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領の動乱(14)……Day 2

 リンドウは情けない表情で、ふた回り以上小さな女の子にしがみついていた。ごおごおと風が吹く中、か細い声で懇願する。


「も、もう……下ろして……」


 しかし、その女の子……小人のユウも困り顔でうなだれる。背丈ほどある長い髪が風になびき、斜陽に照らされて茜色にきらめいた。


「ペンしゃん……おなか、すきましたよう」


 その声に答えるように、「クルル!」と二人の下から元気な鳴き声がした。また大きくばさっと翼を打ったために、リンドウはひっと身を縮こませる。


 ……二人は未だ雲の上。高所による恐怖と乗り物酔い、ついでに春先の冷たい気流と薄い空気のせいで、リンドウにはいつもの覇気がない。

 ユウも疲れた表情で、怪鷲の首を撫でた。


「どこにいくんですか? パパとママのところ?」

「クルックルー!」


 鷲は疲労の色もなく、北へ北へと飛び続ける。




 † † †




「ん〜、んごっ……フェイ……」


 寝返りを打とうとしてガシャン、と鎖の音が鳴り、警務卿ブレイズは目を覚ました。

 半身を起こして、頭を掻く。せめてうつ伏せになれればいいが、絶妙に鎖の長さが足りない。


「くそ……夢見が(わり)ぃ」

「その割に緩んだ寝顔だったけど」

「っ!?」


 すぐ近くで小さな声がして、ばっと振り向く。

 牢の隅の闇に、娘と同じくらいの背丈の、黒ずくめの影が佇んでいた。そこにいるのに、希薄な存在感。フードを深く被り、怪しげな黒レンズの眼鏡をかけているため顔が判別できない。掠れた声はどこか聞き覚えがある気がするが、一体どこで──

 影が眼鏡の縁をくい、と持ち上げた。その顔が(かろ)うじて薄闇に照らされる。


「──お前」


 目が合うと、彼は気まずそうに笑ってみせた。


「久しぶり──また、後ろめたい立場なんだけどね」


 そう言って、少年はぐっと伸びをした。




 † † †




 とりあえずブレイズを驚かせる目的(イタズラ)は達成した。ちなみに眼鏡は変装用にピアニーから借りたものだ。


「──さて、と」

「これからどうするつもりだ?」


 重い金属の鎖から解放された警務卿ブレイズは、手を開閉しながら険しい顔をした。

 この階にいた看守は気を失って床に倒れている。隣の牢にいた、ゲイル──副官を起こしながら、ラズは何でもないように答えた。


「ブレイズさんなら、ここまですれば自分の足で城から出れそうだけど」

「アホ言え。銃に囲まれたら俺でも敵わん」

「今日は雨だから撃てないよ──ここかな」


 言いながら、牢の冷たい石壁に歩み寄り、手をかざす。


「……なんだ?」

「まあ、待ってよ……静かに」


 岩壁の向こうから、小さな振動が近づいてくる。ガリガリガリ、と低い音がして、壁に小さな亀裂が入った。振動と、音はそこで止まる。

 <波動>を使って探れば、岩壁の向こうに、金属製の掘削具……ドリルのような形状のものがあるのが分かる。トンネルを作るような術が使えないファナ=ノアのために、ラズが錬成したものだ。これを使って穴を開け、掘った土は分解して雨水と混ぜて泥にして壁にすれば、人一人が何とか通れる通路ができる寸法だ。

 ……ただし、最後の岩壁を貫くとそこそこ音がするため、誰かが内側に忍び込んで看守を味方にするなり制圧するなりしておく必要があった。領主城の侵入は二回目なので、地下牢に入るまでは簡単だ。と言ったらみんなに変な顔をされたが。

 看守たちはピアニーが書いてくれた書状を見せるとあっさりと協力してくれた。足元にのびている看守も、実は同意の上だったりする。


(仕上げは──)


