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戦姫の迷い(3)

 小人の聖地、ノアから怪馬で一日、人間の住む平野に近いところにあるタキという名の小人の郷の跡地に、一ヶ月ぶりに人の気配が戻ってきた。

 二十人ほどの人間の男たち、それから、同数の小人たち。

 小人の盟主であるファナ=ノアの隣にいるのは、人間たちの首領を務める男と、薬師かつ優れた錬金術師である人間の女性。

 男の方──元野盗の首領、シュラルクは焼け落ちた住居跡を見て顔をしかめた。


「おお……これは、軍のやることはえげつねえな……」


 彼は野盗時代に愛用していた趣味の悪い赤い鎧はもう着ていない。罪人の証である顔の刺青も、錬金術で消すことができた。

 四十代後半の()けた頬に鋭い目をした、渋みのある印象の男、それが今の彼だ。


 その隣に風を操って浮遊しながら、ファナ=ノアは改めて人間たちに蹂躙され廃墟となった郷を見回した。


「……ここを、人間との交流の足掛かりの地としたいと思っている」


 ──立地は申し分ないのだ。井戸を掘れば水が得られ、冬にも採れる芋の群生地が近くにある。一ヶ月前まで、西側でもっとも人間の街に近かった郷。……小人の血が流れるのはここで最後にしたい。


 隣にいるもう一人……錬金術師の女性が、怪馬から降りて、沈痛な面持ちで荒廃した景色を見つめる。


「なら、(いしぶみ)を建てて、戒めにするのは?」

「碑か……それもいいかもな」


 彼女の名前はリンドウ……今は竜人の郷に旅に出ている、ラズの叔母にあたる人だ。彼女の意見はいつも小人とは少し違うので新鮮である。

 そのやりとりを聞いていた首領の男は、嫌そうな顔をした。


「はぁ? 住む場所は自己責任っつーから大工仕事はするが、石掘りはしねえぞ」


 突き放すような言い方に、その手下だった男がとりなすように口を開く。


「ファナ=ノア……俺たちの中で字を書けるのは首領だけなんスよ」

「それは困ったな……私も人間の字は分からない」


 ファナ=ノアの演技か本気か分からない困り顔に、無精髭だらけの元野盗たちはわたわたと首領にせっついた。


「ね、お頭! 石切りくらいやりましょうよ」

「お前ら、完全に手懐けられてるな……」


 この一週間彼ら……元野盗たち二十余名に同行する間に、ファナ=ノアは一人一人に声をかけ、かなり打ち解けていた。

 はじめは、術の力を暴走させ天の怒りのような火柱を作り出したファナ=ノアを目の当たりにして怯えていた者もいた。しかし、ここ数日はなにかと相談されるようにもなったし、能動的に協力しようと動いてくれる者もいるくらいだ。長い物にはなんとやら、鞍替えの速さに呆れるものの、責めるつもりはない。


「……まあ、(いしぶみ)は手が空いたときに一緒に作ろう。住む場所を整える方が先だ」


 この人数を移動できるような乗り物はまだないので、ここまで徒歩…つまり四日かかっている。凍てつく荒野の行軍……と言ってもファナ=ノアが暖房代わりに術を使うので寒さにはそれほど苦労はしていないが、できれば野営はこれで終わりにしたい。

 ノアの郷と、近くの郷から応援に来てくれた大工の技術を持つ小人たちは、すでに手を動かしている。

 荷解きを始めた元野盗たちを尻目に、ファナ=ノアは首領を呼び止めた。


「シュラルク殿、少しこちらで話せるか? ……リンも」


 目配せに、リンドウも分かったと頷く。

 二人を伴って訪れたのは、郷から少し離れた場所だった。


「ここに、油田があるんだ」

(くせ)えな……。燃料にするなら石炭でいいだろうが」

「まあ、見てて」


 リンドウが小さな石油溜まりに近づく。湧き出ている分はわずかだが、地下に相当量埋蔵されている。

 リンドウが濁ったそれを瓶に(すく)ってシュラルクに見せた。と同時に、ざわ、と彼女が錬金術を使った気配がした。

 彼の目が驚きに見開かれる。


「……ん? 花の香り……」

「香水、ゴム、ビニール、プラスチック……」


 言いながらリンドウは瓶から次々に素材を生み出していく。──こんなに緻密(ちみつ)な形態変化を簡単にやってのける彼女は本当にすごい。

 驚く首領に、ファナ=ノアは説明を始める。


「加工は各郷の職人がするから、皆さんには、体力のいる、採掘や運搬をしてほしい」


 ファナ=ノアは彼女が作ったゴムを指先で引っ張りながら続けた。


「加工できたそれを、人間の商人に売る交渉も。とりあえずは鋼務卿(エンデイズ)財務卿(フリッツ)のどちらかが顧客になるが、それに頼らない商流も探しておきたい……痛っ」


 伸びたゴムが反動で飛び出してパチン、と額に当たった。──こういう慣れないことをすると大概失敗する。

 こほん、と咳払いして首領を見上げる。

 彼らは小人族に協力するとは言ってくれたが、荒野の真ん中に留まるだけでは、そのうち辟易するだけだろう。ならば、ここを拠点にあちこち動き、居場所を探しなおしてくれればいい。

 跳ねたゴムを捕まえた首領は、やや呆れたようにそれをしげしげと眺めている。


「後から、シヴィの民が移住してくる。ここで銃の訓練をしたいそうだ。武芸で生きたい者は、彼らと行動を共にしてくれると助かる」


 ちなみに彼についてきた野盗たちのほとんどは農民崩れで、得意で武器を握っていたのは一握り。


「私も、少ししたらここに移ろうと思っている。ここなら、人間たちの動向が分かるからな」


 ファナ=ノアは広大な荒野のほぼどこでも、そこで何が起きているのか見聞きすることができる。

 さらに輝石を持つようになってからは、人間の領内もある程度近づけば見聞きできるようになった。この里はそういう意味でもちょうどいいのだ。


「あとは……。理念と法度(はっと)を、皆で考えて作って欲しい」

「……どういう意味だ?」

「私は別に、君たちを配下にするつもりはないんだ。独立した一団として、それがどういう属性かを示してくれ。……ああ、急がないから」


 難しい顔をして黙り込む彼に、ファナ=ノアは微笑みかけた。


「……お前は、ずっとそうだな。服従を迫ればいいものを」

「ノアは個人の幸せが組織の幸せと説く。組織のために個人が行動を変えるのではなく、個人が自己を実現するために組織のあり方を変えていくんだ」


 リンドウが顔を曇らせる。


「……いつか、立ちいかなくなるんじゃない? 全ての個を認めると矛盾が起きるし、個は争いやすいものだから」

「リンはいつもシビアだな……。意見をくれること、とても嬉しいよ」


 礼を言いながら、微笑む。──やはり、人間は小人とは違う考え方を持っている。

 小人たちは気質として争いを嫌い、個を尊重する。その結果が、広い荒野に不干渉で点々とする少人数の郷と、人間に一方的に侵略される弱さだ。──けれど。


「四百年後は、人間と小人が、互いを差別することなく共存する……竜人も」

「それは……予言?」


 目を瞬かせる彼女に、ファナ=ノアはくすりと笑った。


「今のところ、ただの目標さ」


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