領の動乱(15)……Day 3
明朝、ラズの姿は西門近くの貴族の屋敷の側にあった。黒いフードを目深にかぶり、ピアニーから借りた色眼鏡をかけている。
すぐ近くには、ブレイズ率いる憲兵隊の小隊。見知った精鋭の兵士たちばかりだが、馴染みの金髪騎士は別の場所に向かったためそこにはいない。
ちなみにファナ=ノアは足が悪いので、小人の戦士ノイと共に少し離れた場所にいる。その気になれば屋敷一帯の空気を奪って組員を根こそぎ倒すこともできるかもしれないが、表向き荒野の勢力は手を出さないと宣言したからそんなあからさまな超常現象は起こせない。
中隊長の紋章をつけた兵士が、屋敷の門番と話し始めた。立ち入りを渋る門番との押し問答を遮るように、後列にいたブレイズが低く叫ぶ。
「──戦闘の準備の隙を与えるな! 押し入れ!」
その命令に憲兵たちが次々と剣や銃を構える。門番が血相を変えるが、彼らは迅速に圧倒し鍵を奪う。
ラズはブレイズの隣に立ち、低い声で囁いた。
「じゃあ、僕は裏口から入る──気をつけてね」
「お前もな」
† † †
話が終わると同時にすっと気配を消して立ち去ったラズに、ブレイズは思わず苦笑した。
「あいつ、剣士よか隠密の方が向いてるんじゃないのか」
副官が同調して口の端を引き上げる。
「普通、真正面から戦うより、搦め手で行く方が効果的ですからね。あの子は身の丈より大きいものを相手にすることが多かったんでしょう」
「しかし、時には正面から叩き潰さないといかんときもある」
「ええ。そしてそういう小細工を全部吹っ飛ばすのが、絶大なる個の力です……我々も行きましょう」
応、と答えてブレイズも長剣をすらりと抜いた。
「早くも、苦戦してるようだしな」
副官を伴い、剣戟の鳴り響く玄関ホールに足を踏み入れる。
そこにはすでに十人を超える傭兵風の出立ちの者たちが倒れていた。その手の武器はことごとく破損している。ラズが言った通り、敵の武器は随分と脆くなっているのだろう。加えて、銃声も聞こえない。
一方ホールの中央で、機械仕掛けの人形がシミターを振り乱しているのが目に入った。手足には銀色に光るワイヤーが付いていて、その奥に筒のようなマントを身に纏った長身の男が立っている。
憲兵隊の兵たちは、人間と違う不自然な動きをする人形に攻めあぐねているようだ。ワイヤーを切ろうと試みるも悉く翻弄されている。
「屋敷の捜索をしてこい! こいつは、俺が引き受ける」
ブレイズはニヤリと笑った。こう言うとまた不謹慎だと怒られるだろうが──
「楽しめそうだ」
人形の後ろに立つマント男は、正面に立ったブレイズを見てその顔を醜悪に歪めた。
「貴様、ディーズリー……!?」
敵意丸出しの視線を真っ向に受けながら、長剣の切先を向ける。見覚えがある気もするが、どこでかは思い出せない。しかし、相当の恨みを買っていることは分かる。こんな力を持っていれば絶対忘れないと思うのだが。
「何者だ」
「────!! 貴様ァ──ッ!! 殺ッ──殺す!!!」
人形ごとわななかせて、マント男が絶叫した。記憶にないことが癇に触ったのか。名乗る気が無さそうなので、ブレイズはそのまま一歩踏み出した。
「俺を殺す、か──それで?」
「ほざけ!!」
マントの男が腕を振り回した。十本の指から伸びるワイヤーが、ランプの光を受けて光る。
呼応するように人形の足についた車輪がガラガラと音をたて、猛スピードで突っ込んできた。四歩の金属の腕の先に、それぞれノコギリのような形状の両刃の剣が付いている。
ブレイズは既に動いていた。脇をすり抜けるように踏み出し、長剣を左下段から振り上げる。
「うらァ!!」
──狙うは、人形に繋がるワイヤー……ではない。
ガィンッ!!!