 掘削具を錬金術で変形させて、岩に蝶番(ちょうつがい)を仕込む。見た目は岩、実は脱獄用の隠し扉の完成だ。

 軽い疲労感を振り払って後ろを向くと、ブレイズが呆れた顔で見下ろしていた。


「こんなところに風穴開けやがって」

「空気が良くなるし、今後は城の隠し通路としても使えると思うよ?」


 冗談を返しながら、ぎい、と扉を開く。

 その向こうから、よいしょ、と這い出してきたのはピアニーだった。


「お父様!」


 たっと駆け寄り、抱きつき──はせず、目の前で立ち止まる。


「汗臭いわ……お(ひげ)も、汚い」

「なっ」


 娘の暴言にブレイズはピシッと固まってしばし沈黙した。──気の毒に。

 彼女は大きな父の手をためらいがちに握って、引っ張った。


「まずはここから出て憲兵隊の幹部と合流しましょう。話はそれからだわ」

「あ……ああ」


 剣だこのできた娘の小さな手を丁寧に握り返し、ブレイズは頷いた。

 



 †




「……つまり」


 妻との再会をそこそこに、あらましを聞いた警務卿ブレイズは、額に手を当てて呻いた。


「鋼務卿配下の組織は潰すが憲兵隊は領主軍に降れ、と俺に命令しろと。そうすれば警務卿(ディーズリー)家は用済みだからどこへなりと消えろ、と。お前が言いたいのはそういうことか?」


 そこは南門近くの宿屋で、憲兵隊の部隊長たちが集まっている。その場に現れたブレイズを見た瞬間、彼らは皆泣くほど嬉しそうな顔をした。……しかし今は、鎮痛な面持ちでラズを取り囲んでいる。ブレイズの後ろでは、ディーズリー夫人が真っ青な顔でハンカチを握りしめ、俯いていた。


「……俺を牢から出したのは間違いだったな」


 低い声に、強い威圧感。

 ふいに父親に本気で叱られたときのことを思い出した。あれは七つの頃、兄の友人に嘘を言って山脈に連れ出し、危険な目に合わせたときだったろうか。そもそも相手がラズやラズの友達をバカにしたから仕返しにやったことだけど、どんなことがあろうと民を危険に晒すなど許さないと怒鳴った父の壮絶な剣幕は今でも覚えている。


(──怖い)


 みっともなく謝って赦しを乞いたい衝動に駆られ、ラズはぎゅっと目を瞑った。


 地下牢から出た後、ファナ=ノアは一緒に行動しているところを見られないよう一度街の外に出ており側にはいない。

 ピアニーを交えて三人で話したのだ。この動乱を鎮めた後の……その先を。

 畏れをどうにか振り払って、顔を上げる。

 目と目が合う。ブレイズの眼光を受け止めて、ラズは掠れる声を張った。


「────この話にはまだ、先がある! ……領主が善政を敷かず、街の人が苦しむことになれば、荒野(ぼくたち)が難民を受け入れる……そうするといずれ、領政はたち行かなくなって弱体化するはずなんだ」


 ブレイズは何の話だ、と眉根を寄せた。構わず続ける。


「その時──誰なら、領の人達を導けるか──……僕は、ブレイズさんしか、知らない」


 懸命に言葉を絞り出す。


(……一番、血が流れない、静かな革命)


 それが、この動乱でラズが見出した答えだった。

 しかしブレイズは険しい顔で首を振る。


「どこにも、根拠がない。それに、いずれひっくり返すなら、今やっても同じだろうが」

「……領主軍とぶつかれば、ここにいる人たちの多くが、下手をすれば死ぬことになる」

「俺たちは、兵士だ。そんなこと、心配してもらわなくていい」


 警務卿の言葉に、憲兵隊の幹部たちが同調する。死線をいくつも掻い潜り、常に死を覚悟している顔つきだった。

 ラズは必死に声を張り上げる。


「兵士である前に、一人の人だろ!?」


 突然ディーズリー夫人が大きな声をあげた。


「黙りなさい! この、無礼者っ!!」

「……──!」


 ぴりりと威厳のある夫人の声に、ラズは肩をびくりと震わせた。

 

