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戦姫の迷い(7)

 目立たないよう郊外に移動してから、鉱山都市常駐の憲兵隊の兵士が運んできてくれた馬に跨り、ピアニーは礼を言った。


「ごめんなさいね、いろいろと内緒で動いてもらってしまって」


 若い兵士は恐縮した様子で手を振る。


「……いやいや……。密偵なんて、本当は自分たちの仕事なのに、お嬢様が動かれてたなんて本当に驚くしかないです」

「朝も言ったけれど、どうか内密にしてね、特に駐屯所の大隊長には」

「分かってます。だいたい、あの人は(リーサス)からの出向だし……。これをきっかけに、自分たちも変われるといいのですが」

「そうね……。あなたのような、見所のある若い方が、組織に呑まれていくのは見ていられないわ」


 複雑な表情で微笑んで、ピアニーは馬に合図を出した。

 ここから城下町まで半日近くかかるため、日が昇る前に抜け出しても、数時間しか滞在できない。夕食には戻らないと、父に怪しまれてしまう。

 実は母も協力してくれていて、朝と昼は何かあってもごまかしてくれる約束だ。

 昨日の晩の母とのやりとりが、耳にこびりついていつまでも離れない。


(『平民を助ける? 必要な犠牲と割り切るのも、時には必要なのよ』)


 あの時ピアニーは語気を荒げて言い返した。


(『手も打たず見捨てるなど! そのような者に、誰がついてくるというのですかっ!?』)


 そうやって意地を通し、数時間滞在しても、状況はわずかにしか進展しなかった。

 初老の従者が気遣わしげに言葉をかけてくれる。


「思いつめなさいますな、ピアニー様。……案外と、明日には解決しているかもしれませんよ。ほら、何しろ、我々を出し抜き一晩でファナ=ノアを奪い去った、あのラズ殿が味方してくれるんですから」

「……ルータス、今回も彼がそれをしたなら、私は彼に怒らなければならないわ」


 おそらくそれは、相当のリスクを負うことになる。顔も分からず、囚われた場所も分からない相手を探す……仮にファナ=ノアが見聞きの術で手を貸してくれたとしても、その場所を特定するのさえ容易ではない。

 ざわついた心を押さえつけるように、ピアニーはぎゅっ、と手綱を握りしめた。




 † † †




 夕刻──。

 教えられた酒場のカウンターに座って、ラズは一息ついた。隣には昼間捕らえた情報提供者である少年、そのさらに隣に、ピアニーの仲間の少年クレシェンがいる。

 酒場には意外とラズくらいの年格好の少年もいて、見咎められることはなかった。ガラの悪さが桁違いだが。


(あの素行の悪さは真似できる自信がないな……)


 ラズはここに来てなんとなく、自分が悪ぶって振る舞うなら一月前相対(あいたい)した最悪の敵、マガツのようなイメージならできるだろうか、とどんよりしながら思った。

 ちなみにクレシェン少年の方はガラ悪く振る舞っていて周りから全く浮いていない。もしかするとこちらが素なのかもしれない。


 そうしている間に、中年の男たちがドカドカと入店してきた。


「……あいつらか」


 間に挟まれた少年が静かに頷く。

 不味くて飲めた物でない薄めた安酒を錬金術で真水にして口につけつつ、ラズは聞き耳を立てた。

 しかしすぐに額に指先を当ててがっくりと頭を落とす。

 ──何の話をしているやら、言葉が半分も分からない。


「何語……?」


 クレシェンはニヤついているような、怯えているような、左右非対称の表情をしながら、頭を低くして内緒話をするようにラズに視線を合わせた。


「……分かんねーの? あーあ、見た目通りガキだなぁっ」

「なんだよ、それっ」

「ぷ……あのな、『花屋』は娼館、『まわす』ってのは……」

「は、……えぇ?」


 続けられた言葉に、喉を通りかけた酒……ではなく水が気道に入る。


「ごほっ、…………」


 流れが分かれば理解できることも増える。飛び交う隠語を一度想像してしまうと生々しすぎて、頭の中の回線のどこかがぷつんと焼き切れたような気がした。

 ──年上の竜人シャルグリートがたまに振ってくるゲスい話題の方が百倍かわいい。というか落ち着け、今はそんな話に呑まれている場合では。


 たっぷり三秒、両手で頭を押さえて(うわ)ずった心をどうにか押さえつける。

 クレシェン少年をちらりと見ると、彼は今やどちらかというと青い顔をして、俯いている。頻繁に口にされる相手を脅し追い詰めるような言葉に、だんだんと恐怖の感情が勝ってきたらしい。彼の手は小刻みに震えていた。


