戦姫の迷い(10)
「……何を見たの?」
口調を変えた主に居住まいを正し、青年……アイビスは口を開く。
「組織の創始者……組長は、仮面を被った若い男だと報告しただろう」
「ええ。その男が、鋼務卿とどう繋がっているかを調べてくれていたのよね」
「それが、鋼務卿の嫡男、ビライシェン本人だった」
それまで黙っていた初老の従者が驚きを隠せない様子で目を見開いて、「なんと」と呟く。
ピアニーは眉を顰め、考える仕草をした。
「……まあ、独立した組織と思わせておいて……鋼務卿家の私兵だった訳ね」
「どういうこと?」
ラズが首を傾げて訊くと、ピアニーは難しい顔で振り返る。
「ここ数年、鉱山都市に小さな商会を母体とする半武装組織が急成長しているようなの。……しかも、平民を食い物としていてたちが悪くって。鋼務卿自身は、国内外を問わず貴族相手にしか闇取引をしていないはずなのになぜかしらと思って、資金源を調べていたのよ」
「その正体が、鋼務卿の息子……」
「軍務卿と警務卿以外の貴族家は、必要以上の軍事力を持つことを許されていないわ。だから、気づかれないようにことを運んだのだと思うの」
それにしても、数カ月前リーサス領軍に同行していた鋼務卿は、たった二名の護衛しか連れていなかった。曲がりなりにも武装組織と繋がりがあるなら、もっと強く数多くの護衛を連れていてもいいはずだ。ということはもしかして、息子との仲が良くないのだろうか?
彼女は指の腹を唇に当てて考える仕草をした。
「鋼務卿の嫡男はおそらく、組織を使って父親をも動かしながら、領主家と警務卿家の乗っ取りを企んでいるのだわ……」
独り言のように続ける。
「これは決定打になるかしら……領の転覆を狙う武装勢力から、鋼務卿の息子が捕まれば──?」
壁を睨んで何度か瞬きしてから、あっ、とピアニーは小さく声をあげた。
「ラズ、ごめんなさい! アイビスをあなたたちに匿ってもらうと言ったけれど、警務卿を動かす為には、彼を連れていく必要があるわ」
「なんだ、その話? いーよ別に」
──結局本音を言ってしまったし、こんなことなら最初から格好をつけず無償で協力を申し出れば良かったかもしれない。
(……自分でも喧嘩売っちゃったしな)
秘密裏に動くピアニーたちへの疑いの目を逸らす意味もあるが、そもそも心を狂わせる薬の売買なんて看過できない。しかも荒野の中の都市でなんて、交易が始まって小人たちに何かあってからでは遅い。
そんなことを考えていると、アイビス青年が口を挟んできた。
「──おいおい、当事者の意見を聞いてくれないのか」
「なあに、アイビス?」
ピアニーがにこっと笑ってこてんと首を傾げる。
その仕草に、アイビス青年の隣にいた弟分の少年がなぜか赤くなった。そんな弟分を横目で笑ってから、彼は肩を竦める。
「組織内に、何人か唾をつけといた奴がいる。<犬>には紹介してあるし、証人ならそいつらでいいだろ。俺は憲兵のおやじ達に囲まれるのは勘弁なんだよ」
「それで?」
ピアニーが続きを促すと、彼はラズをちらりと見る。
「こいつについてったら、何がある?」
彼女はそうね、と少し口籠った。
「西の荒くれを取り込んで、ファナ=ノアは手を焼いているかもしれないわ。あなたの手腕ならまとめられるかしら。それから、春から始まる鋼務卿との交易で、荒野側が弱体化しないようにサポートを」
「面白そうじゃん、そっちの方が。クレス、ピアはお前に任せるぞ」
「お……、おう!」
弟分の少年が硬い表情で頷いた。
ということは、アイビス青年は荒野に来てくれる、ということか。
ラズは立ち上がって二人に近づき、手を差し出した。見上げる。師や父と同じくらいの丈。
「じゃあ、ここから荒野まで、よろしく」
「ああ」
ぱし、と大きな手がラズの手を掴んだ。
「……そういや、もしかして荒野まで徒歩か?」
「そのつもりだったんだけど、友達が近くまで迎えに来てくれそうから、馬だよ。歩ける?」
「……なんとかな」
実はさっき、愛馬スイから、郊外に一時間ほど出た場所で待っていると念信が届いていた。
待たせると悪いので、そろそろ行かないといけない。
隠密の部下と何かやりとりをしていたピアニーを振り返ると、彼女と目が合った。
「お茶をする暇があったら良かったのだけど」
「しばらく、それどころじゃなさそうだね?」
「平常心も大切よ。明日はまた裏の丘でランチをするわ」
「へえ、いいな、そういうの」
にこっと笑う彼女に以前通りの明るさを感じて、ほっとしながら笑い返す。
「また、会えるといいね。僕も少なくとも春までは荒野にいるから」
「ええ、きっと」
──次に会う時は彼女の悩みが解決しているといい。
「何か協力できることがあれば、遣いを出してよ」
主従関係にあるアイビス青年とは定期的にやりとりをしたいだろうし、伝書鳩のような連絡手段があるといいのだが。