「聞いていれば、犠牲を出さぬ為などと言って、大義を見て見ぬふりしているだけではありませんか!!」


 そして彼女は泣き出しそうな顔で、夫に詰め寄る。


「愚劣なる小人と組みする者に、なぜ口を開くことを許すのですか、あなたは!! それとも本当に、彼らに加担していたのですか!?」

「あのな、フェイリーフ!! ……話を、する。あとで、きちんと。だから少し──今は、黙っていてくれ」


 ブレイズは苦虫を噛み潰すような顔で妻を諌めた。言論を抑えられたディーズリー夫人は唇を噛んで俯く。


「……っ。(わたくし)は、要らないのですか」

「そうは言ってない」


 ブレイズは夫人の肩に手を置いて頭を振る。そして、古参の兵にディーズリー夫人を部屋に送るよう頼んだ。ピアニーは彼女──母の後を追うかどうか迷ったようだったが、戸口の近くで立ち止まる。


 ぱたん、とドアが閉まり、一瞬静まり返る。


「結局、俺は──」


 ブレイズがぽつりとこぼした。しかし続けず一旦黙る。

 沈黙の後、静かに口を開いた。


「……西の犯罪者共を取り締まるのは一向に構わん。しかし、(あいつ)(ピアニー)が不幸になるのは、俺は耐えられんのだ」

「…………」


 その表情はいつになく暗い。

 何年後かの未来よりも、彼が見ているのはあくまで今……手の届く未来のことだ。


 重い沈黙を破ったのは、ピアニーだった。


「私は、自分が不幸だとは思っていないわ」


 大きなベレー帽でたくし上げた髪を隠し、街の少年のような格好をしたままの彼女は、毅然と父──ブレイズを見上げた。


「あのね、お父様。本当は……私、領主夫人──いえ、領主になりたかったの。領民が健やかに家族と暮らし、仕事に励むことができて、豊かで活気のある土地にする……そうやって、皆の役に立ちたかったの」


 大きな瞳を輝かせ、ピアニーは語る。憲兵隊の幹部たちは、小さな女主人が秘めていた野心に、じっと耳を傾けていた。


「悔しいけれど、この領を救うのは私じゃなくて、ラズ(かれ)だわ。……だけどちょっと危うくて頼りないから────近くで支えてあげたいの」


 彼女はラズの側に立って、父親を始めとした憲兵隊を見回した。そして、令嬢らしくにこりと微笑む。

 ブレイズはぱちくりと瞬きしたあと、慌てて叫んだ。


「お、おい! ちょっと待てそれは認めん!!」

「何よ! 領主様に屈してミクレル様との縁談は認めた癖に!! というか、私はそういう意味で言ったんじゃないわ!」

「な、なんだ……」


 会話の意味するところを遅れて理解したラズは、かあっと耳まで熱くなるのを感じた。──まさか彼女とけけけ結……、考えるだけで恥ずかしい。しかも認めないとか言われてしまうと余計に居た堪れない。そんなつもり、全くなかったはずなのだが。

 しかし、場の雰囲気は明るくなったようだ。

 どきまぎしながら父娘を交互に見ると、ブレイズはため息をついた。


「妻と話してきていいか」

「あ……どうぞ」


 ブレイズが出て行った後、金髪騎士がぽん、とラズの肩に手を置いた。


「俺ちょっとお前に同情するわ」

「嬉しくない……」


 ここまでと打って変わって情けない声でぼそりとこぼすと、隊長格の兵──そのほとんどがそこそこの地位をもった貴族だが──が、どっと笑った。

 思わぬ反応に、彼らを見回して首を傾げる。隊長たちは思い思いに意見を交わし始めていた。主君の結論はまだ出ていないが、いずれにしてもピアニーの言った『領民にとっての最善』を選びたい、そんな雰囲気。