「……ぁんだ、<ビール(ダル)>、キサマ来ねぇだと?」


 顎でしゃくられたビール腹の中年が勘弁してくれと両手をあげると、隣の男が呆れたように言った。


「叔父貴ィ、コイツ、()()()()方がイイらしいんスよ」

「クソみてぇな趣味だなァ、オイ」


 誰をいたぶるというのか。ラズの目だけの問いかけに、隣の少年は曖昧な表情で頷いた。あの<ビール樽>という男が、少年の心当たりの人物のようだ。

 男たちに視線を送らないようにしながら、クレシェン少年に囁く。


「……ここでは、下手に話しかけない方がいいだろうね。顔を覚えて後で個別に当たるのが無難……」

「……ああ」


 そういう意味では、目的は既に達成したとも言える。

 長居はやめようと席を立ったとき、背後から挑発的な声がかけられた。


「おおい……クロスケ。居なくなって心配したぞぉ……!」

「!」


 昼間の少年たちだ。こちらを見てニヤニヤしている。


「クレシェン、出口に走れっ」


 ラズは有無を言わさない口調で鋭く声をかけた。同時に、クロスケと呼ばれた少年には、別の言葉を囁く。

 弾かれたようにクレシェンが走った出入り口を、少年たちが塞いだが、ラズが体当たりして退路を開き、街路へ逃がす。──後はピアニーの隠密が助けてくれるはず。

 反動でよろめいたラズを、誰かの腕が掴む。

 それは、クロスケと呼ばれた少年──と言っても彼もラズより五つは上だろうが──だった。

 彼はそのまま、ラズの首に腕を回して捻り上げる。


「……っ!」

「つ、捕まったフリしてたんスよ……!」


 たちまち、クロスケごと少年たちに囲い込まれる。

 ガタガタ、と中年の男達が立ち上がった。


「──おいおい、美味い酒だったのに、何の騒ぎだぁ? クソガキどもが」


 そのおっかない声色に身を縮めながら、最初に声をかけてきた少年が引きつった笑みで答える。


「こ、こいつですよ! アイビスさんの仲間ってヤツ!!」


 ラズの首に腕をかけている少年は緊張した様子で何度か口をぱくぱくさせてから、震える声を出した。


「そ、そうそう……! ダンマリだって言ってたじゃないですか!」


 <ビール樽>が、のしのしと近づいてきた。


「はあん……おい、ガキ。洒落たアタマしてんなあ、おぃコラ」


 酒臭い息が顔にかかり、髪を鷲掴みにされる。首が締まって息が苦しいが、なんとか堪える。ここは大人しくしておいた方がいい。


「僕を脅しても……何も吐く気はないよ」

「お前が吐かなくても良いんだよ……ククッ」


 その男は酷薄な笑みを浮かべて、拳を握った。


 ゴッ


 下顎を殴られて、強烈な衝撃が脳天を突く。首を締める腕がびくりとした。


「うっ……」

「きっつー! 一発ノックアウト!」


 ──頭がグラグラする。愉快そうな声が耳障りだ。

 腕が、ガクリと落ちた。




 † † †




「おい、どういうことだよ! なんで()()が捕まってる!」


 少し離れたところで振り返って状況に気づき、クレシェンは焦った。

 すると、ピアニーの隠密の一人──<猿>は怪訝な顔をした。


「あいつは最初から、不穏な空気になったら任せろ、と言っていたじゃないか」

「あれそういう次元じゃねえだろ!」


 ──よほど腕っぷしに自信があるのだろうと思っていたが、結局あっさり捕まっているではないか!


「なんでその場で助けなかった! 助ける相手が増えるだけじゃねえか!」

「俺たちが出ても一緒に捕まるだけだ。その代わり、<犬>が追っている」


 <猿>は言葉を切って顎に手を当てた。


「それに、あれはわざと捕まったように見えた……子供のくせに、度胸がある」

「あのなあ……! 明日の朝、ピアがどんな顔するか……!!」

「西方一の武人、警務卿から二度、うち一度は瀕死の状況で逃げ(おお)せているらしいぞ。心配ないと思うが」

「まぐれかもしれないだろ! きっと、警務卿は子供だと思って油断したんだ」

「お前はあの人を知らぬからそんな口が利けるんだ」


 <猿>が面の下で呆れた顔をした。


「それに、主が認める相手を信頼しないなど、あるまじきことだと思うぞ」


 クレシェンはぐっと言葉に詰まる。ラズを認められない理由──主たる少女が彼の言葉に頬を染めたのが無性に気に食わないせいだ、とはとても言えない。


「動くにしても、<犬>が戻るまで待て」

「分かってるよ……っ!」


 悔しさに顔を赤くして、クレシェンは俯いた。

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