平原の国(8)……旅路
「俺とやってみるか? チビ女」
「レディーの誘い方がなっていないわ、シャルグリート」
ピアニーは振り向きもしない。緩んでいた髪紐を解いて高い位置でまとめなおしている。そして、刃先が鈍ったままのレイピアを目の高さに掲げ、元に戻せるかしら、と首を傾げた。
相手にされていないことにカチンときたシャルグリートの眉間に皺が寄る。ピアニーは彼を一瞥して首を振り、淡く微笑んだ。
「私があなたに敵うはずがないもの。怪我をしたくないし」
「戦う前に負けを認めるノカ?」
「……ええ」
少し目を閉じて答えてから、彼女はそうね、と口元に指を添える。
「でも、ラズと組んで二対一にさせてもらえるなら、戦ってみたいわ」
引き合いに出されたラズはきょとんと瞬きした。
「僕も今はバテてるから、シャル相手に役に立つとは思えないよ?」
シャルグリートとはほとんど毎朝試合をしているが、このところは良くて引き分け、怪我していないだけ健闘していると思う。
ひと月前本気で戦った時──荒野だから術の制限がない状態だったが、勝負は結局五分五分──引き分けで終わった。それも綿密に策を練って、意表を突いての結果だ。<虚の王>から力を借りっぱなしのシャルグリートは、反則級に強いのである。
ピアニーは負けず嫌いなところがあるからラズを味方に引き込んで勝ちたいと思っているのかもしれないが、残念ながら力にはなれそうになかった。
「だけどラズが本調子だったら不公平だから成り立たないわ。どうなるか分からない方が、勝負は面白いでしょう?」
「竜人は序列をつけたがるから、その辺りが不確定な戦いは……どう思う? シャル」
──そもそも基本的に一対一を好むんじゃなかろうか。
顔を向けると、シャルグリートはぱしん、と、両手を合わせた。ニィ、と凶悪な笑みを浮かべる。
「そもそも俺ハ、戦えれバそれでイイゼ」
「あ、そう」
ラズは鈍らの剣を左手に持ち替えてピアニーの右側に立った。
「ならやってみる? どうなるか、僕も興味ある」
どうやら話はまとまった。
傍観に徹していた金髪騎士が強ばった顔で「嬢に怪我させんなよー」と声援を送ってくる。残念ながらそんな余裕は多分ないので、ラズに言われても困るのだが。
シャルグリートはポーチから水晶を取り出してパシッと両手に擦り合わせ、手に纏わせた。一応、棘なしにしてくれるらしい。荒野は土中に鉱物が多かったが、砂漠では持ち運べるだけの水晶が彼の術で操れるものの総量だ。──いや、そもそも彼が支配するのは珪素なので、生体から抽出したりできるのかもしれないが。
「行くゼ!!」
威勢のいい掛け声とともに、シャルグリートが走り出した。ラズのような跳躍の術がなくても、竜人の脚力は同等の跳躍力を有する。特にシャルグリートは術によってもう一段階身体強化しスピードとパワーを上げられるはずだが、まだ使わないようだ。
ピアニーは既に左に跳んでいる。ラズはシャルグリートのフックを屈んで避け、右側に跳躍した。下げていた剣先を振り上げて、追撃を牽制する。しかしシャルグリートは素早く対応し別の角度で攻撃を繰り出してきた。この連続攻撃は対応しきれない。
(一対一なら距離をとるとこだけど──!)
今ピアニーはシャルグリートを挟んで反対側だから、ラズが離れると彼女が狙われてしまうかもしれない。
逡巡したとき、ピアニーがシャルグリートの左脇から回り込み、逆手に持ったレイピアで脇腹を狙った突きを繰り出した。
シャルグリートは左肘でその細剣を叩き落とそうとする。
「ウゼエ!」
「ナイスフォロー!」
連撃の合間にできた一瞬の隙を見逃さず、右肩を狙って突く。パリ、と紫電が剣身に走るのを見てシャルグリートが目を見開いた。回避しない限り、麻痺か、最悪気絶か──。しかし左側ではピアニーがレイピアを引いて構えている。タックルして怯ませても、躱して背中を狙われるだろう。
シャルグリートが吠える。瞬時に、周囲に刃を象った水晶が舞った。
「ッ恨むなヨ!!」
「ピアニーッ、退がって!」
ラズが叫んだ時には既に彼女は左側──ラズの後ろにさっと入っていた。術の行使直前の気配を察しているのかもしれないが、予知でもしているかと思わせる素早い立ち回りだ。
(──<是空>!)
飛び交う水晶を振動を纏わせた剣で割り砕き、畳みかけるように殴りかかってくるシャルグリートの拳を止める。
ガァァァン!!!
(駄目だ──防ぎきれないッ)
馬力不足……押し込まれる拳と同時に、落ちて砕けた水晶が剣山のように立ち上がり、ラズとピアニーに向けられる。
敗北を宣言するなら今──そう思った時、背中にとん、と手が置かれた。枯渇した草木に水を与えるように、じわ、と何かが身体中に広がる。
(! この感覚、前にも──?)
