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聖者の憂鬱(5)

 ラズがリンドウと別れ、タキの郷に戻ったのは、昼下がりのことだった。


「……?」


 連日たくさん走ってご機嫌の愛馬スイを厩屋に預けてから、郷に漂う不穏な空気に気がつく。一体、なんだろうか。

 小人たちの目線の先をたどって足早に郷を駆け抜けると、人間たちの人だかりの手前に顔見知りの姿を発見した。


「ノイ、なんの騒ぎ?」


 ──ファナ=ノア達は教会の中にいるようなので、重大なことではなさそうだが。

 その小人の青年は腕を組んだまま顔だけ振り返った。


「戻ったのか、お前。……これは──喧嘩、というやつだな……」

「こんな場所で? 一体誰が」


 そこは入り組んだ郷のど真ん中、すぐそばに住居だってある。小人たちは遠巻きに見守るばかりで、止める勇気などなさそうだ。

 とん、と岩の上に跳び乗って皆の視線の先を覗くと、なんとなく予想していた通り、元野盗の首領シュラルクとアイビス青年が言い争っているのが見えた。


「あの二人、一昨日は意気投合してたのに」


 シュラルクの後ろの壁際でおろおろと状況を見守っている長い髪の小人の少女、ユウの側に降りると、彼女はラズを見上げてコートの裾にしがみついてきた。

 宥めながら、険悪なムードの二人を見る。

 言い争い、と言っても、アイビス青年の方は落ち着いた様子で、首領の男を宥めようとしている。


「一旦落ち着けよ、旦那」

(うるせ)え、若造がしゃしゃりやがって!」

「悪かったって。旦那のチームのルールをどうこうする気なんざねえよ」

「アイビスさん! いやいや助けてくださいよ!」


 どうやら察するに、首領の気に障った部下が、アイビスに助けを求めたことが発端らしい。


「あーもう、やめろよ、気持ちは分かったから。余計ややこしくなるだろ」


 彼はおっかない武装組織に単身潜入していただけあって、荒くれに囲まれても全く物怖じしていない。しかし、首領の男との争いは避けたい様子だった。

 アイビス青年に擦り寄る部下たちを睨みつけて、首領の男はますます不機嫌な顔をした。青筋を立てて、凄んだ表情をつくる。


「てめえ、どんな汚え手を使いやがった……!」


 その荒々しい声に、周りの男たちは身を竦ませる。

 はあー、と青年はため息をついた。それからすうっと目を細める。


「みっともねえな、いい大人がよ」


 ──目つきがさっきまでと違う。急に冷たい迫力を感じて、場がしん、とした。


「旦那は何か? 脅しゃあ周りが従うとでも? 小せえガキが泣き喚いて親にわがままを通すのと何にも変わんねえぞ」

「……っ」


「手え出してみろ……力づくでないと周りを動かせねー小物だって証明するようなもんだぜ」


 さしもの元野盗の首領シュラルクも、彼の放つ気迫に戦慄した──ようだった。

 アイビスは構わず続ける。


「俺が従う相手はただ一人……道を示せる奴だけだ。旦那はなんだ? あんたに従えば、何が与えられる」

「…………ッ!!」


 一触即発の空気に、ラズも身構えた。

 もし首領の男の腰に武器があれば、既に斬り掛かっていたかもしれない。それくらい、握った拳が小刻みに震えている。

 そうしてしばらく睨み合った後、首領の男は、ふっと力を抜いた。


「……ねえよ。俺は誰にも何も与える気はねえ。欲しけりゃ持ってけ……せいせいする」


 彼はふい、と背を向け、足早に歩き去ってしまった。


「お、お頭……」


 何人か、後を追おうか迷ったようだったが、結局誰もついていかなかった。

 しん、と静まり返る。

 誰かが深く吐いた息の音が、その静寂を破った。──アイビス青年だ。


「アイビスさん、かっこよかったよ」


 ラズが歩み寄ると、彼は首を振った。


「全部受け売りだよ、嬢の……。旦那がスランプで良かった……俺はあん時殴りかかったんだ」

「ええ……女の子相手に?」

「しかも返り討ちだぜ、だっせーだろ」


 彼は一大事を乗り越えた、そんな雰囲気で、安堵の笑顔を見せた。


「あの旦那とガチで喧嘩して勝てる気はしねーな」

「いかにも自分の方が強いぜって雰囲気だったけど、ハッタリだったんだ」

「まあな。よく使う手だ」


 彼にすがっていた男が目を丸くする。


「えっ……!? じゃあ俺も、弱くてもハッタリとかでお頭に勝てるようになりますかね?!」

「バカおめー、そんなもん目指してどーなるんだ。アニキがいるなら、まずは最高のフォロワーシップを目指すもんだぜ」

「おおお……はい!!」


 大半が歳上のはずだが、男たちはすでにアイビス青年を認め、親しみを持っているようだった。

 暴力沙汰にならなくてすんだことにほっとした表情で、ずっと見ていた小人の青年──戦士の筆頭であるノイがため息をついた。


「やっぱり、人間の統率は人間が取るべきだろうな」

「悪いな、ノイの旦那。俺もこのまま、まずい雰囲気にしとく気はないから安心してくれ」


 言いながら彼は、男たちを仕事に戻るよう促した。もともと、彼らは狩りから帰ってきたばかりらしい。これから夕食の準備だろうか。

 騒がしい人間たちを見送ってから、残ったラズにノイは声をかけた。


「お前、帰ったならファナ=ノアのところに顔を出す方がいいんじゃないか」