 黙って小さくなっていると、ぼすっと頭を掴まれた。髭を蓄えた中隊長の男がにかっと笑う。


「俺らはお前を許さんよ。だが、嬢の賭けには乗ってやってもいい」

「……そ──」


 ラズが言いかけた時、ブレイズが戻ってきた。注目を集めたまま彼は、低い声でぼそりと呟く。


「明朝に動くと言っていたが……どこに潜伏しているか把握しているのか?」

「あ、うん……その話は」


 目配せすると、ピアニーがばさりと地図を広げた。ラズが描いた正確な街の地図だ。


「もともと憲兵隊(おれたち)が怪しいって目星を付けてる施設は三十箇所はあるぞ」

「昨日お<猿>さんが見つけてくれた、傭兵の出入りが多い場所はこの内六箇所ね」

「で、さっきファナ=ノアが武器がたくさんある場所って教えてくれたのはこのあたり……つまり、この三箇所」


 ファナ=ノアが教えてくれた場所に大きく丸をつける。その中には憲兵隊やピアニーの隠密が確認している建物が含まれている。──これで、どこを取り締まればいいかは明白だ。


「銃火器は火薬を湿らせてあるし、刀剣類は脆くしてあるって言ってたから、油断さえしなければ取り押さえられると思う。──ただし」


 西門にごく近い、貴族の館を指さす。


「この場所からは妙な気配がしたらしいから、ここを当たるのはブレイズさんがいた方がいいかな」

「妙な気配だと? ──それは、奇想天外な力を使う奴の可能性があるか」

「そう思う。気配を隠せる人もいるだろうから、油断は禁物だけど。……で、最後にこれ」


 ラズは懐からペンを取り出した。一同が怪訝な顔で覗き込む中、レイブン大隊長があっ、と声を上げた。


「俺の鋼鉄ペン?」


 スタンダードな羽ペンと違って、軸にゴテゴテした装飾が掘られた金属製のペン。一部の貴族の間で流行っているものらしい。


「ピアニーが昨日のうちに見つけてくれてたんだけど、これが大隊長の一人(レイブンさん)に贈られていた……」


 ペン先を外して分解してみせる。まるで小さな太鼓のような、膜が貼られた鐘に、細長い金属がぶら下がった形状。鐘には、極細の銅線が弧を描いて刻み込まれ、緻密な構造をしている。


「特定の振動で静電気が流れて電磁波が発生する仕組み…………音波によって強弱がつくってことは」

「ことは?」

「復号できるなら、盗聴とか、できるかもしれない」

「と、盗聴……!?」


 ブレイズの副官が額に手を当てて笑った。


「はは、ブレイズ様の『誰も裏切っていない』という見たては確かだった訳ですね」

「まだ疑ってたのか?」


 副官に呆れた声を返すブレイズ。

 ラズは話を続けた。


「調べてる間、何度か電波が送られてきたから、逆探知も試してみたんだけど……かなり、動いてる」


 復号するために、何か大掛かり機械を作っているなら、そうそう頻繁に動かすのは考えにくい。──ということは。


「そういう特殊な力を持った人がいるってことだと思う。僕みたいな錬金術師(オールラウンダー)じゃなくて、特異な力……多分、電磁波の操作に特化した」

「でんじは?」

「光とか、まぁそういうの。波長によっては……かなり危険だと思う。だから、僕たちも出来るだけ手伝う」

「たちって……お前、まさかピアニーを連れてくつもりじゃないだろうな」

「そんなつもりはないよ……小人の仲間」


 ちらりと振り返ると、彼女は肩を竦めた。


「私はお母様と一緒にいるわ」

「そっか──気をつけてね」

「あなたこそ」


 彼女は儀礼のように優雅な仕草で、腰に下げていたレイピアを外して鞘を少し持ち上げる。

 その場の大隊長たちも同じようにするので、何か分からないまま、倣って背中から剣を下ろすと、ブレイズが厳かに口を開いた。


「生き残れよ────俺からは以上だ」

これにてDay 2終了です。

最後のドンパチ、お付き合いいただけますと幸いです。


黒フードのラズ(最新話PR用デフォルメ画像)

https://sketch.pixiv.net/items/4126911100893450084

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