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平原の国(17)……爪の竜

「補給部隊?」


 こじんまりとした商家の居間で、ラズは眉を寄せた。

 都をひとしきり散策した夕刻、ラズはリンドウと共に、ここまで同行した商人のもとを訪れていた。

 ローテーブルに謝礼の金貨の束を置きながら、商人は頷く。


「占領軍の物資補給さ。今朝出立した公王軍への補給も兼ねて」

「おじさんの専門って反物(たんもの)じゃなかったっけ?」

「そうだが、保存食も扱っているんだよ。軍への納品はいつも都で行うから、従軍なんてしたことがないんだが」


 渋い顔をして疲れた息を吐く。

 隣に座ったリンドウが心配そうに眉をひそめた。


「それがどうして……」

「組合からの依頼なんだ。運搬する商品の保存状態が悪いのか前線まで保たないらしくて、何が問題かを突き止めてほしいとね」

「ふーん……」

「そうだ、国境を越えたいなら、従業員としてついてくるか? 怪馬は難しいかもしれないが……」

「いいよ。それに、出立は明日だろ。僕たちもまだ都で用事が残ってるし」

「どうして、明日だと?」


 商人は不思議そうに目を丸くした。


「……ちょっと耳に挟んだんだよ」


 実はビライシェンを尾行している間に、彼もその補給部隊に同行するという話を聞いたのだ。監視したい気持ちもあるが、この旅の目的はそれではない。

 商人は、ところで、とためらいがちに話題を変えた。


「森の国に行って何をするつもりなんだい?」


 ずっとそれが訊きたかったのだろう。このご時世に、国境を渡りたい理由なんて、危険なものに違いないのに、踏み込もうとするのはなぜなんだろうか。

 ラズは視線を交わしながら、何気ない口調で答える。


「話してなかったっけ。巨人たちを止めるためだよ。──谷の國出身なんだ、僕」

「……止める? 君が、一人で?」

「──……」


 言葉を返そうとして口を開いたが、何も出てこなかった。

 一人じゃない──そう言いたかったが、身近に感じていた人物に裏切られたばかりだ。

 ほかの仲間──シャルグリートだって各国の情勢を探るための同行という立派な大義名分がある。巨人と戦うのは面白そうだと言ってはいたが、どこまで協力してくれるかは分からない。そして、叔母リンドウをそもそも危険には巻き込めない。

 ここに至るまで、きっとなんとかなると思ってきたはずだ。時間をかけて、巨人(あのこ)ともう一度友達になれば。しかしそれも、今となっては漠然とした不安が覆い被さって必ず上手くいくと、どうしても言い切れなかった。


 隣に座るリンドウの気遣わしげな視線を振り切って、ラズは乾いた声で笑う。


「……はは、もう決めたことだし。向こうには兄様(にいさま)もいるんだ。……心配いらないよ」


 なんとかそこまで言い切って、ラズは気弱に微笑んだ。


「国境は小競り合いが絶えないって言うし……おじさんも気をつけてね」




 †




 翌日の朝。


 ラズはシャルグリートと二人で、都の通りを歩いていた。上位ランクの傭兵ということで、シャルグリートは従軍の面接にほぼ強制的に呼び出された、その付き添いである。


『────だぜ。おい、聞いてるか?』

『何だっけ、ごめん』


 竜人の言葉で話しかけられていたことに気づき、ラズは顔をあげた。

 青い三白眼にあきれた色を浮かべ、シャルグリートがこちらを見下ろしている。


『昨日から変だぞ、お前』

『いつも変な奴に言われたくないな。で、何』

『ちっ、口は減らねえな。──あのナントカ爵だよ。あいつ、<(しろ)の王>の力を持ってるぜ』

『…………そうなんだ』


 シャルグリートがそう感じたなら間違いないんだろう。

 ラズにはまだよく分からないが、山地での一件から彼はそういうことに勘が働くようになっていた。しかもラズやファナ=ノアについてはある程度近ければ居場所が分かるくらいだというから驚きだ。