春風のように柔らかな声が鼓膜を撫ぜる。
「負けないで」
とくん、と心臓が鳴った。────こういうのは、ずるい。
ラズは口角を上げて笑む。
「仕方ないな────」
諦めかけていた術の行使を再開する。
──<理解>。手の届く範囲にあるもの。シャルグリートの水晶。竜人の強固な支配下にあるそれを──
(力技で、ねじ伏せる!!)
さらに、押し合いになっていた剣に、跳躍の時と同じバネのような力をかけて押し返す。
急に力負けしたシャルグリートは驚愕で目を大きく見開きつつ拳を引いた。次の攻撃を待つつもりはない。
(シャルの動きも──止めればいい)
彼自身の身体能力も厄介なのだ。それを封じれば──
『なんだそれ!!! お前──』
「ピアニー、任せる!」
「ええ!」
ぎしっと重たくなった身体に、シャルグリートが歯軋りした。竜人が、術の支配のみならず身体の自由まで奪われるなど。
彼は自らの身体の支配を奪い返すべく、気合の雄叫びをあげた。
「……うおおおおおおぉぉおおォッッ!!!!」
「────ッ」
ピタッと、首元にレイピアが当たった。
「────」
青筋を立てたまま、シャルグリートはそれを一瞥して、はぁ、とため息をついた。
「クソ──負けダ負け」
ぼやきながら、どさりと後ろに腰を落として夜空を仰ぐ。
ラズもその場にへたり込んだ。
「修羅場のバカヂカラってヤツか?」
「ああ、思いっきり暴れればきっと誤魔化せ────じゃなくて。さっきのは──……」
レイピアを腰の鞘に戻したピアニーがふらついた。慌てて支えようとしたが、疲労した身体で上手くいかず、背中に腕を回したまま一緒に尻餅をつく。
「わっ、と……。ピアニーは生命力を渡せるんだよな」
「は? セーリョク?」
「……。術を使うときに消費するエネルギーの話」
去年レノがラズを助ける時に渡してくれたのは魂の一部と言っていたからそれとは少し違う。ピアニーが与えられるのは生命力だけなので記憶が流入したりすることはないようだ。誰に対しても渡せるものなのかは気になるが──顔色が悪いので今日はもう試せないだろう。
(僕はやろうとしてもできないしなぁ)
──錬金術とは少し違うんだろうか。首を捻っていると、ピアニーはゆるやかに頭を振りながらラズの支えを断って身体を膝を抱えた。
「倒れるなんて不覚だわ……。ごめんね、ラズ」
「何が? 結構、楽しかったよ、僕は」
笑いかけると、ピアニーも疲れた表情で微笑んだ。
「ありがとう……。私、今日はもう先に休むわ」
「歩ける?」
深呼吸してゆっくりと立ち上がったその時には、彼女はもういつもの朗らかな顔になっていた。──相変わらず、強がりの演技が上手だ。
「大丈夫」
その姿が女性陣用の小さなテントに無事に消えるのを見送っていると、騎士リゼルがほっと息をついた。
「にしても、なんで嬢はあんな喧嘩の売り方したんだ?」
「さあ。昨日の口論と関係あるとは思うけど」
あの時、シャルグリートは戦って言うことを聞かせてみろ、と挑発したが、ピアニーは口だけで論破していた。根は負けず嫌いだから、手段はどうあれ勝ちたかったのかもしれない。だから謝ったのだ。利用してごめん、と。
汗まみれの髪を手櫛で持ち上げて涼みながら、ラズはすっかり暗くなった夜空を見上げた。
月輪のアーチは昇ったばかりで辺りは薄ぼんやりしている。この世界の空には星はなく、夕闇の紫と紺のグラデーションがドーム状の『空』を覆い、まばらな影が短い線を描くばかりだ。
(あれは……生命力を貰っただけで僕自身の力じゃない)
それでも、シャルグリートをいとも容易く圧倒できた。頼り過ぎてはいけないのは分かっているが、自分の輝石がない不安から、幾ばくか解放されるような気がした。
「何お前、じっと見ちゃって。着替えてるところが見たいのかー?」
「はぁっ……!?」
リゼルのからかうような口調に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。──しまった、ピアニーが入ったばかりのテントの方角を凝視してしまっていた。
プッとシャルグリートが吹き出す。
「バカか、あんな凹凸の無いチビ、見ても何の得ニモ──」
「──シャル。昨日は本人が反論したから黙ってたけどさ」
何故か胃の辺りがムカムカして、ラズはシャルグリートの言葉を遮った。
「侮辱されるのはいい気分じゃない」
「はぁ? なんでオマエが怒る?」
「……そりゃ」
──前の旅でウィリが同じように言われた時は、代わりに怒ったりまでしなかったのに?
その答えは、結局言葉にできなかった。
↓恋愛スピンオフ。オアシスで水遊びする話
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