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戦姫の迷い(1)

 浮遊感。

 そして噴き上げるような激しい風の圧。


 怖々開けたラズの目に飛び込んできたのは、遥か下に広がる赤茶けた大地。

 大山脈の雲の上から見える景色とよく似ている。目眩がする程の高さ。


(っこれ、……飛んでる?)


 落ちているような気がするが、大地との距離は一向に縮まらない。滑るようにゆっくりと、地上の景色が流れていく。──もしやこれは、白銀の竜の記憶の残滓(ざんし)を夢で見ているのだろうか。


 目線を上げると、赤い荒野の向こうに緑の大地と青い海が広がっていた。その先に、天を突くように迫り上がった大山脈が見える。山脈の裾から伸びた山地で取り囲まれたその先は、雲が厚くかかっていてよく見えない。


(レノは──あそこにいるのかな)


 少し前に別れた、竜の友人の姿を探す。しかし、この夢が彼の記憶なら、そこに彼が見つかるはずがなかった。


 ──それならば、今はこの絶景を目に焼き付けておこう。


 ドーム状の空にかかるのは大きな虹……ではなく陽の輪。柔らかで心地よいこの光は、一体何から出来ているんだろうか。


 『この世界は、変わっている』──彼はそんなことを言っていたような気がする。何を指してそう言ったのかは分からなかったけれど、言われてみれば、そもそも世界の形が円盤状というのも変な気がした。

 最も自然な循環を環境にもたらすのは、普通に考えて球体じゃないだろうか。

 なのに不自然に切り取られた水平線。そこにあるのは断崖絶壁。海の端からこぼれ落ちた水はどこに行くんだろう。──誰も、世界の端に行ったことがないのはなぜだろう。


 不意に、声がした。


「不思議な風景でありんすね」


 幼女のようなまろい声に、変な口調。

 いつの間にか肩に爪を立てて掴まっていたのは、夢の中にだけ出てくる二尾の黒猫だった。


「うん……やっぱり、そうなんだね」


 金色の硝子のような大きな瞳には、空に浮かぶ陽光のアーチが映っている。


「ラズ殿は、この世界を愛していんすか」

「愛して……? ……よく、分からない」


 前髪が風ではためくのを感じながら、考える。

 愛するとはなんだろう。それはきっと、かつて両親に抱いていた感情──母や父のことが大好きだと思うと同時に、最も大切にされていると感じる度に満たされる幸福感のことだ。すべて喪って空っぽになってから、埋めようのない心の隙間……その喪失感が、ラズが両親のことを愛していた証拠のように思えた。幼馴染も竜の友人のことも、叔母や兄のことだって大好きなはずだが、代わりになんてならない。だからいつだって隙間風を感じながら、前だけ見るようにと自分に言い聞かせてきた。


「分からないけど──助けたい、とは思うよ」


 猫はそれ以上何も言わず、ぱたん、と耳を倒した。


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