長剣の腹が激突して、人形の背中が激しく凹む。金属音が玄関ホールに反響した。
マントの男はニヤッと笑って指揮するようにワイヤーを引っ張る。
「それがどうした!」
ギギ、と痙攣するように人形が震え、すぐに上半身がぐりんと回転する。至近距離で胸部が開き、肋骨のような形状の鋭い刃が露出した。内部は赤くペイントされており、心臓の位置に赤い飾りがついている。
人形は長い四本のノコギリを、抱きつくように大きく広げた。
入り口付近で戦っていた副官が声を上げる。
「ブレイズ様!」
しかし、ブレイズは笑っていた。避けるつもりは微塵もない。素早く剣を引き、攻撃に転じる。
「たるんだ攻撃だな──その程度か?」
刃が迫る。
しかし、それに構わず、引き戻した長剣に体重を乗せ、突き出した。
胸部の真ん中に飾りのようについている赤い球体を貫く。
「ワイヤーはダミー……弱点は、ここだろう」
肋骨状の剣を食い込ませる寸前で、人形の動きが止まった。ドッと鈍い音がして、球体が割れる。
マントの男が目を見開いた。腕を下ろす。ワイヤーが動くが、人形はぴくりともしない。
「気配で分かるんだよなぁ……意外につまらん。次があるなら、待ってやってもいいが」
「な──なめるなッ!!」
男はマントをばさりと開いた。中から、手のひら大のネズミを模したブリキ人形がいくつも飛び出してくる。まるで、生きているかのようだ。
それぞれが素早い動きでブレイズを取り囲むように走り出す。その背がカコン、と音を立て割れ、歯車状の刃がせり出して高速に回転を始めた。
「なるほどこれは──やりにくい」
玄関ホールに残っているのは、ブレイズと副官、あと三名。ネズミが狙っているのは、ブレイズだけではない。
(守りに徹して持久戦にするか、一気に攻めて首を落とすか)
後ろをちらりと見る。連れてきた三名は精鋭だとしても、副官はそうではない。
「遊びは──終わりだな」
ブレイズの表情から笑みが消えた。
────だんっ
「……は」
マントの男が愕然として、小さな声を漏らした。その目の中に、長剣の切っ先が映る。
……その剣速、迅雷の如し、そう言う者もいる。
彼が本気になれば、一瞬で首が胴から離れるのだと。
ドッ……
一閃──瞬きする間すらなかった。
ホールの入り口を固めていた兵の目前で、ブリキのネズミたちはがちゃがちゃと床にぶつかって動きを止める。
遅れて、ごとり、とそれが落ち、一際大きな血溜まりが広がっていく。
じゃきん、と長剣を鞘に戻し、ブレイズは振り返った。
「まだ、奥におかしな奴がいるかもしれん。ここは任せるぞ」
副官は驚いた風もなく、静かに頭を下げる。
「……お気をつけて」
† † †
西区の複数の場所で、ほぼ同時に開始した強制捜査。
二番目に規模が大きいと判断した屋敷には、警務卿ブレイズに次ぐ剣士であるリゼルと彼の上司……大隊長レイブンがあたっていた。
「っ、こんなん聞いてねー!」
──ズガン!!
建物の陰に転がり込んで、リゼルは喚いた。コの字型の建物の向こう側の二階で、長銃を構えた老人がにい、と笑う。確か、仲間から<鷹の目>と呼ばれていた。
はじめのうちは、随分と楽な戦いだった。しかし、この老人が出てきたときから、形勢がした。中庭には急所を撃ち抜かれた隊員たちが横たわっている。──二十秒の装填ごとに一度、怪我人が出る。
「銃は使えねーって話じゃねえのかよ……!」
金髪を掻き乱して、リゼルは窓から建物に入る。さっき位置は確認した。建物の中から周り込み、至近距離で倒すしかない。
──ズガン!
くぐもった銃声が敷地に響く。
犠牲が出ていないことを願いながら、姿勢を下げて廊下の角を曲がり、反対の棟へ一直線に走る。
銃声の間隔が開いた。突き当たりまであと少し……しかし、渡り廊下には身を隠すものはない。あの銃弾の威力を見るに、左手のスモールシールドなど、気休めになるかどうか。
(……ええい、クソッタレ!)