ピアニーはそれを聞いて嬉しそうにふわっと笑った。
「そんな優しいことを言ったら、ずっと側にいて、って言うわよ」
「へっ」
「冗談よ? なあに、その顔」
彼女はくすくす笑った。
「……え、いや」
自分がどんな顔をしているのかよく分からないまま、眉間に指先を当て顔を抑えて俯くと、何故かアイビス青年がぽんとラズの肩を叩いた。
「俺はお前を応援するぜ?」
「何を……?」
「アイビスさん、不公平だろ!」
弟分の少年が口を尖らせると、彼はハハ、と笑った。
「クレスも応援してるさ、勿論。これからいーとこ見せるチャンスだから、頑張れよ。無茶はしないでな」
最後だけ真剣な顔で言って、アイビスは最後にピアニーに向き直った。
「嬢、一旦離れるが、誓いは果たす。──息災を祈る」
男性陣の戯れを若干呆れ顔で見守っていた彼女は、アイビスの言葉に、その目をまっすぐ見上げる。それから、毅然とした笑みをつくった。
「あなたがいないせいで負けた──などということには、きっとならないわ。だから安心して、いってらっしゃいな」
「──了解」
挨拶を終え、少し覚束ない足取りのアイビスを伴って、建物の外に出る。明けたばかりの薄暗い路地。凍てつく空気が頬に刺さった。
街の外への抜け道を案内しながら、彼は不意に口を開いた。
「お前さ、嬢のことを友達だって豪語してたけど実際はどうなんだ?」
「どうって? 嘘は何もついてないけど」
「女として見てないのかって意味だよ」
「え? えーと……そりゃかわいいとは思うけど、そういう関係になりたいとは……っ、思って、ないよ」
──なんとか言い切った、はず。彼は口の端を吊り上げてニヤニヤしている。
「ふーん……。話が変わるがお前、嬢に忠誠を誓う気ないか?」
それは、彼やその弟分、あるいは初老の従者のように、ということだろうか。
(……あ、『ずっと側にいて』、ってそういう意味だったのかな)
なんとなく納得しながら、ラズは寒空を見上げた。
「ファナ=ノアとの約束があるから、それはないんじゃないかな」
その返答に、彼は残念そうに息を吐いてから、首を傾げた。
「そういやお前って小人の何なんだ?」
「……」
ラズは一つ瞬きした。答えを探しながら、姿が見えてきたスイと、もう一頭の怪馬の背に乗ってこちらを見ている小人に視線を移す。
「ファナ=ノアの目指すものに協力する代わりに、僕自身が成したいことを協力してもらう……そんな関係かな」
忠誠、という言葉は違う気がする。あえて表現するなら同盟だろうか。
「お前のやりたいことって?」
「……世界を、一つにすること──」
「は? セカイ?」
「いや、大仰に言っただけ。人種や考え方の違いで生まれる憎しみを無くしたい」
そういえばピアニーが何を目指しているのか聞いていないな、と思いながらラズは補足した。
「……へえ?」
彼は馬鹿にせず、ラズの視線の先を追う。
そして、顔を引き攣らせた。
「げ、馬って……怪物かよ」
ラズは構わず二頭の怪馬のもとに駆け寄って、その背に乗った懐かしい人物に声をかけた。
「ジル、久しぶり。スイを連れてきてくれてありがとう」
ジル──かつてファナ=ノアが囚われた時一緒に牢破りをした、隠密行動が得意な男の小人は、相変わらず不機嫌そうな目つきでラズをジロリと睨んだ。
「ああ。首尾はウィリから聞いてる。俺たちとファナ=ノアは今タキにいるから、そっちに行くぞ。──で、なんでまた人間……」
大きなスイの鼻面に手を回しながら、ラズは剣呑な表情をしているジルに笑いかける。
「この人は、アイビスさん。人間側の事情に詳しいから、春からの交易で力になってくれると思う。……鋼務卿には追われる立場だから、顔と名前は隠さないといけないだろうけど」
鋼務卿に追われている、というくだりから、ジルの警戒心は少し緩んだようだった。
スイに跳び乗ってアイビス青年に手を貸しながら、今度はジルについて説明する。
「ジルは、基本的に人間が嫌いなんだ。ぶっきらぼうだけど、気にしないで。隠密行動に長けてて、小人で一番怖い人」
ジルは会釈するでもなく、怪馬の腹にトンと合図して進み出した。そしてもう一度ラズの方に目線を向ける。
「お前、雰囲気が変わったな。腹が据わった」
「そう? 自分じゃよく分からないや」
「少し前は、困ったガキだと思ったものだが」
「はは……あの時まとまったのはレノのおかげだった」
「奴はまた旅に出たんだったか」
「……うん」
うっかり返答に詰まってしまったラズを一瞥して、ジルはくっくっと笑った。
「いろいろあったんだってば……」
ラズはまだ見えないタキの郷の方角を向いて、ふう、とため息をついた。
ピアニーの帰路の心中の話。
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