 今ひとつ反応の悪いラズの頭を、シャルグリートがポカリと叩いた。


「! 何すんだよっ!」


 さすがにムキになって文句を言うと、シャルグリートは顎をくいと上げて横目でラズを見た。


『お前が調子(わり)ぃのは、騎士どものせいか、女のせいか?』

『どっちでもないし別に調子悪い訳でもない』


 ──嘘だ。昨日の夕食ではいつも通り話したつもりだが、ピアニーとは一度も目を合わせられなかった。

 宿場町での惨殺劇が胸を締め付けるほどに、もっと早くにことを予測して動いていればという後悔が押し寄せる。それはピアニーへの不信感であり、ラズが単独での情報収集に邁進(まいしん)する原動力となっていた。


(……かっこわる)


 内心ため息をついて顔を上げる。

 そこではた、と空の一点に目を凝らした。

 シャルグリートが隣でぶつぶつ言っているのを制する。


『今のお前は弱過ぎて張り合いがねー……』

「シャル、待って」


 都を取り囲む長城の、遥か上空に──。


 何か、いる。


「青い────鳥?」


 それは、ばさり、と巨大な翼……いや、飛膜を打つ。


 丸みを帯びた胴は愛玩的で、四肢と一体化した翼はのっぺりと大きく広く……モモンガみたいだ。

 遠目には鱗だか毛皮だか分からないが鮮やかな青い体躯に、檸檬色の触覚が生えて空中に(なび)く。


 ラズの視線を追ったシャルグリートが、ごくりと息を呑む音がした。


『シャル──知ってる?』

『知らねーよッ!! ただ、青いダルマ型の飛ぶやつは……』


 青い生き物はゆっくりと高度を落としながら、雲間から都を見下ろしている。


『<(ツメ)の竜>──ッ!』


『!!』


 その言葉が信じられなくて、ラズは何度もシャルグリートと青い生き物を見比べた。

 竜。あんな形状でそう言われてもピンと来ないが、背筋がぞわつくプレッシャーは、かつて<牙の竜>と対峙したときによく似ていた。


『多分、だ!! こんなとこに来るか普通!』

『お腹…………空いてたり』


 都を睥睨(へいげい)した青い竜がまた翼を打つ。

 そして、巨大な音──いや、声を発した。


『人間たち────軍を退けるか──滅亡か────選べ』


 竜人の言葉。それを発するということは、この世界に数体しかいない神竜の一柱で間違いない。女の子のような、高くて張りのある声色だが──。


(いや、それより内容!!!)


 今、すごく物騒なことを言わなかったか。

 そしてそれが人間に伝わるはずがないことを、あの神竜は分からないのだろうか。

 律儀に同じ内容を繰り返している青竜──その方向の城壁の上を指差して、ラズは叫んだ。


「シャル!! 頼む、あの上に──っ、連れてってくんない?」

「はぁ? オマエ、自分で……」

「流石にきついから温存したい!!」

『ふん、しゃーねーなぁ。持ってってやる』


 シャルグリートは凶悪な表情で笑う。その笑みがかすかに引きつっているのは、今はつっこまないでおこう。

 都を囲むほぼ垂直の石壁は、足掛かりも少なく三階建ての建物より高いのだ。そんなところ登った経験もないから、最近水晶を足場に空中戦闘をこなすようになったシャルグリートを頼る方が確実だ。

 シャルグリートはラズを小脇に抱えてものの数秒で素早く壁に到達し、そのまま軽やかに跳躍する。文字通り運ばれるのはだいぶカッコ悪いが我慢だ。


 城壁の上は大型弩砲が運搬できるくらいの幅がある。北の塔には見張りの兵士がいるのが遠目に見えた。

 構わず、警告を繰り返す青い竜に向かって、ありったけの大声で、叫ぶ。


『<(ツメ)の竜>!!!』


 ──聞こえるだろうか。

 ラズの懸念をよそに、小さなシルエットにぴょこんと立ったうさぎのような耳が動いた。


『滅亡か選べって────どうして!!!』


 上空に留まっていた丸い竜の紫色の瞳に、ラズが映る。


 心なしか、高度が下がってきている?


『…………人間と、竜人(わがこ)?』


 竜というより獣に近い丸みを帯びた顎が下がり、青い体躯に不釣り合いな真っ赤な口が覗いた。


『おいしそう』

「は?」


 次の瞬間。

 ひゅん、と視界いっぱいに青……ではなく赤いものが広がり、生温かい空気に包まれる。


(…………え)


 そこで、視界が真っ暗になった。

更新告知ツイートに挿絵落書きあります。良かったらご覧ください。

https://twitter.com/azure_kitten/status/1483811309053374465?s=21

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