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領の動乱(13)……Day 2

 昨晩と同じ地下室の階段を見下ろして、ラズは密かにため息をついた。

 一段降りる度に重苦しい気持ちが増すが、向き合わないと今日の会談のためにした覚悟が無駄になる。階下には気配が二つ。カチャカチャと金属音がするから、憲兵隊の誰かがいるのだろう。

 最後の一段を降りて顔を上げると、クッキーをくわえていた彼女……ピアニーとぱちっと目が合った。


「…………」

「なんて顔しているの? あ、お腹が空いていた? お食事もあるわよ。上が食堂だから」

「いや、そうじゃなくて」


 面をしていて表情が分かる訳がないのに。彼女はくすくすと笑っている。耐えきれず、ラズはそのまま話を切り出した。


「ごめん。ブレイズさんの罪状は消せなかった──戦争に送ることになるだろうって軍務卿が」


 明日行われる審問でそこまで決まるかは分からない。ただ、憲兵隊を早く黙らせたいだろうから、そう遠くないうちに沙汰が下りるだろう。

 ナプキンで口元を拭きながら、彼女は棚のランプを仰いだ。


「そうなったら、家族は僻地に封じられるってところかしら。私とお母様は今行方不明ということになっているから、このまま消息を絶って財務卿(フリッツ)家を頼った方がよさそうね」

「────冷静だね」

「一日考えたもの」


 彼女の横には金髪の青年騎士、リゼルことイリゼルト=フリッツが立っている。昨日この街に来て、一番に親しくしてくれた人だ。狭い地下室には彼ら二人と、ラズだけ。

 ピアニーは世間話をするような雰囲気のまま続けた。


「あなたたちが憲兵隊(わたしたち)を見限って、領主側についたらどうなるのかって」

「──……」

「ちょっと、待て」


 ピアニーの言葉を青年騎士が聞き咎める。


「は? まさか、お前」


 彼の目線がこちらを向いた。ラズは下を向いたまま、口を開く。


「ピアニーの予想の通りだよ──僕たち(こうや)は領主側の味方をする」

「なっ……そりゃ、また」


 頬を引き攣らせて彼は頭を振った。


「お前らが敵に回ったら、さすがに勝てっこねえな」


 軽薄な口調だが、どこか張り詰めた雰囲気。

 彼はラズを目前で見下ろした。青い瞳に渦巻く感情は、怒りだろうか。

 ぐいっと胸ぐらを掴み上げられる。


「だから今まで通り、静かに街の警備でもしてなって……そういうことかよ?」

「──ッそう、だよ!」


 ラズは吐き捨てるように叫び返した。青年騎士の顔が歪む。


「ははっ、そりゃ、最高に俺向きの閑職だ。──まさか、裏切るとはな」


 吐き捨てるように言って、彼はぱっと手を離した。

 そして、金髪をわしゃわしゃとかき乱す。整髪剤かなにかで押さえつけられていた短髪が無造作に跳ねた。

 ピアニーがゆっくり立ち上がり、二人の間に割って入る。


「続きがあるから、わざわざここに来たのでしょう?」


 澄んだ大きな瞳に捉えられ、自然と指先が震えた。領主城のときより、緊張しているかもしれない。

 こくり──と頷いてから、口を開く。


「ブレイズさんを、今晩のうちに助けたい」


 彼女は目を見開いた。


「──……なぜ。どうやって」

「憲兵隊の不満は、ブレイズさんの意思が分からないところが大きい。戦地に行くにしても、市民を守るにしても、ブレイズさんに命じられたいに決まってる」

「それで憲兵たちが落ち着く? 甘い理想論だわ。解放されたお父様が、武装蜂起をする気だったらどうするのかしら?」

「その時は、僕たちが全力で止める」

「……今のあなたにそれができるの?」


 彼女はあくまで冷静に問う。錬金術を十分に使えないラズでは、警務卿ブレイズに敵うはずがない、と。


「『どうやって』の質問に先に答えようかな。……入っていいよ」


 最後の言葉は、地上に続く階段に向かって声をかけた。ピアニーは不思議そうにその視線を追う。

 キィ、と地上の扉が開いた。

 フードを被った小柄な人影が、二つ。

 ゆっくりと、階段を降りてくる。左足を引き摺っているためだ。

 ようやく地下室にたどり着いたその人物がフードを取ると、白い長髪がするりと溢れ落ちた。


「ファナ=ノア……」


 ピアニーの呟きに、赤い瞳が柔らかく細められる。


「ご無沙汰しています、ピアニー殿」

「──来てたなんて」

「つい、今しがた」

「怪我はもういいの?」

「ええ。おかげさまで」


 ファナ=ノアは金髪の騎士にも微笑みかけた後、最後にこちらに向き直る。


「ラズ」

「う、はい」


 口調から、なんとなく苦言が来るような気がしてラズは身を固くした。ファナ=ノアの側では、小人の戦士ノイが腕を組んでいる。

 長いまつ毛を少し伏せ、透き通る声でファナ=ノアは言葉を紡いだ。


「ディーズリー侯や、憲兵隊は、()()友人だろう? 街の人々を傷つけないためだとしても──大事な人を(ないがし)ろにすることは、やめてほしかった」

「…………」

「ラズはいつか私のことも裏切るのかい? それが最善だ、と言い訳して」

「……それは」


 そんなことするはずがない、と言おうとして、なんの説得力もないことに気がついてしまう。

 ──仕方ないと思っていた。罵られても、己が耐えれば済む話だと。でも、そういう問題ではなかったのだ。

 ラズがファナ=ノアを裏切るなんてあり得ない。でも、ノイはどう思っただろう。ラズのことが信じられなくなったかもしれない。そうやって、大事にしたい人たちからの信頼を切り崩すようなことをしてしまったのだ、と今更ながらに自覚する。