「そのつもりだったんだけど、いいや」


 さっき首領の男が立ち去った方角に、その気配が移動したことにラズは気づいていた。執務を中断して話をしに行ったのだろう。

 よって今からファナ=ノアのところに行っても仕方がない。


「先にリン姉の用事すませてくる。ここの郷長(ダヴリスさん)とこには、明日朝に顔出すよ。よろしく」

「……分かった」


 戦いを生業とするノイたちシヴィの民と、元野盗のうち何名かは午前中銃などの訓練をしているらしい。この郷にいる間は、訓練に立ち会っておきたい。


「……で、ユウちゃんはどうする? 僕と一緒に来る?」


 ずっとしがみついたままの小さな少女に話しかけると、彼女はへにゃ、と顔を緩ませ、こくこく頷いた。


「あのねー、ピカピカがあるんです! こっち!」

「うん、行こっか」


 ちょうど、リンドウに頼まれた用事も同じ方向だ。

 ユウに手を引かれて、石油の採掘拠点となっている洞窟の方に足を向けながら、ラズはリンドウが以前言っていた、『人って面倒くさい』という言葉を思い返していた。


(……大変だな、外交のこと以前に、内輪揉めなんて)


 故郷の小國は父を中心に纏まっていたので、ああいう面倒な騒ぎはあまり起きなかったし、起きても父や兄がうまく収めていた。ラズ自身は、そういうリーダーシップについてはあまり自信がない。

 ここの人間たちは、首領シュラルクが周りにきつく当たる性格なのと、信念がブレブレなせいでまとまりが悪いようだ。あの調子だと、しばらくはああいういざこざが起きるのかもしれない。




 †




 その日の夕方。

 こじんまりとした教会の食堂に、昼間口論していた大人二人が招かれていた。それぞれ離れた位置で食事をしているが、雰囲気は数時間前よりは和らいでいる。


「……旦那、俺から言うことでもないんだが、お仲間ともう一度よく話した方がいいぜ」

「──ああ、分かってる」


 青年の言葉に、首領の男は気のない様子で答えて、乱雑に骨つき肉を囓る。


「しかしあいつら、誰にでもヘコヘコするから腹がたつ」

「そりゃ否定しねーけど、それならそう(あつか)やいいだけだろ。で、そういう場合、上同士が仲良くしないと組織が割れる。──ま、後で飲みなおそうや、旦那」


 青年がニヤリと笑って誘いかけると、四十路の首領の男は観念したように小さく「おうよ」と答えた。なんだか青年の方が数枚上手だ。

 その顛末に、食卓を囲んでいた全員がほっとした顔をした。

 ファナ=ノアが小さな声でラズに話しかけてくる。


「アイビスはピアニー殿の元で何をしていた人だったんだ?」

「……たしか、もともと街の青年団のリーダーで、最近は武装組織にスパイとして潜り込んでたんだって。ここに来る時、シュラルクさん達を治めるのを手伝うようにってピアニーに言われてた」


 それを聞いてファナ=ノアは苦笑した。彼らについては、これまで何度も色んな(いさか)いがあったに違いない。


「それはまた、ピアニー殿に感謝をしないとな……」

「シュラルクさん、毎日あんな感じなんだね」


 ファナ=ノアは彼の相手をするのを苦にしている様子はないが、それでも気を回さないといけない分、時間も心も取られるだろう。荒野全体の同胞のことを考えないといけない中でここの人間たちのことも気遣うなど、疲れるのも無理もない。アイビス青年が来たことで、その心労が少しでも軽くなればよいのだが。


「ところで、来る道で教典読んだよ」

「──どうだった?」

「勉強になった。……あ、うん、変なことは書いてなかったよ」


 ファナ=ノアの視線に何か察し、慌てて補足する。


「ああ……それは良かった」


 エンリの書いた訳書は、教義を中心にさりげなく教主を立てる言い回しで、普通の物語を読んでいる感覚だった。


「原典も読んでみたいなぁ」

「うーん……ラズの目に触れる前にそっちもエンリに書き直してもらおうかな……」

「ソリティが泣くよ、そんなことしたら」

『え? 僕が何?』


 急に名前が出て、隣にいたソリティ司祭が首を傾げた。ファナ=ノアが話を伝えたが、もはや慣れているのか、彼はいつものようにニコニコと受け流してしまう。……改める気はなさそうだ。

 彼を交えてしばらく雑談した後、ファナ=ノアが思い出したように話題を変えた。


『──そうだ、春忙しくなるのを見越して、今のうちに母上のお墓参りに行く。ラズも良かったら来てくれないか?』

『どうしたの、改まって』

()もそこに呼んでいるから、この機会に君を紹介できればと思っている』


 皆、とは、白き衣の司祭と称される、各郷に散らばっているファナ=ノアの十二人の同志のことだろうか。ただし、その内二人は数ヶ月前に既に亡くなっているので、ソリティ、ウィリ、ニールを除いてあと七人か。

 ──ほとんど初対面だ。ラズがノアの郷に滞在していた間に入れ替わり立ち替わりファナ=ノアと会っていた白服の面々。

 ニール司祭が意味ありげに笑った。


『はは、ラズ君、びっくりするよ、きっと』

『なんで? ……いや、楽しみにしとく』


挿絵落書き

https://twitter.com/azure_kitten/status/1301861204961366016?s=21

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