズは閉口した。どうやってそれを実行するつもりなのかは知らないが、神竜ならばその身ひとつで暴れても人間の都くらい木っ端微塵にできそうだ。何しろラズだって咥えられるまで反応すら出来なかった。


『わざわざ人間の都に攻めこまなくても、今いるこの裾野を開墾すればいい話だろ?』

『どっちみちここも人間が騒がしいからさー。根元を潰した方が安定するじゃん?』


 子どものような調子でふんぞり帰る丸い竜を見上げる。どうせ人間たちから攻撃されるならば始めから都を殲滅して恐怖を植え付けておく、ということ自体は作戦として理解できなくもないが、それが実行されたら人間側としてはたまったものではない。


(これが国境、ってことなのかな……)


 どこにいても吐き気のするような殺し合いが当然のように繰り広げられる場所。仲良くしろと安易に言っても、説得力などありはしない。


『……ねえ、この辺の食べ物の見分け方を教える代わりに、少しここに滞在させてもらえないかな』


 竜人(かれら)の話をここまで聞いて、はいサヨナラはできそうになかった。ここはどうにかして竜人たちが人間に戦いを仕掛けるのを止めたい。


『許可は君のトモダチにとりなよー? もう我が子らはあの子の配下だから』

『へ……あ、そうなの』


 青竜はトモダチ、の言葉でシャルグリートを指さす。ラズは目を瞬かせた。

 つまりラズが気を失っている間にシャルグリートはここの竜人たちを降したというのか。本当ならすごい。ちなみに彼はまだ女族長と言い争っているが、内容が割と政治的になっている。自然災害に見舞われたなら、すぐさま離れるべきか救助活動をすべきかとか。

 青竜はどこか楽しそうに髭を揺らした。


『そして君はボクが認めたから特別待遇だよ』

『?』


 ラズこそ認められるようなことをしただろうか。内心首を傾げたが、それならそれで都合がいいかもしれない。


『だったら、人間の都を落とすのはなしにしてほしいんだけど』

『それは嫌かな。有言実行派なの、ボク』

『なんだよそれ』


 巨大な紫眼を見上げてラズは口を尖らせた。


『安全な土地と安定した食料が欲しいだけだろ。不要な犠牲を払えば、いずれ高い代償を払うことになるよ』

『……ふむ、なら君に何か良い案でもあるのかな?』

『────』


 青竜の試すような言葉に、ラズはじっと考える。


 そして、ゆっくり頷いた。




 † † †




「レインドール様。青い怪物が降りた場所に、竜人どもの巣らしきものが見えました」


 物見のその報告に、顔を上げる。

 近辺の占領地を荒らす害獣。この土地はいずれ本国の官僚がやってきて統治することになるのだから、レインドールにとって知ったことではないのだが、国境の維持を命じられている以上無視もできない。

 実のところ、現国王の妾腹と蔑まれて育ったものだから父王への忠誠は紙一枚分しかなかった。しかしその一枚に抗えず、この二年公国の主を勤めている。無能だった先代公王の政治体制を八つ当たり気味に一掃したら公国民に崇められるようになってしまい、いよいよ立場から逃れられなくなった。

 戦争が始まって、手に余っていた旧体制の兵力を戦地に追いやれたのは良かったのだが、先代公王の息がかかった軍はいつ裏切るか分からない。だからこの出兵は、中央軍の統率を強化する意味もある。


「いかがしましょう」

「……予定通りこのまま進軍し、手前の砦を拠点とする」


 相手は戦闘民族と謳われる竜人だ。まともに戦ってどうにかできるものでもない。雑兵をぶつけ数で制することもできようが、数千の犠牲を覚悟しなければならないだろう。ならば、油を巻いて林に火をつけ、外側は草を刈り地雷を埋める──相手が最初から分かっていたから、相応のものは用意してきたが、それでも足りないくらいだ。


(奴らの中には火も矢も効かないのがいる……)


 レインドール自身は相見えたことはないが、彼の師であり、知り得る限り最強の剣士がそう言っていた。並の兵士をぶつけても命を無駄にするだけ……とはいえ、拮抗するような腕利きは己を除き自軍にはいない。


(竜人は面倒極まりない……)


 配下が天幕から出て行ってから、彼はふ、と息をついた。


「────が、ちょうどいい目眩しになるか」


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