渡り廊下の手前で止まり、慎重に様子を窺う。どこにも、老人の気配が感じられない。冷や汗が首筋を流れ落ちる。どこからか、狙われているのか。
その時、脇腹に熱い衝撃が走った。
──ズガン!!
遠くから銃声が遅れて追いかけてくる。
「────ぐっ……」
身体を引いて、目線を動かす。脇腹を貫通して、廊下の反対側に銃弾がめり込んでいた。みるみる血が流れ出し、石の床が血に染まる。
リゼルは手で傷口を押さえ走り出す。
猶予は二十秒。
一段飛ばしで階段を駆け上がり、二つ目の部屋の扉を蹴破ろうとした時。
「そこで止まレッ!!」
叫び声と共に、横から大きな衝撃が飛来して、リゼルは床を転がった。『蹴り飛ばされた』ということを遅れて認識する。──手負いとはいえ、中隊長である自分が。
「なっ──」
顔を上げて目に入ったのは、短い銀髪の長身。珍しい透明な胸当て鎧を身につけ、碧い三白眼でこちらを見下ろしている。反射的に剣の切先を向けた時、青年は廊下に面する扉──さっきリゼルが蹴破ろうとしたそれを力任せに殴りこじ開けた。
パァン!
軽い銃声。
青年の眉間の前で、黒い結晶の花が咲き、次の瞬間粉々に砕け散る。
「なっ……」
部屋の中から、しわがれた声が聞こえた。
リゼルにも、とっさに何が起きたのか理解できない。──そうだ、あれはおそらく錬金術──しかし、あれほど速く正確に結晶を作り出し、弾丸を防いだというのか。唖然として見つめる中、青年は部屋の中に突っ込んだ。
「ギ、ギャアアア!!!」
「×××××!!」
老人の悲鳴と、耳慣れない響きの言葉が交錯する。ドカ、バキ、と殴り倒す音。
そして、しん、と静かになる。
ダカダカと足音がして、部屋から再び青年がぬっと姿を現した。
血痕の残る透明な石状のナックルが手品のように消える。ニィ、と開いた口には、鰐のような尖った歯が見えた。
「竜人……!?」
「終わったゾ、憲兵」
「!」
妙な訛りだが、人間の言葉を口にしたことにさらに驚く。──そうだ、ラズが山地に行っていた理由は、竜人と同盟を結ぶため。まさか、このタイミングで竜人がここに現れるなど想像だにしなかったが。
「はは……先に言っとけよ、こういうことは……あいつめ」
失血で意識が遠のく中、銀髪の青年の元に同じような衣装の男女が集まるのが見えた。
† † †
領主城の居住区画の一室に、領主と軍務卿の姿があった。領主は寝衣に薄い上着を羽織っただけの出立ちで、軍務卿レイチェルの報告を聞いている。
曰く、牢から警務卿ブレイズとその副官が忽然と消えたこと、そして西の貴族の屋敷を、憲兵隊が襲撃していること。
「……警務卿の狙いはなんであろうな」
「ご懸念されていたような、領主家の転覆とは異なると思われます。今兵力を削ることで、彼らの勝機はより薄まりますし」
「しかし西区……鋼務卿をどうにかするつもりなら、黙って見過ごす訳にはいかんぞ」
軍務卿は内心舌打ちする。この領主は、鋼務卿の傀儡なのだ。薬物に武器、借金……いくつ弱味を握られているのか、切り捨てることができない。
しかしそれはエンデイズに家族のことで強請られているレイチェルにとっても同じだった。だから一層、同僚である警務卿ブレイズが貶められた今回の事件、軍務卿レイチェルは腹立たしいと思っていた。
「……鋼務卿の屋敷は取調べの対象外のようです。私達が兵を動かす必要はないと思われますが」
軍務卿の静かな進言に、領主は顎髭をしごく。
「そ……そうか。では、ブレイズと妻子の捜索を続けよ」
「──承知しました」
──これで、領主軍が憲兵とことを構える必要はなくなった。
いつものように静かに頭を下げ──どこか安堵したような表情で、軍務卿は領主の居室を後にした。