 反論できず、黙り込んだラズを見て、ファナ=ノアはふわりと表情を緩めた。


「──今からでも、君の大事な人々が苦しまないように全力を尽くそう? そしてもう、繰り返さないでくれ」

「────うん」


 ラズはこくりと頷いた。


(あるだろうか……今からでも。ブレイズさんやピアニーも助かる道が)


 彼らに苦渋を呑んでもらうしかないと半ば諦めていたが、それじゃ駄目だ。……ディーズリー家が追放されないように、できることがまだあるかもしれない。


 思考を巡らせていると、ファナ=ノアはくすりと笑って話を変えた。


「それで、君は私ならブレイズ殿を助けられると言いたいのだろうが、説明してくれるか?」

「──ああ、うん。城がある丘の麓で横穴を掘れば、地下牢にたどり着くはずなんだ。それだけ……なんだけど」


 ただしその『それだけ』を実現できそうな術師は、知る限りファナ=ノアしかいない。

 ラズがそう言うと、ピアニーは束ねた栗色の髪を指先で弄りながら、目を瞑った。


「そしてファナ=ノアが相手では、お父様だってどうしようもない訳ね」


 彼女はあくまで冷静に、続きを促す。


「──その先は? ただ士気を操作するためだけに、お父様を助ける訳ではないのでしょう? だってそれだけなら、私のところには来ないわよね」

「……うん」


 ためらいながら、ラズは頷いた。彼女の言う通り、本当はここからが本題だ。


「……今、武装組織の奴らは主力をこの街に集めてる。憲兵隊の仕事だよね──不審者を、取り締まるのは」


 ちらりと、金髪の騎士を(うかが)う。

 彼ははぁ、とため息をついた。


「領主軍とぶつかる予定がないなら、できなくはないか──……まあ、どうするか決めるのは、叔父貴が無事に牢から出られたら、だな」

「で、私にお父様の説得を手伝って欲しい……といったところかしら」


 彼女は膝に頬杖をついて黙り込んだ。丸めた背に、一つにまとめた長い髪が波打って広がっている。

 憲兵隊から、そして街の青年団や民衆から厚く信頼されている小さな令嬢は、ゆっくりと顔を上げた。大きな茶色の瞳が、知的に輝く。


「──協力するわ」

「……ありがとう」


 真意が読み取れず、微妙な気持ちで礼を伝えると、彼女は勝ち気な笑みを浮かべた。


「あなたがここに来なかったら……私は憲兵隊を勝利に導くために()()()するつもりだったの」


 そもそも、荒野の勢力が敵に回ろうとも、戦わない選択肢はなかったのよ、と彼女は息を吐いて続けた。


「鋼務卿たちから見たら、大人しくしていようとも憲兵隊は邪魔だもの。こちらが手を出さないとしても、何か火種を撒くに違いないの。──そうなるくらいなら、先手必勝……悪くないと思うわ」


 彼女の言葉に、ラズは少しほっとする。


 一方ファナ=ノアは微妙な表情で顎に指先を当ててじっと考えているようだった。


「ファナ=ノア? どしたの」

「……」


 しばしの沈黙の後、ファナ=ノアは気まずそうに進言した。


「……ラズ。私は穴は掘れない」

「えっ」

「城を更地にならできるが」

「「ええっ!?」」「はぁっ!?」

「待て、なんでラズまで驚くんだ……」

「いやだって、本当にできるとは思ってなかったし……」


 ──昼間の会談でははったりのつもりだったのだ。

 わたわたと弁明すると、ぷ、とファナ=ノアは吹き出した。


「まあ、なんとかなるだろう。どうせ君なら何か別の手段を思いつく」

「ちぇ。分かったよ……考える」


 二人のやりとりを聞いていたピアニーはくすりと笑った。


「仲が良さそうで、なんだか妬けちゃうわ」


 その言葉に、ファナ=ノアは微笑みながら首を傾げる。


「それは、ピアニー殿はラズ(かれ)ともっと仲良くなりたい、という意味でしょうか?」


 彼女は一瞬きょとんとしてから、すぐに可笑しそうに笑い出す。


「あなたともよ、ファナ=ノア」

「それは……光栄です」


 ファナ=ノアの赤い瞳が、曖昧に細められる。

 ピアニーの態度は明るいが……彼女はラズが憲兵隊を裏切ったことを、本当はどう思っているんだろうか。


「……怒ってないの?」

「あら、蒸し返すのは感心しないわ」


 彼女は腕を組んでぱちぱちと瞬きした。人差し指を頬に当て首を傾げる。


「──でもそうね。これからは大事にしてくれるのでしょう? だったら一つ、わがままをきいてくれるかしら?」

 

 そう言ってピアニーは、大きな茶色の瞳で悪戯っぽく微笑んだ。

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